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第三十二話-希望-

 着弾した雷球はその場でエネルギーを放出し、黒い雷をばらまく。数瞬の後、目映い閃光が一体を包んだ。直後、衝撃が襲い、なんとか範囲外に逃れた三人は、吹き飛ばされそうになるのを必死でこらえた。

 数秒後、静寂の時が来る。フィアレスはゆっくりと目を開けた。光に焼かれた目が回復していく。そして、その目に入った景色に、絶句した。

 大地が、消失していたのだ。先ほどセシウスが地面を抉ったのとは全く違う。あれは、雪とその下の土を吹き飛ばしただけだが、今アレックスが放った雷球は、このエリアの、地面のデータそのものを消し飛ばしていた。

 フィアレスの顔の傷のように、大地の基礎のデータが見えてしまっている。それはまさしく、この『The Earth』の破壊だ。

「しんちゃんは……」

 抱えていたセシウスが力なく漏らす。だが、この様子では、生きてはいないだろう。データの消失したキャラクターはどうなるのか。そんなこと、フィアレスは知らない。

「おい、あれ……」 

 雲雀が空を指し示す。宙高く、飛んでいる何かがある。それはどんどん落下して、その正体を見せる。

「――ッ!」

 セシウスを降ろし、フィアレスは走った。その物体の落下地点に先回りし、それを、受け止める。

「シン……!」

 落ちてきたのはシンだ。シンの、身体だ。しかし、これは、なんだ。この平和なはずの『The Earth』で、こんなことが起きていいのか。

 それには――足が、なかった。下半身が消失し、左腕はグラフィックが乱れ、人の形の体を為していない。これが、あの雷球の威力なのか。

 怒りに震え、仁王立つ怪獣へ睨みを飛ばす。すると、手の中のシンがぴくりと動き出した。

「……無事……か……」

 うっすらと目を開け、絞り出したような声。意識がある。――いや、この『The Earth』で意識を失うことはない。だが、それがどれだけ辛い状態なのか、フィアレスはいたたまれない思いだ。

「みんな無事だ。……待ってろ、すぐにあいつぶっ潰してやる」

 シンの身体をそっと地面へ降ろす。苦しいのだろう、眉間にしわを寄せ、まぶたを閉じるシンの姿に、フィアレスの怒りがさらに増す。

「ごめん、しんちゃん……私のせいで……」

 目を曇らせ顔を伏せるセシウスに、雲雀も怒る。だが、ただ怒っているのではない。冷静に、あの怪物のことを考えていた。

《次ハ逃レラレンゾ! コノエリアヲ――イヤ、コノ『The Earth』自体ヲ、消滅サセテヤル!》

 歪んでいたとは言え、『The Earth』に対して確かに愛を持っていたアレックスの言葉とは思えない。

「あれを止めなきゃ、私たちも終わりか」

「……絶対に止める。この『The Earth』を、消させやしない!」

『The Earth』は、自分たちだけではない多くの人が楽しんでいる場だ。それを守らなければならない。フィアレスはそう意気込み、剣を握る手に力を込めた。

「……なあフィアレス。ジャンプしてさ、あいつの頭まで届くか?」

 怪物の体に視線を巡らせ、雲雀は言う。狙うはクリティカルヒットの一撃必殺だ。そのためには、アレックスの顔面が露出する頭までたどり着かなければならない。

 素手で動く雲雀ならば腕を登ることが出来るが、剣を握るフィアレスには難しい。そのために剣を仕舞っていては、万が一の時の防御すら出来やしない。

「……無理だ。ジャンプの最高高度は職業ごとに決まって――」

 ジャンプのみであの頭部まで辿り着く。それは、『The Earth』の仕様を把握しているからこそ、難しいと理解していた。

 だが、雲雀はそんな弱気なフィアレスの発言を遮った。

「んな事聞いてんじゃねえ。……あそこまで、何が何でもしがみつく覚悟があるかって聞いてんだよ」

 雷が降り注ぐ。世界の終末が近づいてきている。あの怪物を始末しなければ、すべておしまいだ。今までの思い出も。フィアレスが守ろうとしたものも。これから生まれる、楽しい時間も。全て無に帰す。そんなこと、許されるはずがない。ならば、答えは一つだ。

