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第二十話-謎解き-

「そういや、今日からイベントだな」

 昼休み、学食でのランチ中に、慎太郎が嬉々とした声で告げた。今日からの一週間、『The Earth』であるイベントが行われるとの事だ。告知自体は前々からあったのだが、その詳細を発表されたのがつい今さっきだった。

 それを見て、慎太郎は子供のように目をきらきら輝かせている。

「どんなの?」

「宝探しって書いてある。新イベントだ」

 イベントエリアにいる雑魚敵やボスを倒す討伐系や、モンスターの落とすアイテムを収集するもの、難関ダンジョンを攻略するものなど、イベントは多岐にわたるが、今回のイベントはそれらとはまた異なる、探索系のイベントだと慎太郎は言う。

「えっと……『広いエリアの中に宝物が隠されている。それを捜し当てろ』ってさ。『エリアには数々の罠が仕掛けられています。プレイヤー同士、時には協力、時には相手を蹴落とす事も重要です』」

「はあ。競争しろってことか」

「うーん……他の人と戦うのはちょっと、イヤだなあ」

 イベントエリアでは、他のプレイヤーを倒してもキルカウントは増えず、倒されてもアイテムロストはない。明確にPKではないとの通知があるが、それでも人間相手と戦うことに変わりはない。

「宝物の詳細は?」

「書いてないけど……武器と防具が中心ってあるな。見つけだせば、いいスキルついてるんじゃないか?」

「そうだね。最近伸び悩んできたし、参加してみようかな」

 いいスキルを揃えようとすれば、その分強いモンスターと戦わなければならない。対人特化ならば、時間さえかければ序盤の弱い武器を鍛えることでいいスキルは揃えやすいのだが、攻略用に武器の単純性能も求めると、途端に難易度が跳ね上がる。レアアイテムを手に入れるのに、一週間同じボスと戦い続けるなんてこともざらだ。

 そこまでやってようやく手に入るような物と同じ、またはそれ以上の効果を持つスキルが入手できるのなら、イベントに出る価値はあるだろう。

「それに宝探しってんなら、上位ランカーがいようが関係ないしな」

 討伐イベントなどでは、一部の強いプレイヤーがぶっちぎりでランキング入りし、下位のプレイヤーにまで報酬が出回らないこともしょっちゅうだが、謎解きや運要素が絡むなら結果は平等だ。チャンスは充分ある。

「二人が出るんなら私も付き合うよ」

 一人でただ待っているというのもつまらないと、美咲もイベント参加を決める。

 開催時間は三時間に一回、制限時間は一時間で、三人が安定して出られそうなのは午後八時からの回だ。

 久々に平和なイベントを過ごせそうだと思うと、美咲は穏やかな気分になった。

『The Earth』を楽しむ。当たり前の事を、当たり前のようにこなせる今を、ただ享受きょうじゅしたい。そう思っていた。



 午後七時五十分。開催十分前と言うことで、イベントエリアへの移動が解禁される。

 無の精霊石、『君の手の』『至宝玉』。広いドーム上のエリアに、八つの大きな門がそびえ立つ。それがどんな役割を持つのか、説明するためのアナウンスがどこからか流れ続けていた。

《――それぞれの門の中は、八つに区分けされたエリアへと直通できる魔法陣が展開されています。エリア同士繋がっているので、各エリア間の移動も可能です。また、手持ちのアイテムを用いてこのドームへ帰還し、魔法陣を用いて他のエリアへ移動することも可能です。宝物の数は全二十個。知恵と勇気、そして時の運が求められます。……それぞれ――》

 参加者の数が多すぎて、何人いるか把握できない。百人は越えているようだが、それ以上は不明だ。グループ参加がほとんどだと考えても、それでも宝物の数より多いことは確実だ。わかってはいたが、争奪戦になることは必至だ。

