新人育成始まりました ~変態は何処にでもいる ほら貴方の背後に・・・~
緑葉に覆われた一本の道を一両の荷馬車が凄まじい勢いで爆走していた。
異常な速度で走る荷馬車は、これまた異常なくらい陽気な笑い声を撒き散らし、道行く商人達を嘲笑うかのように追い抜いて行った。
何事かと振り返る彼等は振り向いた時には追い抜かれ、後には土煙と馬鹿笑いだけが遠ざかって行く。
彼等は何が起きたのかが分からず、ただ茫然と土煙が過ぎ去って行くところを見詰めていた。
「ヒハハハハハハハ!! 久しぶりの遠出だぜぇ~♪ たまんねぇなぁ~~お前らもそう思うだろぉ~」
「ボイルさんっ、セラさんもマイアさんも気絶してますぅ~~っ!! 速度を落としてくださいっ!!」
「何だよっ、この程度で逝っちまったんか? だらしねぇな~~ヒャハハハハハハハハハハハっ!!」
「このままじゃ、ミール村に着く前に死んじゃいますよぉ~~~~っ!!」
「で~~丈夫だって、死にやしねぇよっ!! プヒャハハハハハハハハハ八ハッ!!」
御存じロカス村のハイウェイスター、命知らずの狂気の爆走者ボイルの荷馬車であった。
本来なら三日はかかるミール村までの距離を、わずか半日までに短縮する異常な速度で街道を爆走して来たのである。
途中わき道に逸れる所を速度を落とさずにドリフトをかまして曲がり切り、セラとマイアを振り落としそうになる危うい所も在ったが、何とか死者も出さずに目的地に辿り着けそうである。
しかしながら生きている事と再起不能とは同義では無く、セラとマイアが無事とは限らない。
彼女達が目を覚ました時、どのような精神状態になるかは分からない。
下手をすれば廃人に為っている可能性も否定できなかった。
「ほれ、見えて来たぜぇ~~っ、アレがミール村だぁ~~ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
「だから危ないですよぉう、速度を落とし・・・・」
「このまま突っ込むぜぇ~~~~~っ!! イィィィ――――ヤッハァ―――――――――ッ!!」
「や―――――――め―――――――て――――――――――――――――っ!!」
フィオの嘆願も虚しく、ボイルの操る荷馬車はミール村へと突入していった・・・・・・・
「・・・・・・生きてるって・・・素晴らしい・・・・おぉ・・神よ・・・貴方様の慈悲に感謝します・・・為ればこの地に貴方様の神殿を築き上げて見せましょう・・・・」
「・・・・・ここは天国の様ですね・・・・・・私、とうとう天に召されたんですね・・・・」
「マイアさん、生きてますから正気に戻ってくださいっ!!」
セラとマイアの目は虚ろでとても無事とは言い難かった。
セラは今にも新興宗教でも起こしそうな悟りを開き、マイアは自分が生きているとは思っていなかった。とても真面な精神状態ではない、それほどまでの恐怖を彼女達は受けたのである。
ただ一人、フィオだけが正気を保っている所を見ると、この子は意外に大物なのかも知れない。
どうでも良いがセラはどんな神を見ていたのだろうか?
