六章 呪いの進行
「もう、師匠。しっかりして下さいよ」
「あはは、ラディア。あいつらみーんな情けないねえ! 見たかい、あの間抜け面! あはははは、みぃんな潰してやったぞ。ははははは!」
師匠オーラクシルと共同浴場に行った帰り、そのまま酒場に直行した。そして、オーラクシルは、酒場にいた男達に酒飲み対決を仕掛け、全員に勝利してしまった。幾らオーラクシルが酒に強いといっても、流石に軽く酔いは回っているようで、ふらふらと頼りない足をしている。だからラドは文句を言いながらもオーラクシルに肩を貸し、共に神殿への帰路に着いている。
酔っぱらってご機嫌なオーラクシルはというと、楽しげに笑い声を上げている。
祭りなのでそんな人間は珍しくはない。道端で寝ている者もいるから、支えを借りてはいても自分で歩いているオーラクシルは目立たないが、ラドはちょっぴり面倒くさい気分だ。
そうして神殿に辿り着くと、オーラクシルは井戸に行きたいと言い出した。
「師匠、井戸ですよ」
「おっしゃあ!」
「ああっ、落ちますから、私が汲みます!」
ふらふらと危なっかしい師匠に代わり、ラドは水を汲み上げた。
その桶を掴み、淵を口元に当てると、オーラクシルは勢いよく水を飲み始めた。
「えええ」
てっきり顔を洗うか、もしくはうがいをしたいのだと思っていたラドは、その光景に唖然とした。
オーラクシルが型破りな人間であるのは知っていたが、女性だからここまで豪快な真似はしないと思っていたのである。
(駄目だ、この人。完全に酔ってる)
部屋に運んでやらないとまずいだろうなとラドは苦笑する。
だが、桶を下ろすと、オーラクシルの酔いは冷めたようだった。先程までの腑抜けた空気はどこかに消え、真剣な眼差しがラドを真正面から捉えた。
「おい、ラディア」
「はいっ」
鋭い空気に、ラドは自然と背筋を正す。オーラクシルはラドの左手を示し、問う。
「……お前、その左手、もう使い物にならないんだろう?」
「え……?」
不意打ちで核心を突かれたラドは、目を泳がせた。
「昼に一度手合せした時に気付いた。最初は痛めているのかと思ったが、シグエン殿を問い詰めて事情を聞けば、なるほどだ。まだ動くようだが、剣を使う時はただ添えているだけだな? そんなもの、剣士としては使い物にならないことと同じだろう」
「…………」
ラドは口を閉ざす。
心臓が激しく鳴り、冷や汗が背中にじわりと浮かんだ。動揺を押し隠し、ラドは微かに笑みを浮かべる。
「まさか、そんなことありませんよ」
「黙れ。あたしが気付かないとでも思ったのか?」
厳しく切り捨てると、オーラクシルはラドの前に静かに立った。その右手が上がるのを見て、ラドは叩かれると予想し、身をすくめる。
しかし、その手はラドの頭に軽く乗せられただけだった。
「あたしの唯一の可愛い弟子。お前はどうしてそう、死にたがる? あたしがお前を弟子にしたのは、死へ急がせる為じゃない。そのつもりなら、あの日、弟子になんかしないで放置していた」
オーラクシルの緑の目には、月明かりでもそれと分かる程の悲哀の情が浮かんでいた。
「ししょう……」
ラドの胸にずきりと痛みが走る。喉がひりついて、言葉が上手く出て来ない。心配されると苦しいなど、何という面倒な奴なのだろうと自分が嫌になる。
「お前が、自分自身を含めて、人間が嫌いなことは分かっているつもりだった。だが、だからこそ、厄介事を上手く避けて生きるだろうと心配していなかった。でもお前は、誰か別の人間を庇った。そのこと自体は嬉しく思うよ。人間嫌いにしちゃ、良い一歩だ。でもね、だからって身を粗末にしていいという話にはならない。なあ、お前の身を案じる者が、ここに一人いるのだということを、忘れないでおくれ」
