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第三十話-誘い-

 シンが頭角に胴体を突き破られ、百舌の早贄のように、固定されていた。それはあまりにも悲惨な光景で、セシウスは、恐怖に体を微塵も動かすことができなかった。

 雲雀も同様だった。巨体を誇る怪物に、そして、その角に貫かれる親友の姿に恐れ、体が言うことを聞かなかった。

 接近したフィアレスが剣を怪物の体に突き立てる。しかし、切っ先がわずかに沈んで最後、剣は動かない。怪物の強靱な肉体に阻まれている。

 尻尾が自動し、フィアレスを咬み砕こうと迫る。それを避け、怪物から離れた。

「シン!」

 これはゲームだ。精神を取り込み、データを肉体とする。故に気絶することはなく、寝ることもできない。いくら激痛に苛まれていようと、意識がなくなることはない。

 だからフィアレスは呼びかけた。シンのHPは残っている。動けるはずだ。

 怪物が腕を振るう。その爪牙から退避し、その名を呼ぶ。

「シン! しっかりしろ、シン!」

 何度も呼びかける。すると、その腕の先が、ぴくりと動いた。

「いってえんだよ……そう、何度も呼ぶんじゃねえ……!」

 辛そうに腕を動かし、角を掴む。体を持ち上げようと力を込めると、腹の中をかき混ぜられるような痛みが走った。

「ぐあぅっ!」

 あれでは、自力で抜け出すことは不可能だ。なんとか助け船を出す方法を考えるが、怪物の攻撃は激しく、反撃も通らない。

「舐めんなよ、化け物……!」

 シンは再度角を握りしめた。腕に力を込め、体を持ち上げていく。数ミリ進む毎にくじけそうな痛みが走るが、シンは歯を食いしばってそれを耐えた。

「ぐ、おおおおおお!」

 フィアレスだって、アレックスに切り刻まれながら戦った。同じ男だというのなら、負けたくない。心の根底にはそんな意地があった。それはシンを支える力となり、ついに腹部から角が引き抜かれたのだった。

 それと同時、シンの腕から一気に力が抜け、地面へ落下する。

「抜け出してやったぜ、こんちくしょー……!」

 腹を押さえながらシンが起きあがる。ひどく疲弊しているようだが、とにかく無事だ。

「セシウス! 回復を!」

 フィアレスが後ろの方で固まったままのセシウスを呼ぶ。それに我を取り戻し、呻くシンの方へと走った。

「大丈夫、しんちゃん?」

 回復魔法をかけ、傷とHPを癒す。

「おうよ。ありがとな」

 腹部の痛みが消えると、身体がまともに動かせるようになる。一人戦うフィアレスを追おうとして、その横、地面へへたりこんだままの雲雀を捉えた。

「なぁにビビってんだよ!」

 声をかけ、歩いて近づいていく。ゆっくりと振り向くその瞳には、涙がにじんでいる。

「おいおい、泣くこたぁねえだろ」

「だって、お前……! こ、殺されたかと思って……」

 いつもは生意気なほど高飛車で、笑ってばかりのひばりが泣いている。心配してくれたことに喜び、心配かけた事に、申し訳なくなる。

「ところがどっこい生きてる。おら、あいつにばっかり戦わせてんじゃ、立つ瀬がないぜ」

 二人の視線の先には、怪物と立ち回るフィアレスの姿がある。つい先ほどまで、アレックスと一騎打ちを行っていたというのに、このまま見学しているわけにはいかない。

「おいフィアレス、俺たちも行くぜ!」

 弓を構え、怪物へ狙いをつける。だが、怪物の攻撃を防ぎ、その反動で飛んできたフィアレスは、それを制止するような動きを見せた。

「ダメだ、お前等はさっさと逃げろ。邪魔だ」

「おいおい、こんな時にまで……」

 怪物が吼える。地面を蹴り、高速の突進。かわそうと身構えた、その時だった。

 フィアレスの前に、雲雀が躍り出た。迫る怪物の角をその腕で受け止め、勢いに地面を抉りながらもそれを止めてしまった。

「な……!」

「勘違いすんなよ、カッコつけ!」

 つい今まで泣きかけていた雲雀は、微妙に赤い目元以外にその様子を見せつけず、フィアレスに言い放った。

「許すのはこっちの方だ。私たちが、あんたを《《誘ってやってんだよ》》」

「何……?」

 踏ん張り、押し合う雲雀と怪物。雲雀は苦悶の声を上げる。しかし、それはやがて、気合いのそれへと変化していく。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅうううううおおおおおおおおおおおッ!」

 怪物の片足が浮く。頭をひねり、全身全霊の力を込め、怪物を地面に投げ倒した。

 荒く肩で息をし雲雀はフィアレスへ向き直る。

「私たちと一緒に遊びたかったんだろ?」

 フィアレスの視界に、システムメッセージが届いた。

『〈セシウス〉のパーティに誘われています』

 はいか、いいえか。選択肢が現れる。

 怪物が動き出した。吼え、その脚を一歩踏み出す。そこへ、火の矢が降り注いだ。体中が燃え立ち、怪物が苦しみ出す。火の魔法『フレアレイン』。

「前に、たった一回でしたけど……四人で冒険しましたよね」

「セシウス……」

 杖を胸に抱いて、かつては共に戦った、共に遊んだ男に、想いを告げる。小さな手のひらを、伸ばして。

「もう一回……いっしょに、遊びましょう?」

 セシウスは微笑み、固く締められたフィアレスの手を握った。

「そういうこった。友達の頼み、断ってくれるなよ?」

 シンも痛い思いをしている。逃げ出したい気持ちでいっぱいのはずだ。無理をしているに違いない。それはみんな同じだ。でも、逃げるどころか、この場に残って戦おうとしてくれている。一緒に戦おうと誘ってくれる。

 こんな、自分を。みんなを一方的に拒絶した、こんな俺を。

 フィアレスの胸の中、高ぶっていた炎が鎮まっていく。心の中に、柔らかな温かさが満ち満ちていく。

「……ありがとう」

 涙は流さない。泣くのは、すべてが終わった、その後だ。だから、フィアレスは選択した。

 ――はい、と。

「久々によろしくな」

 雲雀が。

「ぶっ倒してやろうぜ!」

 シンが。

「がんばりましょう! フィアレスさん!」

 セシウスが。

 みんながいる。俺はもう、一人じゃない。

「……行こう、みんな!」

「はい!」「おう!」「よっしゃ!」

 炎が、消える。灰燼の心に癒やしの光が降り注ぐ。フィアレスは願う。これが、永久に続くようにと。

 儚くたゆたう、夢心地の中で。

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