第二十三話-死闘-
「……久しぶり」
フィアレスからの返事はない。ただ、じっと立っているだけだ。
それに構わず、雲雀は一人で話を続けた。
「あんたも見学?……まったく、変な話だよな。偽物の騎士だってさ。あんなので言い訳できるって思ってんのかねぇ」
雲雀は元々騎士団にいい感触を持ってはいなかった。だからこそ今行われている決闘が茶番であると考えているが、大多数の人間はそうではないだろう。
「ホント、騎士団が全部正しいって思ってる人間はなんなんだろね。あいつらだって人間、ただのプレイヤーなんだ。神格化してんじゃないよ、まったく」
「……世間話をしに来たのか?」
静かにフィアレスが言う。雲雀は一つため息をつき、軽口をやめる。そして、黒い瞳でフィアレスを射抜いた。
「こないだ、イベントでバグった剣を持ったプレイヤーと戦った。名前はエリアス……聞き覚え、あるんじゃない?」
「……知らないな」
「あんたがPKした奴の名前さ。そいつは、二ヶ月ちょっと前からバグった剣を振り回していた」
先日送ったメール。あれは、雲雀が利用していた情報屋へ向けたものだ。依頼内容は、フィアレスがPKしたプレイヤーの情報。幸い掲示板に書き込みが溢れていたため、個人の特定は容易だったようだ。そして、そこからさらにもう一歩、調査をしてもらった。
「ああ、霊峰の時はありがとね。あんたはああ言ってたけど、助けてもらったのは事実だし。……そういや、あのPKもバグ剣持ってたね」
雲雀はこの二人の共通点に目を付けた。それは、ともにバグ武器を所持していたこと。そして、ともにフィアレスに殺されたことだ。
雲雀は、ある一つの仮定を思いついていた。
「あんたが今までPKしてきた奴……そいつらはみんな、バグ武器を所持、使用していた。……違うか?」
もしその仮定が正しければ、フィアレスは。
「セシウスが言うには、あんたもバグ武器使ったPKに殺されたんだって?……なあ、フィアレス。あんたはさ、バグ武器を使う奴を退治するために、PKになったんじゃないのか?」
バグ武器はゲームの仕様を大きく逸脱した非正規品だ。絶対安全なはずのゲームに、痛みという恐怖を持ち込む悪魔の武器。そんなものがゲーム中に溢れてしまったら、きっと『The Earth』は崩壊する。そんなこと、許されるはずがない。
フィアレスは『The Earth』が好きだと言っていた。それが事実で、そしてその気持ちが今も変わっていないのなら、その行動理由は。
「一人で行動してるのも、私たち………特に、セシウスに怖い思いさせないためなんだろ? 結局、自分で危険なとこに飛び込んじゃって、痛い思いしたけど。お前は……本当のお前は、あの時のままなんだろ?」
「…………」
だが、フィアレスは答えない。暗闇の中の表情は、どうなっているのか、見当もつかない。
雲雀はさらに続ける。
「騎士団を攻撃するのだって、たぶん、お前はあいつらが怪しいって思える何かを知ってるんだ。ああやって正義を振りまいてる騎士団の、本当の姿がわかってるんだ。だから、騎士団と敵対してさ。そんなことしてたら当然あいつらには狙われる。だから、私たちに近づかないようにしてたんだ。仲間だと思われたら私たちがふつうにゲームできなくなる。お前は、全部一人で抱え込もうとしてるんだ!」
そうあってほしいと、自身の願いも込めて、雲雀は言い切る。
だが、フィアレスはまったく気に留めた様子もなく、落ち着いた声音で、だが冷たい言葉を放つ。
「そう思うなら、そう思っておけばいい」
「……なに?」
「俺は肯定も否定もしない。どう思おうが勝手にしろ」
なにも言わない、と。フィアレスは言う。自分の心の内は、あくまで開示しない。頑丈な鍵は、わずかな言葉では開けられない
その態度に、雲雀の心の奥底にくすぶっていた、ある感情が首をもたげた。ふつふつと、全身に血が巡り、燃え立たせる。
「……ああそうかい。答えるつもりはないと。……ま、薄々わかってたけどね」
落ち込んだ声で雲雀は言う。しかし、その直後、この場の二人を取り囲むフィールドが形成された。一坪ほどのスペースすべてと、周囲の壁を巻き込む。
