第二十一話-異形-
ワープ先は先ほどの通路と同じく、薄暗く真っ直ぐな道が続いていた。またループするのではと危惧したが、直に通路の先の部屋が見え、不安は払われた。
「……なんだこの部屋」
かなり大きい部屋だ。ちょっとした運動場と言った程度の広さはあるだろう。
向こう側に部屋の出口か、もう一つ道がある。しかし、そこに行く途中、部屋の中央あたりに柵が立てられており、乗り越えなければ進むことができない。しかも、セシウスたちの他、参加者が誰もいないのだ。
上ろうと思えば上れなくもない高さではあるのだが、柵を解く仕掛けでもあるのかと三人で探索しようとした時だった。向かおうとしていた通路から、ピンクの鎧を着込んだキャラクターが一人、大部屋に入ってきた。
それと同時、天の声が響きわたる。
《強き者にこそ道は開かれん……》
どんな意味かと理解する前に、事は起こる。
突然、何もなかった空間にコウモリ型のモンスターが出現多数したのだ。きぃきぃとけたたましく鳴きながら、コウモリは宙を飛び回る。
「何だこれ、罠か?」
襲いくるコウモリをたたき落としつつ、雲雀は誰にともなく聞く。
「いや、違う。視界の下にカウントが出てる。たぶん、向こうと討伐数を競うんだ!」
自分の体力が確認できる視界下部に、カウンターが二つ映っていた。シンの言うことが本当なら、片方がこちら、もう片方が相手だろう。
実際、柵の向こうでもコウモリが湧いていた。剣を振るってコウモリを攻撃し、討伐数を伸ばしている。
「なるほど。わかった、よッ!」
空中に固まるコウモリへ飛び回し蹴りを食らわせる。ボトボトと落ちるそれをさらに踏みつぶしていく。
シンも両手の弓で次々とコウモリを撃ち落とし、セシウスも広範囲を攻撃できる魔法で手広く体力を減らす。
「てか、こいつら微妙に固いのがムカつく!」
一発殴って一気に倒せれば爽快感もあるのだが、一回の攻撃でギリギリHPを削りきれない。数を稼ぐ上でも少々厄介だ。
しかし、同時にもう一つ、おそらくこの競争の仕様が目に付く。威力の高い雲雀の攻撃、低いが遠距離仕様のシンの矢、そして殲滅力トップのセシウスの魔法、そのどれでも、コウモリのHPは均等に減っている。対人戦と同じく、レベル差で有利不利が出ないための処理なのだろう。
魔法でコウモリをなぎ払いつつ、セシウスはちらりとカウントを見た。今のところ、ほとんど同じ数だ。向こうは一人、こちらは三人だというのを見ると、恐らく向こうは一匹で三カウント増える仕様なのだろう。条件はほぼ互角。それならば、後は効率よく撃破できる方が勝つ。
気合いを入れて、魔法を使用しようと身構える。
しかし、その直後、相手側のカウントが一気に増加していくのが見えた。均衡を保っていたはずの数字に、急激に差が開く。
おかしいと思ったのはセシウスだけではなかった。コウモリを殴る手を止め、雲雀も柵の向こうへ視線をやっている。そうしている間にも、差は開き続ける一方だ。
そして、その理由はすぐに判明した。相手側の剣士の攻撃一発で、コウモリはその命を散らせていた。
「何で向こうだけ!」
攻撃力の差ではない。剣士は素の攻撃力はそこまで高い方ではない上、そもそも攻撃の値で決まるならセシウスの魔法で壊滅しているはずだ。
理由を見つけあぐねていたが、ふと剣士の方を見ると、それを一気に解決する物を発見できた。
「あいつの剣……!」
剣身がねじ曲がり、グラフィックの乱れた武器。PKとの戦いで見た、痛みを与える悪魔の武器だ。
「なんであの武器を持ってんだよ!」
雲雀が叫ぶと同時、制限時間が来たか、コウモリが一斉に消え、同時に中央を仕切っていた柵が消滅、移動用の魔法陣が現れる。スコアを見ると、実に三倍以上の差が現れていた。最後セシウスたちは手を止めていたとは言え、この差は明らかに異常だ。
女剣士は勝ち誇ったように――あるいは、敗者を嘲るように笑みを向け、魔法陣へ歩いていく。
「あの野郎……!」
