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第十六話-勝利-

 一方、そのシンとセシウスは、直槍を持つPKと戦っていた。盤面だけなら二対一、有利なはずだが、シンもセシウスも後衛だ。接近戦を挑む相手には分が悪い。

「こっちに来るんじゃあねえ!」

 両手の弓を乱射する。だが、槍を持つPKはその攻撃を気にも留めずに接近してくる。

『The Earth』にある槍使いは、本来なら突撃槍と大盾を持つ重装職なのだが、それとは別に、直槍を扱う職がある。それが、投槍使いだ。

 既存の職業から特殊装備によって変更される特殊職業なのだが、その変更元はなんと魔導士だ。そのため、本来はパラメーター的に攻撃力も防御力も低く、接近戦には向かない。だが、職業スキルにより武器攻撃時魔法力が攻撃力に置き変わるという効果があるため、剣士以上の火力を発揮できる。とはいえ、防御力の低さは据え置きのため、下手をすればすぐに死が見えるという欠点を抱えている。

 しかし、今相手となっているシンとセシウスは、両方ともメインとなる攻撃が魔法攻撃だ。その高い魔法力による魔法軽減を遺憾なく発揮し、二人を苦しめていた。

「撃っても撃っても減りゃあしねえ!」

 もともと魔法矢の攻撃力は高くない。その上相手の魔法力が高いとなれば、そのダメージは微々たるものだ。

 だが、勝機がないわけではない。

 急所――クリティカルヒット狙いだ。セシウスの魔法攻撃では不可能だが、矢による攻撃であるシンならば、敵の頭部、または心臓部を狂いなく打ち抜けば、一撃で相手を撃破できる。

 だが、その判定は厳しく、頭部ならば額より上、心臓部ならばまさしく胸部の一点、ピンポイントで狙わなければならず、難易度は非常に高い。止まった的というのならともかく、対人では厳しい。

 事実、ここまで何度となく狙った攻撃はすべて見当違いの所へ当たるか、そもそも当たりすらしないかのどちらかだ。その上、当たってもダメージはほとんどない。

 結果、瞬く間に接近され、シンは槍の攻撃にさらされた。

 突きの一撃を避けきれず、HPを失う。続く回転からの薙払いはかがんで避けるも、更なる追撃の叩き付けは食らってしまう。

「しんちゃん!」

 連撃から救うべく魔法攻撃を放つセシウス。だが、それを軽くかわされ、投擲とうてき攻撃で逆に反撃された。槍に貫かれ、物理防御の低い魔導士は、それだけでHPの三分の一がなくなってしまった。

「こなくそ!」

 そっぽを向いたPKへ乱射するも、こちらもまた防がれてしまい大したダメージにはならない。投げたはずの槍は一瞬で敵の手に戻り、攻撃範囲内にいたシンが再び狙われる。

「強い……!」

 攻撃をなんとか回避しつつ、雲雀を確認する。大剣士に今にも押しつぶされそうだ。向こうも向こうで苦戦している。

 シンは自分のHPを確認すると、一つ覚悟し、避ける動きを止めた。

 相手が突き刺した槍が左肩に突き刺さる。HPが減っていくが、ぎりぎりわずかに残る。そして、接近しきっているPKの額めがけ矢を放った。武器が体に刺さっている今なら、避けるのは容易ではない。

 さすがのPKも焦ったか、上体を反らして矢をかわした。その隙に、シンは雲雀を襲っている方のPKに矢を放つ。大剣を握る腕へとヒットし、予想外のダメージにPKは身を引いた。

 まさに防御の限界を迎えていた雲雀は、内心胸をなで下ろすと、すぐさま立ち上がり、恩を返すべく槍使いの方へ駆けた。

 槍使いはシンから槍を引き抜くと、一直線に迫る雲雀へ槍を放った。だが、雲雀はそれを手甲で器用に受け流し、PKへ跳び蹴りを食らわせた。武器もない状態では受けきれず、地面を転がり滑っていく。その間に、セシウスが減ったHPを回復する。

「ありがと、シン」

「どういたしまして」

 そうとだけ言い合うと、雲雀は吹っ飛んだ槍使いを追って走り出した。そして、シンは大剣を抱えて迫る大剣士へ弓を乱射する。

 そう、相手を換えたのだ。槍使いは魔法防御は高いが、防御力は魔導士と同じため最低クラス。逆に大剣士は魔法力がほとんどない。この組み合わせならば、一気に形勢逆転が狙える。事実、槍使いは先の跳び蹴りでHPを大きく減らし、大剣士は魔法攻撃の矢を防ぐのに手いっぱいだ。

 端から見ていたセシウスは、この相手交換の一連の流れに感動していた。お互いに不利な相手と戦っていることを察知し、それを打開するべく二人で助け合う。これなら、きっと勝つことができる。

