第七十二話 チュルノフとの会談
領都に帰ってくるなりコンチンが、ウラディミーラから連絡が入った、と報告してきた。
すでにチュルノフ家との話はついたそうで、後はトップ同士の会談をすれば同盟が成立するまでに、話を進めてくれていたらしい。
彼女としては、俺にいち早くチュルノフ家との話をつけてもらって、嫁として……いや客将として側に仕えたいのだろう。
それならばということで、至急日程を調整してもらい、明日に急遽会談を行う運びとなった。
場所は両家の中間となる旧エロシン領東部の、オホーチカ村である。
俺はリリ、ビアンカ、コンチンら数名を引き連れて、前日に出発し前乗りすることにした。
街道を走り、夕刻には無事オホーチカ村へと到着した。
ここは直轄地ではないものの、しっかりと減税を行い施しも加えたので、例の如く俺達は村民に歓迎された、
到着後、俺達は村長に大きめの小屋へ案内されて、そこで一夜を明かした。
明けて翌日、昼前まで村人達と会話をしたり、兵も訓練をつけたりと、暇をつぶしながら先方がくるのを待つ。
チュルノフ家の方々は予め、領境の村落で一夜を越したらしいので、距離的に考えると昼過ぎには到着するだろう。
当主が老齢なため、時間には余裕をもって移動しているようだ。
だから俺は早めに昼食を取り、昼下がりの来訪に備えていた。
そして午後二時を過ぎた頃に、予定通りにチュルノフ家の面々がウラディミーラを伴いやってきた。
「秀雄様ー、ウラディミーラですよー」
「ははは……久しぶりだな」
俺はウラディミーラに手を振り、老人へと視線を移す。
「遠いところよりご足労いただきまして、有難うございます。私は松永秀雄です。ささ会場へと案内しますので、どうぞこちらへ」
そして彼のところまで歩み寄り、名を名乗る。
「おお、そなたが松永殿か。私はチュルノフ家当主であるパトリクと申す。この度の歓待、感謝しますぞ」
パトリクと名乗る老人は下馬すると、俺にお辞儀をしてから、自分の足で歩き出した。
六十過ぎと聞いていたが、まだまだ元気である。
俺が気を使い、チュルノフ領に赴こうかと申し出たが、丁重に断られてた。
まだまだ現役ということなのだろう。
「いえ、客人に対して失礼な真似はできませんからね……どうぞ、こちらが会場になります」
ビアンカに扉を開けさせて、パトリクとウラディミーラを中へと入れる。
「ではこちらへ」
「すまんの」
パトリクを上座に案内させ、皆が着席する。
そしてビアンカが間髪入れずに、コーヒーに茶請けの菓子を出してくれた。
三時近いので、おやつの時間だからな。
しばしコーヒーを飲みながら一息入れる。
落ち着いてきたので、そろそろ話を切り出そう。
「では本題と行きましょうか。ここに居りますウラディミーラ殿より、当家の意向は伺っていると思うのですが、それについてチュルノフ家のご返答をお聞きしたい」
すでに根回しは済んでいるので、ここは形式的に聞いているだけだ。
「孫から話は回っていると思うが、チュルノフ家も松永家と友人として末永く付き合っていけたらと思っている。もちろん主導権は、松永家が握ってくれて構わない」
うむ期待していたとおりの回答で安心した。
裏で話はついていても、最後にどんでん返しなんてこともありえるからな。
「その言葉を聞いて胸を撫で下ろしました。当家から見ても、チュルノフ家と結べたことはとても大きいです。今後は尽力していただくことになると思いますが、我々は最大限の助力をすると約束いたします」
チュルノフ家は地理的に重要だからな。
もしかしたら、他家から攻め込まれる場面も出てくるだろう。
苦労をかけるかもしれないが、そこは我慢してもらおう。
「それは心強い。まあ敵も我々に旨みなどないと思うが、……万が一のときはお願いしますぞ」
「ええ、任せてください」
「それでじゃ、……話は変わるが、当家もチェルニー家と同様に他家の血を求めているのはご存知だろうか?」
ええもちろん。
ウラディミーラさんから、痛いほど聞かされましたからね。
「はい、なんでも近親婚を繰り返したせいで、子ができにくいとか……」
「そのとおり、特に私の後継が問題でな。昨年継嗣であった、一人息子が亡くなった。そのため残されているのは、彼が残した五つの男子のみ。それ以外の本家に連なる者では、三十以下の女は三人いるが、その相手となる男が私しかおらん。そのため、ぜひ松永家の方々にこの娘らを娶って欲しいのだ」
