直情
「行くわよ イツツッ」
夏木さんは勢い良く立ち上がろうとするがすぐに腰を押さえてうずくまる。
「行くってあそこに?」
「それ以外どこに行くのよ」
若干涙目になりつつ俺を見てくる。
「そんなんで行けるの? それにそもそもドローン飛ばしてただけなのに銃を撃ってくるっておかしくないか?」
「でも人がいたのよ! もうこんな生活まっぴらなのよ!」
「俺だって嫌だよ! 炊きたてのご飯を腹一杯食って布団で寝たいよ! ……そんなことじゃなくて、様子を見ながらじゃないと駄目だろ? 彼奴等が撃ってきても抱きついていくのか?」
俺は冷静になるように意識しながら話すが、夏木さんは睨んでくる。
「そんなこと言ってないわ! 貴方は良いわよね。こんな生活慣れてるでしょうし好きなんでしょ?」
「ちょっと頭を冷やせよ。いいか? あそこには行く。だけど接触は様子を見ながら。相手は銃を持ってるんだぞ?」
「……分かったわ」
俺は夏木さんに痛み止めを飲ませてTAHSに乗り込む。
撃ち落とされたのはここから直線距離で8km程度か。歩ける場所を探しながら、且つ食料と水場も求めつつ歩くと上手くいけば日が落ちた頃にたどり着ける。しかし、夜間の接触は危険が大きい。夏木さんの腰の具合もあるから明日の昼ごろを目安に目的地に到着ってところだな。
ーー鈍い
夏木さんは腰が痛いのか、動きに精彩がない。幾らパワードスーツでも自分の体重は腰に掛かってくる。見かねて声をかける。
「少し休みますか?」
「だ、大丈夫よ」
「無理は禁物ですよ。さっきから呻き声がインナム越しに聞こえてちょっと怖いんですが」
緩やかな下り坂を見つけたので歩いているのだが、下りは余計に腰にくるのだろう。そろり、そろりと歩くだけで距離を稼げない。
まあ、ここで休憩するのは得策ではないな。下り坂の途中だし。
もう少しいけば平地に出る。そこからでも墜落現場までは距離はあるが一度休憩するか。そろそろ水もない。
喉乾いた。腹も減ったが。
だましだまし歩いて平地についたら午後3時。水も底を尽きた。
幸いなことに竹藪があるので今日はここで一泊するか。
「夏木さん。今日はここまで」
「ここまでって? もう少し歩けば人に会えるでしょ?」
「歩くの辛いくせに。痛み止めも切れただろうし。水もない。これ以上は進めないです」
俺はTAHSを脱いで野営の準備をするが夏木さんはそのまま進もうとしている。
「どこ行くんですか。どうせ場所も良くわからないんでしょ? 諦めなさいって」
二号機は振り向くと、夏木さんの怒鳴るような声がスピーカーから響いた。
「諦められないわ! 貴方はどうして……!」
二号機は途中で言葉を止めて落下地点方向に進み始めた。
「本当に直情径行だな」
俺はTAHSに装着すると走り寄り二号機の頭を押さえて足をすくう。腰を傷めた夏木さんはその動きに追随できずに転んだ。
「夏木さん聞け! もう3時間もすれば日が暮れる。その痛めた腰でそれまでに辿り着けるか? 水も無いんだぞ? 食料もない。あのドローンを撃った奴らが友好的かどうかも分からない。銃を持っていてドローンをいきなり撃墜するような奴らだぞ? 良いからTAHSを脱いで大人しく寝てろ。分かったら脱げ」
「……分からないって言ったら?」
「好きにすればいい。但し俺も道連れはゴメンだ」
俺は肩に掛けている銃を取り、寝ている二号機の首元に押し付ける。
「この至近距離で撃てば流石に無事じゃ済まないだろ。それともナイフで力任せに押しこむか?」
しばらく睨み合っていたが、パシュっと軽い音がしてTAHSのハッチが開き、夏木さんが顔を覗かせた。
「……それどかして動けないんだけど」
俺は銃を下ろす。
「ふぅ。良かった。俺は夏木さんに危害を加えたいわけじゃないんだ」
「貴方バカじゃない? 貴方に転ばされたおかげで腰をまた打って動けないんだけど」
「……ごめん」
俺はTAHSを脱いで夏木さんを抱き起こす。そのまま横抱きにして野営場所まで連れて行った。
夏木さんはさっきまでとは打って変わって完全に脱力して、全身で「もう動かないぞ」アピールをしてるみたいだ。それとも腰が痛くて動けないのか?
「……喉乾いた」
夏木さんはバックパックを背もたれにして座ったまま呟く。先程までの元気が全く無くなっている。
「ちょっと待って下さいねっと」
山刀の背で生えている竹をコンコンと叩いていく。身の詰まった音がする節を見つけると、節の下を山刀の刃を押し当て背を石で叩く。くさび形に切り取ると中から液体がドクドクと流れ出てきた。
ジップロックで受けると夏木さんに話しかける。
「これなんだか知ってます? 竹水っていって栄養価が高いらしいですよ。腐りやすいみたいですけど」
竹の節に蓄えられていた水が出切るのを待って夏木さんに渡す。
夏木さんはくんくんと匂いを嗅いだのち、少し口に含んだ。
「ちょっと青臭いわね」
「カロリーは無いけどビタミン類は豊富だそうだ。これで洗濯はできないけど」
そろそろ着替えを洗濯したい。汚された服も洗濯しないと臭いが染み付きそうだし。
「あとは食い物はどうしますかね〜」
「ここで野営するって言ったの貴方でしょ。なんとかしなさいよ」
「へいへい。じゃあちょっと周囲を見てきますから動かないで下さいよ」
「心配なさらなくても腰が痛くて動けません。誰かさんのせいで」
……俺のせいじゃないよな? どう考えても自業自得のような。
TAHSの端末を見る。周囲には影はない。人も大型の動物もいないようだ。
俺は銃と山刀、スコップを持ち動き出す。
――竹林と言ったら筍だよな。
竹の種類まで良く知らないが旬は梅雨の時期って言うから遅いってことは無いよな?
本当は朝早くに収穫しないといけないのか。
筍は辺りにポツンポツンと生えているが、如何せん成長しすぎている。地表から30cmの伸びてたら硬くて食べられないんじゃないの?
上手く地割れしている場所を見つけた。
スコップで地面を掘ると筍が顔を出そうとしている状態だった。
――鍬が欲しい。アレがあれば一発で仕留められるのに……
ないものねだりをしてもしようがないので、手を入れられる程度の穴を筍の際に掘る。山刀を付け根に差し入れると、ザクっと音がして上手く取れた。
これだけで二人の腹は満たないのでもう少し探すことにした。
「マムシですか」
何か動くモノを視界の端で捉えると草に紛れて逃げ出している蛇を見つけた。
近くに落ちている枝を手にすると蛇に近づいた。マムシ特有の体の模様と三角形の頭だ。
まず枝で頭を押さえ、足で首元を踏んづけ動きを封じる。山刀を鞘から抜き首に押し込むと、背骨の感触が僅かに感じられるが、頭が切り落とされた。
切り落とした頭は穴を掘り埋めておく。あいつらは頭だけになっても長時間生きていて噛み付いてくる。当然噛みつかれれば毒にやられる。用心することに越したことはない。
「ま、こんなもんだろ」
今日の食材は筍2本と40cm級のマムシが1匹。
夏木さんは泣いて喜んでくれるだろう。




