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第十四話-狂薬-

 情報が手に入ったことで、騎士団による販売人の捜索が活発化した。

 騎士団は今、この販売人の捜索に力を入れている。そのため、フィアレスの方は一時中断となっていた。この販売人が早く見つからなければ、セシウスにとっても不都合だ。かと言って手伝えることはない。今はただ、待つことしかできない。

 かと言って何もせずにいることもないと、セシウスは一人でエリアに出てきていた。攻略目的ではなく、支援獣に与える餌集めだ。

 低レベルなため敵に倒される心配がなく、またスタート地点から餌の入手箇所、そして帰還のための魔法陣へのルートを歩くだけの効率のいいエリアがあるのだ。

 水の精霊石『秋晴れの』『花園』。一周五分ぐらいのちょっとした散歩道。草原エリアで景色もいい。ただそれだけ、のつもりだった。

「見つけたぜ、嬢ちゃん……?」

 背後から肩を掴まれ、引き寄せられる。マントの襟を掴まれ、締め上げられた。金髪の裸男。麻薬販売人の片割れ。その表情は怒りと憎しみに満ちている。

「てめえが騎士団のエリアから出てくるところを見た。その後すぐに騎士団が動き出しやがった。てめえがチクったんだろ……?」

 あの時、どこかでこの男に出入りを見られていた。そもそもセシウスに何かを求めて声をかけてきたのだ。顔を覚えられていたのだろう。しかし、自分が襲われるなどまったく考えていなかった。

「どうしてくれんだよ、ああ?」

「……っ、ルールを破ったのはあなたの方。自業自得です!」

 麻薬がバグ利用の非正規の物であることは明白だ。それを知りつつ利益を得ようとして、挙げ句ぼろを出して人に当たるなど言語道断だ。

 それが図星か、男はさらに怒りを露わにし、セシウスを投げ飛ばした。セシウスは地面に倒れ、尻餅をつく。

「うるせえ! 黙れやあああ!」

 男が大剣を取り出す。倒れたセシウスを狙い、剣を振り上げた。しかし、大人しく斬られるわけにはいかない。すぐに立ち上がり、刃が地面を穿つ直前に、なんとか避ける。

 今のが戦闘開始の合図となり、戦闘モードへ突入する。こうなれば、襲われる側はただでは逃げられない。この状態では、仮に逃げたところで追われてしまえば街へ帰還することは出来ない。プレイヤー同士が一定以上の距離を開け、戦闘モードを解除しなければいけない。

 もう一つ、戦って相手を倒す方法もあるが、その線は現実的ではない。相手は大剣士。近接攻撃のエキスパートだ。攻撃力が高く、魔導士の防御力ではあっと言う間に撃破されてしまうだろう。

 ゲーム的な相性では、大剣士の魔法力が低いこともあり、魔導士側の攻撃もよく通るのだが、セシウスが対人戦闘を想定していない装備である以上、勝つのは厳しい。

「俺ぁ、あの薬がなきゃダメなんだ。あれを使えば俺は幸せになれる……でもな、切れちまえばもう、イライラして仕方がない……!」

 ぶつぶつと呟く男の様子はただ事ではない。中毒症状が出てきてしまっているようだ。他人に売る以外にも、自分で使用していたのだろう。だが、目をつけられ仕入れることすら不可能になったに違いない。

「だからよぉ!」

 大振りの剣を避ける。逃げられないが、このままむざむざやられるわけにも行かない。勝てなくとも、少しでも隙を作ることが出来れば、逃げきれるかもしれない。

 ファイアーボールを放つ。火球は一直線に男を狙い、その頭部へクリーンヒットした。

「……づぅぅ!」

 男が顔を抑えて呻く。まるで本当に痛がっているようだ。

「痛えぇじゃねえかッ!」

 男が激昂し、斬撃波を放つ。その気迫にひるんでしまい、避けられなかった。その攻撃力はすさまじく、一気にHPの三分の一が持っていかれる。

「……様子がおかしい……」

 男は今、攻撃を食らって痛がった。だが、この『The Earth』に痛覚は設定されていない。痛いはずがない。だが、演技をしているような様子でもなかった。

「女ァァァッ!」

 大剣を振り上げ飛びかかる。走ってそれを避けると、もう一度火球を放った。今度も同じ反応を見せるのか。だが、正気を失っていても、男も何度も同じ攻撃を受ける阿呆ではなかった。