先へは行かせないと、雲雀が剣士の前まで詰め寄った。そんな雲雀を、剣士は邪魔くさそうに眉間にしわを寄せ、見上げる。
「何? 負けたんだからさっさとどいてよ」
剣士がそう言い、手をはらう。まるで悪びれていない――否、自分が何をしたのかをまるで理解していないのだ。
その姿に雲雀は憤慨する。
「あんた、その剣がどんなもんかわかってんのか!」
剣士はちらりと視線を手にした剣へやる。
「これが、何?」
「どう見たって仕様外の武器だろうが! なに平気な顔して使ってんだよ!」
バグった剣は、うぞうぞとグラフィックを蠢かせている。その気色悪さと、以前に斬られた背中の感覚を思い出し、雲雀はどうしようもない嫌悪を感じた。
「いいじゃん、誰にも迷惑かけてないし」
「今まさにかけてたろうが! あれを使わなきゃ結果は変わってたかもしれないだろ!」
「何、負け惜しみ?」
「ふざけんな!」
話をする気が見られない剣士に雲雀が掴みかかる。自分の悪行を理解していないのか。それとも理解していてなお、改善する気がないのか。
雲雀は怒号を飛ばし続ける。
「その剣は危険な代物だ。ただ強いとか、便利だとかそういうんじゃない!」
ただ高攻撃力だと言うのでは、コウモリを一撃では倒せない。恐らくは、モンスター相手に無条件の即死効果でもついているか、バグで相手のデータを書き換えているのか。
なんにせよ、モンスター相手には無類の強さを発揮できる武器なのだろう。もし正規の品なら、とても便利――いや、ゲームバランスを崩壊させる物だ。
剣士もその程度の理解しか持っていなかったか、淡々と言い放つ。
「ただモンスター相手に強いだけじゃん。対人じゃなんも役に立たないし」
「プレイヤー相手にも使ったのか……?」
「使ったよ。一撃じゃ倒せなかった。まあそれでも狩りには重宝するから使い続けてるけどね」
自慢げに言う剣士に、ついに雲雀の堪忍袋の尾が切れた。その横面を、左拳で思い切り打ち付けたのだ。剣士は頭から地面へ倒れる。
「お前……その剣がどんなものか、わかってないのか! わからずに、プレイヤー攻撃したってのか!」
雲雀の脳裏に、あの時の記憶が蘇る。絶対安全のはずのゲームの中で、背中を斬り裂かれたあの痛み。有り得ない死の恐怖。この剣士は、その恐怖を、知らずに他人に味わわせていたのだ。
今の一撃で戦闘状態へと切り替わり、剣士へターゲットが発生する。相手の名前とHPが表示される。その名はエリアス。緑のHPバーは、今雲雀が殴り抜けた分だけ、わずかに赤く減っている。
「ちっ……んだよ、わけわかんねえよお前!」
剣士は立ち上がり、剣を振り上げた。大振りの、なんて事のない一撃だ。容易にかわし、反撃できる。
だが、雲雀は避けなかった。肩口から袈裟斬りに身を裂かれる。堪えようのない痛みに、雲雀は背中から倒れ込んだ。
「ぐぅ……!」
「ひばりちゃん!」
後ろからセシウスが叫ぶ。激痛の最中、突然のことで驚かせたかな、とのんきに考える。
「お前もかよ。大げさにロールしやがってさ」
思った通りだ、と雲雀は思った。この剣士は、バグった武器の仕様を理解していなかった。
今まで攻撃したプレイヤーも、雲雀同様痛みに苦しんだはずだ。しかし、この剣士は、それもプレイヤーの過剰な演技だと思いこんでいたのだ。
だが、それは知らなかったでは済まされない。理不尽な苦しみを、拡散してはいけない。雲雀は頭を持ち上げ、剣士を睨んだ。形なき傷を押さえながら、かすんだ声を絞り出し、怒りを吐く。
「これが……演技に見えるのか……!」
「ぅ……」
雲雀の凄みに、剣士がうろたえる。
「うるさい! さっさと死ね!」
剣士が剣を振り上げた。動けない雲雀にはそれを回避することなどできない。ここまでか、と目を細める。
だが、剣を握る手に、突如矢が打ち込まれた。剣は弾かれ、その手から離れ背後へ飛んでいく。
「お前、なんか考えがあったんじゃないのかよ!」
シンが駆け寄り、回復矢を数発雲雀に撃つ。HP回復と同時に、体の痛みが収まっていく。