「情報によれば、エリアは草原二つ、荒野が一つ、山が一つ、洞窟が二つ、火山一つ、雪原一つ。どこ狙いで行こうか?」

 事前に仕入れた情報を報せるべく、雲雀が言う。

 すでに二時の部、五時の部は開催されている。宝物の位置は当然変わるだろうが、さすがにエリアまでは変更されてはいない。

 まだ情報が出揃っているわけではないが、前回前々回の参加者によると、荒野と雪原は、出てくるモンスターが厄介だという話のため、今回は敬遠されているようだ。

 逆に、それらのモンスターを安全に突破できる自信があるなら、比較的参加者の少ないそのエリアは狙い目ということだろう。

「全体的に難易度はどうなんだ?」

「かなり厳しいらしい。初回は八つ、二回目でも十二個しか見つからなかったって」

 制限時間内に全部を見つけられたことがないというだけで、宝探しが一筋縄では行かないとわかる。運良く見つけられても、それが自分の目的と合致しないことも十分有り得る。

「うーん……まあいっか。こういうのは、参加することに意義があるもんな」

「そうだね。楽しくやろうよ」

 気合いを入れすぎるのではなく、あくまでも楽しいイベントとして参加する。そう決め、三人は開始時刻を待った。

 そして、その時が来た。開始のナレーションと共に、八つのエリアへの扉が開き、参加者がそれぞれ散らばっていく。

 セシウスたちは相談の末、洞窟Bへ続く魔法陣へと入った。ワープで飛ばされたた先、暗い洞窟の入口の立て看板を雲雀が読み上げる。

「えっと……『一寸先は闇。闇の先に光明あり』だって」

「意味が分からんな」

「たぶん、宝箱のヒントってことなんだろうけど……」

 これだけでは何もわからない。とにかく、先へ進むしかないだろう。

 看板の右手に、まっすぐ向こうへと続く道がある。暗いが、精霊石が輝いているため、何も見えないと言うほどではない。

 いつものように雲雀がマッピングをこなしながら進む。オートマッピングのスキルは今ではシンが所持しているのだが、イベントエリアでは基本的に無効化される。自力で行くしかない。

 しばらく進んで行くが、どれだけ進もうとひたすら一本道が続くだけで、曲がり角一つない。洞窟というだけで景色がワンパターンなので、異様な早さで飽きが来てしまう。

「どうなってんだこれ」

 足を止め、シンがぼやく。前後にも歩くグループがいくつかあるが、同じように戸惑いながらといった感じだ。

「もう五分近く歩いてるけど、ずっとまっすぐだ。途中からマッピングやめてるよ、私」

 ただ一本道なら、マップを書く必要はない。

「たぶん、これも謎解きの一つなんじゃない?」

「まあそうだろうね」

 セシウスの言葉に雲雀は賛同する。

「ってことは、こういう時のお約束は……。よし、二人とも、ちょっと待っててくれ」

 シンはそう言うと、返事を待たずに一人走っていってしまう。

「ああ。なるほど」

 雲雀は何か納得しているようだが、その隣でセシウスはぽかんとしている。こういった部分で、ゲームに慣れた二人とセシウスの差が出てきてしまうのだ。

「思った通りだ」

 突然背後から声が聞こえて、セシウスはビク、と肩を振るわせた。

「し、しんちゃん? あれ、さっきあっちに走っていったよね?」

「無限ループだよ」

 用語を聞いてもさっぱりのセシウスに、雲雀はもう少し噛み砕いて説明する。

「あっちに歩いていくとどこかに仕掛けがしてあって、反対側にワープするようになってるんだ。それがずっと続くから、私たちは永久に抜け出せないってわけ」

 ここを歩いていた数分間は完全に無駄だった、ということになる。他に何かあったかと、歩いてきた道を逆へ進み、看板のあるスタート地点へと戻ってくる。

 しかし、セシウスたちの他数グループが探索しても、他の道は見つからない。ループしてしまう道の途中に何かあるのかと、もう一度進んでいくグループもあるが、セシウス達は看板を前に考え込んでいた。

「ヒントはこの看板なんだろうけど……」

「一寸先は闇、闇の先に光がある……か」

 闇の先の光とは、当然先に進む道のことだろう。となれば、探すべきは闇だ。闇と言えば、暗いところのことだ。

「さっきの道、どこか暗いとこってあった?」

「……ううん。石が光ってて、闇ってほど暗い場所はなかったよ」

 雲雀の質問にセシウスが答える。道全体が薄暗くはあるのだが、闇とまでは言えないだろう。

「じゃあ隠し通路とかかな。壁に見えるけど、触ると通り抜けられる奴」

 RPGではおなじみの仕掛けだ。しかし、そうだとしたらヒントが機能していない。見えない壁は闇ではないだろう。

 悩む二人の外、看板を凝視していたシンが話に入ってくる。

「GWの宿題、覚えてるよな」

「まあね。……でもそれが何さ」

「いやさ、『一寸』って、『ちょっと』って読むって俺、あれで知ったんだよ」

 日常生活ではほとんど使われない書き方だ。宿題の方でも、あくまでそういう読み方があると注釈してある程度だった。

「だからさ、『いっすん先』じゃなくて、『ちょっと先』って読めるなあって」

「いや、それがどうしたんだよ。なんだよちょっと先って」

「……関係ないかな。ほら、例えばさ、あの看板のちょっと先だから、この奥とか――」

 そう言いながら、看板を乗り越えたシンの姿が、突如消え去った。一瞬で、どこかへと移動したのだ。

 それを見ていたセシウスと雲雀は、少しの間お互いに目を見合わせると、その後急いで看板の裏手へ回った。

 同じように一瞬でワープし、新しいエリアへと飛ばされた。その先で、ぽかんとした顔でシンが突っ立っていた。そして、ぽつりと一言。

「……宿題って、役に立つんだなあ」

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