「――ある!」

 雲雀は笑う。期待通りの答えに、活力が湧いてきた。

「跳ぶよ、あいつのところまで!」

「ああ。……行くぞ!」

 二人が走り出す。消失した巨大な孔を避け、大回りで怪物まで疾駆する。決着のために。

《無駄ダァッ!》

 怪物が両の手から炎弾を発射する。フィアレスはそれを剣で切り払った。ダメージはない。――しかし。

「剣が……!」

 炎に触れた剣が、データを散らして消失してしまった。あの炎も、いや、怪物の攻撃は全て、データを消滅させる力を持っているのだ。

「上等!」

 それを確認して、雲雀は炎をくぐり抜けた。消失させる力があるとはいえ、当たらなければどうということはない。

 フィアレスもそれに関しては、驚きはしたが問題はなかった。攻撃はすべて避ける。必要ならば、腕の一本ぐらいはくれてやるつもりだった。

 しかし、問題は剣だ。今フィアレスが持っているのは、最後の一振り。これが消失してしまえば、アレックスにとどめを刺す武器がなくなってしまう。これだけは、死守しなければいけない。

「武器は大丈夫か?」

「ああ。……それより、作戦なんだが」

 走り、炎弾や黒雷攻撃を避けつつ雲雀とフィアレスは話す。

「お前、『DtP』やったことあるか?」

 こんな時になぜゲームの話題を出すのか。しかし、雲雀は素直に答えることにする。

「シンに借りて二面まで。でも、それが一体……」

 そこまで言って、雲雀は『DtP』のある重要なアクションを思い出した。その方法を用いれば、確かに怪物の頭にたどり着く事が出来るかもしれない。

「……私が《《敵役》》やるってことか……」

「頼む」

 あのフィアレスに、頼りにされている。それがどこかおかしく、そして、嬉しかった。だから、雲雀は笑って答えた。

「任せろい!」



 シンに回復魔法をかけても、その苦悶の表情はなくならない。消失した身体は、戻ってこない。これがデータの身体であることはわかっている。現実世界で失くしたわけではないことは理解している。だが、それでも今、辛そうに呻く幼なじみを放ってはおけなかった。

 もう一度回復させようとするセシウスを、シンは残る右手で止めた。

「……美咲」

「しんちゃん、無理しないで……」

「俺はいい。それより……フィアレスだ……」

 首だけをなんとか動かし、走るフィアレスを見る。その手に握られている一本の剣を見て、シンはそれが最後の一本であると推し量る。

「あれを失ったら……アレックスを倒せない……!」

 武器を持てる数には、そう多くはない限度がある。

 仲間が持ち込んでいる装備品があれば、フィアレスに渡せばその剣を使うこともできる。だが、今のパーティには、剣を装備できる者はいない。フィアレスが持つ一本が、みんなの、『The Earth』の最後の希望だ。

