第十三話-麻薬-
明日からはゴールデンウィーク。毎日が遊び盛りの高校生にとっては、まさしく黄金至極の週だ。だと言うのに、美咲の気分は晴れない。
PKフィアレスの名前は一気に広まった。騎士団に逆らうPK、騎士を殺した男。呼び名は様々だが、騎士団を信奉するプレイヤーたちには、その悪逆ぶりが一斉に轟いたようだ。
シンの持つギルドルーム。いつも通りの三人。だが、そこに笑顔はない。ただ黙々と、無駄な時間ばかりが流れていく。
「……このままじゃダメだ」
その静寂を打ち破ったのは、シンだ。ひたすら時間が流れるのを待っていた二人に、叱咤をとばす。
「俺たちであいつを捜そう。そんで、今度こそ話を聞く! そうしなきゃ、何も変わらない!」
「探すたって、どうやってさ。闇雲にエリア回ったって、見つかるもんじゃない」
雲雀が冷静に指摘する。シンは一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに答えた。
「……俺の知り合いにいろいろ聞いてみる。ただでさえあの格好は目立つんだ。知ってる奴が一人や二人、いるかもしれない」
「……見つけて、どうするの?」
ハナちゃんを胸に抱き、ただぼうっとしていたセシウスが、鬱々とした声を出す。
その声音に、シンは胸が締め付けられる思いがする。
「だから、話を聞いて……!」
「聞いて、くれるのかな……」
問題はそこにある。たとえ見つけたとして、話なんか出来るのか。いや、きっと出来ないだろう。それで話をしてくれるのなら、連絡を途絶えさせたりはしないはずだ。
理由は不明だ。不明だが、とにかくフィアレスは今、セシウスたちとの接触を避けている。その事が、三人の心を苦しめていた。
わずかな時間だとしても、一緒に冒険をした。特にセシウスは、フィアレスとはいい仲間だと思っていた。何か複雑な事情があるとするなら、なぜ頼ってはくれないのか。
そんな程度の、関係だったのか。
「私……わからないよ……」
「わからないから、わかるように動かなくちゃいけないんだ……!」
そう言い放ち、シンはルームを出ていった。きっと、今話した通り友人達に話を聞きに言ったのだろう。
「あいつ、こないだは散々言ってたのにね」
「……なんだかんだで、フィアレスさんのこと、気に入ってたんだね」
同じゲーム好きと言うことで、共感している所があったはずだ。信じてやりたいという気持ちがあるのだろう。
「でも、あいつの言うとおりかもね」
「…………」
「何もしなきゃ、何も始まらないんだ」
雲雀も立ち上がる。そして、落ち込むセシウスの肩に、優しく手を乗せる。
「騎士団に行ってみよう。私達まであいつらと敵対してるわけじゃないんだから。……協力してくれるように、頼んでみる」
敵ではない。だが、その目的が合致しているわけでもない。
騎士団はフィアレスを見つけ、倒そうとしている。だが、こちらの目的は話をすることだ。真の意味で、協力することは出来ないだろう。
それでも、何もしないよりはマシだろうか。
「うん。……行こう」
いつまでも落ち込んではいられない。向こうから会いに来てくれないのなら、こちらから出向くしかない。会って、話を聞く。それが、今ゲームをする目的だ。
騎士団エリアに行くと、以前よりも何処か慌ただしい雰囲気だった。騎士一人一人が忙しなくエリア内を走り回っている。たった一人のPKに、ここまでの力を裂いているのか。
「……君たち、また来たのか」
二人に気づいたのは、偶然通りかかった騎士団長・アレックスだ。前に会った時より声に張りがない。疲れているようだ。
脇には女の騎士が着いている。秘書か何かだろうか。
「お久しぶりです」
「ああ。……ここじゃみんなの邪魔になる。部屋へ行こう」
アレックスに連れられてやってきたのは、以前にセシウスも入ったことのあるあの部屋だ。恐らく、ここがアレックスの私室を兼ねているのだろう。
「……責めるわけではないが、セシウス、あの時の君の行動は軽率だった」
追いつめようとする騎士団の行動を邪魔し、一人で突出したことだ。あれのせいで結局フィアレスを取り逃がし、今の今まで騎士達を行動させてしまっている。
「しかし、あの行動で彼が君の知り合いだと判明した。それに関しては……なんと言ったらいいか……」
少なくとも、喜ばしいことではない。目的は達成できたが、違っていて欲しかった。
「とにかく、これ以上は私たちの領域だ」
「わかっています。もう、あなた達に着いていくようなことはしないつもりです」
「……では、なぜここに?」
「フィアレスの、動向だけでも教えて頂きたいんです」
PKと言えどゲームプレイヤー。武器の強化やアイテム集めなど、強くなるためにはやらなくてはいけないことは多い。
騎士団が討伐に出向く時に着いていくようなことはしない。だが、フィアレスの動きが少しでもわかれば、それに基づいて独自に行動は出来る。
「危険だ。あの時は動きを止めたが、次に会う時には容赦なく殺されるかもしれない。……それでもいいのか?」
「……構いません。それで、あの人と会えるのなら」
覚悟はしている。もし、彼が心からPKになってしまったのなら、自分にはもうどうもできない。
だが、そうでない可能性だって、ないわけじゃないはずだ。