上体を起こし、雲雀は冗談めいて言った。
「体で教えてやろうと思ったんだけどね」
「使い方違うだろ、それ」
弓を剣士へ向けながら、シンがもっともなことを言う。
「なんなんだよ、お前ら!」
剣士は叫び、弾かれた剣を取りに背を向けた。それを見逃す訳もなく、シンは矢を放つ。数発ヒットし、HPを削るが、倒しきれない。
剣を手に取り反転、シンめがけ、裂衝斬を放った。
それを見、回避しようと走る。しかし、速度のある斬撃は、避けきれずにシンの右肩を引き裂いた。
「ぐぅっ」
強烈な痛みに弓を落とす。だが、負けじと残る左の弓を連射する。しかし、剣でことごとく弾かれてしまった。
剣士が走る。剣を振り上げ、シンに切りつけようと剣を掲げ――その足を、鎖が絡みとった。
前へ進む力をなくし、剣士は不格好に顔面から地面へ激突する。それを見逃すわけはなく、シンの矢が剣士へ次々突き刺さった。
「クソがぁ!」
怒りの形相で砂まみれの顔を上げる剣士。だが、その眼前には、復帰した雲雀が、それを越える満ちた憤りを存分に表す顔で立っていた。
「熨斗付けて返してやるよ、その言葉!」
剣士の罵倒に、雲雀は言い返し、頭を蹴り抜いた。
尽きるHP。動かなくなった剣士は、すぐさまログアウトしていった。
「……っ」
勝利して、がくり、と突然雲雀は膝を折った。斬られた箇所を押さえ、苦しそうにうめく。
「大丈夫? まだ痛い?」
心配そうにその体を支えるセシウスに、雲雀は汗ばんだ表情で笑みを見せる。しかし、息はまだ上がったままだ。
「大丈夫だよ。痛くはないんだけど……ちょっと、感覚が残ってて」
肩から斬られた傷は、痛みと呼ぶほどにものは残ってはいない。しかし、その疼きのような感覚は、先の痛みをフラッシュバックさせ、恐怖を思い出させるには十分だった。
「ふう……。あいつの剣、ブッ壊しとけばよかったかな」
呼吸を整え、立ち上がりつつ雲雀は言う。破壊した武器は修理しなければあらゆる効果が発揮できなくなる。バグ武器にそれが通用するかは不明だが、試してみる価値はあっただろう。
「ああ。でも、俺武器破壊のスキル持ってなかったし」
斬られた方の肩をぐるぐる回し、調子を見ているシンが言う。右手を開き閉じしてみるが、シンも本調子ではないのか、首を傾げている。
「ごめん、このイベント、リタイアしていいかな」
申し訳無さそうに雲雀が言う。体の調子もあるが、それ以上に心の調子がよろしくない。あの痛みのせいか、その恐怖のせいか、動悸が激しい。
「うん。しょうがないね。……でも、あの武器、けっこう広まっちゃってるのかな」
「どうだろうな。……騎士団が取り締まってくれたらいいんだけど」
セシウスの言葉にシンが応えるが、その横で、雲雀は無言で考え事をしていた。
バグ武器を扱うあの女剣士・エリアス。表示されたその名前に、雲雀は見覚えがあった。だが、どこでだったか、思い出せない。
「騎士団の掲示板にでも報告しとこうか?」
「いや、直接メールでいいんじゃないか?」
「でも、掲示板なら他の利用者にも知らせられるし」
二人の会話は続いている。
掲示板。その言葉に、雲雀はハッとした。そう、あの名前を見かけた場所。それは以前フィアレスについて調べたときに見た、騎士団のPK報告の掲示板だ。自分を殺したPKだと、フィアレスの名を書き込んだ名前だ。
同一人物だという確証はない。だが、もしあれを書き込んだのがあの剣士だったら。
この間フィアレスが戦いに来たPKもバグ武器を持っていた。そして、女剣士も。これは、偶然か?
「……帰ろうか」
浮かんだ考えを二人には教えず、雲雀はそうとだけ告げる。中央にある魔法陣に入ると、三人はスタート地点に戻された。恐らく、勝者のあの剣士は本来なら、他の場所へ飛ばされるはずだったのだろう。
別れの挨拶をすませ、雲雀はログアウトする。そして、ある人物へ、仕事の依頼のメールを打ち始めた。
「彼」の真実を、探るために。




