第二十二話-茶番-
数日後、しとしとと雨が降る休日。美咲に一通のメールが転送されてきた。
差出人はアレックス。騎士団長からの久しぶりの連絡だった。開くと、今日の午後三時から町の中央広場である催しがあるとのことだった。騎士団の一員にだけに送るメールを、協力者であるとわざわざ送ってきてくれたのだ。
早速向かおうとひばりや慎太郎に連絡したのだが、慎太郎は用事があって出かけていると返事があり、ひばりと二人で『The Earth』へと入ることとなった。
時間は二時四十五分。中央広場には、多くの騎士団員と、騒ぎに乗じて集まった多数の見学客で溢れ帰っていた。
「なにが始まるんだろうね」
「さあ。集会でもないのにここまで人を集めるなんて、相当なことだよ」
あまり人混みの中にいるのもいい気分ではないので、二人は近くの建物二階のロフトから、広場を見下ろしていた。
広場の中心にはある程度スペースがとられている。アレックスが何か演説でもするのかと思ったが、それにしては広すぎる。
しばらく待っていると、幹部数名を引き連れたアレックスが歩いてくるのが見えた。騎士団たちに作られた道を通り、堂々としている。
だが、そのうしろ、騎士によって拘束されているキャラクターがついてきているのを見つけた。ざわざわと観客が蠢き出す。いったいなにをしでかすつもりなのか。
広場のスペース中央へアレックスが立つ。周囲を見回した後、広場にいるものすべてに聞こえるような声を張り上げた。
「ご存じの者も多いだろうが、先日、我ら騎士団に関するある報が広まった。曰く、騎士団がその理念に反する行動をしている、と。……それ自体はとるに足らないただのゴシップ。だが、それ以前より、騎士が悪行を行っているという話は私に耳には入っていた」
各種掲示板において、騎士団に殺されたという書き込みは珍しいものではない。それ自体は騎士団の風評を下げる荒らし目的だとしか思われておらず、ほとんど反応されることはなかった。
しかし、先の新聞により大々的に情報が流れると、騎士団に殺されたという書き込みに対し、積極的に詳細を求める、あるいは有り得ない話だと食ってかかり、人格否定にまで発展する自体も起こっていた。
そこまでとなれば、やはり騎士団も動かざるを得ないのだろう。騎士団の悪行が真実なのか嘘なのか。それを語りに来たに違いない。
しかし、アレックスは、その場でいきなり腰から剣を抜き、拘束された男へその切っ先を向けた。民衆がさらに騒ぎ出す。
「そして、それらの虚構を流布していたのがその男……名は、トールソンだ」
聞き覚えのある名前に、セシウスたちは目を見合わせた。この間、黎に聞いた騎士の名前と一致する。
拘束された男の姿を見ると、確かにその姿は騎士団員とよく似ていた。白い鎧と赤いマント、腰の剣も同じ物に見える。だが、くすんだ金髪を無造作にのばし、恨みのこもった視線を向ける姿からは、騎士としての威厳は感じられない。
「……違う」
よく変装したものだと感心している雲雀の横で、セシウスはそう呟いた。何のことかと雲雀は聞き返す。
「黎さんは青い髪だって言ってた。でも、あれは金髪だ。名前は同じだけど……違う人だ」
ゲーム界隈では珍しく、変更が多く望まれている点であるのだが、『The Earth』では髪の毛の色を変えることができない。他のゲームではできるものもあるため技術的に不可能だということではなく、運営側が決めた仕様なのだ。
だが、それが今回は、黎の話との齟齬を浮き立たせた。
「ただ同じ名前ってだけじゃ……」
「それはわからないけど……でも、怪しいよ」
「じゃあ……スケープゴートって奴なのかな、あれ」
前々から噂されていた騎士団の悪行。それが、騒動のせいで広まってしまった。それらの騒動を、仕立て上げた悪者一人に押しつけ、自らが潔白であると主張する。
あの男はそのためだけにあの場にいるのではないのか。そんな考えが二人の中には上っていた。
「騎士を騙り、誇りを侮辱したこの男、ただ処断するのでは我らが怒りは収まらない。……この私直々に、彼と決闘を行う!」
そう言い放った瞬間、アレックスと男を取り囲む青いフィールドが生成された。この前のアップデートで追加された『決闘』のシステムだ。
プレイヤーは、個人を指定することで決闘を申し込むことができ、相手がそれに応じると、一対一で戦うことができる。そして、その場所に制約はない。今までは不可能だった町中での戦闘が、この決闘に限り可能になったのだ。
いわば合法的なPVPの手段ができたのだ。反応は上場で、PKカウントもつかないためストリートバトルが流行し、殴られ屋などの営業も増えた。
アレックスはその権利を行使し、決闘を申し込んだのだ。
「もしお前が勝てば解放してやる。二度と追いはしない。どうだ?」
「……いいぜ、やってやろうじゃねえか」
男が了承する。仮生成のフィールドが赤い物に再構築され、わずかな赤みを残して見えなくなった。武器に効力が現れる空間に変貌し、今まさに、決闘が始まったのだ。
男を拘束していた騎士たちはそれを解き、フィールド外へ退場する。腰の剣を抜き、アレックスと向き合った。
「……茶番だってことか」
あきれまじりに雲雀は言う。大きな組織の運営として必要なのかもしれないが、下らないとため息をつき、ふと視線を逸らした。――その時だった。
広場の脇、小路へと入る細道に立つ、黒ずくめの姿が映った。見紛うはずもない、フィアレスだ。
横目でセシウスを見る。始まった戦いに視線を向けている。気づいてはいないようだ。
それならば、考えがある。
「私、なんか買ってくるよ」
「え? それなら私も……」
「いや、場所とられるかもしれないし。すぐ戻ってくるから待ってて」
当然、それは嘘だ。広場に降り、セシウスに見つからないよう人混みに紛れながら小路へと向かう。
フィアレスの姿は消えていた。路の奥の方へ歩みを進める。明かりもなく、日の光もほとんど差し込まない、薄暗い路。その奥に、建物に囲まれた一坪程度のスペースがあった。木箱や鉄材などが転がって、小綺麗な表と同じ街とは到底思えない。
その中央に、黒ずくめの男は立っていた。すきま風が漆黒のコートを揺らし、闇に覆われた顔が、おそらくは雲雀を、見つめていた。