間違ってもあの神で無い事は確かだが・・・・村長の様な際物では無い事を祈る。
「そんなんで狩りが出来るのか? 何か失敗しそうなんだがよぉ」
「誰の所為だと・・・うぷっ!!・・・・思っているんですか・・・・・」
「うふふふ・・・・・空が落ちる~~~~・・・見て・・・東方は赤く燃えてますぅ~~~~」
「帰ってきてください、マイアさんっ!!」
激しい乗り物酔いに襲われているセラはその場で蹲り、マイアは何やら幻覚を見始めていた。
とてもでは無いが狩りに出るような状態では無い。
今日は一先ず宿を取る事に決めた一行であった。
「此処が宿の【ゲイ・ボルグ亭】だ・・・・いいか、くれぐれも意識はしっかり持て、分かったか?」
「「「はいぃぃ?」」」
ボイルに案内された宿は一見普通の宿に見える。
彼が真剣な表情で忠告する意味が分からない。
ただセラには漠然とした不安だけが背筋を通り過ぎて行った。
一般的に寒気とか怖気とかいう予感めいた感覚である。
「・・・・何で・・そんなに真剣な表情で忠告してくるんです?」
「ここはなぁ、あのジョブの従兄弟が経営する宿なんだよ・・・この意味がわかるか?」
「スゲェ嫌な予感がします、はい・・・・・・」
「・・・・・その予感は正しい・・・・因みに従兄弟の名はボルグだ・・・・・」
「「「・・・・・・・・・」」」
ロカス村のジョブ、彼は村でただ一人宿を経営する筋肉をこよなく愛する変態である。
ただ、あまりに筋肉を愛し過ぎる為、宿泊客にプロテインを薦める困った性癖があった。
更にはクレームを浴びせる客を強引に裏庭に引き込み、強制的に肉体改造を施す最悪の男でもある。
そんな奴の従兄弟が決して真面では無い事がボイルの表情から読み取れてしまった。
そしてもう一つセラは重要な事に気付いてしまっていた。
【ゲイ・ボルグ亭】のボルグが店主の名を表すのであれば、残りの【ゲイ・】の文字が何を意味するのかが理解できてしまう。
走り出した怖気が今、この胸の中に渦巻いている。
「・・・い、いくぞ・・・」
「「「・・・は・・はい・・・」」」
意を決してボイルは扉を開いた。
「うわぁあああおう、いらっしゃ~~い、久しぶりのお客様ねぇ~~~ん♡」
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
宿の扉を開いてすぐに響く絶叫。
どこぞの紅白ストライプの衣装をこよなく愛する某先生の描いた漫画の如く、セラとボイルはその恐怖に耐えきれず彼の作画の様な表情で絶叫した。
そこに居た悍ましき生物を目の当たりにすれば当然かもしれない。
従兄弟のジョブに匹敵するマッシブボディ、ドギツイ紫のタンクトップにビキニパンツ、更には角刈りでありながら、顔にはこれまたドギツイ化粧を施した【オネェ】がシナを作りながら迫って来ていた。
これで絶叫するなと言う方が無理であろう。
「あ~~ら、失礼しちゃうわねぇ。人の顔を見てそんなに驚くなんて・・・・美しさって、罪ねぇ~」
「・・・・・お・・お前、この数か月の間に何が在ったんだ・・・・?」
「・・・気づいちゃったのよ・・・あたし・・・女よりもお・と・こが好きだという事に・・・」
「今更気づいたのか・・・で・・・それで何でそんな姿になってんだ?・・・・」
「男しか愛せないならいっその事女になればいいって、一念勃起して女になったのよ、手術するのにエルグラードまで行ったわぁ~~~ん」
「・・・・・こいつ・・・ある意味天元突破しやがった・・・・後一念発起な・・」
「胸を増量しようと思ったんだけど・・・お金が無くてぇ~エステに行くしか無かったわぁ~~~」
「じゃぁ、まだ男のままか・・・ジョブが見たら泣くぞ・・・・」
「あたしがドリルを取る訳無いじゃな~い。可愛い男達のお尻が待っているんだから~ん♡」
