第百二十六話 ホフマン攻略準備
大和元年五月三十一日
迷宮については、ギルドの協力もあり開発の目処が立った。
マスターの話によると、今回チェルニー領で発見された迷宮の規模は、中規模迷宮とのこと。
ボーデ家は大規模迷宮が一つと、周囲に小規模迷宮が複数あるらしい。
ファイアージンガー家は、大規模迷宮が複数とのこと。
もちろん、それに伴い中規模迷宮、小規模迷宮も多数ある。
今回は二家のように大規模迷宮とはいかなかったが、それでも十分だ。
ボーデ家の経済効果が約一万石なので、今回の中規模迷宮一つの効果は四千石くらいと見積もっておこう。
またマスターは、チェルニー・チュルノフ領南方の森をさらに開拓すれば、他の迷宮が見つかる可能性があるといっていたので、今後の開発にも期待がもてそうだ。
さて、追加で迷宮が入ってきたが、これでようやく内政も一段落だ。
来月には、満を持してホフマン領へと進軍をせねばならない。
ということで、これからコンチンと会議を行い出兵計画を詰めるとしよう。
俺は、会議室へと向い、いつものように先に待ち構えていたコンチンと合流する。
「では、始めよう」
「はい。ホフマン家の攻め方としましては、これまでの計画通りでよいですか?」
「ああ、調略も順調に進んでいるので、当初の予定に変更はない」
「わかりました。では、これから詳細を詰めていきましょう」
「おう」
ホフマン家へは、ヒルダ領を迂回して侵入する予定だ。
ヒルダ領の隣、言い換えればホフマン領の北端には、ハインツ=アイグナー領が所在する。
松永軍はそのアイグナー領の脇のホフマン家直轄地から攻め入る手はずだ。
「まずは、アイグナー領を横目に見て進軍しましょう。すでに、ハインツ=アイグナーとは不戦の盟約と取り決めています。百五十程度の兵で退路を確保しながらアイグナー領へと攻め入る素振りを見せれば、彼は動かないでしょう」
ハインツとはすでに交渉を行い、不戦を取り決めた。
本来ならば、周辺の騎士と連携して激しい抵抗に合うはずだが、今回はそんなことはなくスイスイと進軍できるはずだ。
「うむ。本隊はこれでいいとして、あとはピピン家へとあてる部隊と、別働隊をどうするかだな」
「ええ、ピピン家とは、我々の見立てが間違えていなければ、暗黙の了解が成り立っていると思われます。問題は別働隊ですね」
「ああ……。少し考えさせてくれ」
ピピン家ついては、三太夫を使い水面下で交渉を繰り返してきた。
その結果、おそらくだが、ピピン家もハインツと同様に兵を仕向けさえすれば、にらみ合いの状態が継続するはずだ。
だが、問題は別働隊だ。
まず前提として、ホフマン領都であるゼーヴェステンは、ナヴァール湖の西岸に隣接している。
そこで、俺は水魔法を使えるナターリャさんに船団を率いてもらい、ナヴァール湖を横断させ、松永軍本隊に集中し防備が手薄になっている敵本拠を急襲させようと考えた。
これが成功すれば、一気に松永家の勝利は決まるのだが、リスクも大きい。
ナヴァール湖の水の流れは、大山脈から吹き降ろされる風により、西へと流れている。
行きは追い風に乗り迅速に行動できるが、もし作戦が失敗し退却となった場合は向かい風になるので、追撃を受ける恐れが強まる。
まあ、それはナターリャさんがいるからどうにかなると思うのだが、もう一つ懸念事項がある。
それは、ナヴァール湖の水竜の存在だ。
奴らは、湖中を縄張りにして動き回っている。
少人数で行動する分には、こちらから刺激をしない限りは問題ない。
しかし数百にも及ぶ集団での行動となると、水竜自身が身の危険を感じるため、襲撃される可能性がある。
なので、なるべく奴らの縄張りに近づかないように迂回するのだが、それでも百パーセント襲撃されない保証はない。
これらの材料を鑑みると、別働隊を作ることには、二の足を踏んでいる状況である。
「ふむ。今回の攻略戦は兵力に劣るわけではない。ホフマン家も西方勢力からの援軍は見込めんだろう。ここは正々堂々と正面から攻めるとするか」
