第二十五話-本性-
それからは、美咲たちは三人で延々エリアを巡った。レベルよりも、装備の充実を図る方を優先し、どのスキルが便利で、どんな使い方ができるかを改めて調べた。
時間はいくらあっても足りなかった。フィアレスが持っている剣のような高レベルのスキルなどは、莫大な量の素材や金が必要で、どれだけの苦労をしたか推し量れる。
何度も何度も敵と戦い、ボスを倒し、強化していく。ただそれだけの事。普段遊んでいるのとほとんど変わりはないのに、なぜだか面白いとは思えなかった。
作業的な行動が嫌いなわけではない。慎太郎もひばりも、普段からゲームはやりこむ方だ。コンプリートのためならば同じステージを巡ることなど日常茶飯事だ。それと変わりないはずなのに、どうしてこんな気分になるのか。
その理由もわからないまま日々は過ぎ、そして、ある日のことだった。
美咲の元に、一通のメールが届いたのだ。
「……アレックスさんからだ」
三人は美咲の部屋に集っていた。美咲がメールを読むのを、二人は静かに待つ。その後、美咲はゆっくりとその内容を告げた。
「フィアレスさんを……討伐しにいく。これが最後になるから、私たちにも着いてきてもらいたい、って」
なんとなく、その察しはついていた。騎士団は結局、フィアレスに対して何の圧もかけられていない。世間的にはフィアレスは凶悪なPKであり、騎士団からすれば討滅しなければならない相手だ。
だが、美咲たちにとっては違う。フィアレスが心底の悪ではないとすでに知っている。何か事情があって一人で行動し、騎士団と対立していることを知っている。
「話せばやめさせらんないかな」
慎太郎が言うが、無理だろうことはわかっていたか、願望のような口振りだ。返事はなくとも、それが不可能だとは理解していた。
「……ダメだろうね」
それをあえて、雲雀は口にする。慎太郎にではなく、自分にそう言い聞かせる。騎士団の行動は止められない。フィアレスと騎士団が戦うことは、もう決まっているのだ。
「それなら、どうする?」
慎太郎の問いに美咲は悩んだ。言ったところで、双方の邪魔にしかならないだろう。後ろで見ているだけならば、行っても行かなくても変わらないのではないのか。
目を閉じる。フィアレスの姿を思い浮かべる。
あの時出会ったフィアレスは、自分に『The Earth』の楽しみ方を教えてくれた。だが、彼は急にその姿を消し、再び現れたときには、その身を黒衣に包み、PKとして恐れられていた。
しかし、それには理由があった。PKとなった理由はわかった。では、騎士団と戦う理由はなんだ。それがわかれば、もしかしたら、また一緒に。
「……行く」
美咲はぼそりと言った。そして、顔を上げ、その目に信念をたぎらせて、もう一度。
「フィアレスさんに、会いに行く!」
もう迷いはしない。フィアレスを信じる。『The Earth』が好きだと言った彼を。楽しそうに笑っていた、あの笑顔を。
もう一度、一緒に、冒険するために。
騎士団のエリアへと赴くと、アレックス他、数名の幹部が待機していた。騎士たちはやってきたセシウスたちへ敬礼する。
「お待たせしました」
「いいや。……しかし、意外だ」
アレックスは腰に手を当て、不思議そうな表情でそう言った。
「何がですか?」
「誘った側が言うのも変な話だが、君たちは断ると思っていた。君たちはすでにフィアレスと会い、話をしている。そして、拒否された。それで諦めたと思っていたんだが……」
霊峰でフィアレスと会った時、確かにセシウスたちはフィアレスに拒絶された。関わるなと言われ、確かに一度、セシウスはそうしようと思った。
どこかでフィアレスはゲームをプレイしている。自分たちとは離れたが、本人なりにうまくやっていると思えば、それでもよかった。
だが、事情は変わった。フィアレスは単なるPKではなく、この『The Earth』に蔓延するバグ武器を始末するために動いていると知った。その行動に意味があると理解した。
それならば、もう一度話がしたかった。もしかしたら、今度は協力できるかもしれない。
「もう一度、話してみたいんです。……どうか、よろしくお願いします」
「……約束はできない。今度こそ、彼が君たちを襲う可能性は否定できない。ただ、善処はしよう」