決闘の、申し込みだ。
「表でも今アレックスが試合ってる。こっちでも裏決闘、してもいいんじゃない?」
「……やめておけ。お前は俺には勝てない」
見下す言い方に雲雀の感情が更に高ぶる。データの体が熱い。いや、精神の方か。
「私が勝ったら、あんたが隠してること全部話してもらう。あんたが勝ったら、私はもうあんたと関わらないようにする……それでどうだ?」
「何故……そこまでして俺を追う? そこまでする意味はなんだ?」
所詮雲雀とフィアレスは、たまたま少しの時間一緒にいただけの関係だ。仲のいい友人でも、競い合う好敵手でもない。少し道を違えば、お互い知り合うこともなかっただろう。
だが、そうではない者を、雲雀は知っていた。この男のために、努力をする者を。この男を、追い求めるあの姿を。あの、悲しみを。雲雀は、知ってしまっている。それを放っておくことなど、出来やしない。
「大好きな……友達のためだ」
ぴくり、とフィアレスの肩が動く。雲雀の言葉が何を意味するのか、わかったのだろう。
少しして、青いフィールドが赤に変わる。決闘の了承。ここからは、一対一の、死合だ。
「行くぞッ!」
雲雀の先制攻撃。長脚を生かしたハイキックだ。フィアレスは背後へ飛び避けるが、壁を背にしてしまう。それを追う跳び蹴りを、側転で回避する。
同時に両手に武器を取り出した。双剣――否、それは剣ではなかった。長い持ち手の先に取り付けられた、黒い三日月。黒一色の格好に合わさる、死神を彷彿とさせる凶刃を、フィアレスは構えた。
「雰囲気出てんじゃん」
相手の出方のわからない緊張を軽口でごまかし、雲雀は接近した。懐に潜り込み、ボディーブローを狙う。だが、フィアレスはその場で跳躍、回転して背後に回り込みつつ、背を切りつけた。
「くっ」
HPが減少する。双剣の高攻撃力は侮れない。格闘家の防御能力では、七発も食らえばお陀仏。連続攻撃でも受けてしまえば、即レッドゾーンだ。距離をとり、フィアレスの出方を伺う。
「一つ教えてやろう」
攻める動きを見せないフィアレスが突如口を開く。手にした鎌を雲雀に見せるように突き出した。
「こいつのスキルはLV三の即死。確率五%で相手を確実に殺す。もう一方も同様だ」
両方の手に持つ、同等のスキル。雲雀の頭に、シンが語った特殊効果の記憶がよぎった。スキルレベルを一段引き上げる、昇華能力だ。
「レベル四即死の効果は、五回のヒットで確実に相手を死に至らしめる。……あと、四回だ」
言葉と同時、フィアレスが踏み込む。左からの切り上げを一歩下がって避け、反撃にストレート。しかし、難なく回避されてしまう。
左後方に回り込まれ、剣を振り上げるのが見えた。焦って振り向こうとせず、雲雀は前方へ跳んだ。前転して起き上がり、向き直るが、今度はこちらが壁を背にしてしまう。
フィアレスは容赦なく接近する。右手の剣を掲げ、雲雀はついそれを目で追ってしまい、そこで、それが以前見たフェイント攻撃だと察した。
振り上げた剣はブラフ。本命は引かれた逆の手の一本と、防御を固める。だが、その思惑は外れ、振り下ろされた鎌の刃が雲雀の防御を乗り越えて突き刺さった。
「ぐっ……!」
「あと三回だ」
続く攻撃の前に、雲雀は蹴りを繰り出し、当たらないもののフィアレスを引き離すことに成功した。直撃ではなかったためHPはあまり減らなかったが、一回は一回だ。
着々と死が迫る。勝てないのではないのかという緊張感。今までフィアレスはずっとプレイヤー相手に戦ってきたのだろう。対人戦の実力なら、向こうに分があるに決まっていた。
しかし、だからといって素直に負けるわけには行かない。
焦っていても仕方がない。ただでさえ実力差のある戦いなのだから、冷静にならなければ勝ち目はない。
拳を握りしめ、フィアレスとの距離を伺う。動けるフィールドは狭い。少し踏み出せば相手の攻撃範囲だ。だが、それはこちらも同様だ。
動いたのはフィアレス。右手の剣をすくい上げるように跳ね上げる。体を横に、それを避け、その勢いのまま回し蹴りを中段、フィアレスのわき腹へ打ち込んだ。クリーンヒット。HPが大きく削れる。双剣士も防御力は低い。数発攻撃を打ち込めれば勝てる。
