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第七十四話 バロシュ領攻略戦①

 停戦期間が明けるまで、残り二日を切った。

 すでに松永軍の兵達は、槍衾を組む五人が分隊を形成し、指定された場所へと移動を開始している。

 これは敵の諜報を掻い潜るためだ。

 始めは単独で行動させることも考えたが、それではスパイがいた場合には、情報が筒抜けとなる可能性があるので、互いに監視できる五人で組ませることにした。

 効果があるかは分からないか、やならいよりかはマシだと思い、実行してみることにしたのだ。


 さて、総大将の俺が遅れてはまずいので、そろそろ出発するとしよう。

 日が落ちてから城を出て、夜中のあいだに目的地近くまで行く予定だ。

 そしてまた次の夜に領境まで歩を進め、夜明けと同時に攻め入る手はずである。


 共に行くメンバーはリリ、ビアンカ、チカ、マルティナ、サーラである。

 ウラディミーラはチェルニー軍の指揮を任せている。

 アルバロは獣人部隊の隊長に任命し、副隊長にはボリバルを配した。

 彼ならば、アルバロの暴走を諌めるだけの冷静さがある、と考えての人選である。

 また二週間前に、犬狼族の村へ使いを送ったところ、三十名を超す若者が集まった。

 ハビエルに仲介料を手渡し、すぐに連れてこさせて獣人部隊へと組み入れた。

 

「皆準備はいいか。そろそろ出発するぞ」


 俺は女達に出発を告げる。


「あたしはいつでもいいよー」

「私も問題ありません」

「チカも準備万端ニャ」

「昨日のうちに出立の用意は整えた」

「ちょ……ちょっと待ってくださいぃ。今やりますからぁー」


 サーラは相変わらずだな。

 いちいち怒っても仕方無い、彼女の支度が整うまでしばらく待つことにしよう。


 そして三十分後、サーラの準備も終わり、俺達はバロシュ領方面へと向う。

 出立時刻は、十九時三十分であった。


 これから暗い夜道を、火魔法の灯りを頼りに進むことになる。

 ただ、俺以外は皆、夜目が効くので問題ないだろう。


 

---



 腕時計に目をやり時刻を確認する。

 ただ今、深夜の三時を回ったところだ。

 あと一時間も経てば夜が明けるので、俺達は手近な森に身を隠し、体を休めることにする。

 ここから領境までは、ほとんど距離は離れていない。

 そのため、ここで日が昇る間を、息を潜め過ごしていても、日が暮れてから行動を開始すれば十分間に合うのである。

 

「よし、ここで睡眠を取るとしよう。再び動くまで、半日以上ある。ゆっくりくつろいでくれ」


 俺がそう告げると、ビアンカがすぐにござを敷き、その上にリリが寝具を用意する。

 地面の上だが、雨が降らない限りは、部屋の中と大差ない環境で休むことができるだろう。


 そして一行は、寝心地のよい布団の上で睡眠を取った。



---



 いよいよあと三時間もすれば日付が変わり、停戦期間も明ける。

 俺達はすでにバロシュ領境へ到着していた。


「これから点呼を開始する……」


 俺は声を潜めながら、集まった兵に落伍者がいないかの確認を行う。

 ちなみにアキモフ軍は、錬度に難があるので、浸透戦術のような高度な作戦は無理である。

 なので、少々遅れて到着する予定となっている。

 バロシュ領の兵が集まるのは二日後だと思うので、それにぶつけてやる算段だ。


「隊長は、分隊名と名乗り、落伍者がいないか報告しろ」

「はっ、松永軍第二十三分隊長、ビシェクであります。当分隊は落伍者なく到着しましたことを、報告申し上げます」

「よし、ではあちらで、命令があるまで体を休めておけ」

「はっ」


 点呼が終わった者たちには、食事を用意している。

 湯気が立つとまずいので暖かいものは出せないが、体を温め、緊張をほぐすための少量の酒や、フルーツや白パンに牛肉など、豪華な食材をリリのアイテムボックスから出した。

 戦前なので、士気を上げてもらわないといけないからな。

 

 俺は、部隊表の第二十三分隊の欄にチェックを入れ、次の分隊へと向う。

 

 そして一時間後、ビアンカらと手分けして点呼を行った結果、無事に一名の脱落者も出さなかったことを確認できた。

 松永軍四百人揃い踏みである。

 

 またチェルニー軍のほうは、ゲリラ戦に慣れているため、少人数での行動はお手のものであるようだ。

 先程ウラディミーラが、余裕の表情でチェルニー軍百人の到着を報告してくれた。

 当初は百五十人の予定だったのだが、バラキン領の新兵五十人は錬度が低いため、チュルノフ軍に合流してもらうことにした。

 そして、俺は友軍である彼らにも、酒や食事を振舞ってやった。

 

