第十五話-霊峰-
例の場所へ行くまでの道のりはとても楽な物だった。攻略用の装備を持った騎士団がモンスターをあっという間に撃破してしまうので、残るメンバーはその後ろを着いていくだけでいい。
大霊峰はその構造がほかのダンジョンに比べると非常に特殊で、まず頂上までのルートが三つある。それぞれ出現するモンスターと地形が異なるのだが、どこを進んでも相応に強いため、楽な道という物が存在しない。
騎士団は、道の途中でのPKたちによる妨害を避けるため、部隊を三つに分け、各ルートをそれぞれ進ませた。なんにせよ頂上付近へは必ず到達するため、PKたちとの戦いに支障はない。
また、大霊峰は道中でボスが出るという特殊な構造になっていて、そこを突破した後でもモンスターは登場するため、ただでさえ手強いボス戦を辛勝し、その後のモンスターに全滅というパターンが非常に多い。
だが、今回はそうはならなかった。分割戦力だというのにボスですらあっという間に蹴散らしてしまうのだから、騎士団の力には一種の恐れを感じる。
十分も経たず、頂上付近へと到着した。しかし、残る二部隊はまだ到着していない。しばらくの間待機となったが、そこから更に十分が経っても部隊は到着しなかった。
「何だ……? 連絡も取れないとは……」
他のルートではPKの妨害があったのだろうか。それでも、連絡一つ取れないのも不自然だ。さすがのアレックスも焦りを見せる。
あまり留まっていては作戦に支障が出る。PKを取り逃しては仕方がない、と三分の一の部隊で進むことになった。
岩場を進み、例の場所へと足を踏み入れる。そこには確かにPKたちが集結していた。だが、突如現れた騎士団の姿を見て驚くどころか、まるで来ることがわかっていたかのように戦闘準備が完了していた。
それを見て、アレックスはすぐさまその理由を察した。これは、罠だ。
「退け! すでに相手の手中だ!」
アレックスの指示に騎士たちがざわめき出す。指示通り即座に退却する者と、どうするかわからず狼狽する者とが混在し、混乱が始まる。
「俺たちも逃げるぞ!」
シンがセシウスの手を握り、引っ張っていこうとする。
「上だ!」
しかしその時、騎士の誰かがそう声を上げた。山の更に上の方から、巨石が降ってきている。その上には人影。
このままでは一網打尽だ。落石により混乱は更に深まる。一目散に逃げ出すか、それとも果敢にPKたちの前に躍り出るか。
自分はどうするべきなのか。セシウスは迷った。だが、ここで逃げたら、フィアレスと会えるチャンスを逃してしまうかもしれない。もう、何もわからず悩むのはイヤだ。
シンの腕を払い、セシウスは前進した。落石の範囲外まで、全力で走る。
「ちょっ……ああもう!」
「ほら行くよ!」
「わかってる!」
セシウスだけを放って逃げるわけにも行かない。シンと雲雀も駆け抜ける。
落石が何人もの騎士たちを潰していく。同時に、退路が塞がれた。
罠を抜け、PKたちと対峙したのは、アレックスやセシウスたちを含めても十人にも満たなかった。しかも、何人かいたはずの騎士団幹部は、アレックス以外ではただ一人しかいない。逃げたのか、岩に押しつぶされたか。
「騎士団だとかえばってる割に、腰抜けばかりだな」
PKの一人、剣を携えた者が煽る。しかし、アレックスは毅然とした態度で反論した。
「……退けと命じたのは私だ。ここに残るは勇気ある者、退いたは忠ある者だ。……そこに、恥はない!」
腰の剣を抜き、切っ先をPKたちへと向ける。数の上では互角――いや、PKの方がやや数がある。
「……みんな、すまないが、守ってやれる余裕はなさそうだ」
「はい。自分の身は自分で守ります」
