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『最高視聴率の復讐劇』人気女優の卵である婚約者が俺を裏切って浮気したので、二人の破滅を全国生放送のシナリオに組み込んでみた  作者: ledled


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第二稿:道化師たちのリハーサル ~主役気取りの二人が、破滅への伏線とも知らずに「公開プロポーズ」の準備を始めた件~

都心の一等地に構えるテレビ局の地下、一般人が立ち入ることのできない編集スタジオの一室。そこは、地上の華やかなスポットライトとは無縁の、薄暗く、機材の熱気が籠もる空間だ。壁一面に並んだモニターには、無数の映像素材が映し出されている。


俺、翡翠蓮司は、革張りの椅子に深く腰掛け、目の前のモニターを冷ややかな目で見つめていた。画面の中で動いているのは、俺の婚約者である姫川ミオと、かつての親友、富樫リョウだ。場所は俺のマンションのリビング。昨夜の映像ではなく、つい数時間前に録画されたばかりの「新作」である。


「……酷いものですね。見ているだけで反吐が出ます」


俺の背後から、氷のように冷たく、しかし鈴を転がしたような美しい声が響いた。振り返ると、そこには完璧なプロポーションをパンツスーツに包んだ女性が立っている。如月雫きさらぎ しずく。大手芸能事務所の敏腕マネージャーであり、俺の幼馴染にして、今回の復讐劇における唯一の共犯者だ。


彼女の手には、分厚いタブレット端末が握られている。その表情は能面のようだが、眼鏡の奥にある瞳には、画面の中の二人に対する強烈な侮蔑と殺意が渦巻いていた。


「蓮司、コーヒー淹れてきたわ。ブラックでいいわよね」

「ああ、ありがとう雫。……で、そっちの『素材』の方はどうだ?」


俺が受け取ったカップから湯気が立ち上る。雫はため息交じりにタブレットを操作し、別のモニターにデータを転送した。


「完璧よ。むしろ、予想以上に真っ黒だったわ。富樫リョウの素行調査、完了しているわよ」


モニターに次々と表示されるのは、週刊誌さえ掴んでいないリョウの裏の顔だ。違法賭博への出入り、未成年モデルとの飲酒疑惑、そして過去に付き合っていた女性たちに対する暴言やモラハラを告発するDMのスクリーンショット。さらに、彼が事務所の金を私的に流用している証拠となる帳簿のコピーまであった。


「よくこれだけの情報を短期間で集められたな」

「私の情報網を舐めないで。それに、彼に恨みを持っている人間なんて掃いて捨てるほどいるもの。少し突けば、ダムが決壊するように証言が集まったわ」


雫は冷酷に微笑む。彼女は普段、タレントを守る盾としての役割を果たしているが、その能力を攻撃に転じた時、これほど恐ろしい存在はいない。


「それから、こっちが本命。ミオの裏アカウントの解析結果よ」


画面が切り替わる。そこには、清純派女優として売っている姫川ミオの、どす黒い本音が綴られていた。


『また蓮司の説教始まったw マジでウザい。才能あるとか言われてるけど、ただの陰キャじゃん』

『ファンからのプレゼント、ダサすぎて即捨てた。金券にしろよ貧乏人が』

『リョウくんとのデート楽しすぎ! やっぱ男は顔と金とテクニックだよね~。蓮司なんてATMとしてしか価値ないし』


吐き気を催すような文言の羅列。日付を確認すると、俺が彼女の看病のために仕事を休んで粥を作った日や、彼女が「蓮司が一番大切」と涙ながらに語った記念日の夜に投稿されたものもあった。


「……脚本のセリフとしては三流の悪役だな。リアリティがなさすぎて、逆に笑えてくる」


俺は乾いた笑い声を漏らす。胸の奥がチクリと痛むかと思ったが、不思議なことに何も感じなかった。愛という感情は、信頼という土台が崩れ去れば、こうもあっさりと消滅するものらしい。残っているのは、この愚かな演者たちをどう調理してやろうかという、演出家としての冷徹な興味だけだ。


