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112.一方その頃(ヨハンとお兄ちゃん)


「はははっ。ヨハン君、また釣れたよ。魚釣りというのは楽しいね」


「なに⁉︎ この私がまだ一匹も釣れていないというのに生意気な‼︎」


「それはすまない。ヨハン君はきっと優しいからわざと魚を逃しているのではないのかい?」


「何だと⁉︎ そっそうだ‼︎ 貴様の様に無駄な殺生はせぬ主義なのでな。私は」


「やっぱりね。そうだと思ったんだ。確かに食べる分だけで良いね。釣り過ぎた分は、可哀想な事をしてしまったね。よく考えたら、私としたらなんと非情な事をしてしまったのか」


「それは……乾燥させておけば日持ちするだろう」


「なるほど! そうすれば無駄にならないね。ヨハン君はなんて賢いんだ。王族なのにそんなことまで知っているなんて」


「とっ当前である‼︎」


 くっ……。

 一体何なのだ、こ奴は。

 ……調子が狂うではないか。


 見目の良い女かと思い行きずりで連れてきてみれば男だと言うし、その後も私に怯える様子も見せぬ。

 男など必要ないと追い返そうとしてもこの私に付いて来るという。

 かといってこ奴の素振りからはこの高貴なる私の下僕として仕えるつもりはないらしい。


 本来ならばすぐにでも首をもぎ取ってやるつもりで森に入ったが、優秀な頭脳を持つ私はこ奴があの田舎貴族のならず者と兄弟であることを思い出した。

 『しかし全く似ておらぬな』と言えば、血の繋がりもないただの他人であった。

 にも拘らず、このアンドレという者は、あのマヌケをまるで本物の家族の様に話しよる。

 家族など兄妹など、最も憎むべき存在である事がこ奴には分かっておらぬらしい。

 この私ですら暗殺を謀られたのであるぞ。


 全く不可解である。


 そしてこの私に対しても、妙に馴れ馴れしく接してくるのだ。

 私が魔物の生肉を抉り見せたところで恐れず、『焼いた方が身体に良い』などと私の身体を心配して見せ、目の前で魔物を殺して見せたところで恐怖に慄く顔でも拝めるかと思えば、寧ろ怒り出した。

 この私が下人に怒られるなどもっての他であると腹を立てれば、何故か私が清らかな心から行った行動だと捉え、褒め称えてきよった。


 先の釣りの件も然り。


 この私の行動を全て肯定する物言いをする者など……まるでサリスではないか。


 男のくせにこの私を惑わそうとするなど、只者ではない……予断のならぬ奴だ。


 一体、何を企んでおるというのか。


 王国史きっての魔法の天才と言われたこの私には、敵が多過ぎる程であるからな。

 またいつ誰に命を襲われるとも分からぬ。早く力をつけなければ。

 そうだ、私は力が欲しい。この世界中全ての者が恐怖にひれ伏すほどに。

 天才の私には決して不可能な事ではないだろう。

 すぐにでも絶大な力を手に入れ、全てを皆殺しにしてやる。

 そして、この私が世界の頂点へと立つまでは誰も信じてはならぬ。


 しかし海に出るというのは計算外であったな。

 

