第六十七話 ビアンカとチカの実家へ⑤
彼は税は厳しく取り立てていたらしいので、金には汚いと思っていたが効果てき面のようだ。
目線が金貨に釘付けである。
もちろん亜人にとっても、金は希少価値のある金属であるため、貨幣として相当な価値を持つ。
亜人間の交易、人族との交易のどちらにおいても金は重宝されているのである。
まだ交換経済も機能しているが、物の価値を金を基準にして計れること、支払方法が簡易になること、保存方法が楽であることを理由に貨幣経済も、亜人コミュニティーにおいても普及している。
「ちょっと待ってくれ松永殿。ここはお互い行き違いはあったが、少し落ち着いて話そうじゃないか。今茶を用意させるから、それで一息入れるとしよう」
ビアンカの言うとおり、正に小物という言葉がこれほど似合う者は、俺が見てきたなかで一番かもしれない。
早速態度を百八十度変えたのは、驚きを通り越して笑えてきた。
ベニートも横で困惑している。いい気味だ。
「いいえ、その必要はありません。俺は先に述べた条件を飲みさえしてくれれば、今後アギレラ家と良い関係を構築していきたいと思っています」
俺としてはビアンカに関しての条件を飲んでもらわなければ、溜飲を下げることはできない。
そのため、金を取るか息子のわがままを取るかの二者択一を迫ったのだ。
元からこの村で、交易に関する話はするつもりでいたが、敵対する相手と取引することは無理なのでこのような形を取ることにした。
ハビエルの人間性は信用できないかもしれない。
しかし彼の性格が金好きならば、交易による利益がある限り、取引においてのみは心が置けると思う。
俺が息子のわがままを容認するつもりはない、と伝えたところ、彼は俺とベニートを交互に見遣りながら考え込んでしまった。
「なに簡単なことですよ。ビアンカ達には干渉しないと一言いうだけで、将来的に大金が転がり込んでくるのですよ」
俺が一押しすると、ハビエルも踏ん切りがついたのか、ベニートへの視線を振り切り俺に頭を下げてきた。
「松永殿、我々アギレラ家は今後ビアンカやその家族に対し、一切の干渉を取り止めることを約束する。これはベニートに対しても効力が及ぶと思っていい。……これでいいのだな」
ハビエルさん、あんた素敵だよ。
金をちらつかされてたら、すぐになびくこの変わり身、悪いようにはしないから安心してくれ。
「ええ、これで構いませんよ。ではこの金貨は差し上げますので、ぜひ受け取ってください」
机にばら撒かれた金貨を手で集め、そのまま差し出す。
百枚だからちょっとした小山にはなっている。
「わっ、悪いな。だが我々から差し出せるものなど何も無いぞ。せいぜい近くの森で取れる薬草くらいだ。後は狩猟で得た魔獣の素材だな。犬狼族の特産品と言ってもこの程度だ」
犬狼族は特性上、農業でというよりも、狩猟中心で生計を立てている。
だからそれほど交易品には期待していない。
「ならば足りない分は、兵を提供するという形でどうでしょうか。もちろん無理にとは言いません。余裕がある範囲で構いません」
俺は用意していた言葉を放った。
「おお、それは名案だ! 犬狼族は身体能力に優れているからな。森の資源は限られておるし、農業は我らの得意とするところではない。そのため毎年一定の年齢に達した次男坊や冒険者希望の者は、食い扶持を減らすために旅立ってもらっているのだ。彼等を松永殿に派遣するのはどうだろうか」
それはいい考えだ。彼の提案に乗らせてもらうとしよう。
しかしその分だと、犬狼族の暮らし向きはそれほど良くはないのだろう。
狩猟だけでは余剰作物も生まれないからな。
それに特産品にも乏しいので、食料を外から調達することもできない。
ならば職にあぶれた者は他地域で、己の食い扶持を調達するしかないということか。
「ええ、我々はその条件で構いません。あと他の里にも口利きしていただければ、紹介料をお支払いしますよ。兵一人につき金貨二枚でいかがですか」
犬狼族のこの地域の人口は千五百人程らしい。
猫族に比べて五百人は多い。
その分、食えない者も出てくるのだろうな。
そう考えると三十人程度ならば集められるかもしれない。
これだけでも金貨六十枚は入ってくる計算だ。
もちろんハビエルは既にホクホク顔になっている。
「おお、ぜひとも任せてくれ。私が松永殿へ責任を持って紹介すると約束しよう」
「ではその条件でよろしくお願いいたします」
金をちらつかせたら簡単に話がまとまったな。
ハビエルにどこまで力があるかは分からないが、仮にも王族なので悪いようにはされないだろう。
ここまでの過程は色々あったが終わりよければ全て良しだ。
ベニートは困惑を通り越して放心状態だ。
まさか父に見放されるとは思ってもいなかったのだろう。
そして彼に追い討ちをかけるように、ビアンカが俺に腕を絡ませてくる。
普段はそんなことをする娘じゃないのに……。
余程ベニートのことを根に持っていたのだな。
俺はなにも悪いことはしていないのだが、なんか居たたまれなくなってきた。
用件も済んだことだし帰ろうかな。
「ハビエル殿、俺達は目的も果たしたのでこれでお暇させて頂きます。兵の件につきましては、一月後に使者を送りますので、その時までにできる限り集めておいてください」
