第十一話-情報-
一週間が経ち、二週間が経ち、そして、一月が経った。
セシウスと雲雀とシン――三人での冒険はほとんど毎日のように行われ、つい最近、二つ目の街、砂海都市サンディラへ到着することができた。城からワープするエリアではなく、街の扉から外に出て、遠くの街まで遠征するフィールド攻略は、一筋縄ではいかなかった。回復アイテムが何度も尽き、ミスによる死も何度も経験した。
フィールド攻略を一度経験済みのシンと雲雀がいてこの難易度なのだから、他のプレイヤーはもっと厳しい物なのだろう。それとも、自分に知識や実力がないからというだけで、本当はもっと楽なのかもしれない。そんなこのゲームの山場を一つ乗り越えて、しかし、セシウスの心は曇っていた。
彼と、連絡が付かない。
もう一ヶ月にもなるというのに、ゲーム中で会うどころか、メールに返事すらなかった。もう『The Earth』をやめてしまったのだろうか。あんなに楽しそうにプレイしていたのに?――いくら突然PKされてショックを受けたとしても、考えにくい事だ。
だが、音信のないことには何もわからない。今日もまた、セシウスは言いようのない寂しさを胸に抱えたまま、町中を歩く。
「どうしちゃったんだろうね……」
腕の中に抱えたウィングキャット、ハナちゃんにしゃべりかける。答えがあるわけはなく、そのくりくりとした瞳で見つめ返してくるだけだ。
ハナちゃんは今、第二段階と呼ばれる状態まで育っていた。街の中だけでなく、エリアにも連れていくことができるが、戦闘能力はない。代わりに、地面や壁の中のアイテムを見つけることができる能力を持っていた。
本来なら、戦闘に参加させることが可能な段階にまで進化させられるだけの餌は与えているのだが、大きく、獣のような姿が気に入らないため、敢えて進化させないでいた。戦闘に役立たなくとも愛でられればいい、と考えていた。
せめて、この寂しさを少しでも埋めてくれたら、と思っていた。
「お嬢ちゃん、一人?」
背後から突然声をかけられ、セシウスは振り向いた。男の二人組で、片方は体中に紋様が入った半裸、もう一方は対照的に全身を鎧で固めている。
「何ですか?」
声をかけられるのはこれが初めてではなかった。このひと月で何度も経験した。
「こっちは前衛職二人でさ、魔法使いが欲しいと思ってたのよ。一緒に冒険しにいかない?」
にへらにへらと笑う半裸男に、セシウスは少し嫌悪感を覚えた。本当の目的が冒険ではないと、察せられたからだ。
『The Earth』には老若男女さまざまな人物がいる。純粋にゲームを楽しみたい人もいれば、そうではなく、いわゆる出会い目的でこのゲームをプレイしている人たちもいると、シンから聞いていた。
このゲームは精神データをアバターに利用する性質上、自分の本来の性別と異なるキャラクターは作成できない。つまり、見た目が女性キャラクターならば、そのプレイヤーは絶対に女性だ。
そのため、《《そういう》》目的でゲームを遊び、ナンパをしかける人間も非常に多かった。いや、ナンパならまだいい。エリアにおびき寄せ、PKするという輩もいるからだ。
最初、シンたちにフィアレスの事を話した際に警戒されたのは、こういう人間がいるからだ。あの時はそんなことはない、と思っていて、事実フィアレスはそうではなかったが、それが全てではないと、この一ヶ月で思い知らされた。
「ごめんなさい、別を当たってください」
すぐに断りを入れ、小走りに去ろうとする。だが、それは肩を掴まれて阻止された。
「まあまあ。お願いだからさ。ほら、アイテムはそっちが拾っていいから。それに……一緒に来れば、気持ちいいことも出来るぜ?」
「……っ」
ぞわぞわと、身体の中の嫌悪が増大する。なぜ、この人は自分に固執するのか。街を歩く人々の中に魔法使いはいくらでもいる。なぜ、どうして。
声を挙げようと、息を吸った時だった。
「そこまでだ」
後ろから現れた人物が、男の腕をつかんだ。つば広の帽子を被る、シンだ。
「その子は俺の連れなんだ。悪いけど、他当たってくれや」
「……チッ、こぶ付きかよ」
シンの腕を払い、男は去っていく。とりあえず難を逃れて、セシウスは一つ、ため息をついた。
「ったく、ゲームのキャラに欲情してんじゃねえっての」
「ありがと、しんちゃん」
「おうよ。……ちゃん付けはやめてほしいけど」
困り顔のシンに、セシウスは薄く笑った。シンや雲雀は、変わらず側にいてくれる。それが、すごく安心だった。
