第百四十四話 戦のあいだの雑事⑥
大和元年七月十九日
俺たちは領都ドゥミニオンを出立し義賊の根城へと向う。
昨夜はマフィアのボスの手引きにより宿を紹介してもらい、快適な一夜を過ごすことができた。
また夕食をマフィアのボスと共にした。
そこでの話によると、領都ドゥミニオンでの民の暮らし向き、治安は、以前より悪くなっているらしい。
初見の俺から見たら、マツナガグラードより数段栄えていたのだが……。
流石はローザンヌ有数の大都市だ。
ミラ公国軍へのポーンドゥー家の対応は後手を踏んでいる。
マフィアのボスによれば、ポーンドゥー伯は現在周辺諸侯を纏め上げることに苦心している。
ただ、サンヴァルテン門周辺を支配していた子爵家が落ちたことで他の四家も重い腰をあげるとのこと。
現在ミラ公国軍は領都ドゥミニオンを目指している。
一先ずボーンドゥー家は他家の援軍がくるまでにミラ公国軍を足止めするため、急遽寄せ集めた五千の兵を率いて出兵したらしい。
戦況が整えば、四家合計で一万以上の兵力は確保できそうなので本番はそこからだろう。
動員兵力は一万五千以上はあると思われるが、他の敵対勢力への押さえも必要なので動員数としてはこんなものだ。
「とまあ、現在の状況はこんな感じだな。分かったかな?」
俺は小走りをしながら一通りの説明を四人に話し、その様子を窺う。
「うん! ミラは二万の兵だっけ? 五千で足止めできるのかなー?」
「そうですねぇー、秀雄様のお話を聞くとポーンドゥー家たちが劣勢ですねぇ」
リリとサーラは知力が高い故か理解したようだ。
チカとアントニオはだんまりである。
まあ後の二人に関しては分かっていたことなのでなにもいうまい。
「俺の見立てだと、ドゥミニオンを守りきれるかどうかは五分だろう。ミラは拠点できたことで、兵力を増強できそうだしな」
「だねー。でもヒデオはポーンドゥーに味方するんでしょ?」
「ああ、そのためにはまずは義賊に会わねばな。話はそれからだ」
「りょーかーい」
「分かりましたぁ」
リリとサーラは回転が速くて助かる。
「話は終わったかにゃ?」
「秀雄、難しい話はもういいぞ?」
「ああ、問題ない。二人には働いてもらうぞ」
「はいニャ」
「おうよ!」
チカとアントニオにはうってつけの戦場を用意しよう。
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領都ドゥミニオンを出立し一行は南西へとひた走った。
夕刻になり到着した場所は大山脈の麓である。
ここは、ソルボー子爵家の所領だ。
ソルボー子爵家の石高は十万石程度で、四家の中で石高は一番低い。
一方、領土は石高に比して広い。
端的にいうと田舎である。
これだけ領地が広く警備も緩ければ、賊が潜むには最適かな。
「地図によるとこのあたりだな」
目的地は大山脈にある三ヶ所の村落である。
ここはかつてカルドンヌ家に仕えていた者の所領であった。
しかし、その者はクラリスの父と共に死んだことになっている。
そのため、現在はソルボー子爵の直轄領になっている。
ソルボー子爵家に従う騎士の数が領地に比して少ないのだろう、そのため大山脈中にある田舎なためか、代官が難路を嫌い顔を出すのは収穫の前程度のようだ。
「おい秀雄! このさきにいい匂いがするぜ。きっとメシの匂いだ!」
アントニオが鼻を利かせる。
「おおー、あそこに村が見えるよー!」
アントニオの言葉を聞いたリリがピューンと飛び上がり、匂いの出所である村の場所を示した。
「よし、ようやく着いたな。村へ行くとしよう」
一行はリリに誘導され村へと向う。
しばらくして村の門へと到着する。
武装した兵も立っておらず、緩い感じの田舎の村といった感じだ。
「すいません、私は商人なのですが領主様とお話できませんか」
俺は形ばかりの門番に告げる。
「こんな辺鄙な村に行商とは珍しい。歓迎いたしますよ。ただここは子爵様の直轄地です、これから村長のところへと案内しましょう」
丁寧な物腰の門番はあっさりと俺たちを通し、村長の家へと案内する。
「さあこちらです」
「ありがとう」
なぜか農民のなりをしていながらも、キビキビとした動作の門番に導かれ俺たちは中へと入る。
