第百五十話 今後の方針
なんとか書けました。今後も不定期になりますがよろしくお願いします。
大和元年八月九日
俺はマツナガグラードで三太夫らの成功を祈っている。
ただ何もしないわけにもいかないので、嫁たちや、クラリス、ジーモン、ジュンケーと早朝の鍛錬に付き合いながら報告を待っていた。
「はぁ、はぁ、もう限界でおじゃるー」
訓練場内を皆でランニングしているが、ジーモンが既に周回遅れとなり音を上げている。
おなかのお肉がタプタプしているのが面白い。
これでも以前よりスリムになったのだがな。
「ジーモンももっと頑張るのじゃ。妾に負けてるようじゃお兄ちゃんの側仕えは務まらないのじゃ!」
クラリスが周回遅れのジーモンを追い抜く際に叱咤激励する。
「はぁはぁ、でおじゃー」
ジーモンは走ることを止めようとしない。
なぜなら身重のマルティナがいつでも魔法を撃てる体勢でジーモンを監視しているからだ。
俺はその光景を眺めている。
頑張れジーモン。
そんなことを考えながらしばらくボケーとしていると、上空に大鷹族と思われる物体がこちらに近づいてきた。
そして待つこと数分。
ウルフが三太夫らから先行して任務の報告をしに姿を現した。
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大和元年八月十日
ファイアージンガー家内はドン家からもたらされた突然の凶報にざわめいていた。
ピアジンスキー家からの人質が奪還されただけならば、まだ落ち着きを保つことはできたかもしれない。
しかし重臣の一角を担っている烈風のステファンの死、これはファイアージンガー家にとって寝耳に水であった。
ただ家中がステファンの死を受け入れられずていない状況において、一人冷静に状況を分析している者がいた。
その人はイザベラ=ファイアージンガーという。
イザベラは一門に連なる妙齢の婦人である。
彼女は水魔法の使い手である一方、政務に長け、ファイアージンガー家の内政を取り仕切っていた。
「まったくこっちはいい迷惑だわ! あれほど松永を舐めるなと言ったのに、全くうちの馬鹿共は!」
イザベラは急遽本拠へ召集された道中で小姓にチマチマと愚痴をこぼしていた。
「……」
小姓の少年は主人の小言をただ首を縦に振って聞き入っている。
女のヒステリーに付き合っては、精神が崩壊することを重々承知しているからだ。
「まあいいわ。これでこちら側の意見も通り易くなるでしょう」
イザベラは一人納得した表情を作る。
彼女が言うこちら側の意見とは、松永家に対して対等もしくはそれに近い関係性を築こうという考えを持っている派閥の指針である。
ファイアージンガー家中には先日アホライネン家を退け、ドン家を傘下に入れたことで増長している者が多くいる。
そしてその者らは、アホライネン家が敗戦の傷を癒してる隙に隣国のボーデ家とロデ家、さらには松永家とピアジンスキー家をも傘下に加えようと画策した。
それも強硬な手段で。
アホライネン家を退けた遠因が松永家によるものだという事実は、イザベラなど一部の者を除いては全く気がついていなかったのだ。
イザベラは松永家の実力を高く評価しており、ステファンや他の重臣に対し自重するよう促した。
しかし、家格なのか、己の実力を過信したのか、重臣連中は彼女の意見を排除した。
ファイアージンガー家当主ユリアンは弱冠二十歳で、アホライネン家に討たれた父から家督を就いて間もない。
そのため家中での発言力はそれほど大きくなく、イザベラが後見することでその権威を保っていた。
本来ならユリアンはイザベラの意見を聞き入れる立場だったのだが、若さゆえかアホライネン家を敗走されたことで気分が高揚していた。
また、代替わりしたばかりなので、自身の実績を作り家臣団の信頼を得たいという気持ちもあった。
結果、ユリアンは叔母イザベラの意見を退け、重臣らの強硬案を採用したのだった。
「そうですね、イザベラ様」
小姓の少年は幾分落ち着いた様子のイザベラに、当たり障りの無い言葉を返す。
「ええ、どうにかなるように頑張ってみるわ」
「はい」
その後もイザベラは重臣連中の文句をぐちぐちと呟きながら城へと歩を進めたのだった。
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大和元年八月十四日
俺は大変気分がよい。
もちろん、三太夫から人質奪還が成功したとの報告を受けてだ。
忍衆と、水妖精に若干の犠牲は痛かったが、予想を遥かに下回る損害で済んだといえよう。
最悪、忍衆では三太夫や段蔵クラスが戦闘不能になるような事態も想定していたのだが、それも杞憂で終わったようでなによりである。
これでピアジンスキー家を傘下に入れることができた。