――頼むから。
最後にはそう声を湿らせ、オーラクシルはラドの両肩に手を置き、右肩に額を当てた。酒場での移り香か、オーラクシルの赤い髪から石鹸のにおいに混じって煙草と酒のにおいがした。それに、酒で体温が高いのだろう、両手の平が熱い。
ラドはうなだれるオーラクシルの背中を眺めながら、どう返せばいいか戸惑い、結局、動けない。目元が熱くなり、喉のひりつきが更に増した。
こんな風に、懇願されるように心配されたことは無い。遠い記憶の母の笑顔がふわりと思い出され、あれに近いのだと、無条件に差し出される優しさに息苦しい。
オーラクシルは顔を伏せたまま、ぼそぼそと続ける。
「あたしは、傭兵として戦争に出るのが自分の生き様だと思ってる。これは好きでやってることだが、こんな仕事をしてるから、いつ死ぬか分からない。家族もいない。唯一気がかりなのは、お前のことだ。それなのに、久々に会ったと思えば、呪いなんか拾いやがって。この馬鹿弟子!」
鼻をぐずつかせて愚痴るように言うオーラクシル。ラドの戸惑いは深いが、同時に納得した。
(どうやらこの呪い、解ける見込みはないのか)
オーラクシルが泣いて悲しむ理由は、それなのだ。各地を旅し続け、知識が豊富なオーラクシルがそう考えているということだけは、ラドは理解した。嗚咽混じりの声が肩の方から聞こえるけれど、ラドはオーラクシルにどう接すればいいか分からず、背中を撫でるべきか悩んで、やめて両手をきつく握り締めた。
これから死にゆく自分が優しさを振りまいてどうする。ただ重荷を課すだけではないか。
オーラクシルの左肩に、ラドはそっと額を寄せた。口からは自然と言葉が滑り出る。
「師匠……、心配してくれてありがとうございます。ですが、私は、自分の決めた事では後悔しないことにしているんです」
周囲が慌てているのに対し、ラド自身が落ち着いているのは、そうした心境からだ。
ラドは自分が決めて行動したことでは、絶対に後悔しない。その後に何が起きても受け入れると決めている。だから、あの時、エリオスの名を知りたい為だけにエリオスを助けに向かったことも、エリオスの代わりに呪いを背負ったことも、後悔していないのだ。
「だから、私は悲観していません。むしろ、この呪いのお陰で、単なる根無し草の私がレミアスを救えた。大したことだとは思いませんか?」
ピクリと身じろぎしたオーラクシルは、ラドからそっと身を離す。そうして、月明かりの中で、ラドのやんわりと落ち着いた笑みを見て、くしゃりと顔を歪ませる。
「お前って奴は……」
やはり声は湿っていた。オーラクシルは泣いた姿を見られたことを誤魔化すように、ラドの短い髪を右手でぐしゃぐしゃと掻き回す。気持ちのやり場に困っての仕草だと気付いたラドは、文句を言わずにじっとしていた。
このオーラクシル・コーエンという女剣士は、豪胆で、誇り高く、そして優しい。少なくとも、弟子であるラドには優しかった。厳しいところは勿論あるが、それはラドが今後一人でも生活できるようにという彼女なりの優しさだ。
ラドはオーラクシルを師匠として、そして年の離れた姉のように慕っている。
「ラディア、先に部屋にお帰り。あたしはもう少しここで頭を冷やしていくよ」
オーラクシルが促すのに、ラドは逆らわずに頷いた。
そして立ち去ろうとした背中に、オーラクシルの迷ったような言葉が投げかけられる。
「――ラディア、お前のその呪いだが……。解呪は期待しない方が良い。一ヶ月前に貰った呪いにしては、進行が速すぎる」
足を止めたラドは、僅かに振り返り、静かに頷く。オーラクシルはラドから視線を反らしていた。
「ええ、分かっています。正直なところ、解呪法が見つかったならもうけものという程度の気持ちでしたから。こうしないと、エリオスが責任責任とうるさいので」
