第二十七話-果実-
駆ける。まずは一つ、シンを拘束する騎士へ迫り、瞬く間にその首を落とした。
「クソが!」
沈黙していた騎士が罵声を吐く。セシウスを突き飛ばし、その手に槍――バグ武器を取り出し、切っ先を向ける。だが、それが突き出される前に、騎士の頭部を矢が貫通していた。
「やらせっかよ!」
シンはさらに弓を、雲雀を捕らえる騎士へと向けた。しかし、トリガーを引く直前、足下に魔法陣が現れる。
「な――!」
不意打ちに硬直するシンを、フィアレスが蹴り飛ばす。直後火柱が燃え立った。回避が遅れていれば、丸焦げになっていた。
「うへ……。れ、礼は言わねえぞ!」
聞く耳持たず、フィアレスは魔法を放った後方の魔導士へ目を付けた。再び魔法を唱える魔導士へ斬撃を放つ。
詠唱を邪魔され、杖を取り落とした隙に、フィアレスは一気に接近、首を刈った。
間髪入れず、雲雀を抑える騎士へ駆けた。騎士がフィアレスの姿を捉える。武器を取り出そうと、片手を開けた直後だった。上空から石槍の雨が降り注いだ。セシウスの魔法だ。
恨みを込めた目で、騎士はセシウスへと視線を向ける。だが、その時にはすでに、シンが眼前にまで迫っていた。
「くたばれ!」
両手の弓をゼロ距離、騎士の頭へ圧し当てトリガーを引いた。騎士が頭から地面に転がって、これで、アレックスを除く騎士たちは全滅だ。
「あとはお前だぜ!」
続けてアレックスを倒そうと、シンが弓を向ける。しかし、それをフィアレスが制した。
「おい、なんだよ!」
「アレックス……お前、なぜ動かなかった」
戦っている間、アレックスは少しも動こうとはしなかった。助けに回れば全滅は免れた、いや、フィアレスも含め返り討ちに出来たはずだ。
アレックスはキザったらしく笑う。
「待ってたからさ。……お前を」
「……なんだと?」
アレックスは手にしていた折れた剣を投げ捨てた。腰には普段から使用している剣がもう一つ下がっている。破損した剣を持ち続ける必要はない、ということだ。
「君たちの誰かがお前に連絡するだろうことはわかっていた。だから、君たちをすぐに殺さず遊んでいた。まあ、あのまま来なければ殺していたがね」
「……それがあんたの本性か」
言ったのは雲雀だ。セシウスの治療を受け、傷はもう平気なようだ。
「本性? 何のことだ……」
「とぼけんな! 俺たちを殺そうとしただろうが!」
シンが吼える。しかし、アレックスはため息をついた。自分以外の物を見下す、その性が透けて見える。
「いいか? 私たち騎士団は正義のために戦ってきた。それはこの『The Earth』の為であり、『The Earth』で遊ぶ人たちの為だ。それに嘘偽りはない」
「正義だと?……笑わせるな」
フィアレスの言葉に、静かな怒気がこもる。
「自分たちの目的のためにPKと結託し、何の罪もない人々を餌にするのが正義だってのか?」
「……なんだよ、それ」
他の者にとって、今のフィアレスの発言は未知の出来事だった。
騎士団はPKが主な敵だ。他の不正者も対象ではあるが、それは数が少ない。だが、フィアレスの発言が正しければ、そもそもの騎士団のあり方が根本から崩れさることになってしまう。
しかし、それはフィアレスが知る紛れもない事実であり、フィアレスにとって、今までの時間すべての原因、騎士団を憎む全理由だった。
「騎士団はPKと手を組み、一般プレイヤーを襲わせている。……セシウス」
「え、は、はい」
突然名前を呼ばれ、アレックスに向けていた視線をフィアレスに移す。
「後ろで倒れている騎士、見覚えがあるはずだ」
後ろにはセシウスを捕らえていた騎士が、未だ倒れたままだった。アレックスに蘇生されるの待っているのか、ただ事の顛末を見届けるつもりなのか。
倒れた騎士は、仰向けに転がっている。その青い髪を見つめ、セシウスの記憶が呼び起こされる。