良将揃いの同家を引き入れたことは後々、兵数が増えたときに任せられる将が増えたことにもつながる。
これまでは、当家ではバレス、ナターリャさん、同盟勢力ではエゴール、ジークフリート辺りしか千を超える兵を運用させる能力はないと踏んでいたからな。
コンチンは軍師なので今後は全体の統括を任せたいとも思っていた。
そんな中、ピアジンスキー四将の加入である。
とくに知将エミーリアの加入は大きい。
これまで、松永家で作戦立案をするのは俺とコンチンにお任せだったが、彼女の加入によりそれが軽減するだろう。
ただリリが同胞の死に落ち込んでいたのが気がかりだった。
しかし、そんなリリを水妖精のローラがケアしてくれたようだ。
詳細は省くが、女王を告ぐ者としての心構えを色々教えているらしい。
地頭のよいリリのことだ、すぐに持ち直してくれるだろう。
さて前置きはこのあたりにしておいて、今俺は、そのエミーリアとコンチンの三人で『マツナガ』で懇親会も兼ねて今後の戦略について話し合っている。
「で、二人とも今後ファイアージンガー家はどう出てくるかな?」
俺は、焼き鳥を摘みながらコンチンとエミーリアに目を向ける。
「まあ、普通に考えればファイアージンガー家がよほどの阿呆でない限りは、何かかしらの対応の変化があるでしょうね」
「だろうな。エミーリアはどう思う?」
コンチンの発言に頷き、エミーリアに視線を送る。
「……私が知る限りではこれまでファイアージンガー家は秀雄様のことを軽んじていたと思います。事実ピアジンスキー家に訪れた使者の言では、早晩松永家も傘下に加えるとのことでした。ただ、それは当家が彼らの下に入るのが前提なはずです。今回当家が正式に松永家と結んだことが公になった今、彼らの方針の変更は余儀なくされるでしょう」
俺は再び頷く。
「それは悪い方へか? それともよい方へだろうか?」
「私の推測ですが、これ以上の関係の悪化は戦で解決になるでしょう。ただ、今回の人質奪還で松永手強しの印象を相手に与えたと考えますと、おそらくは懐柔策でくるかと。ファイアジンガー家の立場で考えると、近隣のボーデ家などを制圧することが優先課題でしょうから」
「私もエミーリアさんと同意見ですね」
コンチンはようやく知力面でまともな人物が加入された安心感からか、幾分表情を崩しながらそう述べた。
「ふむ、俺も二人の意見と大差ない。まあ、近いうちにあちらから動きをみせるだろう。まだ従属の返答もしていないのだからな。ということはだ、おそらくファイアジンガー家の件はなんとかなると仮定しよう。ならば次なる戦略はどうするべきか? エミーリアはどう思う?」
ここはあえてエミーリアに問おう。
彼女の器量の一端を知るべきであろう。
「そうですね……。地図をご覧になればお分かりかと思いますが、松永家には西に進むか、南下するかの選択があります。ただし西に進めば、補給線が延び領土が容易く分断される恐れがあります。また南下をしてヴァンダイク家を攻めればアホライネン家、ドン家を攻めればアホライネン家との直接対決が待っています」
「なるほど、エミーリアはその二家とぶつかって勝算はあると思うか?」
俺は探るような眼差しで彼女へと視線を送る。
「これまで秀雄様と戦ってきた者の立場から客観的に分析すると、守勢に回れば九割方負けはないでしょう。これだけの精鋭が守れば、五万の兵を特攻させねばその牙城は崩せないと思います」
「ふむふむ、それで攻めた場合は?」
うむうむ、こういう賞賛は素直に喜ばしい。
俺は褒められて伸びるタイプでもあるからな。
「これは私の推測ですが、序盤は松永家が将兵の質から勝ち戦が続くと思われます。ヴァンダイク家、ドン家を滅ぼすことも可能やもしれません。しかしそれ以上の侵攻は兵数、物量ともに現状不足かと思われます。もしかしたらファイアジンガー家とは互角に戦えるかもしれませんが、不確実性が高いです。アホライネン家に関しては、確実に出てくる教会勢との長期戦になった場合、確実に音を上げるのは残念ですがこちらになるはずです」
とエミーリアは言い切った。
「うむ、忌憚ない意見感謝する。俺も二家との全面対決は時期尚早と見る。だが、このまま引きこもるのはよくない。この弱肉強食の南方諸国。特に教会と対立している俺たちは、成長を止めたらその先は滅びの道しか残っていない」
俺は少し語気を強め、視線を鋭くし、エミーリアを見つめる。
金髪のショートカットに切れ長の目つきに整った顔立ち。
なかなかの美人である。
今日は先にコンチンを帰らせるかな。
いかん、いかん、ただでさえローテーションをこなすのも一苦労なんだ。
ここは自重すべきである。
「いいえ秀雄様。何も私はひきこもるとは申しておりません。まずは確実に勢力を広げるべきと考えているのです」