おおう、これってかなり深刻な状況じゃないか。
何かが起きれば断絶へとまっしぐらだな。
チェルニー家も、ウラディミーラ以外は、女が三人だけだったかな。
この血筋は男ができにくいか、または早世するみたいだな。
「お爺様! 秀雄様の種は私が先約済みですよ。あの娘たちには他の方で我慢して下さいね」
ウラディミーラが、にっこりと俺に視線を送ってきた。
ああ、よかった。
マルティナを連れてこなくて。
「わかったわかった。松永殿の家臣には、独身の若者がたくさんいるらしいから、そちらを紹介してもらうから安心しなさい。それで松永殿、その件、お願いできるだろうか」
「ええ、問題ありません。いきのいい若者を取り揃えますので、近日引き合わせましょう」
えー、ニコライにヒョードルの他にも、バレス隊の独身勢を紹介するか。
きっといい出会いがあるはずだ。
「それは助かる。松永家のお陰で断絶の道から逃れられるかもしれん、心から御礼いたしますぞ」
「こちらこそ、二家との血縁ができれば益こそあれ害悪にはなりません。歓迎いたしますよ」
これで同盟確認と婚姻関係についてはクリアしたな。
あとは次の戦のときの動きについてだな。
「婚姻に関してはこれでよいですね。あとは私からのお願いがあります」
「ほう、何ですかな。私にできることならば協力いたしますぞ」
パトリクは立派な髭をネジネジとしながらも、真剣な表情に変わる。
俺からの願いっていったら、粗方予想はつくからな。
「実はこれは機密事項なのですが、当家はピアジンスキー家との停戦期間が切れると同時に、ガチンスキー家とバロシュ家へ攻め込みます。このときチュルノフ家とには、エロシン領へと攻め込んで欲しいのです。もちろん本気で攻めなくても構いません。相手の気を引いてくれれば、それで結構です」
これで敵の目を撹乱できるはずだ。
少なくともエロシンからの援軍は無くなるだろうな。
「もちろんその程度ならばお安い御用だ。前回の要請には応えられず、申し訳なかった。今回は松永殿の期待に応えてみせるので、安心していてくだされ」
これは大きい。
チュルノフ家からは百五十人程は動員できるからな。
エロシン家の動員兵力は防戦時で二百強。
さらに松永領から百人程度出して、挟み撃ちにすれば、堪らず援軍を要請してくるかもな。
「それは有り難い。進軍のタイミングはまた知らせますので、宜しくお願いします。もちろん報酬としてエロシン領の四分の一は差し上げることを約束しますよ」
チュルノフ家の信頼を得るためにも、前回出した条件は据え置くことにした。
「すまんの。前回動かなかったにもかかわらず、これ程の厚遇、その心意気に応えられるよう尽力しましょうぞ」
「ええ、期待していますよ」
ふう、これで大方、決めるべきことは処理したかな。
残っているのは、ウラディミーラの受け入れだな。
一応マルティナらとは話を付けているから、多分大丈夫だろう。
「あとウラディミーラには準備ができ次第、領都であるマツナガグラードへ詰めてもらうことになる。それで構わんか」
するとウラディミーラは喜色満面の笑みを浮かべてきた。
「もちろんですとも! 明日にでも、秀雄様のお側に行きとうございます。しかし一度領内は帰り引継ぎをせねばなりません。それに、私達チェルニー家も、次の戦ではお役に立ちますからね」
ウラディミーラの能力は擬態だ。
変身ではないが、背景の景色に姿形を溶け込ませることができる。
しかも自身だけでなく、彼女ならば、同時に三十人程には効果を及ぼさせられる。
完全に伏兵向きの能力だ。
使い勝手がとてもよさそうである。
「ああ、あなたの能力は有効だからな。戦場でも重宝するだろうよ」
「なんて嬉しいお言葉……、ご寵愛を頂けるように頑張りますね」
おっおう、頼むよ。
ガチンスキー領にバロシュ領は森林が多いからな。
「ふう、これで私からは以上です。お二人は他に何かありますか?」
「チュルノフ家としては、松永家と盟友になれただけで満足ですぞ」
「私も正式に秀雄様に迎えられて、これ以上の幸せはありません」
ウラディミーラは、なんか違う気がするがまあいいか。
「では会談はこれでお開きにしましょう。次は祝勝会でお会いしましょう」
この言葉を最後に、俺は会談を終了させた。
すでに時刻は夜に近づいているので、今日は夕飯を共にして、この村に泊まってもらうことにした。
そして翌日、パトリクとウラディミーラはそれぞれの領地へと帰っていった。