「はい」
アレックスたちに連れられ、セシウスたちはエリア・風の精霊石『風吹雪く』『神の目覚め』へ出向いた。そこへ到着した途端、三人の肌に冷たい何かが降り注いだ。
「寒っ……!」
体を抱えシンが口走る。
場所は雪原。吹雪が吹き荒れ、数メートル先の視界がない。うっすらと道が見えはするが、安全には進めないだろう。
周囲を見渡すと、ぽつんぽつんと赤い模様が浮いていた。それが周囲に集まっていた騎士たちだと理解するのに数秒かかってしまった。
アレックスが先導し、その後ろをセシウスたちが歩く。さらにその後ろを、幹部が守った。前からでも後ろからでもセシウスたちを庇える隊形だが、それが逆に、三人を逃がさないよう囲っているようにも見える。
道中はほとんど無言で、雪を踏みしめる音だけが耳へ響いた。アレックスがモンスター避けのアイテムを使ったことで戦闘もなく、大した時間がかかることなく最奥へとたどり着く。
周囲が山積みの雪で囲まれ、出入り口は今入ってきた一つのみ。風は収まったがちらちらと雪は降り続き、どこか寂しさを感じさせた。
「いないみたいですね」
セシウスが言う。
「そのようだ」
アレックスは素っ気なく答えた。少し歩き、その空間の中頃で制止した。雪の中、白い鎧は目立たない。所々にある赤い装飾とマントのみが浮き立っている。
誰も、何も話さない。話すことができない。何か、見えない重圧がこの場の人間を包んでいた。
その不可解な空気に耐えきれず、セシウスが振り向きもしないアレックスへと、声をかけようとしたその時だった。
風を切る音。同時に、背後へ引き倒される。何かが視線のわずか先を横切る。雪の中へ尻餅をついた。雪をかき分け、騎士たちがセシウスたちを囲む。それを、ただ呆然と見送った。
「え……?」
理解が追いつかなかった。雪の冷たさが手と尻へ染みる感覚が妙にはっきりしている。ないはずの心臓が高鳴っている。
「ごめんね、大丈夫?」
かがんだ雲雀が言う。それで、セシウスを引いたのが雲雀だと知った。アレックスを睨む表情は固く、怒りを見せている。
「なんなんだよ、おい……」
シンも慌てふためいている。ただ雲雀だけが、妙な冷静さを見せていた。まるで、こうなることがわかっていたかのように。
「避けられた、か」
何の感情も見せない声音でアレックスが言う。雲雀は立ち上がり、騎士を眺め見、アレックスへと再度視線を合わせた。
「私たちを始末するのに、この人数は大過ぎじゃないか?」
雲雀の発言に驚いたのは、セシウスやシンの方だった。始末する、という言葉の意味が理解できない。
そんなセシウスたちを置いて、雲雀とアレックスは会話を交わし続ける。
「いや、必要だ。君たちに、十分な罰を与えるには、ね」
「罰? 私たちが何をしたってのさ」
「フィアレスとの過剰な接触だ。……悪に触れれば悪に染まる。それが罪さ」
「カッコつけやがって。要は自分たちの悪事がバレたから、ってことだろうが」
雲雀が苛立ちを募らせる。雲雀は、セシウスやシンの知らない騎士団の悪行を知っているという。いつそんな話を聞いたのか。心当たりは……そう、アレックスが言っていた、フィアレスとの接触だ。
「ひばりちゃん、何を知ってるの?」
「お前、一人で何か隠してたのか?」
セシウスは慌てて立ち上がり、雲雀に問うた。その隣で、シンも続く。
「……別に、何も知ったこっちゃないさ。ただ、疑惑が確信に変わっただけだ」
フィアレスに言われた、気をつけろ、という言葉。それが何を意味するのか、雲雀は考えた。そして、それはやはり騎士団に対しての言葉ではないのかと思ったのだ。
フィアレスが騎士団を攻撃するのは、騎士団が何かの悪事を働いているからだ、と。もともと怪しいと思っていた疑念が、フィアレスの行動が基で確信した。騎士団は、悪だ、と。
「さあ、戦うんだろ? 来いよ、多少はあがいてやるさ」
拳を握りしめ、戦闘態勢を取る。戦力差はある。装備強化はしてきたが、恐らくそれでも勝てはしないだろう。だが、爪痕を残すことぐらいはできる。
囲む騎士たちに視線を巡らす。誰から来る、誰から行く。しかし、騎士たちは動こうとしない。それならば、と、狙いを定めた。




