第百二十八話 ホフマン家攻略戦② ナヴァール川の戦い①
まずい、このままでは当家は遠からず松永に盗られてしまう……。
軟禁部屋で謹慎中のジークフリートは危機感を抱いてた。
彼が、松永家の諜報網を甘く見ていたのは事実。
でなければ、子飼いのピピン家やハインツ=アイグナーを筆頭とする、騎士連中の離反を見抜くことができたはず。
ジークフリートは、考え方を変えることにした。
すでに、教会には使者を飛ばしている。
一週間以内には援軍が到着する。
それに加え、ドン家かヴァンダイク家に援軍を頼めないかとも画策した。
この二家とは、元来仲は良くない。
しかし、松永家に対しての脅威を説き、かつ何かしらの権益を譲渡すれば協力してくれる望みはある。
ドン家はピアジンスキー家との絡みで不確定、ならば交渉するはヴァンダイク家。
これが、ジークフリートが出した結論だった。
「では、行くとするか」
そう呟くと、ジークフリートは軟禁されている館を強引に突破した。
見張りの兵も、彼を止めることはしなかった。
そして、僅かの手勢と共に、単身ヴァンダイク家へと向ったのだった。
彼は、打ち首を命じようとしたジーモンを見捨てずに、最後まで支えるつもりでいた。
正に、忠臣の鏡であるといえよう。
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大和元年六月二十日
松永軍は、順調に進軍を続け、ついにナヴァール川と目と鼻の先まで到着した。
そこで軍議を開き、攻め方を考えているところだ。
先にウルフに偵察に行かせたところ、すでに敵軍が川の対岸に布陣しているとのことだ。
その数はなんと二千程。思ったよりも五百も多い。
ジーモンの奴、金を積んでそこら中から傭兵をかき集めたか、領民から強引に徴兵したな。
ホフマン家は金は、名家だけあり、金目のものはかなりあるはずだからな。
ならば多くは、烏合の衆といっても差し支えないだろう
しかし、よい報告もある。
先程三太夫が、ジークフリートが謹慎させられた、と伝えてきた。
まんまと俺たちが流した妄言に、ジーモンがはまったようだ。
正に一条兼定そっくりだな。
これ程まで上手くいくとは、こりゃあ笑いが止まらない。
「さあコンチン。多少の誤算はあったが、もう引けん。とっととやってしまうか」
俺は、隣に居並ぶコンチンへ向け、上機嫌に言葉をかける。
「はい。ただし、敵もそれなりの策を立てているようで、川に杭を所狭しと打ち込み、渡河を妨害しております」
やはり、そうくるよな。
これも四万十川の戦いでの、一条軍の動きにそっくりだ。
ふむ、魔法で燃やせばどうにかなりそうではあるが、それをしても渡河中にある程度被害は受けるだろう。
ならば、やはりここは長宗我部元親を倣い、隊を二手に分け、杭の無い地点から回りこみ渡河をさせよう。
「ならば、隊を二手に分けるぞ。バレスは前へ!」
「ははっ」
「お前は五百の精鋭を率い、杭のない下流から渡河をし敵の横腹を叩け。もし敵が隊を分けてきたら、その部隊を遠慮なく蹴散せ。そちらには、俊敏性に優れる犬狼族、猫族の獣人部隊を付ける」
「おう! 任せてくだされ」
別働隊はバレスに任せれば安心だろう。
知力は並程度だが、統率力はピカイチなので臨機応変な用兵ができるはずだ。
「これで、正面からの渡河部隊は二千二百となる。もちろん指揮するのはこの俺だ。では策を命ずる。ベアホフとヤタロウは前へ」
「おう!」
「おいっす」
ヤタロウはようやく戦ができるとやる気マンマンの表情で、ベアホフは相変わらずのペースで前へと出ていた。
「お前たちは、手勢の獣人部隊を率いて、先頭で渡河をしろ。ただし、身の危険を感じない程度の距離を維持し、敵の攻撃を引き付け、時には苦戦するそぶりを見せろ」
「そんな、俺も、アルバロの旦那みたく思いっきりやらせてくれよー!」
「おいらは、どっちでもいいだよ。蜂蜜さえくれれば」
ヤタロウは、典型的な脳筋の発言をした。
一方、ベアホフは……あとで蜂蜜をやるか。。