「……あれが、なくなったら……」

 剣。望みを託された剣だ。だが、あれが破壊されないと言う保証はない。もしあれがなくなってしまったら。

 そして、セシウスは気付く。胸に手を当て、その奇跡に、過去の、そして今までの自分に感謝する。

「しんちゃん。私……フィアレスさんのこと信じてて、よかった!」

「美咲……」

 フィアレスはあの剣でやり遂げるかもしれない。それならそれで構わない。だが、保険は必要だ。

「だから私、行くね」

「……ああ。がんばれよ……」

 何かを察し、シンは言った。

 この状態のシンを放っておくのは心が痛む。だが、これはセシウスにしか出来ないことだ。ならば、行くしかない。

 すべてはあの日から始まっていたのだ。運命の分かれ道。あの日、フィアレスとセシウスは、ただゲームをするだけの人生ではなくなったのだ。

 今この日、この時。この『The Earth』を守るために。あの時別れてしまったフィアレスともう一度いっしょに戦うために、今まで、戦ってきたのだ。

 セシウスは駆けた。前を行く二人よりも遅い。だが、それでいい。遅くても、一歩は一歩。あの怪物を討ち果たすその時へ、ゆっくりと迫っていく。

 その背中を、シンは暖かな気持ちで見送った。

 セシウスは――美咲は、昔から自分が守ってやらねばと思っていた。今でこそ元気だが、昔は体が弱く、その癖人が困っているのを見ると見逃せず、首を突っ込んでは巻き込まれていた。

 それを手助けしたり、尻拭いをするのが慎太郎だった。一瞬たりとも見逃せないと、危なっかしい妹を持った気分だった。

 だが、そんな美咲は今、一人でその想いを果たそうと行動している。自分が手を貸す必要はない。美咲はもう、この手を離れていったのだ。

 だから、シンは自分のために、その手を動かす。このままやられたというのでは格好が悪い。大した事は出来ないだろう。しかし、小さな事でも意味はある。

 身体の痛みをこらえ、消失した物の代わりの武器を取り出す。じっと狙いを――待つ。



 怪物は目の前だ。雲雀と決めた作戦を決行する。だが、そんな二人の前に尻尾が躍り出た。その鋭利な歯を剥き出しに、まずはフィアレスへ迫る。

 思わず剣を構え、すぐに降ろした。この尻尾も、データを消滅させる力を持っているかもしれない。下手に手出しは出来ない。

 迫る尻尾をぎりぎりで避ける。そして、ついに怪物の目の前にまでたどり着いた。

「フィアレス!」

 雲雀の声に合わせ、フィアレスは跳んだ。そして、数瞬の間を置いて雲雀も跳ぶ。全力のジャンプだ。しかしフィアレスも雲雀も、怪物の胸にまでしか届かない。これは、ゲームによって定められた限界だ。一回のジャンプの最高高度は、あの怪物の頭までは届かない。

 そこに尻尾が上昇してくる。このまま落ちれば、あの禍々しい歯に噛み砕かれる。

 だが、一回で届かないのなら、《《二回》》跳べばいいだけだ。そのために、雲雀は跳んだのだ。キャラクターを用いた二段ジャンプ――それが、この窮地を救う、『DtP』の主要アクション。

 落下を始めたフィアレスは、下から迫って上昇する雲雀の肩へと乗った。

「任せたよ」

「――ああ!」

 雲雀を踏み台に、フィアレスはさらに跳ぶ。もう、アレックスは目の前だ。

 一方で、落ちゆく雲雀に、尻尾が迫った。その大口が、雲雀の太股へと食らいついた。

「ぐぅッ!」

 鋭い刃がいくつも突き刺さる感覚。そして、その痛みが最高潮に達した時、ぶちり、と何かが切れる感覚がした。

 それが、脚を咬みちぎられたものだと気付いたのは、右足の感覚がなくなってからだった。だが、構わない。もう自分ができることは精一杯やったのだ。

 力無く地面へ落ちながら、雲雀は思う。

 初めてフィアレスと冒険した時、自分はこの男に、どこか苛立ちを覚えた。美咲を狙った出会い野郎だと思っていたのとは違う、また別の苛立ちだ。

 はじめはそれがなんなのか、わからなかった。だが、フィアレスと関わる度に、なんとなく、それがわかってきた。

 決定的になったのは、フィアレスと戦った後。確信したのは、ついさっきフィアレスの吐露を聞いた時だ。

 フィアレスと自分は、似ている。本当の自分を隠したくて、強がって、無理をして、損をする。だから、あれは同族嫌悪だったのだ。フィアレスに見る自分自身の影が、たまらなく嫌だった。

 だから、雲雀は託すのだ。自分とそっくりな、あの男に。

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