「取っちまえばよかったんだ・・・・実害が有る分百倍質が悪いっ!!」
「だいじょぉ~~ぶよぉ~~、知り合いは襲わないから~~~」
「襲ってるのかよっ!!」
「そんな事してないわよ、ちょっと先っぽを入れただ~~け! うふっ♡」
「既に襲ってんじゃねぇかっ!! この間まではジョブの宿とドッコイだったのに・・・・ところで、以前この宿に居た筋肉従業員達はどうした? まさか知り合いって・・・・・」
「うふふふふ・・・本当の意味でのおしりり合いになったのよ・・ふふふ・・・・」
最悪の天使が降臨していた。
ボイルは頭を抱えて何かにしきりに耐えている。
一方セラはと言うと・・・・・・
「セラさん、大丈夫ですかっ!! 気をしっかり持ってくださいっ。セラさんっ!!」
「あら? この子立ったまま気絶しているわぁ~~器用ねぇ~~~~」
「誰の所為だと思ってんだ・・・・この間までは筋肉集団がいただけなのに・・・・」
「あ~~~あの子達ならあたしが帰って来た後にみんな一身上の都合で辞めて行ったわ~~不景気なのかしら? 困るわぁ~~~」
「誰だって我が身がかわいいに決まっている・・・辞める訳だ・・・」
以前はジョブの宿と同じ筋肉尽くしだったらしい。
しかしこんな状況では従業員も退職せざるを得まい。
この宿はそれ程までの魔境と化していたのだった。
この悍ましい存在を目の辺りにし、セラの思考は危険領域を突破した。
こうしてセラは気絶したまま部屋に担ぎ込まれ、次の日まで決して目が覚める事は無かった。
恐怖は常にどこかしらに存在しているのかも知れない。
「モーホーが、モーホーが攻めて来るよぉ・・・・助けてド〇エモン・・・・」
「姉さんしっかりしてください。傷は浅いです・・・・たぶん・・・」
宿の一室では精神的なダメージを受けたセラが魘されていた。
ボイルの狂気的な荷馬車に乗り、満身創痍なところに致命的(精神的)な一撃を受けたのだ、立ち直るにはしばしの猶予が必要に為った。
「ボルグさんは男の人しか興味無さそうなのに、何でセラさんがこんなに魘されているのかなぁ」
「・・・・あたしでも魘されるわよ・・・どう見てもバケモノじゃない・・・・」
「ジョブさんの従兄弟なんですよねぇ」
「・・・・・ある意味では納得できるけど・・・アレは流石に酷過ぎるわ・・・」
マイアもボルグを見て気絶こそしなかったが、一応に精神的な衝撃を受けていた。
ロカスの村と言い、ミールの村と言い、本当に碌な人間がいないと彼女はため息を吐く。
そんなマイアも、セラ至上主義者なのだからドッコイドッコイの様な気がしないでもないが、彼女は個性的な(非常識な、とも言える)面子の中では比較的に真面な部類に入る。
実害が無い分だけ充分貴重な存在である。
「・・・・姉さん・・・よほどショックだったのね・・・精神が崩壊しそうなほどに・・・」
「悪い人では無いですよ? ちょっと変わっているだけです・・・」
「アレがちょっと? あんな化け物が背後に居るだけでも精神崩壊に追い込まれるわよ」
―――――ビクンッ
マイアの言葉に反応して、セラの体が一瞬だが反応した。
「「・・・・・・・・」」
余程の衝撃だったのであろう、セラの拒絶反応は会話の中にボルグが含まれるだけでも敏感に察知してしまう様である。
「・・・・セラさん? 村の門の前にボルグさんが・・・」
―――――ビクンッ、ビクンッ!!
ボルグと言う名に明らかに拒絶反応を示していた。
「・・・・言葉にするだけでもこんなに怯えるなんて・・・姉さん、御労しや・・・・」
「・・・・・(ちょっと面白いかも)・・・」
「・・・・・えっ?」
ボソッと呟いたフィオの台詞に、マイアは不穏な予感がよぎる。
「セラさん、ボルグさんが村に来ていますよ?」
―――――ビクンッ、ビクンッ、ビクンッ!!