そして、村長なる人物と対面した。
「ようこそ商人殿。このような村にくるとは珍しい。ぜひ、色々な商品を売ってください。村人たちは娯楽に飢えていますからな」
という村長。
彼の見た目は普通の農民である。
まあ、間諜の疑いがある俺の目の前に、名のある旧カルドンヌ騎士は姿を見せんだろうが。
「それは感謝します。では今回持参した商品を確認して欲しいのですがよろしいですか」
「確認ですか? 別に構いませんよ」
村長は、なぜわざわざ商品を見せるのだろうといった具合の表情を作った。
「ふふふ、実はこれなんですよ」
俺はクラリスから拝借した短刀を見せる。
「こっ、これは……」
「ええ、これはクラリスの物です。彼女は私が保護しています」
「クラリス様を!? ……少々お待ち下さい」
「ええ」
村長は断りを入れ、急ぎ奥へと向った。
しばらくして、村長は白髪の初老の男性を引き連れ戻ってきた。
その男は、歴戦の兵という雰囲気をまとっていた。
「初めまして。私はモーリス=マルシャンという。かつてカルドンヌ家に仕えた宿老、マルシャン子爵家の当主であった」
ほう、なかなかの大物が出てきたな。
よく無事でいられたな。
「ふむ、マルシャン子爵家ですか。かつてこの一帯を領していた?」
「ああ、しかし今はしがない老いぼれだがな。過去のよしみで、ここで匿ってもらっている」
名領主だったのだろう。
領民から慕われていなければ、匿ってはもらえないだろう。
またモーリスは自身を老いぼれと評したが、その眼光に衰えは見えない。
「ふふふ、あんたの目はまだ諦めていないように感じるがな」
「それはそうよ。お主がクラリス様が生きていると言えば、まだ死ぬわけにはいかん。お家復興の希望が見えてきたのだからな」
「その言葉を聞いて安心した。クラリスも喜ぶだろうよ」
「だと嬉しいがの。それでお主は何者なのだ。そしてクラリス様は何処にいるのだ」
モーリスは前置きはいい加減にしろとばかりに、身を乗り出してクラリスの消息についてたずねてきた。
「ああ、すまない自己紹介がまだだったな。俺は松永秀雄という。南方諸国で家を興している。クラリスとはミラで出会ってな。帰る家がないというので妹として一緒にいるのだよ」
「南方諸国か……。そこならば追手もこないだろう。それにしてもクラリス様が無事でよかった。松永殿、改めて礼を言う。ありがとう」
モーリスは俺の手を握り、礼を言った。
いい奴じゃないか。
流石はハイエナ共に下らずに抵抗しているだけはある。
忠臣といえよう。
「いいってことさ。俺も将来クラリスがカルドンヌの地を踏めるよう尽力するつもりだ」
「それは心強い」
「それでだ。話は変わるが、ミラ公国が押し寄せてくるのは知っているよな」
「ああ……」
モーリスはミラに攻め入られるのが心苦しいようで、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「その様子じゃ面白くないか」
「当たり前だ。我々は長年ミラ、いや三公国に備えていた。それをやすやすと侵入を許すとは情けないわ」
「そうか。俺としてはここはミラに嫌がらせをして、ポーンドゥー伯らと長期間争わせようと思っている」
「なるほど、両者を疲弊させるのだな」
「おう、あなたはそのあいだに旧カルドンヌ家の忠臣を集めるがいい。クラリスが存命であると匂わせればそれなりに集まるだろう」
「うむ。しかし、事が露見せぬよう慎重にいかねばな」
「ああ、そのあたりはモーリス殿に任せる。時間がかかるやもしれんが頑張ってくれ。クラリスが成人する頃にはなんとかしたいものだ」
「その通りだの。ところで松永殿の言う嫌がらせとは?」
モーリスは、俄然やる気が出たらしい。
先程のしかめ面から一変し、顔面を赤らめふんふんと鼻息を出す。
「まずはこれを見てくれ」
俺は旧カルドンヌ領の地図を広げる。
そして、サンヴァルテン門から領都ドゥミニオンまでの進路を指し示す。
ここは、ドゥミニオンに近づくまでしばらく一本道である。
よってポーンドゥー伯軍もここでミラ公国軍を待ち受けるつもりだろう。