オーラクシルがぐっと口を引き結ぶのを見て、ラドは眉尻を下げる。オーラクシルは感情を押し殺した低い声で返した。
「そうか……。分かっているのならいい。おやすみ」
「おやすみなさい」
挨拶を返し、ラドは今度こそ裏庭を立ち去った。
オーラクシルの姿が小さく見えた気がして、そうさせたのが自分なのだと頭の隅で理解する。
目の前がぼやけるけれど、涙は零さなかった。
*
「ラディアを心配している者が、もう一人いると言えば良かったか?」
ラドが立ち去った裏庭で、オーラクシルは誰にともなく声をかけた。
「気付いていたのですか」
建物の陰から出てきたエリオスは、苦笑した。左手にはタオルを持っている。
オーラクシルは目元を袖口で豪快に拭うと、エリオスをじろりとにらむようにして訊く。
「あの子の様子見かい?」
「いえ、偶然です。眠気覚ましに顔を洗おうとここへ来たら、あなた方が話していたんです。それから、コーエン様、夜中に大声で笑いながら歩かないで下さい。ここは神殿ですよ? お静かに願います」
「そりゃ悪かったね。酒を飲んで気分が良かったんでね」
オーラクシルは悪びれなく返す。深く追及しても無駄だと悟ったエリオスは、苦笑混じりに付け足す。
「それに、“もう二人”の方が正しいですよ。レミアスも彼女のことを心配していますから」
「そこは否定しないんだね」
オーラクシルは愉快そうに赤い唇を笑みの形にする。
「ええ。事実ですから」
そう返すと、エリオスは井戸へ歩いて来て、水を汲み始める。
「こんなに遅くまで調べているのか? 少し休んだらどうだ、効率が悪いだろう」
「いいえ。先程のお話を聞いて、ますます休んではいられないと気付きました。ラドはほどほどで良いと言いますが、私は全力で解決策を探します」
桶を引き上げ、地面に置きながら、エリオスは桶の取っ手をぎりっと強く握り締めた。
「本来なら、あの呪いは私が受けるはずだったのです。それなのに、ラドは、男嫌いだからとあんなに邪見にしていた私をわざわざ探しに来て、それで……」
悔しそうに黙り込むエリオスの背中を見下ろし、オーラクシルは溜息を吐く。
「あたしはね、正直、複雑なんだ」
「え……?」
てっきり責められると思っていたエリオスは、予想と違うオーラクシルの言葉に、思わず振り返った。
そこにいたのは、本当に複雑そうに曖昧な表情を浮かべるオーラクシルだった。
「身代わりなんざ腹が立つが、でもね、あの子が誰かを助けようとしたっていうことは嬉しいんだよ。ラディアは、あたしと会った時から、他人のことには最低限にしか関わろうとしなかったからね……。少しは人の間に溶け込もうとしているのだと分かったから」
「彼女の男嫌いは、そんなに酷いんですか?」
「そうだよ。男嫌いどころか、根っこのところは人間嫌いなんだ。自分のことも嫌ってる。それで、臆病なんだ。誰かと親しくすれば、別れがつらくなる。それに、誰かを信じて傷付くのが怖いんだろうと思うよ。幸い、あたしには懐いてくれているがね?」
そこまで語ると、オーラクシルはエリオスをじっと見て、にやりと笑みを浮かべた。エリオスは口を引き結ぶ。
「新手の喧嘩売りですか?」
「ははっ、分かったか」
オーラクシルは悪戯が成功したように笑う。
「いいねいいね、そういう反応。あんたは随分見込みがあるよ」
「……どういう意味です?」
先程から、質問してばかりだ。
エリオスは、飄々と掴みどころの無いオーラクシルを見上げる。
「あいつの睨みにも負けずに、ここまで一緒に過ごせた男はお前くらいだ。頑張ればいけるかもしれんぞ?」
「な……っ!」
かっと顔を赤くし、口を手で覆い隠すエリオス。
(まさか、気付いて……?)