 迫る火球を斬るように大剣を振るうと、まるでバットに打たれるボールのように火球が跳ね返された。初めて見る反撃に、セシウスはその火球を避けることが出来なかった。

「ぅあっ……」

 ファイアーボールを受け、HPが減少する。魔法力が高いためさほどのダメージではないが、先ほどのダメージと合わせ、残りが半分を切った。かなり危険な状況だ。だが、同じ攻撃を食らって改めてわかる。やはり痛みなど感じない。

 そういえば、と、フィアレスと別れた時のことを思い出した。あの時、彼も同じように苦しんでいたはずだ。過去と今、何か共通点があるか。考えたかったが、そんな暇はない。このままでは敗北は必至、そうなれば、装備やアイテムが奪われてしまう。

 何か手はないのか。もっと戦闘が上手ならば、あるいは打開策が浮かんできたのかもしれない。セシウスは、つくづく自分が戦いに向いていないと痛感した。

 男は狂ったような笑みを見せながらゆっくり歩み寄ってくる。セシウスもじりじり後退するが、エリア端まで追い込まれた。もう逃げ場はない。

 男が剣を振り上げる。もうダメだ。観念し、諦めようとした時だった。

 突如として『裂衝斬』の斬撃が飛来し、男の脇腹を削っていった。男は振り上げた大剣に引っ張られるように背から倒れ、脇腹を抑えてうずくまる。

 この技は。見覚えのあるエフェクトに、セシウスは期待を抱いて振り向いた。しかし、そこにいたのは、白き鎧を纏った男――アレックスの姿だった。その後ろには部下の騎士たちを数人引き連れている。

「大丈夫か?」

「は……はい」

 部下に指示を出すと、一人の魔導士がセシウスを回復させ、残りが地面を転がるPKを取り押さえた。何のアイテムか、両腕を縛り上げ拘束する。

「危ないところだった。……見ただろう、今の無様な姿を」

「麻薬って……現実に痛みを感じさせるんですか?」

 そうだ、とアレックスは頷く。

 恐ろしい副作用だ。いくら快感を得られると言っても、その後の戦闘で痛みを感じることになるなど、そんな状態で正常にゲームを楽しむことなど出来やしない。

「こいつは自らに打ち込んでいたようだが、中には強制的に他人に麻薬を打ち、禁断症状を発生させるといった悪質な輩もいる。怪しい奴がいたらすぐに逃げるようにしてくれ」

 はい、とセシウスは答える。しかし、アレックスはそんなセシウスをじっと見つめ、その後口を開いた。

「彼と会うことを期待しない方がいい。……彼はもう、PKなんだ」

 図星を突かれ、セシウスは驚愕する。確かにあの時、セシウスはフィアレスの助けを期待した。きっと助けに来てくれたのだと勝手に思ってしまった。それに気付かれたのが恥ずかしく、そして、悔しかった。

 そうとだけ言い残し、アレックスたちは退散する。きっと、こんな事案は日常茶飯事なのだろう。PKが一般のプレイヤーを襲い、そしてそれを騎士団が助ける。そんな当たり前の日常。だが、セシウスは、そんな日常などいらなかった。ただ、あの人の隣にいることが出来れば。

 セシウスは消沈し、エリアから帰還、そのままログアウトしたのだった。



 それからまた数日が経ち、ゴールデンウィークももう終盤だ。あの日アレックスと会って以降、特に何かが起こったわけでもなく、美咲はただやきもきと日々を過ごしていた。

 今日もまた、三人で遊ぶ約束をして、美咲は『The Earth』へとログインする。セシウスとして、城へと降り立った。

 ギルドルームへ向かうと、すでに雲雀とシンはやってきていた。

「よう」

「うん、おはよう。……どうしたの? なんか嬉しそうだね」

 シンの様子がおかしい。どこかそわそわしていて、顔がにやけている。一方で、隣にいる雲雀は逆に、すでに疲れきっているような表情だ。

「ふふふ……これを見てくれ!」

 そう言うなり、シンは両手に武器を出現させ、格好よく構えて見せた。だが、それが何を意味しているのか、セシウスにはよくわからない。

「えっと……何?」

 いわゆるドヤ顔でポーズを決めていたシンは、理解し切れていないセシウスを見てがっくりと肩を落とした。仕方ないなあと言いながら――しかし、その顔は妙に嬉しそうに、説明を始める。