「ミラ公国軍の進路は一本道だ。南に大山脈があり、北側はミラ・ローザンヌ・ノースライト三国に跨る森がある。俺はここの最も狭くなる点で待ち受け敵の補給路を絶つつもりだ」
「うむ、松永殿のいうことはもっともだが……」
「それをできる者がいないと」
「ああ、山や森に潜み奇襲をかけることができるレベルの者は私を入れて二十程度。それ以外は錬度不足である。これでは流石に返り討ちにあう」
「ふむ。そこは安心なされよ。後ろにいるアントニオにしばらく手伝わせよう。さらに犬狼族に猫族、魔法要因として水妖精を計五十ほど貸し与えよう。アントニオ頼むぞ」
「おうよ、任せておけ!」
一般の人族では自由に動き回ることすら不可能な難所だが、獣人や空を飛ぶ妖精ならば問題ないだろう。
「まっ松永殿は、亜人に加え妖精をも率いているのか!? それにお連れの四人も相当な実力者のようだ」
「まあな、俺は亜人融和を掲げていてな」
「なるほど……。だが流石にここまで世話になるわけには」
「いいや、これは将来の投資なんだよ。あなたたちは、奪った物資で資金を作ればよい。俺は将来クラリスを立ててカルドンヌの権益を確保しミラに抗する。お互い損はないと思うぞ」
ただクラリスのためという理由でカルドンヌに出兵する理由はない。
もちろん俺が松永クラリスの兄、そして家長として、カルドンヌを実質的に支配するつもりだ。
ただしカルドンヌ家は松永家の分家として、クラリスを長にするつもりでいるが。
そのあたりは前もって、モーリスにも伝えておかねばならないと思った。
「ううむ、そう言われては松永殿に甘えるしかないではないか。しかし、将来的にクラリス様を害しカルドンヌを乗っ取ることはないと誓ってくれ」
モーリスはそうは言うものの、あまり怒っていないようだ。
わざわざ、身の危険を顧みずにクラリスを保護してくれた人間を信用しないわけにはいかないと考えているのか。
「ああ、勿論だ。クラリスはすでに俺の可愛い妹。殺すなんてとんでもない! ただしカルドンヌの処遇は彼女の気持ちが第一とだけ言っておこう」
クラリスが俺に預けると言えばどうにでもなるならな。
「承知した。わざわざクラリス様の生存を伝えに自ら足を運んでくれただけでも信用に値する。私は松永殿に賭けてみたい。どうかカルドンヌ家のことをよろしくお願いします」
「うむ、微力だが尽力する。では援軍の件は受けてくれるな」
「はい、喜んで」
モーリスは表情を引き締め一礼した。
「さて一つ懸念がある」
「何ですか?」
敬語になったモーリスが疑問を投げかける。
「それはアイテムボックスだよ。もし、リリが持つ最高級のものが複数個あれば補給など簡単にできる。ミラ公国にアイテムボックスはどれくらいあるかわかるか?」
リリが持つのは妖精族の秘宝クラスだ。
またマルティナが持っていたのもエルフ族の秘宝クラスなはず。
そうホイホイとアイテムボックスのバーゲセールがあっては困る。
事実これまで戦った敵は、アイテムボックスなど持ってはいなかったのだからな。
「アイテムボックスはカルドンヌ家にはありませんでした。何せ時魔法の使い手が存在しないのですから、付与すらできませぬ。ただミラにはもしかしたら一つか二つはあるかもしれません。しかしそれだけで万を越す大軍の兵站を支えることは不可能かと存じます。リリ殿が持つクラスのアイテムボックスはこれまで見たことがありません」
五十万石クラスのカルドンヌ家にでもアイテムボックスは無しか。
時魔法の使い手は人族にはいないらしい。
これもリリの花魔法同様に固有魔法だからだ。
俺が知っている範囲だと時妖精というSランク魔獣くらいだ。
おそらくリリの母やエルフ族のナターリャさんの家は、時妖精とのよしみがあったのだろう。
そして時妖精もどこかで妖精族の王として君臨していると思われる。
「ならばよし。こちらからチマチマとミラ軍の食糧を奪ってやれば奴らの士気は下がるはず。それが結果的に戦線の膠着につながればなおよしだ」
「承知しました。では早速部下を集め作戦を練りましょうぞ」
「おう」
モーリスは早速他の村へと使いを飛ばし、この地に潜む旧カルドンヌ家の騎士連中を呼び寄せた。
GW遊びすぎと、テニスで深夜まで起きていてやる気が出ず更新遅くなりすいませんでした。




