第十二話-衝撃-
「……探せないって、どういう事ですか?」
騎士からそんな言葉が出てくるとは、セシウスは思っても見なかった。
セシウスは雲雀と二人で騎士団のエリアまでやってきていた。シンは別口で探してみると一旦別れ、二人だけでここに来たのだが、フィアレスの捜索を頼んだ騎士に、それはできないと断られたのだ。
「掲示板にも書いてあることなのに、探せないって言うのはどういうことさ」
雲雀もそれはおかしいと突っかかる。
担当してくれていた騎士は、少し面倒そうに説明を始めた。
「情報が少なすぎるんですよ。わかっているのはフィアレスという名前だけ。せめて特徴だけでも書いてあればまだ探しようがあるんですが……」
「それをなんとかするのがあんた達の役目だろ」
「それはそうですが……」
騎士は困った表情で少し悩んだ後、再度口を開いた。
「実は、以前も似たような書き込みがありましてね。その該当者をせっかく見つけたんですが、その人が実はPKでも何でもなかった、って事があったんです」
「嘘の書き込みだった、って事ですか?」
騎士団がPKの捜索をしているというのは周知の事実。そのためそれを悪用し、嘘の書き込みなどで他人に迷惑をかける、という問題がちらほら出ているのだ。
その話はセシウスも知っていたが、まさかそのせいで今、ここで不都合が起きるとは思わなかった。
「はい。そういうわけで、今は書き込み一つだけで捜索はしない方針なんですよ」
騎士団に探してもらえばすぐに見つかると思ったのだが、それが出来ないとなると他に手段がない。せっかく見つけた手がかりが、無駄になってしまった。
「……そうですか。わかりました」
「ちょっと、諦めるの?」
「出来ないって言うんじゃ仕方ないよ。……もしかしたら、少し待てばまた別の人から報告があるかもしれないし」
「そうですね。……では、連絡先を教えて頂けますか? フィアレスという人物に動きがあった際は、連絡させていただきますので」
セシウスは騎士に自分のアドレスを伝えると、エリアから出ていった。隣では雲雀が成果が出なかったことに苛立っているが、逆に、セシウスは安心しているところもあった。
もし、このまま何の動きもなければ、フィアレスがPKかもしれないという情報は嘘だと言うことになる。確かに、また会えるかもしれない、という事ではなくなるが、彼がPKになったと知らされるよりはマシだ。
このまま何も起きなければいい。セシウスは心の中でそう願った。しかし、その願いは聞き届けられなかった。
それから二日後、セシウスのアドレスにメールが一件、入っていた。例の騎士からのもので、内容は――
「『フィアレス』に、動きが……」
呼び出しに応じて、セシウスは騎士団エリアに出向いた。今度は隣に誰もいない。一人だ。
案内役に名前を伝えると、今回は今までのような小部屋ではなく、上階の大きな部屋へと通された。何故こんなところまで、と思ったが、その理由はすぐにわかった。
「ようこそ、セシウスさん」
鮮やかな金髪を輝かせるその人物は、騎士団の一員である証の白鎧を纏い、幹部クラスの印証、赤いマントを身につけ、そして、胸には1を象る紋章を称えている。それはこの騎士団の第一師団長であることを表す。
この天馬の騎士団を総括する創設者、アレックスがそこにいた。
「あなたは……」
「はじめまして。話は部下から聞いている。……どうぞ、おかけください」
言われたとおり、アレックスの向かいの席へ座る。なぜ創設者などという大物が出向してきたのか。何か大きな事が、起きているのか。
「あなたから捜索願を受けていたフィアレスという人物。この間の時点では、その存在はたった一件の書き込みでしか確認できず、そのため、私たちは動くことが出来なかった」
そう。だからこそ、何か動きがあったと連絡を受け、セシウスはここへ来たのだ。新たな書き込みか、それとも他の人物からも依頼があったのか。
「実は、一般プレイヤーからのフィアレスに関する新たな情報はなかった」
「え……? では、なんで私は……」
新たな情報が入ったからこそ、自分は呼び出されたのではないのか。その存在が確認でき、これから本格的な捜査が始まるのだと、そう思っていた。
だが、アレックスは衝撃の事実を口にした。
「フィアレス――いや、凶悪PKフィアレスは、我ら騎士団の仲間を、殺害した」
騎士団を、殺害。その存在の証明ではなく、他のプレイヤー、しかも騎士団の一人を、殺してしまった。
「こうなれば捜索どころではない。私たちは彼を第一種危険PKと認定し、即座に、彼を退治しなくてはならなくなった」
退治。凶悪なPKは、モンスターと同等の扱いがされる。
話がどんどんと進んでいく。混乱するセシウスには着いていけない。
「あの、待ってください。何が一体、どうなって……」
「私たちの主な生業はPKの退治。……まあ、退治と言っても、懲らしめる程度なのが現状だが……。しかし、一口にPKと言ってもいろいろとある」
知り合い同士が遊びで。ただ人と戦いたいだけの戦闘狂。他人のアイテムを狙う強盗目的。そして、理由なく不特定な誰かを襲う者。
「しかし、我々が最も優先的に倒すべき相手、それは我ら騎士団に仇なす者だ。私たちはこの世界の秩序であり正義。それを汚す者は、誰であろうと許されない」
「でも、戦った相手が騎士団の一員かどうかなんてわからないんじゃ……」
「それをなくすためのこの鎧だ。それに、騎士達は戦いに前には必ず自分の身分を明かす。そこまでして、わからなかったとは言わせない」
白い鎧も赤いマントも、PKに対する自己の証明。そうと知りつつ襲いかかる悪には、容赦はしないと言うことだ。
