第百五十三話 戦への準備
大和元年九月三十日
あれからブラニーら土妖精は共にマツナガグラードへ足を運びリリと顔を合わせた。
そして正式にリリの傘下、つまりは松永家の傘下に入った。
土妖精には松永領の街道整備や、領境の防衛施設の増強など様々な普請を行ってもらうことになった。
もちろん妖精軍団は戦力としても有用だが、内政要因としてもかなりの戦力になる。
これまで土魔法を使えるものは限られていたため重要施設を優先に工事を進めていたが、今後は五十の土妖精が加入したことで普請のスピードは格段にあがることだろう。
まず土妖精に関してはこんなもんだ。
続いて、八月から九月にかけてマルティナ、ビアンカ、ウラディミーラら嫁たちが続けざまに出産をした。
三人とも安産であったので俺としてはそれが一番安心したところだ。
無論生まれてくる子は大事だが、それよりも母体に何かあっては取り返しのつかないことになる。
言い方は悪いが、子はいくらでも作れるという考えが俺にはある。
とは言うものの、実際生まれてきた我が子を見に行けば流石に愛情は湧いてくるものだ。
同時に子の将来を考えてしまう自分もいた。
マルティナの男児、名は久道は長子として松永家の後継者として教育をするつもりである。
無論、久道の出来が悪ければその限りではないが。
次に、ビアンカの女児、名はマキと付けた。彼女は候補としては既にいくつかあるが将来的にどこかに嫁がせることになろう。
おそらく犬狼族の王アントニオの息子あたりが適切ではなかろうか。
最後にウラディの男児、名は秀家とした。
彼には松永姓を名乗ってもらい、長きにわたり主家を支えてもらうようウラディに教育させなければ。
いざというときは、泳いでででも主家の危機に馳せ参じてもらわねばならない。
子供達に関してはこんなところである。
続いては、九月なので今回の収入について正確な数値ではないが見込みが出たので記しておこう。
まず直轄地、知行地全体で納められた税を金貨換算すると約三十六万枚になる。現在の松永家の石高は約十三万石、一石辺り金貨七枚換算なので、そこから四割税を取るとだいたい石高通りの計算だ。
今年は豊作ではなかったことと、戦により旧ホフマン領が荒らされたことなどを鑑みても十分合格点の数字である。
着実に農業効率は上昇している。
そして、亜人領域からの交易で儲けた金額が金貨約二万五千枚である。
亜人領域の交易品は利益率が半端ない。仕入れ額の倍以上で裁ける商品は普通にある。
特にファイアージンガー家に卸している武器は一本あたり金貨三枚である。
普通の鉄の剣の相場は金貨一枚であるだから、地精族の技術の付加価値の高さが分かる。
剣の仕入れ値は一本あたり金貨一枚なので、原価利益利率二百パーセントである。
つい最近千本卸したので、それだけで金貨二千枚儲かってしまった。
ただ、他国の戦力を押し上げるのは考え物なので、ファイアージンガー家が上手くアホライネン家の力を削ぐようバランスを図りつつ武器は供給したい。
それ以外は領内の鉱山からの収入が金貨約一万枚、温泉地からの観光収入が金貨約五千枚である。
合わせると金貨約四十万枚ということになる。
十五万枚はバレスやナターリャさんの知行地の取り分になるので、本家に入る分は約二十五万枚となる。
それでも昨年の収入が金貨約十二万枚だったので、四割税にしてなお二倍以上の税収増である。
今後は交易をさらに伸ばすし、地精族に鉱山開発を進める。
そして温泉地は、地妖精に温泉地の更なる拡充を行ってもらい競馬場も作る。
その上迷宮も抱えていることも加えれば、今後当家の税収は飛躍的に伸びると、内政をかじった者ならば誰しも予想できるであろう。
現在松永家の国庫はホフマン家の国庫から大量の金貨と宝物を接収したため、金貨三十万枚程度の資金はある。
それに今回の税収を加えると、あわせて金貨約五十五万枚となる。
資金は十分なのでそろそろ次の一手を打つ時がきたようだ。