「私だって……!」

 杖を握りしめ、セシウスは攻撃力を上げる魔法を雲雀へとかけた。さらに、防御で動きを止めていた大剣士へ、動きを束縛する魔法、『バインドチェーン』を使用した。

 大剣士の足下から鎖が現れ、その四肢を絡めとる。強制的に防御が解かれ、大剣士は矢ざらしになった。見る見るHPが減少する。

「ナイスだ!」

 セシウスのアシストはかなりの効果を引き出している。その束縛効果はあと数秒は続く。その隙に、シンもアーツを使用した。

「『弩號弓』――ダブルだッ!」

 銃口に光が集まり、球を形成する。バスケットボール大になったところで発射された。チャージに時間がかかる技だが、当たれば威力は絶大だ。

 左右の武器から同じ技が同時に発射される。動きの制限されたPKにはそれを避けることはできない。二発ともがクリーンヒットし、大剣士のHPを吹き飛ばした。

「よっしゃあ!」

 大剣士は力なくその場に倒れ、そのまま生き返ることなく消えていく。パーティ全滅による強制エリアアウトだ。このPKは、集ってはいたが一人ソロだったということだ。

「……っと、雲雀!」

 喜んでばかりではいられない。槍使い相手に戦っているはずの雲雀を探した。すると、少し離れたところで大立ち回りしている雲雀を見つけることができた。

 槍の薙払いを跳んで避け、目の前に着地、がら空きのボディに二発、拳を打ち込む。ひるんで後ずさるのを許さず、後ろ胴回し蹴りで追撃した。

 槍と大剣、どちらもリーチの長い相手だ。しかし、持ち手から巨大な刃がそびえる大剣と、その先端にしか刃のない槍とでは、戦いやすさがまったく違う。潜り込んでしまえば、槍では太刀打ちできない。

 反撃の突きを回避しようとし、しかし腕をかすってしまう。相手も強敵、油断すれば負ける戦いだ。だが、大剣士相手とは異なり、敵は防御力が低い。攻撃特化の格闘家なら大ダメージを与えられる。分は雲雀にある。

 更なる突き。狙いは正確に心の臓。クリティカル狙いだ。だが、それは読めていた。

 左腕で槍をさばく。穂先は肩口をかすめ空を切る。勢いのままPKの体が迫るところへ、渾身のカウンターボディーブロー。よろめいた所へ、体を回転、そのまま右足を高く掲げ、その脳天へかかと落としを叩き込んだ。

 PKの体が地面へと沈み、HPが尽きる。他の職ならまだしも、防御力の低い槍使いでは、この猛攻を耐えることはできなかった。

「……よし」

 とりあえずの勝利。だが、先ほどから感じていた不安は拭えていない。

「雲雀!」

 シンの声に、雲雀は振り向く。三人とも生き残れたことにひとまずは安心だ。

 辺りを見回し、何か不穏な動きがないかを調べる。しかし、何も怪しいものはない。伏兵が隠れられるような場所もほとんどない。

 考え過ぎか、と思ったが、今倒した二人、騎士が戦っている一人、そしてアレックスの相手取る三人では、数が合わない。警戒はしたまま、残る敵を確認する。騎士の方はすでに戦いが終わっていた。残るはアレックスだ。

 そのアレックスは、やはり三人相手では厳しいか、岸壁に追いやられていた。壁を背に、三人のPKの攻撃を防いでいる。

「助けにいかないと!」

 セシウスが言い、支援に向かおうとした時だった。

「待て!」

 今まさにPKの一人を下し、剣を納めた騎士にそれを制止される。その表情には焦りも何もなく、まるでアレックスのことなど心配していないようだ。

「助けにいく必要はない」

「でも……!」

「見ているがいい」

 壁に追いやられたアレックス。だが、彼自身、それに焦りを感じているようではない。攻撃を捌き、避け、いなし、余裕を残している。

 それを見て、騎士が笑う。

「団長は追いつめられたのではない。わざと壁を背にしているのだ」

 壁を背にすれば、背後に回られることはない。そうなれば前からの攻撃に集中できる。そして、いくら三人いるといえど、前方からの攻撃だけでは大した連携などできるわけがない。

 その証拠に、傍目には追いつめているはずのPKたちの攻撃の手数が減っていた。三対一という有利な条件のはずが、まるで攻撃を加えられてはいないのだ。

「なんなんだ……!」

 アレックスに攻撃を加えていたPKの一人であり、さらにPK連中をまとめていたリーダー的存在が、そのあまりの腕の差に驚愕していた。三人がかりで挑めば、いくら騎士団長と言えど倒せると、その考え自体が間違っていたことを実感し、戦意を喪失したのだ。

「どうした、もうお終いか?」

 アレックスの挑発に、他の二人が攻撃を再開する。だが、当然のようにすべて防がれてしまう。

「さて……何かあるようだと様子見していたが、どうやら考え過ぎだったようだ」

 やれやれ、と今までは本気ではなかったとアレックスは示す。

「様子見だと……?」

「そうだ。最初に突入した時より人数が減っているから、奇襲作戦でも考えているようだと思っていたんだが……いつまで経ってもそれがない。深読みが過ぎたようだな」

「……ぐっ」

「それとも……不利だとわかって、早々に逃げ出したのかな? 君たちの仲間は」

 PK集団などと言っても、所詮はたまたま利害が一致しただけの烏合の衆。勝ち目がないとわかれば仲間をほっぽりだして逃げることに、負い目など感じない。

 むしろ、勝てもしない戦いを無理に続けるより、敗北を察知して逃げ出した分、利口ともいえるだろう。

「さあ、そろそろ反撃させてもらう」

 言うが早いか、アレックスは一瞬で剣を振り切り、一人のPKの喉を引き裂いていた。クリティカルで即死。残るは二人だ。

 斧を持つPKの攻撃。さらりとかわし、即座に心臓を突き貫く。今まで手加減していたということが嘘ではないと知らしめる、わずか数秒の出来事だった。

「残るは君だけだな」

「ち、ちぃくしょおおおおお!」

 やけくそ気味にPKがアレックスへ襲いかかる。それを難なく防ぎ、アレックスは反撃に転じる。一瞬でPKの剣を弾き飛ばし、蹴り倒す。アレックスの勝ちだ。

 不利で始まったはずの戦いはしかし、見事に騎士団の勝利に終わったのだった。

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