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第百七話 妊娠 忍者加入

 大和元年一月二十日


 亜人代表たちとの会談も無事に終わった。

 交易や人材派遣の詳細が決まるのは、早くても一ヶ月はかかるはずだ。

 亜人領域担当のノブユキら数名の内政官が、身を粉にして働いているが、如何せん頭数が足りない。

 前にも触れたが、来週に採用面接が予定されているので、そこで補充する予定である。


 また今月末には、エゴールの結婚式が控えており、その準備でも忙しい。

 式はロマノフ領の領都ロマノヴォではなく、交通の便を考えて、ここマツナガグラードで執り行われるためだ。


 この忙しい中、異変が起きた。

 マルティナ、ビアンカ、ウラディミーラの三人が同時に体調を崩したのだ。


 コンチンに回復魔法を掛けてもらおうとしたところ、マルティナが、もしかしたら妊娠したかもしれない、と言うのですぐに医者を呼ぶことにした。

 

 ただ今医者が到着したので、これから確認してもらうところだ。


「これから腹に手をあて、種があるかどうかの検査をいたします。まずはマルティナ様からです。お腹を出していただけますか」


「うむ、こうだな」


 マルティナは、医者がいうとおりに、上着を捲りあげ腹を出した。

 普段から鍛えているため、引き締まっている。

 

「ありがとうございます。では行きますよ……」


 医者は、マルティナの腹に手をあてると、目を閉じ集中する。

 胎児の僅かな魔力を、感じ取っているらしい。

 

 そして三十秒後、医者はまぶたを開け、腹から手を離した。


「どうだったんだ……」


 マルティナが、神妙な面持ちで問いかける。


「おめでとうございます。御懐妊です!」


 医者が、笑顔で妊娠を伝えてくれた。


「本当か! それで、性別は分かるのか!?」

「申し訳ありません。私の腕では、ご懐妊を調べるので精一杯でした。性別になりますと、安定期に入るまでは、はっきりとしたことは……」

「そうか……。今は、懐妊が判っただけで十分だ。感謝する」

「勿体なきお言葉、ありがとうございます。ただし、まだ安定期には入っておりませんので、流れる可能性もございます。あと二ヶ月は安静にしていてください」

「わかった。では、ビアンカとウラディも診てやってくれ」

「はい、分かりました」


 マルティナは話し終えると、早速腹の上に布をかけ、愛おしそうにさすり出した。

 俺もいろいろな意味で嬉しくなり、彼女の方に視線を送ると、あちらも柔和な笑顔で返してくれた。

 すでに気分は母親なのだろうか、表情がこれまでと違う気がする。

  

「続いては、ビアンカ様です。マルティナ様と同じように、お腹を出してください」


 三分ほど休憩して、ビアンカの番がきた。 


「わかりました……。これでよろしいですか」

「はい、結構でございます。では、失礼します……」


 先のように、医者が腹に手をあて三十秒……。

 

「どうでしたか……?」


 ビアンカが不安気な顔で問いかける。


「おめでとうごうざいます。ビアンカ様も御懐妊です」


 医者は笑顔で伝えた。


「ありがとうございます。ここに秀雄様の……」


 ビアンカも、礼を言ってから、自分のお腹をさすっている。

 彼女もすでに母の顔だ。


「お医者さま! 早く私も診てくださいな!」


 ビアンカが余韻に浸っているところに、ウラディミーラが我慢できないといった様子で、診察をせがんできた。

 すでに上着を捲り上げて、準備万端である。


「ウラディ、落ち着けって」

「あっ、ごめんなさい。またやっちゃいました。でも、秀雄様のややこが、ここに居ると思ったら落ち着かなくて……」

「ははは、仕方ないな。お医者さん、立て続けで悪いが診てやってくれないか?」

「分かりました。では、いきますよ……」


 二人の診察を終え疲れ気味をところ悪いが、ウラディミーラが待ちきれないようなので、連続してお願いしてもらう。


 そして、腹に手をあて三十秒……。


「どっ、どうでしたの……?」


 ウラディミーラが、恐る恐るたずねる。


「ごっ……」

「ごのあとは、なんですの!?」

「ごほっ、ごほっ」


 医者が絶妙なタイミングで咳き込んだ。


「もう! 早く言ってください!」

「失礼しました。ウラディミーラ様も御懐妊です。おめでとうございます」


 焦らされまくりで、いらついていたウラディミーラも、懐妊の報を聞き表情が一変した。


「ほんとうですか! お父様……やりました。ついにこの日が……」


 彼女は、感極まって泣き出してしまった。

 よかったな、ウラディ。

 俺も毎日、蜂蜜を飲みながら頑張ったかいがあったよ。


「あんまり興奮すると、ややこに障るぞ」

「そっ、そうでした。折角の秀雄様との愛の結晶が流れては困ります」

 