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ということで、今は会議室でコンチンとエミーリアの三人で地図を広げながら作戦会議中である。
「先日、シュミット家からの返事がきたが二人はどう思う?」
先月シュミット家に送った、松永家に従属を求める内容の書簡の返答がようやくきた。
その内容は、シュミット家が先導をするので、続いて松永家がゴルトベルガー領に攻め入って欲しいということだった。
「うーん、一ヶ月してようやく帰って来た書簡がこれですからね。普通なら喜ぶべき内容なんですが……」
とコンチンは腑に落ちない表情である。
「私もそう思います。この一ヶ月返事がなかったので当家と敵対するものと思っていましたが、ここへきての突然の恭順の姿勢、なにかしらあったのでしょうね」
二人とも当然疑いの目を向けている。
「確かに俺もそう思う。この一ヶ月でアホライネンや教会から接触があったのかもしれん。ただ単にどこにつくか揉めに揉めて結局一番条件がマシそうな俺たちに恭順することになった可能性もあるがな」
「ええ、確かにシュミット家は自らが先頭に立つと言っています。その点からも当家の背後つく意思はないと示しているのでしょうが……」
とコンチンはそういいながらも何か引っかかる感じの口調だ。
「そうですわね、可能性があるとすればシュミット家と領境を接するヴァンダイク家が背後を突くくらいしか……」
とエミーリア。
「うーむ、しかしヴァンダイク家単体では俺たちの背後を突いたとしても返り討ちにされるだろう」
事実ヴァンダイク家は、地図を見れば分かるようにドン家とファイアージンガー家への押さえが必要で大軍は運用できない。
それにアホライネン家もファイアージンガー家が盾となり大軍の運用は難しい。
「考えられるのは神聖組くらいでしょうか……」
コンチンが可能性を捻り出す。
「うむ、だが奴らは先日打撃を与えたはず。そう簡単に出てくるだろか?」
「私にはなんとも……」
「……」
と俺はいうが二人からは答えが帰ってはこなかった。
まあ当然田舎者の二人が教会内部の情報など知る由のないので当然だがな。
「ただ折角の機会を見逃す手はないと思いますわ。ここかカラの町にも協力を仰ぎましょう。そしてシュミット家とヴァンダイク家との領境を警戒してもらうべきでしょう。幸いあそのこギルドマスターは血気盛んな方のようですから」
エミーリアの提案はもっともだ。
ここで恭順の姿勢をしめしているシュミット家を疑ってかかると、今後当家になびく者がいなくなってしまうかもしれない。
尻尾を振る者には積極的に手を貸す姿勢を示さねば、新参の当家の名声は上がっていかないだろう。
「うむ、あのギルマスは神聖組と交えたいことを言っていたからな。喜んでいくだろうよ」
「ならば、後顧の憂いがないよう編成を組みましょうか」
「ああ、そうしよう」
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そして、三人で議論を重ね、今回の編成が決まった。
その陣容は計四千を越す大軍となった。
詳細は、松永家から二千六百(内亜人、妖精部隊が計四百)、ロマノフ家から三百、アキモフ家から三百、ピアジンスキー家連合から六百、コトブス三家から三百の計四千百人である。
さらにカラの町から精鋭の冒険者たち二百が加わる。
かつてない大軍である。
「改めて地図を見ると、我々の出現で各地の豪族は生き残りを懸け近隣の大勢力につき、その結果南方諸国北東部の再編が進んできましたね。しかも二年とたたないうちにです」
コンチンは地図を眺めながら改めて感慨深くそう言った。
確かにこのスピードは凄まじいな。
事実信長も尾張を統一し、美濃を征するまで十年以上の年月を費やしている。
何にせよ、リリを初めとする高スペック人材のお陰であることは間違いない。
「うむ、幸いまだ領内は俺の目が届く範囲だ。まだまだいけるうちに行っておこう」
急激に領土を拡張することの弊害は、やはり人材が安定しないことによ離反が置きやすくなることだろう。