オーラクシルの話はシグエンから聞いていた程度で、実際に話すのはこれが初めてだというのに。
「さっきの反応で分かった。ああ、良かった。あたし以外にも、あいつを想ってくれる者がいるのなら、あたしは安心して旅立てる」
「もう行かれるんですか?」
驚いた為、桶の取っ手から手を離し、腰を浮かすエリオス。オーラクシルは微かに笑みを浮かべて頷いた。
「西の方がきな臭くなっているようだ。仕事があるかもしれないからね。あんな状態だし、あの子を連れて行こうかとも思ったが……シグエン殿のご子息が傍にいるのなら、構わないだろう。それに、ラディアを戦争に連れて行くつもりはないから、どうせ手前の町で別れることになる」
「そう……ですか」
「安心したかい?」
「いいえ。彼女が寂しがるだろうなと」
オーラクシルは目を丸くした。
「ラディアが寂しがるって?」
「あなたは師匠なのでしょう? それに、先程も、ラドは笑っていました。あんな顔は滅多としません」
「ふぅん、そっか。教えてくれてありがとう。あの子、あたしと似てるからさあ、放っとけないんだ。……それなら安心だ。あたしはあの子に一つくらい拠り所を作ってやれたってことになるから」
オーラクシルはそこでくるりと背を向けると、ぐずっと鼻を鳴らす。
「ああもう、今日は酒に酔っているせいで、泣けてきて仕方がない」
オーラクシルは感極まった理由を酒のせいにしたいようだったので、エリオスはそういうことにしておこうと頷いた。
「ええ、そろそろ休んだ方がいいですよ。もう夜も遅いですから」
オーラクシルは頷いたが、なかなか立ち去ろうとせずにその場にとどまる。それを不思議に思っていると、迷った末に決意した様子でもう一度こちらを振り返り、口を開いた。
「なあ、あんた。あの子を助けてやっておくれよ」
そうこいねがうオーラクシルは、まるで神に祈りを捧げる信者のような目をしていた。揺れる緑色の目は頼りなく、すがりつくような必死さも垣間見える。
「え……?」
オーラクシルのような強い戦士でも、こんな目をするのかと、エリオスは驚き半分、戸惑い半分の気持ちになったが、すぐにその感情は押し込めて、真摯な顔付きになる。
オーラクシルは悲痛な表情で、エリオスをまっすぐに見つめる。
「呪いを解けと言ってるんじゃないんだ。ただ、人から遠ざからないようにしてやって欲しい。どんなに人間を嫌おうと、人は一人じゃ生きていけない。それに、人の間にこそ、あの子の幸せはあるんだろう。結局のところ、誰かとの関わりを求めているんだから」
――それは、あなたもですか?
エリオスはそう訊いてみたかったが、無粋だろうから聞かなかった。
オーラクシルはきっと満たされているのだ。自分に似ているという弟子をとった彼女は、その関わりを一つ得ている。
寂しがりで不器用なこの師弟が、エリオスには優しい存在に思えた。
「ラドが嫌がらなければ、そうしたいですよ。私はラドが、一人の人間としても好きなので」
もう一つの意味については、口にはしない。それでもきっとオーラクシルには伝わる。
「むしろ、私が傍にいたいだけなのかもしれません。邪見にされても、放っておけないんです。あなたと同じですね」
「……ありがとう。良い答えを聞けて嬉しく思う。私の弟子をよろしく頼むよ」
オーラクシルは、口元に微かな笑みを浮かべる。重荷がとれたような、すっきりした笑みだった。そして、踵を返す。
彼女が凛とした空気で歩み去るのを、エリオスは頭を下げて見送る。
ラドの師匠がエリオスを頼ってくれるのは嬉しかった。エリオスはラドに何か出来ることがないか、いつも探していたから。
「私は、諦めませんから」
小さく呟いて、エリオスは桶の水に両手を浸し、顔を洗う。
調べるべき本はまだまだある。
(彼女の左手が、剣を掴んで支える力もなくなっているなど、初めて知りました。教えてくれれば良かったのに)
――悔しい。
本当だったら、その苦痛は自分の物で、誰かに代わりに背負わせる物ではなかったのに。
でも、それ以上に悔しいのは、一ヶ月以上共に過ごしたのに、ラドがエリオスを頼ろうとしないことだ。信頼されていないようで悲しくなる。
