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激昂

 川から上がると周囲の安全を確かめTAHSを脱いだ。

 腰まで浸水していたので水がダバァと出てきた。


「おい! 夏木さんどういうことだよ!」


 俺は靴が水に濡れた不快感を物ともせず言い募った。


「勝手に動くし、俺に向けて発砲してみたり、俺を見捨てて勝手に逃げるし。何のつもりだ!」


 TAHSを着たまま体育座りしている夏木さんの肩を強く押してもびくともしない。思わず殴ったが俺の拳を痛めただけで、夏木さんは何も反応しない。

 俺の足の震えが止まらないし苛立ちは募るばかりだ。

 深呼吸をして落ち着かせ、舌打ちすると焚き火をするために枯れ木を集め始めた。


 警戒しながらを焚き火をして濡れた衣服と靴を乾かす。

 火を見つめているとささくれた心が穏やかになり無心になってくる。無心になるのはいいが生命の危機を回避した安堵感からか腹が減ってくる。


 あの巨大ミミズ達は川を渡れなさそうだ。しかもこちら岸には生息していないみたいでレーダーに反応はない。

 靴はフィールドワークするためのFiveTenの靴を脱ぎ、車を運転していた時の革靴っぽく見える靴に履き替えてうろつく。食い物が本格的になくなってきた。鹿の燻製もそろそろ消費期限が近いし、量も尽きてきた。


 ――今日の夜に夏木さんの心の殻から出てきたらどうするか。もう付き合いきれんしな


 川辺には桜の木が多く植わっている。この辺は公園だったのか? もう桜の季節ではないがさくらんぼがなっている。観葉樹のさくらんぼは美味しくはないのは知っているが口にしてみる。

 口に入れて噛んだ直後はふわっとした甘さがあるが、その後を追うように酸っぱさが突き抜け、噛み終わると渋さと苦さで麻痺する感じになる。4粒、5粒と口に入れるが食が進まない。逆に胃が動き始めたのか急激に空腹感に(さいな)まれる。


 ジップロックにさくらんぼを摘んで袋いっぱいに入れるとスキットルに入っている焼酎を振りかけた。これで時間が経てば苦さの原因のタンニンが抜ける筈だ。ただ、焼酎はもう残り少ない。大事に使いたい。料理にふんだんに使ってる場合じゃない。


 ふと川を見ると何かが泳いでいる。

 肩からかけている銃を構えレーダーを見た。


 ――反応はしてない。ミミズではないのかな?


 あまり小さいとレーダーは反応しないようなので小さいミミズとかだと危険だが……


 浮いたり沈んだりしている。茶色い毛皮をしているようだ。


 カワウソ……ではないな。胴体が太いし。カピバラか? 動物園で見た時にはもっと大きかったような。幼体かな。そもそも日本で野生化してるのか。でも、ネズミの大きい感じはどこかで見たような。


 川辺の葦が茂っている中に泳いで行った。俺はそれを追いかけていくが葦が生い茂り音で気付かれて群れで泳ぎ逃げていく。急いで銃を構えて撃つが当たらない。こんな時にはTAHSの自動照準機能が欲しくなる。

 諦めて銃を見つめる。今持っている銃はMK17で7.62mm弾なのでもし当たっても弾け飛んで肉は残らなそうだ。狩りには散弾銃が適しているな。


 葦が生い茂っている足元も見ると3cm程度の穴が無数に空いている。


 ――葦蟹か


 一度荷物を取りに戻り、釣り糸に鹿の燻製肉を括りつけ巣穴に近づける。静かに待っていると食いついてくる。渓流釣りに使うタモで水面に近づけカニをその中に落とすようにすくい上げる。水面から出してしまうと餌から手を離して逃げてしまうからだ。