「・・・・・フィオ?・・・・あんた・・・何をしているの?・・・・・」
「えっ? セラさんがボルグさんをどこまで嫌いなのかを調べているだけですよ?」
天使さんの称号を持つフィオの喋り方に、マイアは確かに聞き覚えがあった。
こんな真似をするのはロカスの村に一人しかいない。
そう、今現在ベットの上で気絶して横に臥せっているセラ本人の口調にそっくりなのである。
どうやらフィオもセラに感化されている様である。セラ程ではないが、いい性格に為りつつあった。
「セラさん、ボルグさんが玄関の前に・・・」
『くぺぺぺぺぺぺりょくしゅぎゃわおうにやぁあっ!!』
突然奇声を上げてのた打ち回るセラ。
完全に危険な兆候である。
「姉さんっ!? フィオ、これ以上は駄目っ、姉さんが死んじゃうっ!!」
「これで最後ですっ!! ボルグさんがセラさんの後ろにッ!!」
―――――ゲフッ・・・ブクブク
「吐血したっ!? 姉さんっ、死なないでっ!! 姉さぁああああああああんっ!!」
「血の泡を吐く程に嫌いなんですか!? セラさんっ、酷いっ!!」
フィオの方が酷い事をしているのだが、よくよく考えてみるとセラも似たような行為を常に実行して来た。これは因果応報なのかもしれない。
されど、この仕打ちはあまりに残酷である。
セラもまさかフィオに引導を渡されるとは思っても見なかったであろう。
この日セラは次の日の早朝まで目覚める事は無く、時折生死の境を彷徨う事と為った。
後にセラは語る・・・『ボルグに出会った者は夢で魘され、現実で悪夢に犯され、生死の境でも苛まれる。奴はこの世のモノとは思えない位に悍ましき魔物である、男は奴を目に着き次第全力で逃げろ。少年からナイスミドルのオジさんまで奴の守備範囲は広い、命を捨てる覚悟で全力を挙げて逃げ続けるんだ』と。
この言葉の意味を理解しなかった者達は、後に想像を絶する体験をし、一月以上寝込んだ挙句に記憶喪失に為ったと言う・・・記憶を失わなかった者達もいたが、彼等は踏み込んではいけない茨の道に文字通り踏み込んだ。
百年後、ボルグの偉業が同性愛者の人権を守る革命の旗印になるとは夢にも思わないだろう。
彼が一部で聖人と崇められるようになるにはまだ暫く時間が掛かるが、それは割とどうでも良い事であった。
「何でだろう・・・昨日この宿に来たところから記憶が無いんだけど・・・・」
「・・・・この宿の事は考えない方が良いですよ、姉さん・・・・また生死の境を彷徨う事に為ります」
「・・・ボルグさんを見て生死の境を彷徨ったんだ・・・納得した・・・」
「セラさん酷いっ!! ボルグさんは良い人ですよっ!!」
「「どこがっ!?」」
流石にセラも一晩開けても中々立ち直れなかったが、マイアに『あの人が姉さんを襲う事があるのでしょうか? 男にしか興味が無いいんですよね?』と言われ、セラが今の自分が女の子である事を思い出し安堵した。
躰が女の子である事が、これ程に幸せな事だとは思わなかった。
その事実がセラを安心させ、冷静に状況を認識できる安定感を取り戻したのである。
その時歓喜のあまりにマイアに抱き付き、彼女を困惑と幸福の渦に落とし込んだのだが、セラにとってはそんな事に気付いてなどいなかった。
実害が無ければ普通に生活できると判っただけでも最高に嬉しかったのだ。
そしてこの時ばかりは自分が少女である事をあの【神】にすら感謝した。
もし男だったら間違いなく襲われたに違いないのだから・・・・・
「それよりも・・・今日はクラウパの討伐が優先だよね、二人とも準備は出来てる?」
「はい、出来れば二羽ほど倒したいと思っています」
「装備を作りたいんだね? けど資金は大丈夫なの?」
「回復薬などは自分で作れるようになったので無駄にお金を使わないで済んでいます、姉さんの御指導の御蔭です」
「そんな大げさな・・・・」
「セラさんの御蔭でポーションを買わなくていいんですよ? お金は大事にしないと」
駆け出しの冒険者にとって、お金は幾ら在っても足りないのが現状だ。