 あの田舎者レオンから遠ざかってしまった。

 じわじわとあ奴から身近な者を奪い剥ぎ落とし気の狂った所を嬲り殺してやろうと思っておったのに。

 こう物理的に離れてしまってはその計画も狂ってしまうではないか。


 レオン、あ奴は気に入らん。


 ただの田舎者の癖に、たった一度、王都に来ただけで何もせずに多くの貴族から賞賛されおって。

 父上までもが褒めていたのを私は知っているのだぞ。

 優秀なこの私の立場を不遇のものとしている貴族や父上の無能さは分かっているつもりであったが、見る目の無さがこれ程とはまったく呆れかえる。


 私にはあ奴の企みなど手に取る様に分かっておるわ。

 きっと間抜けの田舎者のくせに国王の座を狙っておるのだ。

 そうに違いない。


 許さぬ。


 ウサギ娘と遊び歩いているだけで使用人からもちやほやされているなど、神の化身であるこの私が許すものか。

 ただ遊び歩いているだけで王座を簡単に手に入れようなどもっての他である。

 邪魔者は早く排除せねばならぬ。


 まあ、それは今はどうでも良い。 

 あの程度、私にとっては塵屑同然なのである。

 この私が本気を出せばすぐにでも捻り潰してくれるわ。


 それにしても……


 それにしても、だ。


 なぜ、この私には一匹も魚がかからないのだ!!!!


 解せぬ。許せぬ。

 確かにアンドレの言う通り、この私が高貴過ぎて魚といえど畏れ敬っているのやもしれぬ。

 しかし、アンドレばかりが楽しそうに何匹も釣りあげてみせるのは、どうにも私の自尊心が許されぬ。


 ……そうだ、アンドレが阿呆の様に釣り上げた魚のうち、最も大きな物を餌にしてしまうというのはどうだ⁉

 なんと私の賢い事か。

 さっそくやってみよう。


 ……


 ……


 来た。来た来た来た来た! 来たぞ!!!


「はーっはっはっはっ‼ 見よ、この引きの強さ。これは間違いなく大物である‼ ……お、おい! 何をしておるっ! さっさと手伝え‼」


「凄いじゃないか、ヨハン君。ええと、どうやって手伝えば良いのだい?」


「馬鹿者! 私の体を支えてどうする! 一緒に引けといっておるのだ」


「ああ、ごめん。こうかい? おや、これはとても重たいね。引っ張られそうだ」


「そうだ。貴様の釣った小魚など何匹かかっても敵わぬ大物であるぞ‼ …いいからもっと力を込めて引くのだ!」


「これは本当に大物に違いないね…」


 ぐっ……これで私の天才的な実力を見せつけてやるのだ。


 ぐっ…ぐぐっ……手、手がちぎれる……なんのっ‼ なんのぉおおおおおおおっ‼


 ザッバァッ!!!!!!


 私たちの乗る大亀の二倍はあろうかという魚が飛び上がった。

 おおおおお……こんな大きな魚初めて見た。


「すごい! すごいよヨハン君‼ 海にはこんな大きな魚がいるんだね」


「そっそうであろう⁉ 私にとっては……この程度まだ小魚にしか見えぬがな‼」


「そうなのかい⁉ あっもしかして、一緒に付いてきたあの生き物のことかい?」


「なっ!? なーーーーーーっ!?」


 アンドレがいきなり手の力を緩めた事により、大魚に引っ張られ身体が海へ落ちると思ったら、水面には更にその大魚を追って来ていた更なる巨大な魚が開けて待っていた。


「ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー」


「ヨっ…ヨハン君!!!!」


 ヒィイイイイッ‼ しっ…死----


 目の前が暗くなった……。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…ハン君‼ ……ヨハン君っ‼ あ、気が付いたかい?」


「……はっ。こ、ここは……」


「ここは安全ん亀の上だよ。突然とても大きな魚に食べられてしまって、とても心配したよ」


「な……私が……食べられた、だと?」


「正確には巨大な魚の中に落ちてしまったんだ。ヨハン君を助けるためとはいえ、また無駄な殺生をしてしまったよ」


 こ、こ……こ奴が、あの巨大魚を殺しただと⁉

 あ、あんな強そうな……魔物を殺したというのか……?


 な、なんだと?

 こ奴、もしやとてつもなく……強いのではないか……?


「すまない、ヨハン君……私が釣り竿から手を離してしまったばっかりにこんなことになって。おや、急に青ざめてどうしたんだい? 寒いのかな、すぐに乾かそう」


「……そ、そうだ。私は、海に入り…すっ少しばかり身体が冷えただけだ。ま、ままま……全く、気を付けろ! つっ次はなっなななな…無いであるぞっ」

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