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第十七話-痛み-

 その圧倒的な力を見て、セシウスは助けに行こうとした自分が間違っていたことを理解する。

 支援など必要としないアレックスの実力。騎士団長の立場は伊達ではない。

「わかったろう。……ところで、あっちで倒れている者を一人、蘇生してもらいたい。いつまでも転がらせていくわけにもいかんのでな」

 親指で示した先に、確かに倒れた騎士がいた。セシウスはそれに応じ、一人で騎士へと近づいた。蘇生薬は決して高くはないが、それでも節約して損はない。蘇生魔法を使えるセシウスが蘇らせれば安く済む。

 近くにいたシンも雲雀も、そうわかっていたため、セシウスを止めなかった。もう戦いは終わると、そう思いこんでいた。

 二人は、いや、この場にいた者全員が、追いつめられた者は、何をしでかすかわからないということを、頭から抜け落としていたのだ。

 地面を這っていたPKは、突然不適に笑ったかと思うと立ち上がり、一人騎士を回復させていたセシウスの元へと駆けだした。その手に新しい剣――グラフィックの乱れた、異色のそれを握りしめ。

「待て!……っく」

 アレックスはすぐにそれを追おうとした。だが、右足の引っかかりがそれを阻んだ。今し方殺したはずのPKの右手が、アレックスの足を掴んでいたのだ。死亡確定の後、わずかに動ける時間を利用した、最後の悪あがきだ。

 迫るPKに気づき、セシウスは慌てて後退しようとした。しかし、今まさに治療していた騎士の体につまづき、尻餅をついてしまう。

「くくく……!」

 握った剣を、地に着いたセシウスの手に突き刺す。途端、その身に激痛が走った。

「ぅあぁッ……!」

 まるで本当に剣で貫かれたような痛み。思わず声が漏れた。引き抜かれ、更なる痛み。一体これは、なんだと言うのか。

「痛いよなあ!」

 更に二度三度、セシウスを斬りつける。本当に斬り裂かれている。全身の激痛にセシウスは悶絶する。

「てんめえええええええ!」

 駆けつけた雲雀の跳び蹴り。だが、即座にかわされ、背中を斬られた。雲雀にも同様にリアルな痛みが走り、山肌を舐めさせられた。

「ぐあぅ!」

 追撃に腕を突き刺される。アレックスにはなす術なく負けたとは言え、その実力自体は並ではない。戦闘経験の浅い雲雀に勝てる相手ではない。

「ぐ……くぁ……!」

 初めて味わう痛みだ。息をするだけでも辛い、苦しい。

 どうして、ただのゲームでこんな痛みを感じているのか。雲雀は混乱し、確かに恐怖していた。

 PKはアレックスの方を見る。ようやく死人の腕から抜け出し、走り寄ってくる。

 だが、その前にケリを付けることはできる。抗おうと腕を伸ばす雲雀を蹴り飛ばし、痛む体を引きずるセシウスを踏みつけ、その動きを止める。

「悪いな嬢ちゃん、俺のために……死んでくれ」

 狙うはその首。PKは狂気の表情で剣を振りかざした。

 実際に痛みを味わわせる異なる剣。その剣に殺されれば、一体どうなるのか。未知への恐怖に、セシウスは目を閉じた。だが。

 ――耳に突き刺さる金属音。その音に、セシウスは瞳を開いた。

「何……!」

 弾かれ、地面に突き刺さる二本の剣。一方はPKの持っていた歪な剣。そしてもう一本は、今までこの場にはなかった見慣れぬ剣。

 誰が、どこから。誰もが思ったその時、崖上から降りてくる一人の男がいた。ひるがえる黒布、その表情を闇で覆い、片刃の剣をその手に握る。

 這いつくばるセシウスは顔を上げ、黒衣装の男の姿を見て、安堵の表情で呟いた。

「フィアレス……さん……!」

 突き刺さった剣へとフィアレスが迫る。PKもセシウスから離れ、自身の剣へ手を伸ばす。早いのはPKだ。痛みの剣を握りしめ、走るフィアレスへ刃を向ける。

 フィアレスは左手の剣でそれを弾き、さらにPKの頭を蹴り飛ばした。地面へ倒した所で自らの剣を引き抜き、背後で立ち上がるPKへと向き直る。

 PKの攻撃。喉首めがけ振られた剣を、体勢を低くしてかわしつつ胴体を斬り、後ろへ通り抜ける。向き直りに合わせた剣を右で跳ね上げ、左でさらに一撃。反撃の袈裟斬りをバックステップで回避、同時に『裂衝斬』、斬撃を飛ばして更にダメージを与える。

 流れるような戦いに、周囲は圧倒されていた。防御力の低い双剣士は、一撃でもダメージを食らえば即ピンチだ。だからといって回避や防御に一辺倒では、せっかくの攻撃力を腐らせてしまう。

 そのために必要なのが回避と攻撃を同時にやるということだ。二本ある剣を共に攻撃に使うのではなく、一方を防御に回し、もう一方で斬る。無論、二本で攻撃すれば攻撃力は高まるため、可能ならば同時攻撃も行う。