回復薬や食費、宿を取るにも資金が必要であり、狩りの際には罠や補助道具、魔法のスクロールに装備の製作や手入れ等にもかなり資金を使うのである。
この駆け出しの段階で冒険者の振るい落としが始まり、成功すればランクが上がり、失敗すれば犯罪者が生まれてしまう。モラルの為っていないゴロツキ紛いの冒険者の大半が後者であり、冒険者の不振を煽る頭の痛い状況に為っているのだ。
だが、自分で稼ぐ事が出来ない者が上に行ける訳も無く、この試練を乗り越える事が出来れば、張れて一人前の冒険者として認められるのもまた事実である。
冒険者の世界は過酷な実力競争の中に在り、其れに勝てない者達が足を引っ張る犯罪者に身を窶し、伸し上がった冒険者に討伐される事も少なくない。
冒険者の世界は、一人前に為るか犯罪者になるかの二択に絞られていた。
この事から、フィオとマイアも犯罪者予備軍に含まれ、多くの依頼と信頼を勝ち得て初めて冒険者として胸を張れるのだが、今はまだセラに背負われている事が彼女達にとって申し訳ない事だった。
その為、このクラウパ討伐依頼は彼女達にとって初めての試練であり、セラの背中を追う二人にとって何が何でも成功させねばならない仕事の為、自然と力が篭ってしまう。
そんな二人の心境を知ってか知らずか、セラは微笑ましく笑みを浮かべ見詰めていた。
「力が入り過ぎているよ二人とも。もっとリラックスして、安全かつ的確にね?」
「「はい、頑張ります!!」」
二人は緊張でガチガチだった。
フィオは大型魔獣を倒した事はあるが、その殆どがセラの援護の御蔭であり、装備も中級者向けではあるが実力が共わない。
マイアも相棒と呼べるほどフィオとの繋がりは浅く、魔獣討伐も殆どが援護がメインであり、こうして依頼を受ける事に為る等とは思っても見なかった。
また、彼女は犯罪紛いの事に手を染めており、例え原因がマイア自身に無くとも違法な事をしていた事実は消えない。それ故に、彼女は堅気に戻るにもこの依頼は成功させねばならない。
二人にとって、この日がターニングポイントなのであった。
「クラウパに遭遇するまでが第一難関だね、見つけ次第マーキングを仕掛ける必要があるし、どんな魔獣も正面から挑むのは自殺行為なのは分かるね?」
「嘴で突っ突く攻撃は思っているよりも危険な攻撃らしいですね、頭に穴が開いちゃうらしいですよ?」
「側面を距離を一定に保ちつつ、魔術で牽制しながら体力を削るんですね?」
クラウパは一般には怪鳥種と呼ばれる大型の鳥型魔獣である。
全長四メートルの巨大な鳥で、気性が荒く雑食性、嘴で突っ突く攻撃や巨体から繰り出される足技が驚異の繁殖性の強い魔獣である。縄張り意識も強い為頻繁に雄同士の熾烈な争いが起き、その生存競争から漏れた弱い個体が村や森に現れ荒し捲るのである。
縄張り争いに勝ち残った個体は雌とつがいになるだけでなく、他のつがいと協力して雛を育てる習性を持っている。今回フィオとマイアは生存競争から漏れた個体を一体倒す事が目的であり、セラはつがい同士で集団を作っているクラウパの数を減らす連続狩猟が受けた依頼の内容と為っていた。
これからギルドで手続きをして、フィオとマイアの本格的な修業が始まる。
明日にはセラが狩猟に出るため二人は簡単な依頼を受けようと考えているが、セラに至っては『何か強力な魔獣が乱入してこないかなぁ』等と物騒な事を思っているなんて決して口に出来ない。
引率者であり師でもあるセラが、まさか不足な事態が起きる事を望んでいるとは夢にも思っていなかった。もっとも二人に知れた所で『まぁ、セラさん(姉さん)だからねぇ~』で済んでしまいそうな気がするのも間違いではないだろう。
ある意味で相互理解が出来ているのが良い事なのか分からない。
「空中から鉤爪で襲って来る事も有るから迎撃のタイミングには気をつけてね? 嘴の攻撃も思ってる以上に高いし、何より吐き出す唾液に麻痺の効果があるから要注意だよ」
「吐き出した唾液は気化して一定の範囲に広がるんですよね? 其れにも麻痺の効果があるんですか?」
「まぁね、空気よりも重いからその場で暫く止まるんで、風の魔術で吹き飛ばすのがお薦めだよ。麻痺無効のアイテムがあれば尚楽だけど・・・・・」
