第九十六話 ウラール統一達成
明けて翌朝。
俺は、兵達が朝食を取り合えると、隊列を整えさせてバロシュの町を後にする。
目的地は、言わずもがなピアジンスキー領だ。
ここから領境までは、地図上では五キロ程度。
バロシュ領は縦長なので、簡単に通り抜けることができる。
「ピアジンスキーは、どう出るだろう。奴らも結構な被害を食らったから、守りに残せるのはそんなに多くはないはずだ」
俺は、隣で騎乗しているコンチンに声をかける。
「そうですね、ピアジンスキー連合軍が残せる兵力は、多くて五百でしょうか。おそらく、ルルラン砦に詰めていると思われますが……。ここは敵の出方を見なければ分かりませんね」
やはり、彼もそう考えるか。
ここからピアジンスキー領に入り五キロほど進むと、ルルランという砦がある、
敵はそこに詰めているのだろう。
「敵にも十分な兵力は残っているんだよな。あまり深入りはしたくはないが、この好機を逃がすのはもったいない……」
「まずは敵の兵力を見てからですね、我が軍は、千二百ほどの兵力があります。敵守備兵が四百程度なら、攻撃を加えてもよいかと思われます」
ふむ、コンチンにしては珍しく強気だな。
多分、先の会戦で、エミーリアをダミアンの援軍に行かせてしまったことに、責任を感じているのかもな。
「それは危険だ。リスクが大きい。せめて三百以下でないといかん。俺達も疲れているのだからな」
「……そうですね。少し冷静さを欠きました」
「まあ、先の戦に関しては気にするな。誰が指揮しても無理だったんだ。そもそも馬の走る速度からして違うのだから、物理的に不可能だよ」
「そう言って頂けると助かります……」
彼は十分な活躍をしてくれたので、褒めることはあれ、責めることはできるはずもない。
「とりあえず、ルルラン砦まで進軍してみよう。そこで、三太夫とウルフに偵察をさせてから、攻めるかどうかの判断をしよう」
「はい」
三太夫とウルフがいれば、敵の情報は筒抜けだろう。
ヤバかったら、早めに引くとしよう。
そして俺達は、領境を跨ぎ、その先にあるルルラン砦へと向けて進軍した。
二時間が経過した。
あと三十分も進めば、ルルラン砦に到着する。
今しがた、三太夫とウルフからの報告を受けたところ、砦の兵は二百程度しか詰めていないらしい。
これならばいけそうな気がするが、気になる情報も入る。
砦の周辺に、規模が小さいが、兵を詰めるには十分な大きさの小砦が数箇所発見された。
どれも木々に隠れているので、空から見つけることは難しいはずなのだが、ウルフが難なく発見してくれた。
「この小砦群は怪しいな」
「ええ。敵は砦の兵を少なく見せて、我々の攻撃を誘い、背後から騎兵で攻撃をするのでしょう。指揮するのがエミーリアですから、おそらくそれで間違いないでしょう」
「ああ、俺もそう思う。攻城中に背後から、軽騎兵にヒットアンドアウェーで射撃を繰り返されたら、たまったもんじゃないな。そこに、砦から重装騎兵が出てきたら、松永軍はお終いだろう」
「ええ。ここは自重するべきかと……」
砦の兵が少ないと聞いたとき、不自然さを感じたが、ウルフのお陰ですっきりした。
ここは無理に攻めるべきではないな。
策を立てれば、なんとかなるかもしれないが、被害も確実に出るだろう。
得るものに対して、失うものが多すぎる。
すでに戦前の目的は達成したので、ここは素直に引くとしよう。
「だな。ここで無理をしては、折角の勝利の喜びが半減だ。さっさと退却しよう」
「では、全軍にそう伝えます」
「ああ」
するとコンチンは、長居は無用とばかりにすぐに全軍に退却命令を下した。
そして、松永軍は反転し、きた道を逆戻りしてマツナガグラードへと戻った。
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マツナガグラードへ帰還した翌日。
早速祝勝会を開くことにした。
今回はウラール地域統一の記念も兼ねて、盛大に行うことにした。
この世界にきて約一年。
早くも、ここまでこれたのだ。
ウラール地域の石高は約八万石、これならば小大名クラスは卒業と言ってもよいだろう。
大大名の入口へと入った辺りだろうか。
だか松永家単体でみると、石高は五万石にも満たない。