エミーリアは俺の視線にも臆せず言葉を返してきた。
うむうむ、気の強い女も嫌いではないぞ。
って、ちがうちがう。
「ではどうする?」
「近隣でファイアジンガーとアホライネンの手が及んでいない勢力はあります。シュミット家連合に、ゴルトベルガー家、チチュ地域です」
やはりそうなるな。
「ふむ。それは俺も考えていないわけではない。ただしゴルトベルガー家は教会と友好的な上、シュミット家連合を攻めている。もし松永家がシュミットを盗るなりすれば、飯の種を横取りされたゴルトベルガー家と対決になり、教会勢が出張ってはこないかな? そしてチチュ地域は土豪の集団で、その混沌ぶりは統一前のウラール以上と聞く。そのような地域を侵攻し占領したとしも、その後の運営が短期間で上手くいくとは到底思えんのだがな」
はっきり言って、一部の村単位の土豪は近視眼的で目先の金で動く傾向がある。
つまりは簡単に裏切るということだ。
すべてを監視するには忍の数が確実に足りない。
「まずはゴルトベルガー家に関してですが、かの家は領土拡張に熱心で、その態度がアホライネン家に警戒されているようです」
「ほう」
「ですのでーー」
「教会からの援軍の可能性は低いと」
「はい、アホライネンは教皇家の縁戚ですから。ただ支援がないのは表面上まずいので金銭面での形式上の援護はあるかもしれませんが」
「それくらいは問題ない。一応三太夫から報告は聞いていたが、やはりそうなのか。で、シュミット家に助力をするのか?」
最も楽なのは押されているシュミット連合を傘下に収め、ゴルトベルガー家と戦うのが最善かな。
「そこは秀雄様のお考え次第かと。シュミット連合が素直に従うようならばそれでよし、従わないのならば制圧すればよいかと思われます」
おおう、エミーリアは強気だな。
彼女としては、シュミット連合が所領安堵となれば、加増枠が減ることになるからな。
「そうか、時期を見て使者を送るか。で、チチュ地域はどうする?」
「そちらはシュトッカー家を窓口とし、交渉を進め切り崩しを図るべきでしょう。これまでシュトッカー家単体ではチチュ地域に及ぼす影響は限定されていましたが、背後に松永家がいるとなれば別です」
「うむ、いきなり攻めるより、チチュ地域の入り口の土豪を味方につけ、奴らに加増という餌をちらつかせ働いてもらうのが最善かもな」
「はい、ですがその過程で信用の置けない者は」
「上手く処理しないといけないな」
「さすが秀雄様です」
エミーリアは首肯し、ぎこちないが笑顔を作りそう言った。
「いいや、エミーリア、あなたも流石はピアジンスキー家の知恵袋だけある。これからもよろしく頼むぞ」
「もったいなきお言葉。こちらこそ非才の身ながらお仕えさせていただきます」
「うむうむ。でコンチンはどう思う」
俺は笑顔でエミーリアを見てから、思い出したかのようにコンチンに問う。
「私もそれでよいと思いますよ。今、決戦をする必要はないですからね。ただ、シュミット家には早めに使者を送った方がいいと思いますよ」
「何故だ?」
「ヴァンダイク家、アホライネン家に従属してします恐れがあるからです」
なるほど、ゴルトベルガー家に押されにっちもさっちもいかなくなり、どっかのキリシタン大名ごとく「助けてアホライネンー」するわけか。
松永家に助けを求めるより、そっちの法が確率は高いわな。
「それはありうるな。至急使者を送り、あちらの出方を見極めよう」
「はい」
「よし! これで難しい話は終わりだ。これからはエミーリアの歓迎会だ。楽しんでくれ」
俺はそう言うと、空のグラスに酒を注ぎエミーリアに差し出した。
「わっ私はお酒はあんまり飲めないんです」
エミーリアは今日初めて焦った表情を見せた。
「そうかならば仕方ない。ジュースにするか?」
「エミーリアさん。せっかく秀雄様が注いでくれたのですから一口でもお飲みなっては? 残りは秀雄様が責任を持って処理してくれるでしょうから。ねえ、秀雄様?」
エミーリアが答える前に、コンチンがナイスなフォローを入れてくれた。
決して、エミーリアの飲み口をペロリたいわけではないからな。
「おお、そうだな一口なら問題ないだろうよ」
まあまあ強い酒だけど大丈夫だろう。
「でっでは、せっかくですので一口だけ……」
と、エミーリアは告げると、意を決した表情で酒を口に含み飲み込んだ。
「どうだ上手いか?」
「はっ、はいー」
「そうか、そうか、あとは俺が責任を持って処理をしよう」
俺は、自然を装いながらエミーリアの飲み口から、もちろん酒を味わうように呷った。
となりでコンチンがいい笑顔で見つめているがあえて気にしないようにしよう。
そして、すでに酔っぱらったエミーリアにジュースを与え、懇親会を始める。
その夜はいろいろ話が弾んだことだけは付け加えておこう。




