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第百四十話 戦のあいだの雑事②

 大和元年七月九日


 俺はリリ、チカ、サーラを伴いカラの町へと向けマツナガグラードを出立した。

 目的は亜人奴隷の買い付けと、松永領の迷宮を宣伝するためである。

 もし留守のあいだに異変が起これば、忍に水妖精や大鷹族がすぐに知らせてくれるので問題ないはずだ。 


 資金は十分ある。

 ホフマン家の金倉には、貨幣や宝石類などが金貨換算でおよそ五十万枚眠っていた。

 ホフマン家の直轄領は約四万石とすると、税収は六公四民であったので年間約十八万枚。

 その他税も加えると金貨二十万枚はあるだろう。

 資産としては年収二年半分か。

 近年の没落により金貨が少なかったのは仕方ないが、宝石類や芸術品が多くあったのは流石は名家であろう。

 

 そして九月にはまた税が入る。

 現在、松永家の直轄領は約十三万石。

 予定税収は四公六民で計算しても三十万枚台後半だ。

 松永家も余裕ができたので、今年からは税を四割ぽっきりにすることが決定した。

 それに、内政改革による上乗せも昨年より期待ができ、その上騎士たちからの上納金もあるので四十万枚ほどには達する見込みだ。

 現在懐事情は非常によいのだ。

 無論金は眠らせずに、積極的に投資をし、乗数効果による生産力の拡大を考えている。


 さてアイテムボックスにぶち込んだ数万枚の金貨を軍資金とし。四人は旧ホフマン領で一泊しハイデル領の北の森を通りカラの町へと向う。

 偽名の冒険者証明書も作ってもらったため関所は問題ない。なので街道上のハイデル領を通ってもよかったのだが、ショートカットのため森を抜けることにした。

 森といっても亜人領域の難路を踏破しリリの花畑へと蜜を取りに行っている俺たちからしたら、通過はお茶の子さいさいである。

 一行は森を抜けて七月十一日にはカラの町へと到着した。


「ここがカラの町ですかぁ。凄い栄えてますねー」


 カラの町は初めてのサーラは、おのぼりさん丸出しで辺りをキョロキョロしている。

 この町の規模はマツナガグラードやゼーヴェステンと大差はないが、冒険者の町であることに加え交易の拠点でもあることから、町に訪れる人数は先の二都市に比べて多い。

 そのため、商店の数や町の賑わいもサーラが見た中では一番なのだろう。

 温泉街やマツナガグラードも、将来的にはここをゆうに凌ぐ規模の都市にしたいものだ。


「こんなもんで驚いていたら、ミラの公都ミラリオンに行ったら卒倒するぞ」

「はひぃ、ここよりもすごい町があるんですかぁ。楽しみですぅ」

「楽しみにしておけよ」

「はいぃ」

「うむ、ではまずはギルドに向うとする。俺についてこい」


「りょーかーい」

「わかったニャ」

「わかりましたぁ」


 カラの町には一度地竜を売ったり食糧を買ったり宝石を買ったりで、されなりに散策しているため、俺は特に迷うこともなく冒険者ギルドまでの道を記憶をたどり進んだ。

 そして、程なくして目的地に到着し建物内へと入る。


「失礼、こういうものだが、マスターを呼んでくれ」


 俺は、以前顔をあわせたことのある受付嬢に対し本物の冒険者手帳を見せる。

 目を合わせたときハッとした表情を受付嬢がしたので、俺が松永家当主松永秀雄とばれていると判断したからだ。 

 もちろんここは冒険者の町なので、どうこうされるわけではない。

 よしんば何かあっても、とっとと勢力圏内に逃げ込めば問題ない。


「はっ、はい。分かりました!」

 

 受付嬢は俺の言葉に反応し、ピョンと椅子から飛び上がりマスターを呼びに行った。

 そのあいだ、俺たちは他の職員に応接室にとおされる。

 そして、しばしそこで待つと、ゴドンと乱暴に扉が開かれガチムチギルマスが姿を現した。


「おう小僧、久しいな。お前がホフマンを落としたことはすでに知れ渡っているぞ」


 ギルマスは相変わらずの快活ぶりだ。

 だが、目の奥は笑っていない。

 それもそうだ、カラと松永領は目と鼻の先。

 俺の胸先三寸で攻め込まれてもおかしくはない。

 例えば、亜人と妖精部隊を率いて森を抜けて奇襲を仕掛ければ、ここを落とすことは容易だ。

 同時に本隊はハイデル領を攻めれば、援軍が望めなくなる。九割方攻略は成功するだろう。

  