 彼女はそういうと、すぐに泣き止み、腹を温める。


「お医者さん、ご苦労様。また定期的に診てくれ。俺はそっちのことは分からんからな」

「ははっ、申しつかまりました。ではまた来週に定期健診に参ります。では、このあと、妊娠中の過ごし方や食べ物をお伝えしてから失礼したいと思います」 

「うむ、頼んだぞ、俺はこれから用があるので失礼する」


 俺は三人に、よくやったと、褒め頭を撫でてから、部屋を出た。

 

 それにしても、いきなり三人同時に妊娠とはめでたいな。

 これで、連日のお勤めもなくなり、体も随分と楽になるだろう。

 三人が出産するまでは、チカにサーラと、ときたまナターリャさんだけですむからな。

 ただし、余裕ができたからといって、安易に女を作るのはよすべきだろう。

 あとから苦労するのは目に見えている。


 さて、俺はこれから面会の予定がある。

 今朝、東方からようやく忍がやってきたのだ。

 その数、十数人。

 三太夫が戸隠の里に文を送り、松永家での厚遇ぶりを知らせたところ、旭国に見切りをつけ里自体を移し、松永家お抱えの忍びになるらしい。

 里の忍びは五十を超えるが、任務を請け負っている者も多数いるため、それが終わり次第、漸次移動してくるとのことだ。

 今回はその第一弾である。 


 近い内に五十を超える忍が集まれば、ラスパーナ地方ならばどうにかカバーできるだろう。

 その間に、忍の里で訓練を積んでいる者たちも形になるので、将来的には百を超える忍衆が完成する。

 ただ、これではまだ満足はしない。

 俺の記憶によれば、伊賀忍の数は、数百を数えたらしい。

 松永家も最終的には、伊賀忍軍や甲賀忍軍を凌駕するような忍軍団を作るのが目標である。


 そんなことを妄想しながら歩いていると、新参した忍たちが居る部屋へと到着した。

 

「おお、ここだな」


 俺は、今回派遣された忍の指揮者である上忍が、通されているはずの応接室へと入る。


「失礼する」


 ガチャリと扉を開けると、一人の忍びが直立不動で迎えてくれた。

 

 俺は、手振りで彼らに腰を下ろしてもらうよう促し、自身も椅子に座る。


「遥々東方からお越しくださったことに、まずは礼を言わせてくれ。ありがとう。俺は松永家当主、松永秀雄だ。あなたの名を伺ってもよろしいか?」


 すると、その忍びはすぐに立ち上がり、名乗り始めた。


「私は、戸隠流上忍、才蔵と申します。このたびは、師である三太夫の誘いに応じ、十七名の手勢を引き連れ参上致しました」

 

 おおっ、強そうな名前の忍がきたな。

 三太夫の弟子ならば、腕のほうは間違いないだろう。


「うむうむ、才蔵殿。俺はそなたがきてくれて嬉しく思う。早速仕事をしてもらいたいのだが、雇用条件も言わずでは気が進まないだろう。部下もいることだし、先立つものがなければ、できることも失敗する。なので契約金として金貨千枚をやろう。これからは三太夫の下で活躍してくれ。手柄を挙げれば、直臣として加増も考えよう」


 現在三太夫一族が所有する知行地は、加増され千石ほどだ。

 それを見れば、彼もやる気が出ることだろう。

 三太夫の場合もいきなり領地は与えなかったので、加増は手柄を立ててもらってからだ。

 契約金の千枚も破格なのだがな。

 これも三太夫らが、築き上げた功績によるものだ。

 

「あっ、ありがとうございます。もちろん、師である三太夫の下で尽力させて頂きます。さらに、直臣などとは、恐れ多いです。契約金だけでも十分過ぎます」


 控えめで好感が持てるな。

 三太夫も最初はこんな感じだったな。

 才蔵には、これから大いに活躍してもらおう。


「うむ。では、ひとまず領都で体を休めるかいい。落ちついたら、任務についてもらおう」

「ははっ」

「では、これから昼飯を馳走してやる。部下も連れてきなさい」

「それは恐れ多いです……」

「気にするな。遠慮せずに付いてこい」

「では……、お言葉に甘えさせて頂きます」


 そうして、俺は、才蔵らを『マツナガ』に案内し、そこで歓迎の意味も込めて、ご馳走を振舞った。

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