「蓮司、本当にいいの? これを全国ネットで流せば、あの二人は二度と表舞台には立てないわ。社会的にも抹殺される」

「構わない。彼らが望んだことだ。……それに、俺はただ『真実』を映すだけだよ。ドキュメンタリー番組の鉄則だろ?」


俺が言うと、雫は少しだけ表情を緩め、優しげな瞳で俺を見つめた。


「分かったわ。あなたが監督するなら、私は最高の助監督アシスタントになる。徹底的にやりましょう」


     ◇


翌日、俺はテレビ局内の会議室で、富樫リョウと向かい合っていた。生放送特番『リアル・ラブ・ストーリー』の構成打ち合わせだ。


リョウは革ジャンを羽織り、足を組んでふんぞり返っている。その態度は、すでに大スター気取りだった。


「でさぁ蓮司、台本読んだけど、ちょっと弱くない? ミオとの馴れ初めを語るとか、ありきたりすぎて欠伸が出るんだけど」


リョウが台本をテーブルに放り投げる。俺はその無礼な態度を笑顔で受け流し、手元の資料を整えた。


「ああ、それはあくまで『表向き』の台本だ。リョウ、お前にはもっと大きな見せ場を用意したいと思っている」

「見せ場?」


「ああ。この番組のコンセプトは『虚構と現実の融合』だ。台本通りの綺麗な愛を語るだけじゃ、今の視聴者は満足しない。もっとスリリングで、もっと衝撃的な展開が必要なんだ」


俺は声を潜め、共犯者を誘うように身を乗り出した。


「例えば……生放送中に、台本を無視して『真実の愛』を証明するとか、な」

「真実の愛……?」


リョウの目が光った。単純な男だ。「台本無視」「サプライズ」という言葉は、自己顕示欲の塊である彼にとって最高の餌だ。


「実は、局の上層部も期待しているんだ。予定調和をぶっ壊すようなハプニングをね。……リョウ、お前、ミオのことを本気で狙ってるんだろ?」

「は? ……おいおい、何言ってんだよ」


リョウは一瞬狼狽えたが、俺の目は笑っていなかった(いや、彼には味方のような笑顔に見えていたはずだ)。


「隠さなくていい。俺とミオの関係は、正直冷めきっている。俺たちはお互いにビジネスパートナーとして割り切っているんだ。だからもし、お前がミオを本当に幸せにできる自信があるなら……この生放送を、お前の『略奪愛』のステージにしてもいいと思っている」


これはもちろん嘘だ。だが、リョウにとって都合の良すぎる嘘は、真実よりも甘美に響く。


「マジかよ……蓮司、お前すげぇな。そこまで割り切ってんのか」

「ああ。俺は脚本家だ。面白い物語が描けるなら、自分のプライベートなんてどうでもいい。……どうだ? 番組のクライマックスで、俺という『つまらない婚約者』から、ミオを奪い取る公開プロポーズ。視聴率は跳ね上がるぞ。お前は伝説になる」


「伝説……」


リョウが恍惚とした表情で天井を見上げる。彼の脳内ではすでに、悲劇のヒロインを救い出す王子様としての自分が上映されているのだろう。


「悪くない……いや、最高だね。俺も薄々感じてたんだよ、ミオちゃんはお前といても幸せそうじゃないって。俺が救ってやるのが男の役目だよな」

「その通りだ。頼んだぞ、主演男優」


俺はリョウの肩を叩く。彼の手のひらがじっとりと汗ばんでいるのが分かった。興奮しているのだ。友人を裏切り、公衆の面前で恥をかかせるという背徳感と優越感に。


「任せとけよ。蓮司、お前の書いた台本なんか目じゃない、最高のドラマを見せてやるからさ」


リョウは高笑いしながら会議室を出て行った。その背中を見送りながら、俺は静かにICレコーダーの録音を停止した。


「ああ、期待しているよ。……お前の人生最後の演技をな」


     ◇


リョウとの打ち合わせを終えたその足で、俺はミオの待つ衣装合わせのスタジオへと向かった。


スタジオの中央では、純白のドレスに身を包んだミオが、鏡の前でポーズを取っていた。スタイリストたちが「素敵です!」「お人形さんみたい!」とチヤホヤし、ミオは満更でもない様子で微笑んでいる。