「ほら、武器が二つ。二丁拳銃……もとい、二丁ボウガンだ!」

 両手にそれぞれ持った武器をひらひらと見せびらかす。だが、よくわからない。

「今までは一個しか装備できなかったのが、今は二つ持てるようになったんだよ!」

「……ああ、そういえば。どうしたの?」

「実はさ、昨日もあの後、俺一人でずっと潜ってたんだけどよ」

 シンは、セシウスや雲雀よりもずっと長く『The Earth』に入り浸っている。そのためレベルは一人だけ高く、装備もかなり充実している。あまり自慢にならない自慢だが、実際そのレベルと知識は攻略の際は役立つことも多い。

「ついに、追加装備が可能になったのさ!」

 一つの職業で戦い続けると、通常のレベルのほか職業レベルが上昇していく。パラメーターなどに直接影響があるわけではないが、一部の装備やイベントの参加条件に関わっている。

 弓闘士は職業レベルが二十を超えると、双弓試験を受けることが出来、それをクリアすると、今までは一つしか装備できなかった弓を二つ装備できるようになる。攻撃力が高まり、スキルも多く付けられるようになるが、盾を外すことになるため防御能力は下がってしまう。

「強そうだね」

「強そうじゃない、強いのさ! スキルの相乗効果もあるしな!」

 相乗とは、同じスキルを二個同時に発動させた時、その効果を上昇させる『昇華』システムの事だ。これを発動できるのは双剣士と二個装備の弓闘士のみで、武器についたスキル一つが対象だ。例えば二つの武器に攻撃力アップレベル一を同時に付けていた場合、相乗効果でレベル二にアップする。また、通常スキルは鍛えてもレベル三までが限界だが、昇華限定でレベル四が存在するなど、うまく扱えばかなり強力だ。

 シンの自信もあながち嘘ではない。これによって戦力はかなり上昇する。

「さっきからこいつ、この話ばっかしててさ、もう四回ぐらい聞いたよ」

 雲雀が妙に辟易していたのはそのためか、とセシウスは納得する。放っておくと確かにもう一度同じ話を始めそうだったので、試してみようよと先手を打って出ることにした。百聞は一見に如かずという事だ。

 ノリノリで城へと向かう様はまるで遠足へ赴く小学生だ。しかし、そんなウキウキ気分を破壊するメールが、今まさにエリアへ飛ぼうと言うときに来たのだった。

「ごめん、メール。……アレックスさんからだ。……今すぐ中央広場に来てほしいって」

 どういった話かは書いていない。だが、アレックスからのメールならば、フィアレス関連の話だろう。三人はすぐに中央広場へと向かった。そこには騎士団たちが集結していた。定例集会の日ではないと考えると、これは何か大規模な作戦を開始する前ということだ。

 各自の団長が自分の部隊へ指示を出す中、こちらの姿を見かけたアレックスが近づいてくる。

「やあ、来てくれてありがとう」

「いえ。……これ、いったい何なんですか?」

「実は、大霊峰にPKが集まっているという話がある」

 大霊峰は、サンディラから四つ目の街へ向かうときに通らねばならない山岳フィールドだ。ここを突破することで、雲上都市クラウソラへのルートが築かれるのだが、ここが『The Earth』最難関との呼び声が高い。セシウスたちもずっと足止めされている場所だ。

「しかも奴らは頂上の直前、必ず踏破しなければならない場所でたむろしていて、そこを通るプレイヤーを狙って殺すという悪質な奴らでね。苦情が一気に入ってきたために急遽作戦開始となった」

「へえ。そんで、私たちが呼ばれた訳は?」

 雲雀の言葉にアレックスはすぐに答える。

「PKが集まると言うことはフィアレスもいる可能性があると思ってね。まあ、奴は一人ソロで活動しているから、こういった複数でつるむようなところには来ないかもしれないが……」

「いえ。連絡、ありがとうございます」

 わずかでも可能性があるならそれを信じてみたい。アレックスの気遣いは嬉しかった。

「何しろ君たちには麻薬販売人を見つけてもらったからね。出来うる限り協力はしていくつもりだ」

 そう言ってアレックスは笑う。

「義勇軍扱いであまり前には出せないが、フィアレスを見つけたらすぐに呼ぶ。……準備は、しておいてくれ」

 次にフィアレスと会えたら、今度こそ話をしたい。なぜ一人でPKなんてしているのか。その理由が知りたい。せっかくアレックスが機会を与えてくれようとしてくれているのだ。セシウスはこれをどうにかして活かしたかった。

 今度こそは、と願いを込めて、セシウスたちは騎士団に続いて大霊峰へと向かうのだった。

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