「ああ、しばらくだな。まあ運よくここまでこれた」

「ふん、なにが運よくだ。お前の顔には謙遜の色など全く見られんぞ」

「そうかな。そうでもないぞ」


 俺はギルマスの冷ややかな視線を受け流し、不敵な笑みを作る。

 

「まあいい。それで今日はどんな用だ」


 ギルマスは、もしや松永家に従属を促す要求をされるとでも思っているだろうか、明らかに警戒の色が見える。


「そう身構えるな。松永家はギルドとは共存だ。領内のギルドとは尊重しあい上手くやっているつもりだ。カラの町の自治権についてとやかく言うつもりはない」

「……ふん、そうか。ここは額面通りに受け取っておこう。ならば用件はなんだのだ?」

「用向きは二つある。一つは亜人奴隷の買い付けを口利きしてくれ。もう一つは松永領内の迷宮の宣伝だ。これはまだ明言していないが、先日発見された中級迷宮以外の迷宮の存在が確定している。しかもそれは上級迷宮だ。これから松永家はそこを開発する。そこで冒険者に顔の聞くあんたに話をもってきたんだよ」

「上級迷宮だと……。にわかに信じられんが……、しかしお前が言うのなら間違いないのだろう」

「ああ、それに領内のギルマスには話をしたが、それ以外はあんたが初めてだ。噂が広がる前に手を打つべきではないか? 手付かずの低層で荒稼ぎができるのだろう?」

「ふん、お前も言うじゃないか。……その話ぜひ乗らせてくれ。俺の息がかかった冒険者をウラールへ送ろう。それまで他のギルドには話しをするなよ」

「もちろんだ。ただできればだが、今後カラは松永家と同盟まではいかんが協力関係を築いてもらえるとこの上ないのだが」

「ふん、そんなことは言われんでも分かっているわ。足元を見おって。こんな上手い話を振られては松永家が滅びるのは、カラにとって多大な損失になる」


 流石はカラの町を任されたギルマスだけあり損得勘定はしっかりしている。

 

「それはありがたい。礼を言うよ。あとこれは気持ちだ、受け取ってくれると嬉しい」


 これでドン家を攻めた際、背後を脅かされる危険性は少なくなった。

 俺はアイテムボックスから水竜の鱗と髭を取り出しギルマスに差し出す。

 ナヴァール湖の水竜とは行きがけにリリを交えて話を付けた。

 その際不要な鱗や牙や髭を回収してきたのだ。

 よい手土産になるだろう。


「これは……、もしやナヴァール湖の水竜か!?」

「ご名答」

「流石松永というべきか……、いやなにも言うまい。これは素直に受け取っておく」


 ギルマスは俺が出し惜しみもせずに貴重品を差し出す様子を見て、松永家の実力を推し量ったようだ。

 素直に協力関係を築くべきと判断したのだろう。

 表情から角が取れた。


「素材はこれだけではない。損はさせんよ」

「うむ。お前とは上手くやりたいものだ」

「ああ、こちらこそ」


 話はまとまった。

 俺とギルマスはお互い手を差し出し握手をする。


「さて、もう一つ奴隷についてだ。松永家は亜人融和を旗印に掲げていてな。亜人奴隷を大量に買い付けるつもりでいる。できる限り紹介してくれ」

「もちろん構わん。これから俺が各店舗を案内してやる」

「それは助かる」

「お安い御用だ。だがその前に……。一戦どうだ?」


 きました。 

 ガチムチギルマスの目がキラリと光る。

 前回は上手く逃れたが、協力関係になった今無下に断るわけにはいかない。

 