「これで準備は万端だ。あとは深夜三時まで全兵に仮眠をとらせろ。そして四時を回ったところで進軍を開始する」


 さて俺も少し仮眠を取るとしよう。

 夜番は申し訳ないが、ビアンカ達に任せるとするか。

 ではおやすみなさい……。



---



 時刻は午前四時、進軍開始のときである。

 つい五分前に目が覚めた俺が、進軍の合図を行う。

 敵に勘付かれないように、声には出さず……手を振るだけだ。

 

 俺も戦に随分と慣れてきたな、としみじみ思う。

 進軍開始五分前まで、うとうとしていられるのだから。

 以前ならば緊張して眠れなかっただろう。

 図々しい性格になったもんだ、と軽く自嘲しながら、早いとこ目を覚ますために、携帯している常温のコーヒーを一杯飲む。

 

 さて行こう。目的地はバロシュ領の領都であるカラフだ。

 カラフの町は、背後に控えるウラール川の豊富な水資源を利用して栄えている。

 また、ウラール地域とナヴァール地域を結ぶ、交通の要所にもなっており、物流の拠点でもある。

 

 目標は三日以内に落とすこと。

 それが難しいとみれば、早々に兵を退き領境で敵軍を迎え撃とう。

 

 問題は、敵の防衛態勢がどの程度整っているかだな。

 三太夫が言うには、多少の警戒をしているくらいだそうだ。

 常時、動員限界に達するレベルの兵を、詰めさせるわけにはいかないからな。

 費用の面から見て、負担が大き過ぎる。

 

 だが、実際に現地に行ってみなければ、詳細は分かるまい。

 今すべき行動は、敵に気付かれないよう、なおかつ迅速に進むことだな。  

 領境からカラフまでの距離は、約十キロメートルと短い。

 いわば目と鼻の先と言っても過言ではない。

 行軍速度は街道を通らないので、時速四キロメートルで進むと考える。

 だとすると、六時半頃には到着するだろう。

 着き次第、すぐさま攻撃開始である。

 

「あとは目の前の戦に集中するだけだ……」


 誰にも聞こえないくらいの小声を……自分に言い聞かせるように発してから、俺はカラフへの小道を前進する。  


 

---



 進軍すること二時間半。

 予定していた通りに、松永軍とチェルニー軍はカラフへと到達した。

 

「聞いてはいたが、これは攻めにくそうだ」


 カラフは、ウラール川に近い湿地帯に造られた町だ。

 城の周囲には、直径十キロメートルはあるかという規模の湿地が形成されており、その中の数十の小島で領民が生活している。

 それらの小島は橋で繋がれているため、連絡は容易にとれるようだ。

 そして湿地の中心にポツンと本城がたたずんでいる。

 

 これは難儀だな。いわば天然の水堀があるわけだからな。

 戦国時代の忍城みたいなもんか。

  

「ええ、これでは大手門に張り付く前に、疲れ果ててしまうな」


 俺が三太夫から受け取った、カラフの見取り図を難しい顔で見ていると、マルティナが横から良い匂いを撒き散らしながら、見取り図を覗き見してきた。

 

「この沼地は、ナターリャさんでも凍らせることは無理かな?」


 氷魔法使いである、マルティナに聞いてみる。


「どうだろう、母様なら全力で何発も放てばできなくは無いと思うけど……、五百を超す大軍が渡りきれるだけの強度が保てるかは、分からないな」

 

 ナターリャさんでも難しいか。

 

「ならば、お前と二人ならばどうだ?」

「私の力では、母様の大魔法は使うことができないんだ。まだまだ訓練しないと、そのレベルまでは……」

 

 ふむ、一人で戦局を打開できるのも限界があるか。

 ナターリャさんクラスの魔法士が、もう一人いれば違うのかもしれないがな。

 だが、そうホイホイとトップクラスの魔法士が入ってきてくれるはずもない。

 ここからは皆の連携も必要になってきそうだな。


 まあ、今回ナターリャさんが攻撃をするガチンスキー城は、カラフほど攻めにくくはないだろう。

 バレスもいることだし、軽く捻ってくれるだろうよ。


「そう落ち込むな。まだ若いのだから、そのうちできるようになるさ。マルティナには素質はあるのだからな。それに攻め手が無いと決まったわけではない」

「うん……ありがとう」


 ここでいちゃつくわけにはいかないので、俺は見取り図を片手に町へと近づく。

 間も無く三太夫が町の様子を、再び報告してくれるだろう。

 それを聞いてから、作戦を煮詰めるとしよう。

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