「……初心者支援の時の……!」
フィアレスと別れることになった日。あの時、エリアの情報を教えてくれた騎士だ。ここに至るまで、他のことに気を取られ気づかなかったが、それは確かにあの人物だった。
「そうだ。名前はトールソン、だったな」
「トールソンだって?」
雲雀とシンがその名に驚く。以前、黎に聞いた名前だ。彼女を騙し、PKした騎士の名だ。
「そいつが俺たちを売った。俺たちにエリアを教え、そして、それをPKに知らせた……!」
フィアレスが拳を握りしめる。怒りを孕んでいたフィアレスの声が張りつめる。
「こいつらは、俺たちを餌にした! PKの欲を満たすために! そして、俺は!」
怒り、叫ぶ。顔を闇に眩ませるフードを取り払った。
そこにある悲惨な傷に、セシウスは、シンは、絶句した。顔の半分を覆う、デジタルの傷。世界観を損なう痛ましさと違和感。それは、あの時、PKの大剣によって刻まれた。
「……そんな……」
「……あの時から、俺はお前らに復讐することばかり考えてきた。それを、今、果たす!」
フィアレスが剣を抜く。駆け、アレックスを切りつけた。だが、相手も即座に抜き、フィアレスの剣を弾いた。
「そう急くなよ。まだ俺の準備も終わってない」
「なんだと……?」
アレックスは不敵に笑う。その声に、フィアレスは背中に悪寒が走るのを感じた。
「バグ武器の作り方を教えてやろう」
そう言うなり、アレックスの手に一つのアイテムが取り出された。回復薬に使うアンプルだ。だが、その中身は、薬の緑ではない。おぞましく色が混ざり合った、謎の液体だ。
アレックスはおもむろに、手持ちの剣にアンプルを撃ち込んだ。剣に次々と薬品が流し込まれていく。すると、剣の形が変貌していった。
白く美しい剣が濁り、ねじ曲がっていく。元の姿の面影を、その柄にわずかに残す、全くの別の物へと変化してしまった。
「……何で、あなたがそれを……」
セシウスが言う。しかし、その理由をセシウスは、いや、そこにいるものたちは皆、察していた。
「麻薬騒ぎも、バグ武器も! お前の仕業だったって事かよ……!」
プレイヤーに悪影響を及ぼす麻薬。ゲームを破壊するバグ武器。そのどちらも、すべてはアレックスが発端だった。麻薬の使用に心を痛めていたのも、バグ武器を憎んでいたのも、すべては嘘だった。すべて、アレックスの手の上で踊らされていたのだ。
「PK、麻薬、バグ武器……! 結局、全部お前が!」
「『The Earth』を守りたいんじゃなかったのか! お前がぶっ壊してんじゃねえか!」
雲雀もシンも、怒りを露わにする。二人ともこの『The Earth』を愛している。PKはともかく、バグの利用はこの『The Earth』を破壊しかねない。アレックスの行動は、愛とは到底かけ離れているものだ。
「ククク……!」
アレックスは顔を伏せ、肩を震わせている。何か、笑い声のようなものが漏れていた。
「何がおかしい!」
雲雀は更に声を荒げる。だが、アレックスはその顔に狂おしき表情を浮かべ、大笑いし始めた。
「クククク……フハハハハハハハッ!」
そのあまりの狂気に、フィアレスたちは一同に圧倒されてしまう。その様子は、明らかに今までとは様子が違う。
「愚かな奴らだ! 我が崇高なる理念をまるで解そうとせず、浅薄な考えに身を委ねている! フハハハハハハ!」
「……狂ってる」
雲雀が、ついにその言葉を口にする。それは、誰の目にも明らかだった。
「……ああそうだ。人を狂わせるんだよ、あのバグは」
フィアレスが淡々と言った。とっくに知っている、とでも言わんばかりに。
「何でそんなこと……」
「この俺が、そうだからな」
アレックスの持つ剣。そして、フィアレスの顔に残る傷。形は違えど、それらはともに仕様外の存在、バグによる物だ。