「ったくあんたも好きだな。だが俺もそれなりの立場になった。そうホイホイと釣り出されるわけにはいかんのだ」

「それはわかるが……、そこをなんとかならんか?」

「あんたの気持ちもわかる。そこで俺の連れであるチカとサーラならばいいだろう。二人はAマイナスの実力はあるはずだ。俺が保障する」

「この若さでAマイナスだと! ここいらでAマイナスなど数える程しかいないというのに」

「まあな。さらにうちにはバレスとナターリャさんもいる」

「らしいな……。ったく松永家の人材には驚かされるわ」


 ギルマスはチカとサーラに驚いたと同時に、バレスとナターリャさんに対しても情報が入っていたようだ。


「それで、やるのかやらんのか」

「おう、やるにきまってるわ」


 ギルマスは二つ返事で首肯した。


「だそうだ。チカ、サーラ悪いが相手してやってくれ」

「わかったにゃ。チカの成長をみせてやるニャ」

「はいぃ、わかりました。チカさんと一緒なら多分大丈夫ですぅ」


 チカはやるきマンマン、サーラはガチムチギルマスに少しびびっているようだが以前のように逃げ腰ではない。

 戦で胆力がついたのだろう。

 

「だそうだ。さっさと頼む」

「おう。では訓練場にいくぞ!」


 予想どおりか、模擬戦を行うハメにはり俺たちは以前地竜の素材を鑑定してもらった訓練場へと足を運ぶ。



---



 一時間後。

 訓練場でチカ、サーラ、ガチムチギルマスの三人が大の字になって意気を整えている。

 結局三本も付き合うハメになった。


 模擬戦は二対一で行われた。

 Aランクの現役冒険者であるギルマス相手なので、タイマンは無理だ。


 一本目は、チカの千代女仕込の忍術による奇襲で二人が取った。

 サーラの土壁に隠されたチカが残影の術で後ろに回りこみ一本。

 初見のギルマスに対応することは難しかった。


 二本目は、対策を講じたギルマスが開始からラッシュをかけてきた。

 あまりの迫力に防御を担うサーラがやられて、あっさりと負けた。


 そして三本目。

 最後はお互いの手の内もあるていど分かり、総力戦となる。

 開始から三十分たったところで、チカとサーラの体力が切れたところで試合終了。

 ギルマスの辛勝である。


 流石はカラの町最強である。

 単独で自治をしているだけの実力の裏付けはあるわけだ。


「はぁはぁ、まさかここまでやるとはな」

「いいや、あんたも大したもんだ。神聖組の隊長とやりあってもいい勝負だろう」

「神聖組か、確か松永家はやりあったんだったな。俺も機会があったら戦ってみてえな」

「戦いたいのならばいつでもどうぞ。どうせ近い内に教会とは再戦する。その際あんたが精鋭を率いて援軍にくれば神聖組へと回してやるぞ」

「ほっ、本当か。むむむ、それは魅力的。しかしこの町のこともある。しばらく考えさせてくれ」

「ああ、返事はいつでもいい。ゆっくり熟慮した方がいい」

「すまんな」


 ガチムチギルマスが見方になれば心強い。

 バレス、ナターリャさん、ヤタロウ、ベアホフ、ギルマス、チカ、さらにチャレスあたりも呼べば神聖組の隊長格と十分やりあえそうだ。

 それに水妖精たちによる魔法隊の加入で、俺とリリにサーラもレジストに回らず住むやもしれん。

 よいぞよいぞ、戦力が整ってきた。


 教会との再戦はいつごろだろう。

 現在教会は、東はドゥーン海賊国にベルリヘンゲン傭兵国と争い、西は敵対諸侯と争っている。

 北を任されているアホライネン家はファイアージンガー家と睨みあいだ。

 詳しいことは、現在三太夫と段蔵ら忍たちを飛ばしているのでもう少し先に判明するはず。

 それから考えるとしよう。

 