そんな都合に良いアイテムなど二人は持ち合わせていない。
ご都合主義の塊であるチートなアイテムマニアであればストックぐらい有りそうな気もするが、然し乍らセラは今回はアイテムを貸し出そうとは思っていない。
強力なアイテムに頼りきりになる可能性が有り、何よりその所為で貴重な経験が失われるのだけは避けたかったのだ。
多少なりとも危険な体験をしなければ、本当の意味で強くなどなれない事を教えたかったのである。
「冒険者なら手持ちの装備で切り抜けられないとね、僕が持っているアイテムや装備がいつも借り受けられると思われても困るし、何より二人の為にならないから・・・ごめんね」
「大丈夫です、姉さん。この試練か必ずや乗り越えて見せます」
「セラさんに追いつくためにも自分の力で乗り越えて見せます。見ていてください」
「一応同行するけど、本当に危なくなったら援護くらいはするけどね。でも狩りをするのは二人だからくれぐれも慎重に!」
「はいっ!!」
素直な二人を見て不安が無いとは言わないが、セラはフィオとマイアを信じて一切手を出さない事を強く誓うのであった。
「どうでも良いんだけどぉ~、何であたしの方を見てくれないのかしらぁ~ちょっぴり疎外感」
「・・・だって怖いし、キモイから目に入れたくない・・・」
「ひ~ど~いぃ~乙女の純真をキモイだなんて・・・・・」
「・・・・・(アンタの存在自体が酷いよ・・・・有害指定物扱いだよ・・・・・)」
思ってはいても、口にする事が出来ないチキンなセラであった・・・・・
「(だって、何されるか分からないし・・・)」
死ぬほどホモとオカマが嫌いなセラ・・・(好きな奴が居るとは思えないが・・・)
出来る事なら記憶から抹消したかったが、それは叶わぬ願いであろう。
誰だってそう思う。ボルグのインパクトが有り過ぎるのだ。
三人は朝食を済ませると、逃げるように宿を後にし、ギルドへと向かい手続を済ませた。
出来る限りボルグと関わり合いたくなかったのは分かる。
こんな出会いなど誰が好き好んで望むものだろうか。
何よりも、狩りに集中して彼の事を忘れたかっただけなのかも知れない。
変態は増えて行く一方だった・・・・・
「それにしても・・・冒険者の装備がみんな統一感が無いねぇ~」
暢気に呟きながら、セラは冒険者達の装備を物珍しく眺めていた。
彼等の装備はセラの言葉の通り統一感が無く、只の金属鎧やらやけに派手なサイケデリック調の装備、魔獣素材製の装備と騎士鎧を適当に組み合わせたいい加減な者等様々だ。
セラのやフィオの様な統一感のある装備を保有している者が極端に少ない。
当然疑問とまではいかなくとも、不思議に思うのも無理はない。
「姉さんの装備がおかしいんですよ。そもそもレジェンド級なんてその名の通り伝説なんです。仮に装備を持っていたとしても国の宝物庫か、もしくは騎士団の将軍クラスの人しか持っていません。個人で所有していること事態有り得ないんです。
それに姉さんやフィオの様な装備は凄く珍しいんですよ? 大概は素材で適当に作った装備が普及してますし、全身を同じ魔獣の素材で覆う様な装備は駆け出しでは購入できません。」
「それだけセラさんが凄いんですねっ!! 私の装備はセラさんの御蔭で手に入れたようなものですしねぇ~お母さんが見たら羨ましがると思いますっ!」
「何でだろ・・・凄い罪悪感を感じるのは・・・フィオちゃん、あまり褒め殺しにしないで・・・」
「えぇっ!?」
セラはこの世界の認識が不足している事に気が付いた。
マイアの言った通り、セラの様な伝説級の装備など所有している者は数えるほどしか存在しない。
ましてやフィオの【ヴェイグシリーズ改】の様な装備を持つ者も大半が上級冒険者が殆どであり、一般的な冒険者達はその装備の殆どが適当に組み合わせて使われている。
また、質の面でも怖ろしく脆弱で、高性能な装備を作れる職人や素材を集めるための場所が確保できていないのがこの世界の現状だ。
セラの装備や知識は言わば未来の先取りであり、現在のこの世界の水準を大きく逸脱しているのである。