自らの意志でここに残ったのだ。アレックスにおんぶにだっこではいられない。それは、他のメンバーも同様だ。
「行くぞ!」
アレックスの号令で騎士二人が駆け出した。アレックスを含め、こちらの前衛は五人。残るはすべて後衛職だ。
PKたちも攻撃を開始した。向こうは有り合わせの人員なのかそのほとんどが前衛職。数で押し切られるとかなり厳しいだろう。
追い込んだとは言え、敵もアレックスのことを警戒しているのか、一人に三人もの人員を割いていた。三方向からの猛攻を受け、さすがの騎士団長も防御に手いっぱいだ。本人の言葉通り、支援は期待しない方がいいだろう。
「俺から離れんなよ、セシウス」
向かってくる敵に矢をばらまきながらシンが言う。セシウスは静かにうなずいた。シンの通常攻撃の矢は牽制にはなるが、決定打になる物ではない。そのうち、矢をくぐり抜けて迫るPKが出てくる。それを雲雀が迎えうつ。
「へへ、女が出しゃばってくるなよ?」
大剣を構えるPK。さらにその横から二人のPKが飛び出してくるが、騎士の一人がそれを抑えた。残る一人はシンとセシウスの方へ向かった。
「なめんなよ! 一対一なら、負けはしない!」
その発言は強がりだ。だが、一対一なら勝機があるのは本当だ。格闘家は、武器らしい武器を持たないために複数の相手には向かないが、逆にタイマンならば無類の強さを発揮できる。
相手は大剣。一撃が重く、防御力の低い格闘家では一回の攻撃が命取りだ。だが、それならば食らわなければいいだけのことだ。
女だからと舐めきったPKの大振りの一撃。避けるでもなく、隙だらけのわき腹にミドルキック。体勢の崩れたところへ、一歩踏み込んで顔面を殴り抜いた。
「おら、どうした?」
ちょいちょいと指を振り、倒れ込んだ相手を挑発する。しかし、図に乗るでなく、雲雀の頭は冴えていた。相手が油断してくれるのはここまでだ。まともに戦えると知られれば、相手も全力でかかってくるに違いない。
PKは立ち上がると、大剣を正道に構えた。先ほどとは気迫が違う。むやみに動かず、その視線はじっと雲雀を貫いている。
隙を見せれば攻め立てられる。ちらりと横目を見ると、騎士と女PKの斬り合いが続いていた。互角と言ったところだが、それならば二対一にならずに済む。なんとかやり合えている。だが、雲雀はそこで違和感を感じた。
アレックスに三人、それを無視して突っ込んできたのも三人。少なすぎる。正しい数は把握していないが、岩を落としてきたPKも含めればもっと多くいるはずだ。
考えごとをして気を他にやったのを気づかれたか、PKが攻撃してきた。踏み込まれての縦斬り。気づくのが一瞬遅れ、回避は出来ない。腕を交差させ頭上でガードするが、重い。腰を落として耐えるが、がら空きの腹部に仕返しのように蹴りを入れられた。
「くっそ!」
追撃の剣を側転で回避し、体勢を持ち直す。確実に何かを見落としている。だが、それを考える暇はない。まずは目の前の敵を撃破しなければいけない。
反撃しようと前進する。だが、それを横薙ぎで阻まれた。大剣とのリーチ差は歴然だ。近寄らなければ攻撃は出来ない。
相手の踏み込みからの突き。避け、接近。拳を握りしめる。だが、それが誘いの罠だったと気づいたのは、突き出しからの横斬りを食らってからだった。
膝をついた隙に、間髪入れずの縦。両腕で受けるが、防ぎ切れない。HPが残りわずかまで削られた。あと一撃食らえば死ぬ。死ねば、後ろでもう一人のPKと戦っているシンとセシウスに負担がかかる。いや、対応しきれず殺されてしまうだろう。そうなれば、あとは騎士団たちも同様だ。今は互角か優勢だとしても、人数が増えれば押し切られる。
「気張れよ……私!」