「このフィアレスは、あなたの知り合いなのかもしれない、ということらしいが…」
「……はい」
そのことは以前捜索願いを出そうとした時に伝えていた。知り合いかもしれない、そうじゃないかもしれない。それを知りたくて、探してほしいと。
「今、奴を討伐するための部隊を編成している。……もし、真実が知りたいのなら、その部隊へ同行することを許可しよう」
「……それは……」
「当然、危険が伴う。そして……あなたにとっては最悪の真実と遭遇するかもしれない。それでも、いいのならば」
「私は……」
フィアレス。自分に、この『The Earth』の楽しみ方を教えてくれた恩人。そして、最初の友人。
彼がPKになどなるはずがない。そう信じてはいる。しかし、シンの言うとおり、まだフィアレスのすべてを知ったわけではない。もしかしたら、何か闇深い事実が、彼を凶行に走らせているのかもしれない。
ならば、知りたい。知って、もし力になれるのならば、助けになってあげたい。
「お願いします。私を……連れていってください」
頭を下げる。興味本意ではない、フィアレスを想う真摯な願いだ。
「……わかった。では、今から捜索を開始する。見つかり次第連絡しよう」
実際、着いていくことができるかはわからない。一日中このゲームをしているわけではない。学校も、家のこともある。長くても一日数時間。
真実を知ることは怖い。だが……知らなくてはいけない。あの日から胸中に開いてしまった穴を、埋めるためには。
――そして、その日は、やってきた。
三日後の日曜。いつも通りに三人で集まっているところに、騎士団からのメールが届いた。中身は、フィアレス発見の報。
三人はすぐにそのエリアへ向かい、戦闘準備を行っている騎士団と合流した。
「フィアレスを発見した部隊が彼を足止めしている。このエリアから脱出される前に行こう」
アレックス直々に護衛され、三人はフィアレスが発見された地点へと向かう。
「……ハナちゃん、連れてきたんだね」
もしかしたらと、しっかりと戦闘準備をした雲雀が言う。
アレックスの後ろを歩くセシウスの腕の中には、支援獣の姿があった。
「うん。もし、本当にフィアレスさんなら……この子は、懐いてるはずだから」
支援獣は飼い主の所持するパーソナルカードによって、相手への態度が変化する。以前のナンパ相手のような、見知らぬ相手には威嚇をし、知り合いならば温厚だ。
「……吠えてくれるといいけどね」
雲雀の言葉に、セシウスは無言で頷いた。違えばいい。しかし、もし、この子が何も警戒を見せなかったら、その時は……。
「あそこだ」
アレックスが立ち止まる。
その目の前では、まさしく死闘が繰り広げられていた。一方は三人組の騎士たち。そして、一方は、全身を黒いコートで覆った、双つの剣を持つ剣士だ。なぜかその顔は暗く、中の表情を確認することが出来ない。
「あれが、君たちの知り合いか?」
「……わかりません。私たちの知っている人はただの剣士でしたし……顔が見えないんじゃ、何も……」
「あれ、ダークローブって衣装だ。そこそこレアなんだけど、顔や服が全部隠れちゃうって不評な奴」
黒衣装についてシンが話す。一番やりこんでいるだけあり、その知識は豊富だ。
キャラクターメイクはこの『The Earth』の肝であり、誰もが気を使う部分だ。それを全部隠してしまう効果の装備など、価値があるはずもない。
しかし、それのせいで、あの双剣士の正体が隠されてしまっている。やはり、近づいて支援獣に確認させるしかないだろう。
双剣士は両手に持った剣を慌ただしく動かし、三人の攻撃をいなす。だが、苦戦している風ではない。余裕があり、着実に反撃を行っている。
「相当な実力者だ……。今まで無名だったことが信じられない」
双剣士は、その名の通り剣を二本持つ剣士であり、剣士から条件を満たすことで転職できるようになる上級職だ。攻撃力が上昇するだけではなく、二本の剣による多彩な攻撃やスキル運用により、使いこなせば最強との呼び声も高い。
だが、弱点も当然ある。それはHPと防御力の低さだ。基本職であるためバランスよくまとまっていた剣士とは打って変わって、一回被弾すればピンチと言ったこともよくある。だからこその上級職ということだ。
「……ダメだ。彼らでは手に負えない」
アレックスの言葉通り、双剣士を抑えていた騎士達は徐々に押されていき、一人が死に、また一人が死に、そして、全滅した。
「次の部隊を――」
逃がすわけには行かないと、アレックスが追撃を命じたその時。セシウスはその横を走り抜き、双剣士へと接近した。
「な……待つんだ!」
制止には応じない。殺されても構わない。今は真実を知りたい。
退却しようとしたのか背を向ける双剣士に追いつく。足音を感じたか、振り向きざまに剣を振るった。その剣は一直線にセシウスの首筋へ向かい――そして、止まった。
「……!」
「……っ」
抱えていた子猫が、その腕から抜け出し、双剣士の足下をくるくると回る。そして、コートに覆われた足へ、その頬を擦り寄せた。
それは、つまり。
「……なんで」
がくりと、セシウスはその場に崩れ落ちる。
双剣士はそれをしばし見つめた後、何かを振り払うかのように一目散に走り去っていく。
逃がすわけにはと、騎士達がそれを追う。
しかし、その喧噪はセシウスの耳には届かない。瞳にたまった涙があふれ、地面をぬらす。
知りたかった真実。知ってしまった事実。
それは、胸の穴を押し広げ、セシウスの心を切り裂いた。
「……フィアレスさん……っ!」
雲雀も、シンも。そのショックを隠し切れず。静かに泣くセシウスへ声をかけることも出来ず。
ただ、立ち尽くす。