フィオに至っては、その装備に使われている金属がセラから齎されたもので、装備の性能面では職人であるロックがセラの装備を見て大きく触発された面が大きい。
実を言えばこの世界の技術水準はセラが想像しているよりも低く、レジェンド級の装備を作るにしても作り出せる職人もせいぜい三人しかおらず、所有していたとしても性能面ではセラの所有しているレジェンド級に比べて確実に劣るモノなのだ。
人に言われて自分がイレギュラーである事を再認識したセラであった。
もっとも、それで態度が変わるとも到底思えないのだが・・・・
だが、矢張りそれでも居心地の悪い罪悪感に苛まれるのだった。
「と、兎も角手続きも済んだ事だし、狩場へと行こうかっ!」
「ん~~~何で罪悪感を感じるのかは分かりませんが、本格的な狩りはこれで二度目です、マイアさん頑張りましょうっ!!」
「そうね、いつも援護のみの専属要因だったから上手くいくかは不安だけど、確実に狩れるように努力はするつもり」
「うん、うん。狩りに絶対はないからね、自分の持つ技術をどれだけ使い熟せるかがキモになるよ。二人とも頑張ってね」
セラ達は意気揚々とミール村の門を潜り狩場へと向かう。
フィオとマイアの二人も、湧き上るやる気と不安を綯交ぜにしながらセラの後に続いた。
二人の新人冒険者の修行が今始まったのだった。
余談。
「ねぇ~ん、ボイルぅ~ アンタ、最近男振りが上がったわねぇ~ん」
「・・・・お前に言われても嬉しかねぇよ」
セラ達が狩場に向かった頃、ボイルとボルグは宿で二人きりの時間を過ごす事と為っていた。
元々ボルグの性癖で客足が遠のき、今や閑古鳥の鳴くこの宿でボイルは言い知れぬ悪寒に襲われていた。
「何て言うかぁ~、凄くダンディになった気がするわぁ~~ん♡」
「隣に座るんじゃねぇ、気色悪いだろ」
「イケずネェ~~~ん、でもそんな所がス・テ・キ♡」
「何ですり寄って来んだ? そしてなぜに上目使いで俺を見る?」
身の危険を感じ、ボイルは離れようとするもボルグが腕をつかみ離さない。
「前々から思っていたのよぉ~~ ボイルて、イイわぁ~~~♡」
「離せっ、何か気色悪い!!」
「い~じゃない、少し火遊びしましょうよぉ~~~ うふっ♡」
「離しやがれっ!! 俺には女房とガキがいんだよ、お前みたいな変態と火遊びなんかしたくねぇ!!」
「酷いわぁ~ でも、そんなつれない所が素敵よぉ~~ん♡」
「く、来るなっ!! お前何を企んでいやがる!!」
次第にあやしい展開になって行く状況に流石に身の危険を感じたのか、ボイルは激しく抵抗した。
ボルグは、まるで恋する乙女の様に潤んで瞳で彼を見つめる。
しかしボイルの腕をつかんでいる彼の手は尋常では無いくらいに力が入り、ボイルは振りほどく事が出来ないでいた。
「名前も似てるんだしぃ~仲良くしましょうよぉ~~」
「それは別の意味が含まれてんじゃねぇかっ!! 断固断るっ!!」
「一つになりましょうよぉ~ それは、とっても気持ちの良いモノなのよぉ~~ん♡」
「や、やめろぉおおおおおおおっ!! 離しやがれぇえええええええええええっ!!」
「あ・た・し・のドリル、受け止めんかぁあああああああああああああいっ!!」
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ケダモノと為ったボルグが獲物に襲い掛かった。
ミールの村に響くボイルの絶叫。
むさ苦しい男二人きりの宿に薔薇の花びらが舞い上がる。
正直この後の事は語りたくも無い。
ただ、ボイルはギリギリ大切な物を死守したとだけ言っておこう・・・・・合掌。
そろそろマトモな話を書こうと思いつつも、何故か逸脱してしまいます。
何故なんでしょうか?
次こそは真面目に狩りの話なんかを・・・・自信ない・・・
此処まで読んでくれた方、並びにいつも読んでくれた方
本当にありがとうございます。
仕事で更新が遅れまくり、中々書く時間が有りません。
時折どこまで書いていたのか忘れてしまうほどで、ご迷惑をお掛けしています。