 天敵が少ないのか、人間が乱獲しないからか簡単に釣れてあっという間に10匹釣れた。

 ついでに葦を刈り芯を抜いていく。片手いっぱいに掴めるほど収穫して焚き火に戻った。


 夏木さんは未だ自分の殻に閉じこもっている。俺は憎々しげに睨むがTAHSのフルフェイスに阻まれ、俺の鋭い眼光は跳ね返されてしまう。


 心が狭い俺は自分だけの飯を作ることにした。

 調味料も素材も少ないので味噌汁と葦の炒め物、後は鹿の燻製を焼いたものだ。

 味噌汁は葦蟹を入れて出汁になってもらう。時間をかけて泥を吐かせたいところだが空腹が我慢出来ない。あまり蟹を長時間煮ると硬くなってしまうので出汁がでた頃合いで味噌を入れて完成だ。

 葦の芯はそれほど美味しいもんでもない。オリーブオイルを引いてサッと軽く炒め塩コショウをするとアスパラの茎を安っぽくした感じの味がする。


 ――そうか。鹿の燻製をベーコンぽく使えばアスパラベーコンになるかも


 次回作ることがあれば固く心に誓う。鹿はもう残り少ないが。武士の情けでこの残りは夏木さんに分けてあげることにした。


 そのまま夜が更けたが夏木さんは再起動しない。

 しようがないのでインカムに向かって大声で怒鳴る。


「おい! 返事しろ!」


 夏木さんは肩を強張らせ飛び上がる。


「何よ! びっくりするじゃない!」

「やっと返事しましたね。 とりあえず出てきて下さいよ」

「このままで良いわ」

「……まあいいですよ」


 俺は譲歩する。顔を見ながら話をしたい気もするがどうでも良くなってきた。


「まず第一に何で俺を見捨てて逃げていったんですか? 銃で撃たれたのも腹立たしいですが、まだ事情は分からないでもないです。その御蔭で故障して走りづらくて遅れを取らざるを得なかったんですがね」

「……怖かったのよ」

「バカか! 俺だって怖いわ! じょーだんじゃない」


 思わず激昂してしまう。


 ――いかん、いかん。落ち着かないと


「次に勝手に行動しないでくれ。市役所跡地から逃げる時に何故勝手に建物に立てこもろうとした? 無闇に危険を冒しただけだろ」

「別に良いじゃない。貴方は私の上官でもないわ。どちらかと言えば私が上よ」

「……この状況で上も下もないだろ? ふざけるな!」


 もう爆発寸前です。止まりません。

 でも冷静に考えるとこのまま喧嘩別れしたら不利なのは俺の方だ。硬く握りしめた拳を振るように解く。


「俺が乗ってるTAHSの左足が調子が悪くて水漏れしてきます。直せますか?」

「……見てみないと分からないわ。パーツの交換で済めばね」

「ふぅ。……そうですか。じゃあ明日の朝に直してください。それぐらいは出来るでしょ? あぁ、あと充電もしておいて下さいね」


 厭味ったらしく言った後でツェルトに潜り込む。


 明日TAHSが直ればそこで別れよう。このままでいたら俺が保たない。それで人里を探そう。先のことはそれからだな。それまでTAHSが保てば良いけど。


 シェラフに収まると安心感に包まれる。

 そこで一つ男ならではの不具合が出てきた。昼間の戦闘や生命の危機感のせいなのか。それとも処理をずっと怠ってきたからか。思わず夏木さんのナマ足が頭をよぎるが頭を振って打ち消した。なんかこう、色々とマズイ気がする。


 戦場の軍人はこんな時どうするのか。男同士なのか。おかず的なものを持参しているのか。


 バカなことを考えているうちに寝てしまった。

※FiveTenの靴

 作中で主人公が履いているフィールドワーク用の靴はFiveTenのCampFour Midと言う種類です。FiveTenのソールはフリクションの性能が高いStealth®ラバーを使っています。登山靴で有名なVibram社のソールもいいのですが、Stealthラバーは濡れた木の根でも、苔濡れた岩でも滑りにくいです。

 なお、新モデルからゴアテックス素材が採用されたので水漏れにも強くなりました。


※葦蟹

 葦原に棲む小さな蟹を総して呼称してます。数種類いるのですが大まかにしか区別がついてません。

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