第1話「契約の婚礼と氷の皇女、そして宰相の息子」
エルディア大陸の東端、小国リュミエール王国。
その王城の一室で、若き王子レオン・リュミエールは静かに書類を見つめていた。
「……政略婚、か」
机の上に置かれた婚姻契約書には、冷たい文言が並んでいた。
“互いに干渉せず、感情的接触を避けること”
“婚姻は両国の和平維持を目的とする”
“契約期間は5年、延長は両国の合意による”
レオンはため息をついた。
彼は元々、現代日本の大学生だった。国際政治を専攻し、理屈で世界を読み解くことを好んだ。
ある日、交通事故で命を落とし、目覚めたらこの異世界に転生していた。
神に言われた言葉は今でも忘れられない。
「この世界を、君の知恵で変えてほしい」
それから十数年。レオンは王子として育ち、今、隣国グランゼル帝国との和平のために婚姻を強いられていた。
相手は“氷の皇女”と呼ばれるセレナ・グランゼル。
冷徹無比、感情を持たぬ魔女と噂される女性だった。
「……感情を持たない、ね。どこかで聞いたような話だ」
レオンは契約書を閉じ、窓の外を見た。
遠くに見える帝国の城壁。その向こうに、彼の“妻”となる人物がいる。
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婚礼の日。グランゼル帝国の宮殿は、荘厳な魔法の光に包まれていた。
レオンは式典の間で、ついにセレナと対面する。
彼女は銀髪に氷のような瞳を持ち、絹のドレスに身を包んでいた。
まるで彫像のように美しく、そして冷たい。
「初めまして、皇女セレナ。今日から夫婦となる者として、よろしくお願いします」
レオンが礼儀正しく頭を下げると、セレナは一瞬だけ彼を見た。
「……契約に基づく婚姻です。感情的な接触は不要です。互いに干渉せず、義務を果たしましょう」
その声は、まるで氷が言葉を発しているようだった。
だがその瞬間、式典の扉が開き、もう一人の男が現れた。
「おや、ずいぶんと形式的だね。セレナ、君らしくない」
現れたのは、帝国宰相の息子、クロード・ヴァレンティア。
漆黒の髪に鋭い瞳、完璧な礼装を纏った彼は、堂々とセレナの隣に立った。
「クロード……今は式典の最中よ」
「君が誰と結婚しようと、僕の気持ちは変わらない。——レオン殿、君がセレナにふさわしいか、見極めさせてもらうよ」
レオンは静かに彼を見返した。
「……見極めるのは、彼女自身だ。あなたではない」
その言葉に、クロードの瞳がわずかに揺れた。
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婚礼の儀式は形式的に進み、二人は契約書に署名した。
その夜、レオンは宮殿内の自室で静かに思考を巡らせていた。
「クロード……あれが、セレナの元婚約者か。なるほど、帝国がこの婚姻に不満を持つ理由もわかる」
扉がノックされた。現れたのは、セレナだった。
「少しだけ、話をしても?」
レオンは驚いたが、頷いた。
セレナは静かに部屋に入り、椅子に腰掛けた。しばらく沈黙が続いた後、彼女はぽつりと口を開いた。
「あなたは……なぜ、私に笑いかけたの?」
「え?」
「契約婚なのに。形式だけでいいのに。なぜ、あんな優しい目をするの?」
レオンは少し考えてから答えた。
「……俺は、契約の中でも人として接したいと思った。ただの道具じゃなく、あなた自身を見たいと思ったから」
セレナは目を伏せた。氷のような瞳に、ほんのわずかに揺らぎが見えた。
「……あなたは、変わってる」
「そうかもな。でも、俺はこの婚姻を“ただの契約”で終わらせたくない」
その言葉に、セレナは初めて微かに笑った。
「……少しだけ、期待してもいい?」
「もちろん」
その夜、二人の間に初めて“心”が通った。
だがその背後では、クロードが静かに契約書を見つめていた。
「ふふ……面白くなってきた。君がどこまでセレナに触れられるか、見せてもらおうか。王子殿」