「まあ最後まで聞け。これには訳がある。負けた素振りをみせるのは、敵に正面の渡河部隊は取り組み易しと思わせるためだ。さすれば、お馬鹿なジーモンのことだ。バレス率いる別働隊が迂回したら、油断して兵を割くだろう。そのときが、お前たちの本当の出番だ。全力で渡河し敵を破ってくれ。もちろん後方から俺たちも攻撃をする」
これも、四万十川の戦いそっくりっていうわけだ。
お馬鹿なジーモンは、己の力を過信して、兵が少ないにもかかわらず分けてくるだろう。
ジークフリートがいないならなおさらだ。
「なるほど、なんとなくだが分かった気がするぜ!」
「多分わかったきがするだ。秀雄さんが合図をしてくれれば、ちゃんと従うだよ」
一応二人共、理解してくれたみたいだな。
あとは、攻めるだけだ。
援軍がくる恐れもあるので、早めに落とすに越したことはない。
「さて、話は以上。作戦開始は明日明朝。今日はもう遅い。各員しっかりと明日へ備え英気を養うように」
『はっ!』
『おう!』
そして、軍議を終え、俺も天幕に入り明日へと備え早めに寝床に就いた。
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大和元年六月二十一日
「攻撃開始!」
俺が軍配を振るい、同時にドンドンドンドンと太鼓が打ち鳴らされる。
夜明けと共に、松永軍は渡河を始めた。
普段から訓練を重ねているので、アキモフ軍以外のコンディションは問題ない。
「うぉぉりゃー!」
「ぶおーん」
ヤタロウとベアホフが、体を張り先頭に立ってナヴァール川を渡る。
もちろん、敵軍も黙っているわけがなく、射程範囲ギリギリから弓を放ち、また魔法を放つ。
中には数台のバリスタから、大矢が降ってもくる。
前線の鬼族・熊族・鰐族の百二十人には、ミスリル装備を与えている。
魔法攻撃は、ミスリル装備で効果を半減でき、弓矢も獣人の強靭な肉体を突き破ることは難しい。
問題はバリスタの大矢を処理するだけだ。
これも、ヤタロウやベアホフが可能な限り、自らの体を用いて受け止めており、今のところこれといった被害は出ていない。
「出すぎだ! ジュンケー、太鼓を二回鳴らせ」
「はい!」
ジュンケーの指示により、ドンドンと太鼓が鳴らされると、ヤタロウとベアホフは一度後方へと引く。
俺は、バレス隊が渡河するタイミングを見計りながら、適度い後退するよう前線に指示を出している。
ジーモンに有利に進んでいると思わせるためだ。
「少し下がりすぎだ。ジュンケー、太鼓を三回鳴らせ」
「はい!」
今度は、ドンドンドンと三回太鼓が打ち鳴らされる。
すると、ヤタロウたちはしっかりと指示に従い、じわりじわりと前進を始めた。
うむ、彼らはちゃんと命令を聞いてくれるな。
アルバロのような糞脳筋でなくて一安心だ。
「うむ、この辺りでいいな。ジュンケー太鼓を一回だ」
「はい!」
そして、ドン。
ここで待機の合図だ。
こうして、俺は前線の位置をコントロールしながら、バレス率いる別働隊が渡河するのを待ち構えていた。
一時間後、上手く敵の攻撃を食らうふりをしながら、徐々に戦線を後退させている。
それを受けて、ジーモン率いるホフマン軍は勢いづき、徐々に防衛ラインを上げ攻撃を繰り出してきている。
現在ホフマン軍の先頭は、膝に水が浸かる程度まで、前に迫り出していた。
「さて、そろそろかな」
こちらは、ウルフに才蔵を従えているので、バレス隊の動きはいち早くわかる。
ちなみに段蔵は、ボリスの見張りをきっちりと行っている、
俺が、そういってから数分後、ホフマン軍は防衛ラインを川べりまで後退させ、兵を二手に分けた。
やはりジーモン、期待を裏切らないぜ。
俺は、ジーモンが一条さんそっくりの行動をするので、思わず笑みがこぼれる。
さて、敵はどの程度兵を割いたのだろう。
すかさずバリスタが届かぬ位置の空中にいる、ウルフへと合図を送る。
すると、ウルフはいつものように、ギュインと素早く側へやってきた。
「敵の状況は?」
「ははっ、ホフマン軍は約八百を別働隊として切り離した模様です」
「分かった、ご苦労。では任務に戻れ」
「承知!」
これで正面の兵は千二百。
十分突破できるな。
別働隊との距離が離れたら、全軍突撃といくか。