まだまだ小大名だな……。
だがこれで、他家からも一目置かれることは間違いないだろう。
とは言っても、田舎領主なので過度な期待はしないでおくがな。
よし、難しい話はまた今度にしよう。
そろそろ祝勝会の時間だ。
俺は、正装に着替え会場へと向う。
そこにはいつもの面子に加え、各種ギルドのマスターや、手柄を挙げた兵士など、総勢百を超す人数が集まっていた。
俺は大トリで、司会のコンチンに促され、壇上に上がり開会の挨拶へを行う。
「えー、こんばんは。松永秀雄です。この度の戦を以って、当家を中心とする勢力は、このウラール地域を統一することができた。これも一重に、皆の尽力あっての成果だろう。ありがとう」
俺は主だった将たちに視線を合わせ、謝意を伝えてから、再び話を始める。
「しかし、ここで満足するわけには行かない。我々に仇なす勢力はまだまだ存在する。敢えて言おう、ここがスタートラインであると。俺は、ウラールを足がかりに、南方諸国に覇を唱える。それには皆の力添えが不可欠だ。今後ともよろしく頼む。俺からは以上だ」
我ながら、よいことを言った気がする。
その証拠に、皆も最初はスケールの大きな話に驚いていたが、今ではその気になっている。
勝ち戦で自信をつけているのだから、これくらいの反応が返ってこないないと、逆に面白くないがな。
「では、乾杯といきましょう。秀雄様、よろしくお願い致します。ではグラスを掲げてください」
コンチンが音頭を取るよう促してきたので、俺もグラスを掲げる。
「では……乾杯!」
『乾杯!』
そして、シャンパンを一気飲みである。
くぅー、勝ち戦の後の酒は格別だな。
それから宴は盛り上がりをみせ、夜遅くまで続いた。
また、マツナガグラードの民に対しても、統一記念として酒蔵を開いたので、町の明かりも夜遅くまで消えることはなかった。
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ダミアン=ピアジンスキーは、退却の道中思案した。
松永秀雄……。
いきなりウラールに現れた腕の立つ若造。
これが、彼の秀雄に対する評価であった。
しかし、それは瞬く間に上方修正された。
そして、今では己よりも上位の存在である、と認識するまでに至った。
なんとかせねば家が滅びる。
だが、今から尻尾を振っても信用されはしない。
クレンコフ家の仇敵である、エロシン家の支援をしたのだから。
ならばとる道は戦うしかないと、彼は思う。
そのためには、ドン家とホフマン家、そして教会を巻き込まねばならない。
ダミアン=ピアジンスキーは、領都であるホルシャへと帰還すると、すぐに親書を三通したためた。
一通は友好国のドン家に、もう一通はホフマン家だ。
そして、最後の一通は教皇にである。
ドン家に対しては、松永家の脅威を説き、今後は協力関係を築きたいと。
ホフマン家に関しても、松永家の野心を説き、これまでのいざこざを水に流そうと。
教皇に対しては、松永家の亜人重用を糾弾し、さらなる支援を求めた。
ここで断りを入れておく。
ダミアン自身は、亜人に対してこれといった感情はない。
彼がこれまで亜人排斥を掲げる教会に媚を売ってきたのは、ホフマン家とドン家に挟まれた東ナヴァールにおいて、生き残るためにだ。
これが、彼にできる精一杯。
あとは運を天に任せる腹積もりであった。
「やれるべきことは、これくらいだな」
彼は一人呟く。
あとは連合内の結束を固め。守りを強化するだけである。
すでに、連合の家々とは婚姻関係にあり、その結束力は強いと、彼は自負している。
ただ、今後どうなるかは分からない。
今回の戦で、古参のバロシュ家と、新参ではあるがエロシン家を、やむをえず見捨てる形となったからだ。
これまでにも、ガチンスキー家とバラキン家も、結果的に見捨ててきた。
そのため、彼は連合の信頼回復をするべく、虜囚の身であるバロシュ家とエロシン家の一族の返還を思案し、処断される前に接触を図るべく急使を送っていた。
松永家に付け入る隙を与えられないよう、ダミアン=ピアジンスキーは必死に動いていた。
第一章終了です。
明日から第二章の予定です。
これからもよろしくお願いします。




