第5話「契約の破棄と真の婚姻」
グランゼル帝国とリュミエール王国の和平条約が正式に締結された。
長きにわたる緊張関係に終止符が打たれ、両国の王族や貴族たちは祝賀の宴に沸いていた。
その中心に立つのは、契約婚を果たした二人——レオン・リュミエール王子と、セレナ・グランゼル皇女。
だが、彼らの間に流れる空気は、もはや“外交”のそれではなかった。
「……契約婚の役割は、果たされたわ」
セレナは静かに言った。
その瞳には、かつての氷のような冷たさはなく、確かな意志が宿っていた。
「ならば、次は俺たち自身の意思で、婚姻を選ぼう」
レオンは彼女の手を取り、ゆっくりと頷いた。
二人は、婚姻契約書を破棄することを宣言した。
それは、政治的な意味では異例の行動だったが、誰もがその決断に異を唱えることはできなかった。
なぜなら、彼らの間に流れる“本物の絆”が、言葉以上に強く伝わっていたからだ。
---
祝賀の夜。宮殿の庭園には、月光が静かに降り注いでいた。
レオンとセレナは並んで歩きながら、これまでの出来事を振り返っていた。
「……私は、ずっと“誰かの道具”だった。感情を持つことは、弱さだと思っていた」
「でも今は違う。君は、君自身として生きている。誰かのためじゃなく、自分のために」
「それは、あなたがいてくれたから」
セレナは立ち止まり、レオンの瞳を見つめた。
「あなたとなら、未来を信じられる。契約じゃなく、心で結ばれたい」
レオンは微笑み、彼女の手を握り返した。
「俺も同じだ。君となら、どんな未来でも歩いていける」
二人は静かに唇を重ねた。
それは、政略の枠を超えた“本当の婚姻”の証だった。
---
その頃、宮殿の奥深くでは、もう一人の男が静かに魔導書を閉じていた。
クロード・ヴァレンティア。
セレナの元婚約者であり、帝国宰相の息子。
「契約を破棄し、愛を誓ったか……ふふ、ならば“記憶”を揺らしてやろう」
彼は古代魔法を発動させる。
それは、異世界転生者の記憶を引き出し、混乱させる禁忌の術だった。
「レオン・リュミエール。君の“過去”が、君自身を壊すことになる。セレナの心も、揺らぐだろう」
月光の下、静かに始まる新たな陰謀。
だが、レオンとセレナの絆は、確かに芽吹いていた。
そして物語は、契約から始まった関係が“愛”へと変わる第一章を終え、
新たな試練と選択の章へと歩みを進める——。




