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第五十七話 バラキン領攻略戦 ⑥

「ベルンハルトちゃん、どうしちゃったのよ! お願い、動いてよ!」


 馬上に跨る……、いや今は地に足が着いているからただの女でいいか。

 その女がベルンハルトという名のユニコーンに、懇願しながら脇腹をバンバン蹴飛ばしている。

 しかしベルンハルトちゃんは微動だにせず、リリに頭を垂れているままだ。


「んもー、さっきからなんなのよー! この妖精を見てから様子が変よ。――キャー、やめなさいよー」


 俺とサーラは松永兵と共に、その間も体をプルプルと震わせながらも襲い掛かってくる騎兵を返り討ちにしている。

 

 女の言葉は無視だ。

 今しがた、リリが放った網で身柄を確保したところだからな。


「そういえばゴロフキンとかいうおっさんはどうしたんだ。まだかろうじて生きていたはずだが?」


「お前がゴロフキンをあんな姿にしたのか! 体の自由を奪うあの霧さえなければ、お前などに遅れを取るはずはなかったのだ」


 なんか女がピーピー五月蝿いが続けて無視だ。

 構うと何倍にもなって返ってきそうだからな。


「あのおじさんは、ヒデオがいなくなった隙に帰っちゃったよー」


 四天王だか四将だか知らないが、せっかくなら殺しておきたかったところだったが仕方がない。

 側面から奇襲をしかけてきた敵が一枚上手だったとしよう。


「そうか。できれば殺すか捕らえたかったが、追い返せただけでもよしとするか。俺達も結構な被害を受けたからな。そろそろ敵も諦めて帰ってくれるといいのだが」

「まだ私達は諦めないわ。まだまだ兵は半分以上は残っているんだから」


 いちいち絡んでくる女だな。

 リリに聞きたいことは聞けたので少し相手をしてやるか。


「五月蝿い女! お前はしばらく黙ってろ! さもないとベルンハルトとかいう馬ごと焼き殺すぞ!」


 俺はファイアーサテライトを発動させ周囲に火球をぽこぽこと作り出す。


「ブヒヒヒン!!」


 女より先にベルンハルトちゃんが勘弁してくれとばかりに俺にも跪いてきた。

 やはり自分の命は大事だものな。

 そういう態度嫌いじゃないぜ。


 しかし女は強情で、


「ふん、殺すのなら殺せばいいわ」

 

 と反抗してくる。


「実力はともかく、面の皮の厚さはゴロフキンよりマシかもな。取り合えずは生かしておいてやる。サーラ、土壁でこいつを囲んでおけ」

「了解です!」


 サーラはすぐに魔法を使い女の周囲に土壁を作った。

 これでうるさい声も聞こえなくなり丁度良いだろう。


 あとは動きの鈍った敵を蹴散らすだけだな。

 既に少なくとも五十騎以上は撃破しているはずだ。

 敵も嫌気がさしていることだろうよ。

 

 既にマヒ毒の霧は晴れているので、ここからでも敵軍の動きは見ることができる。

 どうだろう、まだ退却するつもりはないようだ。

 しかし様子がおかしい。

 

 するとゴロフキンと見られる男が隣の兵士に白旗を掲げさせ、こちらへと近づいてきた。

 まだ両腕を使えていないところを見ると、秘薬のストックはないらしい。

 教皇とかなんとか言っていたから、貴重なものなのだろう。


「私はピアジンスキー家が東方軍軍団長、マリオ=ゴロフキンだ。これよりピアジンスキー家が三女、フローラ・ピアジンスキー様の解放を兼ねた停戦交渉を行いたい」 

 

 ゴロフキン自ら停戦交渉の使者になるか……、この女はユニコーンに乗っているだけあり、本家に連なる身分のようだ。

 おそらくゴロフキンのかたきを取ろうと思い突撃した姫を、このまま敵の手に渡すことはできないのだろう。


 また彼の肩書きであろう東方軍団長という名称も気になる。

 恐らく地理的に西方軍に南方軍があるのだろう。

 それに中央軍を加えると、四将がそれぞれの軍団長に就いていると考えて間違いないだろう。 

 だとすると兵力は、単純計算でも六百は有することになる。

 ピアンジンスキー家は人口一万五千人だ。

 人口に比して保有する兵力数が多すぎる。

 恐らく良馬を売り捌くことによって得られた豊富な資金によって、これだけの人数を動員しても問題ないのだろう。

 それにバロシュ家などの同盟勢力が加わると、総兵力は優に千を超え、もしかしたら千五百に到達するかもしれない。

 

 だとすると、今全力で当たるのは危険だな。

 少なくとも他勢力と関係を持ってからのほうがいいだろう。

 ならばゴロフキンとの交渉は友好的に行うべきだろうな。


「その申し出受け入れる。殺風景な陣内であるがどうぞ入られよ」


 俺は使いの兵を遣り、ゴロフキンを天幕まで案内させる。

 