「いいってことよ。では奴隷商館に案内してもらおうか」

「おう任せておけ」


 しばらくチカとサーラの息が整うのを待ってから、一行はギルマスに先導されカラの町の歓楽街の外れへと向った。

 ダークな雰囲気の路地に奴隷商館が数件固まっている。


「秀雄、ここだ」

「ありがとなグレゴリー」  


 ちなみにギルマスの名はグレゴリーという。

 いつまでもギルマスでは悪いので名で呼ぶとしよう。


 そしてグレゴリーに連れられ奴隷商館へと足を踏み入れる。


「以外と綺麗だな」


 外観のダークな雰囲気とは一変、内装は華やかだ。

 高級ホテルとも遜色はない。


「ここは、高級奴隷も扱っているからな。カラの一番店だ」

「まずはここからだな」


「いらっしゃいませ。これはグレゴリー様、本日はどのようなご用件でしょうか」


 俺とグレゴリー言葉を交わしてると、奥から店主と思われる男が手をモミモミしながら慇懃な態度で参上した。


「実は今日はこいつに奴隷を紹介してやって欲しいんだ。驚くなよ大物だ」

「初めまして。俺は松永秀雄という。松永家当主だ。此度カラの町とは協力関係を築いてな。わけあって亜人奴隷を大量に買付けしたいのだ」

「まっ、松永様!? 今飛ぶ取り落とす勢いの松永様ですか!?」

 

 店主の教科書どおりの対応に僅かに苦笑するが、気を取り直す。


「ああ、その松永よ。今回はお忍びだ。口外してくれるなよ」

「もっ、もちろんでございます」

「うむ。では早速亜人奴隷を見せてくれ」

「はいっ、かしこまりました」


 店主は大粒の汗を顔中に浮かべながら、店員に亜人奴隷を全員連れてくるように命じると、俺たちを応接室へと案内した。

 そして、リリとチカとサーラのために手をモミモニしながら大量の菓子を買い付けてきた。

 もちろん三人が所望したためだ。


「ぷはー、いい紅茶だな」

「だねー、ヒデオーこのお菓子もおいしーよ」

「ほんとにゃ、忍の里では甘みが足りなかったのニャ。最高ニャ」

「おいしーですぅ。私、秀雄様に付いてきてよかったですぅ」



 楽しく歓談しながら待つこと三十分。

 準備が整ったようである。

 ガチャリと応接室の扉が開けられ、正装の亜人奴隷たちが十名ほど入っていた。

 俺が亜人融和を掲げているので、丁寧に扱っているの示すために小奇麗にしたのだろう。

 それにしても十人か、こんなものかな。


「これが当店の亜人奴隷になります」

「十名か意外少ないな」

「亜人は希少かつ捕らえにくいため、多くは仕入れられません。亜人領域に近い地域ならば別でしょうが、それ以外は三公国やノースライト帝国、さらには南方教会領への需要もありますので大量仕入れは簡単ではありません」

「そうか」


 やはりミラまで足を延ばすか。


「左様でございます」

「とりあえず全員買おう。今後も仕入れたら優先的に回してくれ」

「あっありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」


 店主は手が擦り切れるのではないかと思うほどモミモミしてきた。


「おう、で、幾らになる」

「そうですね、占めて金貨千枚でいかがでしょう」


 一人頭金貨百枚か。

 かなり勉強してくれたほうだろう。

 人族奴隷でも安くても金貨三十枚はする。

 熟練工や健康な若者ならばそれ以上は当たり前だ。

 アメリカでも黒人奴隷は結構値段がついていたみたいなので、不自然さはまったく感じない。

 定期的に戦で乱捕りがあるにせよ、奴隷の需要は多い。

 バーゲンセールはありえないだろう。

  

「悪いな、それで構わない。金貨千枚だ、確かめてくれ」


 俺はアイテムボックスから金貨が千枚入った袋をどさりと机に置く。


「一括払いとは流石は松永様。お代は改めずに結構でございます」


 店主は袋の中身を一目見ただけで十分とした。

 俺の信頼を掴もうと頑張ってるな。 

 その態度嫌いじゃないぜ。

 こんな太客を掴んだら離したくないものな。


「よし、奴隷たちはあとで迎えに行く。グレゴリー他の店も案内してくれ」

「おう、任せておけ」


 俺はリリたちをお菓子の処理または亜人奴隷たちの相手として店に残し、グレゴリーを伴い他の奴隷商館を回った。

 その結果、さらに十人の亜人奴隷を金貨千枚で購入することができた。

 これでカラの町の亜人奴隷は全員買ったことになる。


 そして、グレゴリーに頼み亜人奴隷たちを松永領へと送ってもらうことにした。

 一方俺たちは交易路をとおり、さらなる亜人奴隷買い付けのためにミラ公国へと向うのだった。

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