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120.一方その頃 ヨハンとお兄ちゃん


「ひいいっ! どこもかしこもぬむぬめとしおって。全く、気味の悪い」


「それにしても、こんな大きな蛸に食べられてしまうとは思わなかったね。本当に、外の世界は色々な事が起きるんだなぁ」


 ヨハンとアンドレは、2人して、大蛸に飲まれていた。

 魚釣りで懲りたのではないかと思いきや、大海原の上に漂う事数日……どう考えても暇である。


 彼らの目的地は、西のバルム大陸である。

 ヨハンによると、札付きの悪はだいたい西にいるという事で、ヨハンとしてはこうなったらとりわけ悪い奴を取り込んでやろうと、アンドレとしてはこの世から悪を無くすための正義の旅という名目で旅を続けている。

 アンドレはいかんせん人の話を良解釈する性質のため、このような結果になっていた。

 光の神子アンドレの効果なのかは知らないが、乗り物の亀もなかなかに懐き、楽しそうに彼らのいう事を良く聞いて、途中までの旅は順調に進んでいた。


 どこを見渡しても水平線しか見えないこの広い海に、いつまでもどこまでもポツリ二人きり。

 ありあまる時間を持て余し過ぎた二人は、どちらがより大きなまたは珍しい魚を釣る事が出来るかの競争を行うようになっていった。

 食料は十分にある。

 よって、釣っては放し、釣っては放しの繰り返しだ。


 釣り上げた魚は、たいてい珍しくもないものばかりだったが、珍しい生き物を捕まえる事もあった。

 虹色の魚、色の無い透明の魚、躰の色を変えながら泳ぐ魚、蛇の様に体の長い魚や、人魚もいた。

 非常にレアな生き物を捕まえつつも、惜しげもなく海に放流する二人。

 人魚など、仲間にしておけば後々、役に立ちそうであるのにも関わらず。


 そのうち、二人はそれにも飽きてきてしまった。

 そうなると、残るは素潜りである。

 順番に、亀の上から海へと飛び込んでは、美しい海の中を泳ぎ、魚を追いかけて遊び始めた。


 そして、この付近の主である、大蛸の目に留まり、二人は見事に勢いよく吸い込まれていってしまった。

 焦ったのは亀である。

 二人の主人を追いかけて助けようとしたが、はっきり言って間に合わなかった。

 間に合わなかったどころか、ついでに一緒に食われてしまったという次第である。


「貴様っ! 呑気な事を言っている暇があったらさっさとこの者を内側から切り裂くのだっ‼」


「ヨハン君。そんな事をしたら、蛸君が可哀想だと思わないかい? ただでさえ、私たちが溶けない様に、少しだけ周辺を燃やしたりしているんだよ?」


「何を言うかっ! この者は、この私を食ったのであるぞ⁉ 極刑に値するに決まっておるっ」


「うーん。でも、もう少し歩いて出口を探してみようよ」


「貴様がやらぬなら、この私自ら手を下しても良いのだっ! ひいいっ! また上から変な液体が垂れて来たぞっ‼ 私はこんな所は嫌だっ! 早くっ早く出すのである‼」


「分かった分かった。蛸の口に戻れば良いだけだから、このまま真っ直ぐ進めばいいんだよね?」


「……貴様、そう言っているが、一体あれから何日間この者中を彷徨っていると思っているのだっ‼」


 アンドレは、どうやら方向音痴なのであった。

 フォローを入れておくと、蛸も蛸で、変な異物を飲み込んでしまったせいで変則的に暴れているせいか、上下左右がいまいち分からなくなっているという次第である。

 ぶっちゃけ何日も何日も体の内部を燃やされ続けている大蛸が少し気の毒である。


「おい。そこは、もう道が出来ているではないかっ‼ ということは出口ではないぞっ‼」


「ああ、そうか! ヨハン君は賢いんだね。ははは」


「きっさま……笑っている場合か。この間抜け者がっ‼ もう良いっ! 私が先導する!」


「大丈夫かい? 君は王族なのに……危ないよ」


「貴様を先に歩かせる方が危険であろうっ‼ 黙って私に付いて来いっ!」


「……ヨハン君」


「……」


「……ヨハン君」


「……何だ?」


「……何だか、冒険をしているみたいで楽しいね」


「黙れっ‼」


 アンドレは、とても楽しそうだった。


 出口を探しながら彷徨う事、数時間……時折、蛸の内部を剥がして食しながらのんびりと歩く二人と一匹。

 蛸の内部は不安定なので、あれほど大口を叩いて先頭を行くヨハンの足の進みも遅い。


 と、大蛸の動きが異常に激しくなった。

 

 ヨハンとアンドレと亀は上下左右に大きく、揺さぶられた。


「なっ何をするっ‼ この馬鹿者っ‼ やめっ……やめろーっ‼」


「……こんな過剰な動き方は今までしていなかったよね。何か、外敵と戦っているのかもしれない」


「なんだとっ‼ それではこの私は一体どうなるというのだっ‼」


「うーん。蛸が勝ったら、新しい食料がこの中に入ってくるよね。蛸が負けたら、他の生き物に食べられてしまうんじゃないかな」


「なんだとっ‼ 負ける事はこの私が許さんっ‼ 早く何とかしろっ‼」


「何とかしろって言っても……困ったね」


「貴様……この状況で何をのんびりしているっ‼ この者に加勢しろっ‼ 早くっ早くするのだっ‼」


「うーん。効果があるかは分からないけど、ちょっとやってみるよ」


 アンドレは大蛸に自身の力を少し分け与えるイメージを行い、祈りを捧げた。

 光の力は、驚くほど万能だった。


 大蛸は元気を取り戻した。

 みるみるうちに負傷した躰が回復し、傷つけた外敵への恨みを晴らすべく渾身の一撃を食らわす事に成功したのである。


 そして、レオン達を見事に吹っ飛ばしたのであった。 

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