「さあこちらになります」


 俺は天幕前で彼を出迎え中へと引き入れる。

 

「うむ、失礼する」


 ゴロフキンは俺の顔を見て、嫌な記憶が蘇ったのか少し表情を歪ませたが、ここは軍団長としての誇りが勝ったのか、これ以上の反応は示さなかった。


「ささこちらにお座り下さい。今茶を出します」


 既にこちらへと戻ってきたビアンカを打見して、茶を用意させる。

 

「済まんな。先の戦いは見事であった。私の体がまともに動かなかったとはいえ、ここまでの完敗は久しぶりだわい。流石は松永というべきだな」


 ゴロフキンは少々の悔しさを滲ませながらも、俺を称えてきた。


「いえいえ、あの魔法を受けて動けるだけでも大したお方と思いますよ。ああ、腕の方がまだ完治していないようなのでこれをお返しします」


 後でコンチンに聞いてどのようなものか分析しようとしていたのだが、ここは素直に返しておくことにしよう。


「おお、松永殿は武人の情けがおありになるようだ。先程は卑怯などと罵って申し訳ない」


 そう言うと従者に薬を取り出してもらい、口へと放り込んでもらう。

 残っていた二粒をすべて飲み込んだところで、完全に折れていた腕がくっ付いたようで、腕をぐるぐると回し始めた。


「いえこれから停戦する相手なのですから、この程度の礼儀はわきまえているつもりです」

「それを聞いて安心した。もしそなたが礼の無い奴であったら、フローラ様の命も危なかっただろう」

「はは、私は無駄に命を取ることなど致しませんよ。それよりも、丁度フローラ殿の話になったので、そろそろ停戦交渉を始めませんか?」


 世間話をしていても仕方がないので、なるべく自然なタイミングで話を切り出す。

 ゴロフキンも入口を窺っていたようで、用意していたであろう内容を話し始める。


「おおそうだな。今回我々からの条件はフローラ様の返還である。そしてバラキン一族の当家への引渡しだ。これが成されれば、即刻兵を引くつもりでいる」

  

 それは勝者の条件だな。 

 戦況はこちらが誰の目から見ても有利だ。

 その条件では、はいそうですかと飲むことはできないな。


「それは虫が良すぎます。戦況は明らかに我々のほうが有利です。もう少しマシな提案をお願いしたい」

「……しかしまだ本国にはまだまだ兵は残っておるのだぞ。下手に刺激しないほうが良いのではないのか」


 半分脅しみたいなもんか。

 だが残りの兵を全てこちらに回せる訳ではないので、被害は出るだろうが防衛戦なら勝機は十分あるだろう。


「その時は我々も受けて立つ腹積もりです。先の戦いで分かったでしょう。松永軍は兵の質においても然程劣らないと思いますよ」 

「ぬぬ、確かにそうだが……、ならばエロシン家との戦闘も含めて、今後二ヶ月の停戦期間を加えるということでどうだろうか」


 これでもまだ弱いな、もう一押しといったところか。


「うーん、それではこちらに旨みがありません。かえってピアジンスキー家の戦力を整えさせえる期間を与えるだけですからね。でしたらこれでどうですか。ここまで我が軍が進軍してきたエロシン領東部全域について、松永軍の権益を認めて下さればそちらの条件を受け入れましょう」


 実際占領したのは東部の半分程度なのだが、ここは大風呂敷を広げて全域にしておこう。


「いやいや、それは過分な要求であろう。まだ戦の勝敗は決していないのだから。せいぜいフローラ様の代価として東部の半分が譲歩できる最大限だな」


 あちらのそれなりの諜報網はあるようだ。

 松永軍が占拠している領域を把握しているようである。

 それにしてもフローラ様の代価は安いな。

 三女ならそんなものか。


「うーん、分かりました。この条件で手を打ちましょう。これ以上の被害が拡大するのはお互い不幸ですからね。では、今からフローラ殿を解放いたします」


 この辺りで折り合いを付けなければならないな。

 これ以上ごねても向こうに良い印象は与えないだろう。

 俺はサーラに土壁を崩すように言いつけ、程なくしてフローラは解放された。


 これで話はまとまったかに思えたが、一つ問題が発生した。

 ユニコーンのベルンハルトちゃんがリリから離れようとしないのである。

 フローラは涙目になりながらベルンハルトちゃんの気を引こうとするが、立ち上がる気配を見せない。

 ここで帰ると再び俺達と戦うことが解っているのだろう。

 すでに彼は本能的にリリに敵わないことを理解しているので、フローラの元へ帰りたくないようだ。

 仕方がないので、俺とリリで次に戦っても殺しはしないと約束してやった。

 その言葉に安心したのか、ベルンハルトちゃんは渋々とフローラを背に乗せると、パカパカと蹄音を鳴らしピアジンスキー側へと帰っていったのだった。


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