それが人の精神を狂わせることなど、フィアレスには百も承知だった。その事に気づいたか、雲雀は痛ましそうに目線を反らした。
「教えてやろう! 選ばれたのだ! 私は選ばれた! この世界を愛する私の前に、女神が現れ、禁断の果実を授けてくださった! だから私は、この世界を変革する使命があるのだ!」
「……何を言ってるんだ、あいつ……?」
「禁断の果実って……もしかして、あのバグアイテムの事……?」
シンの疑問に、セシウスがその言葉を読み説く。
「詩人のつもりかよ。何が女神だ、『The Earth』の女神はそんなもん与えちゃくれねえよ」
ただの偶然を神からのプレゼントと言うアレックスに、シンは毒づく。
アレックスは高笑いとともに、詩を紡ぎ続ける。
「果実はそれを食らった物に知恵を授ける! だから私はその種をばらまいた。世界中に! そして、その種を食らった物を、私は天の国へと導く!……そのはずだった」
笑みを絶やさなかったアレックスの表情が、今度は鬼のような形相へと変わる。
「しかし、貴様がそれを邪魔した! 私が手を下す前に、貴様が種を摘み取ってしまう! それが、許せなかった……!」
フィアレスは考える。その言葉の意味を。
バグアイテムが果実とするなら、その種とは、恐らくアイテムのコピーだ。そして、それは麻薬であり、麻薬を用いたバグ武器だ。
天の国へ導くとは、殺すことだろう。アレックスは、自らが蒔いた結果生み出された悪を、自分の手で殺そうとしていたということになる。
「……お前は、この『The Earth』の悪を燻りだそうとしたのか」
今は、アレックスは平静を取り戻しているようだ。だが、先ほどまでとの感情の差が、逆に恐ろしい。
「そうだ。PKならば一目瞭然、悪だとわかる。だが、そうでないものはどうだ?」
「PKではないもの……」
「PKなどの明確な行為、改造、RMT……証拠があればそのものの悪意を見破るのは容易だ。しかし、人間の悪意はそれだけではない」
アレックスは語る。その心中を。
「人々の心を裏切る行為……それには形に残らぬ悪意がある。いや、表だった行動を取らずとも、心中に隠している物もいる。それらを探すために、種を利用した」
アレックスの言うことは理解できる。人の心に隠れる悪を見抜く。そのために、わざと悪の種を蒔くのは、確かに効果的だ。だが、それは間違っている。
「確かに人間には悪い心があるさ、だけど――」
「黙れ!」
雲雀が言う。しかしそれを即座にアレックスが遮った。
「貴様等だってわかるだろう、この世界は美しい! 薄汚れた現実とは違う……! この素晴らしき世界に、ほんのわずかな汚れも許されない!」
アレックスの顔にまた鬼が宿る。目を見開き、歯を食いしばり、拳を握りしめて体を震わせる。
「なればこそ、選ばれた私には救世の義務がある! この美麗なる世界から、汚れを取り除くために!」
アレックスから見れば、ほんのわずかな悪意も許されない。PKだろうが、ただのナンパだろうが、同じなのだ。
「……さあ、もういいだろう、フィアレス。貴様は我が理想を邪魔する最悪の汚れだ。……我が剣にて、それを除く!」
長話は済んだ。この先は、剣のみが切り開く。
アレックスの構えに合わせ、皆が武器を手にした。しかし、フィアレスがまたもそれを制する。
「お前たちは手を出すな。足手まといになるだけだ」
そう言い、一人でアレックスと切り結んだ。
残された三人は、しかし怒ることもせず、その戦いを見守る。言い方こそ厳しいが、その裏に隠された真意に、なんとなく気づいていた。
つまりは、誰も傷つけたくはないのだ。バグ武器に痛めつけられるのも、死の危険を味わうのも。自分だけで十分だと。
だから、セシウスは祈った。どうか、死なないで、と。