 そんな双剣士の理想的な行動を、フィアレスは実践していた。パターンのあるモンスターならともかく、対人相手となるとかなり難しい。

 PKもその実力差を理解したか、攻撃を取りやめた。下手に攻撃すれば反撃を食らう。そう判断したのだろう。距離を取り、カウンター狙いだ。

 だが、それは悪手だった。

 フィアレスは一気に距離を詰めた。PKが身構える。

 右手の剣を振り上げると、PKは剣を頭上へ掲げた。これで攻撃は通らない。しかし、フィアレスは右の剣はそのままに、左の剣でPKのがら空きの胴体を斬った。右はフェイント、本命は左だ。

 不意の一撃にたじろぎ、防御がおろそかになったところへ、さらに一撃。すると、急にPKが体を硬直させた。攻撃を受けた体勢のまま固まり、ぴくぴくと痙攣する。

「麻痺か……」

 アレックスが呟く。状態異常・麻痺。体中が痺れ、身動きの出来なくなる異常。そして、対人戦に置ける長時間の動きの制止はすなわち、死を意味する。

 動けなくなったPKの首へ、剣を払う。呆気のない最後だった。

 フィアレスは倒れる死体には目を向けず、倒れたままのセシウスへと近づいた。剣をしまい、代わりに回復薬を出現させる。

「フィア、レ……ぅぅっ……!」

「今治す」

 苦しそうにうめくセシウスへ、薬を流し込む。HPゲージが増えていくと共に、歪んでいたセシウスの表情が改善されていく。

「……立てるか」

「は……はい……」

 味わったことなどあるはずのない、全身を斬られた激痛が、嘘のように消え去った。もう普段通り、自由に体を動かせる。

「回復すれば痛みも消える。……あいつに魔法、かけてやれ」

 首を少々動かし、見えない視線をちらりと雲雀の方へ向ける。背中を斬られ、動けなくなっていた雲雀も、その視線だけをフィアレスの方へ向けていた。

「はい!」

 セシウスがそちらへ向かう。入れ替わるように、アレックスが歩み寄る。

「そうだな、何から話そうか……」

 アレックスは静かな目線でフィアレスを見つめている。隣に立つ騎士は明らかな敵意を向けて剣の柄に手をかけているが、アレックス自身にはそういった気配はない。

「奇襲を狙うPKを倒したのはお前だな?」

 そう言ったアレックスに反応したのはフィアレスではなく騎士の方だ。

「PKたちは逃げ出したのではないのですか?」

「そうかもしれないとは思ったのは事実だが、あれは挑発だ。実際は反乱でも起きたか、もしくは誰かが奇襲前に撃破したのかと考えていた」

 そして、その答えがフィアレスだった、ということだ。

「なぜ私たちを助けた?」

「……助けたつもりはない」

 何だと、とアレックスは訝しむ。

「奴らがこの山を占拠している事も、奴ら自身がのさばっている事も気に食わなかった。元々自分で始末しようと思っていただけだ」

 たまたま巡り会っただけ、とフィアレスは言う。

「……そうか」

 アレックスもそこまで追求するつもりもなく、話を切り上げた。そのまま振り返り、その場を去ろうとするのを騎士が引き留めた。

「戦わないのですか!」

「ああ。……奴がどう思っていようが、助けられたことは事実だ。私も騎士である前に一人の人間。礼節はわきまえているつもりだ」

 だが、とアレックスは背を向けたまま語気を強める。

「次に会うときは容赦はしない。……せいぜい、覚悟しておくんだな」

 堂々と下山していくアレックスと、手を出せないことが悔しいのか、最後にフィアレスを睨みつけ、そのうしろを行く騎士。それを見送ると、フィアレスは一度三人の方へと向き直った。雲雀の傷も治し終わっている。

「あの……」

 セシウスが一歩踏み出す。

「ぁ……ありがとうございました!」

「……あの武器には気をつけろ。次見かけたらすぐに逃げた方がいい」

 そっけなく、そうとだけ忠告し、フィアレスは立ち去ろうとする。

「おい! なんなんだよあの武器は! 何か知ってんなら教えろ!」

 雲雀の声に向き直ったフィアレスは、しかしそれに答えることはなく、冷たく、突き放すように話す。その闇に包まれた顔には、どんな表情が刻まれているというのか。

「お前たちが知る必要はない。……とにかく、言う通りにしろ。痛い目に遭いたくなかったらな」

 今度こそ、フィアレスは歩き去っていった。

 結局、今回もまともに話をすることはできなかった。その真意も、行動の意味も知ることはできなかった。

 だが、セシウスの表情は、少し悲しそうではあったが、それでもどこか、希望を感じさせるような笑みを浮かべていた。

「セシウス……?」

 それに気づいたシンが声をかける。セシウスが見せる儚げな笑みは、ここにはいない誰かに向けられている。それに気づいて、シンは少しだけ心が締め付けられた気がした。

「……変わってなかったな、って」

「え?」

「一緒だった。あの人の声」

 フィアレスが駆けつけてくれ、顔は見えなかったが、自分にかけてくれた声はあの時と変わらない。倒れた人を気遣ってくれる、優しい声。

 だから、きっと、いつかまた、あの日みたいに。

「行こっか。この先に新しい街があるんだよね」

 今は例え交わらない道でも、きっといつか、またわかり合える日が来るはずだ。そのためにも今は、今を楽しもう。

 そう、願った。

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