(……ラド。呪いのことを抜きにして、私が傍にいて欲しいと言ったら、あなたはどんな反応を返すのでしょうか)
物思いに沈むエリオスを、月は優しく照らす。白銀の花の甘い香りが、風に乗り、エリオスの金の髪を揺らして通り過ぎていった。
*
「私は、良い方に拾われたな」
自室の扉を閉じると、ラドはぽつりと呟いた。
明かりも付けず、月明かりの中で鏡に目を向けた。
右目に巻いている包帯に手を伸ばし、するりと解く。
呪いを受けた証である、薄茶から金色に変わった目の為に、闇の中でも不思議と周囲がよく見える。日差しの中では見えすぎてきつい程に。
鏡へと手を伸ばし、鏡に映る自分の右目に左手で触れながら、ラドは呟く。
「私は、後悔していない」
助けようとした選択を。自分の行動を。
それなのに、何故だろう。胸が痛みを訴える。
ごつんと鏡に額をぶつける。
「――嫌だなあ」
心の声が言葉になった。
嫌だ。
こんな温かさを知ってしまって、ラドはどうすればいい。
「死ぬのが怖くなってしまうじゃないか」
昨日までの自分だったら、怖くなかった。
レミアスの笑顔や、オーラクシルの泣き顔、最後には、少々邪見にしたとて気にしないエリオスの顔が浮かぶ。
ラドは、一生独りで、そしてどこかで死ぬのだと、そう思って生きてきた。
こんなの想定外だ。
あの時、あの森でエリオスを助けたことが、巡り巡ってこんなことになっている。
知らなければ良かった。知る前に戻りたい。でも、戻れない。
「あったかいのは苦しい」
どうせ独りに戻るのに。
両目から勝手に涙が溢れて、頬を滑り落ちていく。
ラドは近い将来、死ぬのだ。
後悔はない。
この温もりを得た以外は。
「やっぱり嫌いだよ、人間なんて」
人間の醜さは知っている。でも同時に美しいのも知っている。
嫌いになりきれない自分こそが、最も嫌いだ。
ラドは目を細め、鏡の中の金目をにらむ。
「――なあ、魔物よ。私にこの目を与えたのは、人から遠ざける為だろう? だが思い違いだったな」
この呪いを受けてから、目に見えないものが見えるようになったことが分かった。得たいのしれない金色の目は、見る者が見れば不気味だろう。よく分からないものを人間は遠ざけようとするから、目に見えない何かが見える金目を持つラドは、異端として排除されてもおかしくはなかった。
けれどラドは排除されず、娘を一人助けたお陰で溶け込むことが出来ている。
「だがな、嫌がらせとしては充分だ。お前の呪いは、私に人の温かさを教えた。余計なことをしてくれたもんだ」
初めは、父の暴力が怖かっただけだった。だが、その経験が、ラドに人を信じることを怖がらせた。誰かを信じて、あんな風に変わってしまうことが怖かった。人は変わるのだと知っていたから、信じることが怖かったのだ。
やがて、人の優しさも怖くなった。ラドは一人で生きているのに、誰かの優しさは己の孤独を浮き彫りにさせて怖かった。
――だからずっと避けてきたのだ。人との深い関わりを。
「無様に死にゆく女を、お前は笑っていればいいさ。私は死にたがりだが、お前の望むような死に方はしてやる気はない」
体が完全に動かなくなる前に、身投げでもしてやろうか。
どうせ死ぬなら、海がいい。朝日とともに、落下していくのはどうだろう。
そんな自分の死に様を思い描いて、ラドは緩やかに微笑む。
人間が嫌いなら、関わらずに済むところに行けばいいのだ。だからラドは、ふいの事故で死ねないだろうかと、淡い期待を抱いて生きていた。自分で自分を殺す真似はしようと思わなかったけれど、呪いが原因で体が動かなくなったせいで一人で生きていけないのなら、そうしたって構わない。天国の母も許してくれる。
ラドは鏡から離れ、包帯を巻きなおす。金目を露わにしたままだと、妙なものが映りこみかねない。夜に不気味なものなど見たくはなかった。
「最期の計画はこれで良し、と。だが、ギリギリまで生きるぞ、私は」
あんな魔物に屈して、易々とこの身の命を投げ出したりはしない。
「明日、エリオスと話すか」
ここを出て行こう。
そして、最後の旅に出よう。