よろめいたフィアレスは膝をつく。好機と雲雀は追撃しようとしたが、そのままの体勢の剣閃に阻止される。
ゆらりと起きあがり、素立ちのまま動かない。雲雀の様子を伺っているようだ。
下手に攻めれば隙が生まれる。だが、攻めあぐねている場合ではない。少なくとも一撃を加えることができた。勝てない相手ではない。
だが、まともに攻撃するのは愚策だ。回避され、反撃を食らうだろう。どう攻めるか、思考を巡らせる。すると、フィアレスの後ろに小さな木箱が置いてあるのが見えた。あれを利用することにする。
突っ込み、わざと甘い部分にパンチ。当然回避されるが、わかりきった反撃は屈んで避けた。そのまま足払い。跳ばれ、当たらない。だが距離を稼ぐことができた。
立ち、木箱を掴んでフィアレスめがけ放った。突然の奇行にフィアレスは一瞬動きを止め、しかし冷静に木箱を斬った。中に入っていた建築道具のようなものが宙空で散らばり――それに紛れ、雲雀は接近した。
右手は振り切られている。残る左腕の横切りを乗り越えるように、跳び蹴りをその胸へと叩き込んだ。フィアレスは大きく背後へ飛ばされ、壁にぶち当たって跳ね返る。
「まだだ!」
今こそがチャンスと、拳を固め、打つ。更にもう一撃。フィアレスはたまらず膝を付いた。HPが半分を切る。このまま攻めきってやると、足を振り上げた。
「…………」
見えない顔の中から、突き刺さる視線。射抜かれるような何かに、雲雀は攻撃を中断した。
「……っ」
直感が働いた、とでも言うのか。雲雀は自身でも、攻撃をやめた理由がわかっていなかった。だが、あのまま攻撃していたら、必ず何かが起こっていた。その確信があった。
「……やるな」
立ち上がり、フィアレスが言う。大きくHPを減らされながら、酷く冷静だ。負けるかもしれないとは微塵も思っていないようだ。
一方で、少なくともイーブンに持ち込めたはずの雲雀は、むしろ焦燥を煽られていた。フィアレスには何か奥の手がある。それに気づいてしまった。これでは下手に攻めることはできない。
動きかねている隙を見逃す相手ではない。フィアレスは雲雀を切りつける。その刃を弾き、更に続く二の太刀を回避しつつ、裏拳を放つ。
だが当たらず、反撃の剣が迫った。上段の剣。思わず防御するが、それが罠であると気づいたときには遅かった。もう一方の刃先が、雲雀のわき腹に食い込む。
得意のフェイントだ。これで三発目。あと二回のヒットで、雲雀の負けが確定する。
距離を取り、意識を集中する。フィアレスも軽々しくは攻めてこない。隙を見せぬよう、その腕の、その剣をしかと見る。
フェイント攻撃は厄介だ。一方に気を取られた時点でダメージがほぼ確定する。上か下か、二択の防御を強いられる。
いや、もしかしたら。雲雀は考える。二択ではないのかもしれないと。そうなると、あれは回避できるものではない。受けられる余裕は後一回。だが、逆に考えれば一回だけなら受けられる、ということだ。自らの考えが正しいか確かめるために、雲雀は一つ賭けに出ることにした。
接近、拳を振るう。回避された先へ蹴り。防がれ、反撃の剣。いなして掌底を浴びせた。
フィアレスの反撃。一太刀目を避け、二太刀目も回避。そして三発目、フィアレスが剣を振りかぶる。
来た。もう一方の剣も、よく見ればいつでも振るえるようにと腕を引いてある。雲雀は今度は下段、本命のはずの方へと防御を固める。
すると、思惑通り、防御を回さなかった上段の剣がそのまま雲雀を斬った。これで残りはあと一発。蹴りを繰り出し、フィアレスを引き剥がす。体制を立て直す。
形勢は不利。だが、成果は得られた。あのフェイント攻撃は、単なるフェイントではない。相手の行動に合わせて攻撃を変化させるものだ。
掲げた剣に釣られて上段に気を取られれば下段で、それを見抜いて下段を防げば上段で攻撃を敢行する。攻撃範囲外に逃れることが唯一の手段だが、フィアレスはその攻撃を回避できない、回避しづらいタイミングで放ってくる。
「あと一撃だ」
「わかってるさ。でも……あたしはもう、負けない」
待つ友人のためにも、負けられないのだ。