九月には税収があるので金にも余裕ができる。
兵を増やすタイミングとしては丁度よいだろう。
「ああ、期待していてくれ。できるかぎり多くの者を集めるからな」
彼の目には俺の顔が金貨の山に見えていることだろう。
「期待していますよ。ではまたいつか」
そして俺達は館から足早に退出しビアンカの家へと帰っていった。
その道中、村民たちから色々な反応を受けた。
男共からは、怨嗟の眼差しもあったのだが、何人かの若者からは仕官させてくれとの申し出を受けた。
どれも数年後には村をでる予定の若者なのだろう。
俺のことは既にビアンカの実家の前の一件で知れ渡っているようだ。
彼らには一ヵ月後に迎えをよこすので、その時に志願するようにと伝えておいた。
また女達からは受けが良かった。
獣人であるビアンカを嫁にする奇特な権力者として、彼女達の目に映ったのだろう。
私も連れていってくれならまだいいが、妾でもいいから側においてくれなどと言われたときは流石に驚いた。
村の生活は狩猟が中心のスタイルなので不安定なのだろう。
女としてはビアンカが血色が良くなり、さらに宝石類を身に付けて戻ってきたので、俺に対する好感度はうなぎのぼりのようだ。
だが女を過分に連れていくと、村の存亡に関わってくるのでハビエルに要相談だろう。
そして今は家の中で鍋を囲んでいるところだ。
ハビエルの所にはあれでも一時間程は滞在したので、その間にビビアーナさんが夕食を用意してくれていたのである。
鍋の具は熊肉に猪肉である。
滅多に口にすることできないご馳走らしく、弟のミゲルはよだれをだくだくと垂らしていた。
ビビアーナさんも働き手のビアンカがいなくなって生活は苦しいだろうに、貯蓄を切り崩して奮発してくれたようだ。
申し訳ない気持ちもするが、遠慮してはかえってよくないと思い、礼だけしてあまり気にせず頂くことにした。
「みんなで囲む鍋はおいしいな。もちろんビビアーナさんの味付けも最高ですよ」
この辺りは大山脈の近くに位置しているので、季節は夏だというのに気温は低めだ。
そのため夜にはかなり冷えてくるので、体が温まる鍋料理はありがたい。
「そのようにおっしゃってくださると作りがいがありますわ。まだたくさんありますので、遠慮せずに召し上がってくださいね」
「ありがとうなのじゃー! 鍋は楽しいのー、ビアンカー帰ってからも作って欲しいのじゃ」
「あたしもあたしもー」
リリとクラリスも喜んでくれているみたいだ、
チカ、ニコライ、ヒョードルの三人は競い合うように食べているので、感想を聞いても面白みのある返事はこないだろう。
俺はビアンカに鍋を取分けてもらいながら、それを摘みワインを楽しんだ。
ミゲル君が興味深そうに見てきたので、菓子を与えてやったら尻尾をふるふるとさせて喜んでくれた。
そして食事を終えたところで、俺はビビアーナさんを呼び話をすることにした。
「俺からビビアーナさんとミゲル君に提案があるんだ。せっかくビアンカと会えたのにまた離れ離れになるのはどうかと思う。二人がよければウラールへ一緒にきませんか。もちろん仕事はしっかりしてもらいますし、その分の給金も支払います。それにベニートが逆恨みしてなにか仕掛けてくる可能性があるので、俺としてはその点も気がかりなんですよ」
ベニートの目はかつてのチッチと似ていた。
何かやらかす可能性が高いと思う。
なので早めに手は打つべきだと考えたのだ。
それに余計なお世話かもしれないが、この村での生活は大変だと思う。
身内として二人に良い暮らしをさせてやりたいと思うのが、自然な気持ちなのではないか。
「秀雄さんの気持ちはとても嬉しいのですけど、私達がいきなり行って迷惑になるのではありませんか。私は料理と少々の戦闘の心得がある程度ですし、ミゲルはまだ九歳です。負担は増えても役に立てることは少ないと思いますよ」
ビビアーナはビアンカの立場を慮ってか、共に行きたい気持ちはあるのだが消極的な雰囲気だ。
ビアンカ本人は家長の判断に従うのみなので口出しはしてこない。
もちろん内心では共に暮らしたいに決まっていると思う。
「そんなことありません。お二人の生活は俺が責任持って保障します。正直ここで暮らされていると、私とビアンカが心配しすぎて胃に穴が開いてしまいそうなのです。どうかご理解ください」
俺の誠実かどうかは分からないが真面目な申し出に、ビビアーナは少しだけ考え込んだがすぐに観念したようだ。
「秀雄さんにそこまでお願いされたら、私もお断りすることなどできません。これからご迷惑をかけると思いますがどうかよろしくお願いいたします」
「お願いします」
ビビアーナとミゲルが共に頭を下げてきた。
「こちらこそよろしく頼みます」
そしてビアンカは俺に抱きついてきて、胸の中で泣き出してしまった。
十六歳の少女にとって、この一年足らずの期間は過酷だっただろう。
いくら我慢強い彼女と言えども、色々と思うところがあったはずだ。
だかこれでもう心配することはないからな。これからは家族まとめて俺が守ってやるからな。
と強く心に刻みながらビアンカの背中を、彼女が泣き止むまで撫で続けてやった。