「……わかった。今、大雑把な行動を担当に調べさせている。わかり次第、君たちに連絡しよう。……ところで」
アレックスはそう言うと、あるアイテムを取り出し、机の上に置いた。拳銃型の注射機。珍しいものではない。この『The Earth』の一般的な回復薬だ。
『The Earth』では、この注射機を押し当て、中に入っている薬を打ち込むことで体力を回復するのだ。店で売っている薬は使い切りだが、イベントなどで、使い回せる容器を手に入れることができる。
「最近、これを悪用しているプレイヤーがいるという話を聞いたことはないか?」
「悪用?……回復薬をですか?」
「聞いたことないね」
というより、これをどうすれば悪用できるのか、理解できなかった。
「こいつは、同じ容器でも中身を変えれば様々な効果の薬に変更できる。体力、魔力、補助薬にもね」
HP以外にも、APの回復や、投薬による一時的なパラメーター上昇も可能だ。自身の容器の所持数と相談し、どの薬をどれくらい持っていくかを考えるのも作戦の一つだ。
「そして、今裏市場で取り引きされているのが、麻薬だ」
「……麻薬?」
麻薬。現実世界では厳しく取り締まられているものだ。そんなものが、この『The Earth』にも存在しているのか。
「……当然、本来の『The Earth』にそんなものは存在しない。しかし、誰かがそれを生み出してしまった」
「生み出すって……そんなことが可能なんですか?」
「普通なら不可能だ。だが……それを可能にしてしまったのが、バグの力だ」
「……バグって、データ異常の、あのバグ?」
この世界がゲームの世界で、それがプログラムで作られている以上、バグは発生してしまう。発見の度にアップデートで修正されるとは言え、それでも細かなバグはどうしても出てきてしまうものだ。
麻薬はそのバグを利用しているものだ、とアレックスは言う。
「この注射機にバグったデータを詰め込み、それを打つ。すると、キャラクターデータ、そしてそれと繋がる精神データへ特殊な効果が働き、とてつもない快感を生み出す……らしい」
首筋に注射機を押し当て、麻薬を打ち込む真似事をする。
だが、そんなことをして無事ですむのか。精神データにバグを打ち込んでしまえば、正常にゲームを終了することができなくなってしまうのではないのか。
頭に浮かんだセシウスの疑問に、アレックスは即座に答えを言う。
「当然、悪影響が出るようだ。まずは禁断症状……本物の麻薬のように、繰り返し使いたいと思わせてしまう。そして何度も使い込むと……意識を、失うという」
「意識を……?」
「そうだ。ゲームをプレイし続けて、病院へ運ばれる人間を時々ニュースで見るだろう?……その中の何人かは、麻薬の悪影響が理由だという話だ」
「そんな事が……」
アレックスは疲れを見せるようにため息をついた。
「今慌ただしいのはフィアレスだけのせいじゃない。この麻薬騒動が起こっているからだ。以前から細々と報告はあったのだが、実態が掴めず、手を出せなかった。だが、この数日で目撃例が一気に出てきてね。……資料探しに奔放している」
「……それは、わかった。でも、なんでそれを私たちに? 麻薬を使わないように気をつけて欲しいって?」
雲雀が言う。アレックスはうなずき、それと、と付け加える。
「この男たちに見覚えはないか?」
アレックスは一枚の写真を差し出した。受け取って見てみると、どこかの草原のエリアで、二人の男が写っていた。片方は全身を鎧で覆った青髪で垂れ目の男。もう一方は、金の長髪で半裸の男だ。
「この人たち……!」
「知っているのか?」
アレックスが目を見張って身体を乗り出した。感情的な行動に少し驚き、セシウスは静かに頷いた。
「前にサンディラで声をかけられたことがあります。……その時はナンパか何かだと思って、無視してしまったんですけど……」
「サンディラか……。なるほど、確かにあそこは人通りが一番多い。活動するならやはりそこか」
アレックスは何事かをお付の女騎士へ指示する。騎士はすぐに部屋から出ていった。
「ありがとう。おかげでどうにか捜索を進められそうだ。聞いてよかったよ」
アレックスによると、この二人は麻薬販売人らしい。なんとかその姿を捉えることには成功したのだが、当人たちを抑えることは出来ずにいた。
そのため情報を集めていたのだが、いまいち良い情報が手に入らなかったのだ。しかし、セシウスがそれを知っていた。サンディラで活動しているとわかれば、捜索も少しは進展する。
「麻薬は人の心を惑わす。そんなもの、この『The Earth』には不要だ」
アレックスは悲しい表情でそう口にする。この『The Earth』を愛し、『The Earth』の平和を願う男の顔だ。セシウスは、こんな人だから騎士団を率いることが出来るのだろうと理解した。
「本当にありがとう。騎士の礼儀だ。フィアレスの事、今度はこちらが協力しよう」
「はい。よろしくお願いします」
思わぬ話だったが、どうにか騎士団の協力を取り付けた。これできっとどうにかなってくれる。そう願って、セシウスは騎士団のエリアを抜けだし、『The Earth』からログアウトした。
その時、物陰にいた男たちに気付くことなく。