「あ、蓮司! 見て見て、このドレス。本番で着るやつなんだけど、どうかな?」


俺に気づいたミオが駆け寄ってくる。その姿は確かに美しい。外見だけは。


「ああ、よく似合っているよ。まるで天使だ」

「もう、蓮司ったら言い方が台詞っぽいんだから。……でも、嬉しい」


ミオは頬を染める。その演技力には感服するばかりだ。もし俺が真実を知らなければ、この笑顔だけで一生騙され続けていたかもしれない。


スタイリストたちに席を外させ、二人きりになると、ミオは急に不安げな表情を作ってみせた。


「ねえ蓮司、本当に大丈夫かな? 生放送で主演なんて……私、失敗しちゃうかも」

「心配ないよ。ミオは最高の女優だ。それに、今回の役柄は『真実の愛を見つける女性』だろ? 素のままでいればいい」


俺は彼女の髪を優しく撫でる。


「素のまま……?」

「そう。飾らない君の言葉、君の感情が、視聴者の心を打つんだ。……そういえば、リョウとも話したよ。彼は君のために、何か特別なサプライズを用意しているみたいだ」


「えっ、サプライズ?」


ミオの目が期待に見開かれる。彼女もまた、リョウと同じ穴の狢だ。刺激と注目を何よりも欲している。


「ああ。詳しくは言えないが、君がずっと望んでいたことかもしれない。……もしかしたら、僕との関係を終わらせて、新しい世界へ飛び立つような、そんな展開になるかもしれないな」


意味深な俺の言葉に、ミオは一瞬だけ計算高い目をした。彼女の中で、「蓮司を捨ててリョウに乗り換える」というシナリオが、公認のものとして確立された瞬間だ。


「蓮司は……それでいいの?」

「君が幸せになることが、僕の幸せだからね。それに、僕は裏方だ。君という大女優が輝くための踏み台になれるなら本望だよ」


卑屈すぎるほどの台詞。だが、自己愛の強い彼女には、これが心地よい賛辞として響く。


「ありがとう、蓮司。……私、頑張るね。きっと、誰も忘れられないような放送にするわ」


ミオは俺に抱きついた。その体からは、俺がプレゼントした香水ではなく、リョウが愛用している安っぽいコロンの残り香が微かに漂っていた。


抱きしめ返しながら、俺は彼女の耳元で囁く。


「ああ、楽しみにしていてくれ。君にとっても、僕にとっても、忘れられない夜になるはずだ」


     ◇


放送前夜。

俺は再び自宅のリビングで、見守りカメラの映像を確認していた。画面には、リョウとミオがシャンパングラスを片手に、祝杯をあげている姿が映っていた。


「いよいよ明日だね、リョウくん」

「ああ。明日の今頃は、俺たちは時の人だ。蓮司の野郎、自分がピエロにされるとも知らずに、ニコニコしてやがったぜ」

「私も、あんな地味な男とやっとお別れできると思うと清々するわ。ねえ、明日の本番で『実は彼にDVされてて……』って泣き真似したら、もっと同情引けるかな?」


画面の中のミオが、悪魔的な提案をする。


「ハハハ! それ最高! 蓮司のやつ、社会的に抹殺だな。脚本家生命も終わりだろ」

「いい気味よ。あんな陰気な脚本ばっかり書いてるからバチが当たるのよ」


二人は楽しそうに笑い合い、カメラの前で熱烈なキスを交わした。


俺は静かにタブレットを閉じた。

怒りはもうない。あるのは、完璧に組み上がったドミノ倒しを、指先一つで崩す直前のような、静謐な高揚感だけだ。


そこへ、スマートフォンが震えた。雫からのメッセージだ。


『会場のセッティング、完了したわ。スクリーン、音響、すべての回線を私たちの支配下に置いた。逃げ場はないわよ』


俺は短く返信する。


『了解。明日は最高のショーにしよう』


窓の外には、東京の夜景が広がっている。無数の光の一つ一つに、誰かの人生があり、物語がある。だが明日の夜、この街の視線はすべて、俺たちが仕掛ける残酷劇グランギニョルに釘付けになるだろう。


「さあ、道化師たち。リハーサルは終わりだ」


俺は暗闇の中で一人、誰にも聞かれない開幕の合図を呟いた。

明日の脚本は、決定稿。修正は一切、認めない。

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