第2話「揺れる心と三角関係」
グランゼル帝国の宮殿は、昼でもどこか冷たい空気が漂っていた。
レオンは婚礼から数日が経った今も、セレナとの距離感に戸惑っていた。
彼女は礼儀正しく、冷静で、必要最低限の会話しか交わさない。
だが、あの夜の「少しだけ、期待してもいい?」という言葉が、彼の胸に残っていた。
「……あれは、気の迷いだったのか。それとも、何かが変わり始めているのか」
そんな思考を巡らせていたレオンの前に、再び現れたのはクロードだった。
「君、セレナに何を吹き込んだ?」
「……何も。彼女が自分で話しただけだ」
クロードは眉をひそめ、レオンに一歩近づいた。
「セレナは感情を封じて生きてきた。君のような“異質な存在”が近づけば、彼女は壊れる」
「異質……か。確かに俺はこの世界の人間じゃない。でも、だからこそ見えるものもある」
「君は甘い。セレナは“氷”だ。溶かそうとすれば、君自身が凍えるぞ」
その言葉に、レオンは静かに微笑んだ。
「それでも、俺は彼女の“心”に触れたいと思った。契約じゃなく、彼女自身と向き合いたい」
クロードは何も言わず、背を向けて去っていった。
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その夜、セレナはレオンの部屋を再び訪れた。
彼女の表情は、どこか不安げだった。
「……クロードに会ったのね」
「ああ。彼は君を守ろうとしているようだった」
セレナは窓辺に立ち、遠くの星空を見つめた。
「彼は、私の“過去”を知っている。だから、私を“壊れ物”のように扱うの」
「君は壊れてなんかいない。少なくとも、俺にはそう見えない」
セレナは静かに語り始めた。
「幼い頃、私は感情を制御できなかった。怒り、悲しみ、喜び——それらが魔力に直結して、周囲を傷つけてしまった。だから、父は私に“感情封印の魔法”をかけたの」
「……それが、君を“氷の皇女”にした理由か」
「ええ。感情を持たなければ、誰も傷つけない。誰にも期待されない。誰にも、愛されない」
レオンはそっと彼女の手に触れた。
「それでも、君は今ここにいる。俺と話してくれている。それだけで、十分だよ」
セレナの瞳が揺れた。氷の膜が、ほんの少しだけ溶けたように見えた。
「……レオン。あなたは、私を変えてしまうかもしれない」
「それなら、変えてみせる。君が望むなら」
その瞬間、扉の外で誰かが立ち聞きしていた。
クロードは静かに拳を握りしめ、呟いた。
「……やはり、君は危険だ。レオン・リュミエール。君の存在が、セレナを壊す」