ホフマン家の西方にあるシュミット家らは、元から仲がよくないこととに加え、ゴルトベルガー家と対立中なので、ホフマン家に援軍を送ることはないだろう。
また、南のドン家とヴァンダイク家についても、正式な協定は結んでいないので、これから短期間で話をまとめられるかは疑問だ。
「そうですね。すでにホフマン家の三割近くの騎士は、日和見を決め込んでいます。戦況によっては我らに味方する者も出てくるかもしてません。ですので、今回の戦は最初から戦略で我々が勝っています。余計なリスクを取らなくても十分勝利を掴むことは可能と思いますよ」
コンチンも同じ考えのようだ。
調略がかなり順調にいったので、当初想定してた別働隊はなくてもよさ気だな。
「うむ。そうするか、別働隊は次回に取っておこう。では、それで陣立てを組むとしよう」
「はい。今回は総勢三千以上の大軍となります。内訳は以下のとおりです」
といい、コンチンは各勢力の兵力が記載された紙を見せてきた。
用意がいいことだ。
松永軍からは二千人が動員される。
そのうち、二百五十人は獣人部隊である。
アキモフ軍からは二百五十人だ。
ボリスには、今回も存分に働いてもらおう。
あれからは、他勢力との接触を断ち心を入れ替えた気がするが、その目でしっかり確かめるとしよう。
ロマノフ家からは三百人だ。
エゴールはよくやってくれているので、この戦が成功すれば大幅加増をしてやろう。
チェルニー・チュフノフ家からも三百人か参戦してくれた。
この二家も、これまで十分な働きをしてもらっているので、そろそろ金貨ではなく知行地を増やさねばなるまい。
そして、さらに今回はコトブス三国同盟から三百人が加わる手はずだ。
率いるは、ミュラー家当主のゲオルグ=ミュラーだ。
エルフと結婚したいがために独身を貫いている男と言えば、思い出してくれただろか。
シュトッカー家のカールはドン家に備えて留守番中だ。
隙あらば、領境を侵す素振りも見せてくれるらしい。
そして、これらの総数を合計すると、総勢三千百五十の大軍となる。
そのうち三百をピピン家に、百五十をハインツ=アイグナーに割くとしても、二千七百だ。
ホフマン家の動員兵力は、日和見諸侯の存在により千五百程度とみる。
その差は千二百、松永軍の兵の質を考えたら、実質的にはさらに開くだろう。
完全に松永家が有利である。
他家からの介入がなければ、この戦いでホフマン領の大半を手に入れることができるかもしれない。
「うむ、これでいこう。ピピン家への三百はレフにやらせよう。ハインツ家の百五十は、ツツーイ一族に任せるか」
「はい、それでよろしいかと」
「よし、これで決まりだ! 出陣は二週間後の六月十四日だ。ジュンケー、今からこれを全員に伝えろ」
「はい!」
俺がそう言い付けると、ジュンケーは元気のよい返事をしてから、トタトタと部屋から出ていった。
「秀雄様、ジークフリートの調略はどうしましょうか。今のところ、調略の効果はそれほどか分かりませんが、このまま続けますか?」
「おう、ここからが本番よ。松永軍が兵を起こすと同時に、ジークフリートへ堂々と調略をかける。そして、我が軍をハインツとピピン家が日和見したら、ジークフリートが裏で松永家と繋がっていてわざと戦わないようにハインツとピピン家に命じている、という流言を当主ジーモンの耳に流すんだ。さすれば、領内が侵されているという事実があるのだから、ジーモンは混乱するだろうよ。もし、家内が揉めてくれればこちらとしては最高だな」
「なるほど、もしジークフリートが戦場に出てこなければ、こちらとしてはそれだけでアドバンテージになりますからね」
「ああ、そのとおりだ」
「わかりました。その方向性でいきましょう」
「うむ。では会議は終了だ」
こうして、ホフマン家への攻め方は決まった。
あとは時が経つのを待つのみである。