しかしいまのところは信頼できる人物らに各地を任せることができている。
また、松永家の地理的にも背後を心配する必要がないのは大きい。
某ゲームで島津のチート武将を使い阿蘇家あたりまで滅ぼした感じだろうか。
蠣崎にはチート武将がいないので俺たちのパターンいは入らないがな。
「はい」
「その通りですね」
と二人共頷き、松永家はつかの間の休息を終え再び戦場へと赴くこととなる。
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そのころシュミット家では、ハイデル家とメッツエルダー家の三人の当主が集まり今後対策を練っていた。
「本当に松永家に従ってよかったのかのう……」
と憂鬱な表情を浮かべるのはシュミット家の当主である。
彼は元はアホライネン家や教会勢に臣従し、ゴルトベルガー家との停戦の介入をしてもらう腹積もりであった。
しかし、同盟国のハイデル家とメッツェルダー家の二家が猛烈に反対し松永家に付くことを要求したのだ。
実はその裏では、ゴルトベルガー家に隣接し、仕方なくシュミット家に従っていたハイデル家とメッツェルダーの当主らは脆弱なシュミット家の当主に嫌気が差していた。
信条が合うシュミット家に従ってはいたがこのままでは確実に滅びを迎えると。
その最中反教会を貫き、亜人に好意的な態度を示す松永家に対し二家は好意的な思いを抱いていた。
さらに関係性の強いカラの町のギルドマスターから、いかに松永秀雄が優れた人物かを説かれ、さらにはその側近、兵らの質についての言及を受けた。
これを受けて二家の当主は完全に松永家に組することに心を傾けたのだ。
しかし事は上手く運ばない。
松永家から従属を要求する親書が届いたものの、名家としてのプライドが邪魔したのかシュミット家当主はその首を縦に振らなかった。
むしろ、以前から接触のあるアホライネン家に協力を仰ごうとまで考え出してたのだ。
それに対し二家は強く反対した。
信条の異なるアホライネンに従っても搾取されるだけで終わると。
そして、最終的には改易されるのが落ちであると。
ここまで共にゴルトベルガー家と戦い、勢力の維持に貢献してくれた二家が離反を示唆してまで松永家への参入を強く要求したことを受け、シュミット家当主はそれを断ることはできなかった。
もし断れば、すぐにでも二家に弓を引かれ、アホライネンからの援軍が駆けつける前に、松永家に蹂躙されることは目に見えていたからだ。
ここ数年ゴルトベルガー家に領土を削られ無能呼ばわりされてきたシュミット家当主であるが、そこまで愚鈍ではなかった。
そして、喧々諤々の議論を重ねた上でようやく松永家に従うという意見をまとめ返答をしたのであった。
一方アホライネン家に対しては、いまだ返事をはぐらかし返答をしていない。
できることならば、松永家がゴルトベルガー家を一掃してからアホライネンへの敵対を表明した方が安全だと考えているためだ。
ということがあったものの、シュミット家当主カミルはいまだ納得がいっていない様子だ。
「何度も申したように、松永家は本物ですぞ」
「パトリックの言う通りですわよ。松永家の実力はゴルトベルガーなど遥かに凌ぐと何回いえば気付いてくださるのかしら」
と説得を繰り返すのは、メッツェルダー家当主パトリックと、ハイデル家党首ドロシーである。
「分かった分かったわ! 今回はおぬしらの話しを聞いたであろう。だが松永がふざけた奴であったら、すぐに手を切るからな!」
とカミルは言い放った。
彼は松永家は所詮アホライネンや教会、ましてはゴルトベルガーに勝てると考えてはいなかった。
とりあえずは腰掛で利用し、時期をみて身の振り方を変える腹積もりでいるのだ。
その考えは松永家の家格が低いことを蔑視していること一因がある。
「……了解しました」
とパトリックはそう言ったきり黙りこんだ。
となりのドロシーは半ば呆れた表情でカミルに視線を送ったきり目を合わせることを拒否していた。