二人は街の北東、ギルドエリアまで行き、そこに立つ建物の一つに入った。さほど広くはないが、それでも人が四、五人はゆったりとくつろげる具合の空間。装飾の少ない部屋には、やはり味気のない机やいすが数個、備えられてる。
ここは、最近シンが作ったギルド、「RoF」のギルドルームだ。シンはこれでなかなか交友関係が広く、そういった仲間たちから名前を借りることで、ギルドを作り上げたのだ。と言っても、彼らがここに来ることはほとんどないのだが。
ギルドの目的は特になく、セシウスたち三人のとりあえずの拠点、という風に利用している。
拠点にできる部屋ならもう一つ、ホームという機能があり、これは、ギルドが団体部屋とすれば、こちらは個人部屋、まさしく自分の家、といったものだ。しかし、これを得るにはイベントで好成績を収めるか、イベント毎の抽選に選ばれなければいけないので、三人ともまだ持ってはいなかった。
「あれ、ひばりちゃんは?」
中にいるかと思ったが、そこに雲雀の姿はない。
「ああ、なんかどこか行きたいとこがあんだってさ。ま、すぐ帰ってくるだろ」
「そっか……」
ハナちゃんを放すと、端の方の設置している戸棚の上で丸まってしまった。どうやらそこがお気に入りのようで、基本的にはそこでじっとしている。
「いやあ、ダメだね。この辺の店。いい武器が売ってない」
最近、シンは武器強化に凝っていた。シンの職業、弓闘士は、特化させる方向でその戦法が大きく変わる。『The Earth』の各種職業の中で、魔法ではなく技で他のプレイヤーを支援できる数少ない職だ。
補助技は補助魔法より効果が薄いが、詠唱時間が必要ないため小回りが利く。詠唱時間が必要な魔法は、激しい戦闘だと邪魔されることが多々あるため、回復、補助などに特化すれば隙の少ない支援を周囲に与えられるのだ。
一方で、遠距離技を駆使することで相手を近寄らせずに攻撃することも可能で、特に遠距離から毒、麻痺などの状態異常をばらまく戦法は対モンスターにも対プレイヤーにも有効だ。
シンはセシウスや雲雀がプレイしていない時間帯に、他の友人と、あるいは一人でプレイすることが多く、その時々に合わせた装備を作ろうとスキル集めに余念がない。話を聞き、セシウス自身も興味を持ったのだが、この武器強化というシステムがなかなか面白そうなのだ。
一つの武器に、スキルは一つから三つまで付けることができる。同じレアリティでも、攻撃力が高い代わりに付着できるスキル枠が一つしかなかったり、または完全に固定されて変更できなかったりするものもあれば、攻撃力は低いが、代わりにスキルを最大の三つつけることで、総合的な能力で高攻撃力の物を超える、といったこともできるのだ。
例えば魔導士の武器・杖ならば、有効なのは魔法力上昇や詠唱時間短縮など、防具には低防御力を補うための防御上昇や、確実に詠唱するための状態異常無効など、戦法によってその選択肢は無限大だ。また、これらのスキルにはレベルが設定されていて、攻撃力上昇レベル一ならば、上昇率は一・一倍だが、レベル三まで育てれば一・五倍だ。
この武具カスタマイズこそが『The Earth』の醍醐味だ、とシンは熱弁している。セシウス自身もそれを教わりながら多少強化を行い、杖に魔法力上昇レベル一を付けたが、これだけだといまいち実感がつかめていない。これからもっと育てていけば確実に変化は起こるのだろう。
そういうわけで、シンはいいスキルのついた武器を手っとり早く集めるために、プレイヤーやギルドが出店している店へ繰り出したのだが、ダメだったという事だ。
「やっぱり、値段?」
町に最初からある装備屋――主に公式ショップと呼ばれるものと異なり、個人・ギルドショップでは、スキル付きの装備がよく売られている。しかし、値段をつけるのも当然その店なので、儲けを出すために公式よりかなり高めの値段が付けられている。装備のカスタマイズにも当然金がかかるので、値段とスキル入手の兼ね合いはかなり重要だった。
「ああ。いい装備自体は売ってたんだけどさ、値段が相場の倍はあったよ」
「需要が高いんじゃないかな。この街から次の街に行くの、難易度かなり高いんでしょ?」
「いや、厳密には、『次の街』に行くのはそんなに厳しくない。たぶん、今のままでもそんなに苦労はしない」
「え? だってこの間、強化しないと辛いってひばりちゃんが……」
雲雀はシンほど装備にこだわってはおらず、その分を本人の能力で補ってきた部分が多くある。しかし、それでは次の街へ進めない、という話を聞き、苦手だが、武器の強化をしなければいけないと悩んでいた。
「厳しいのは『次の次の街』なんだ。まあ、RPGにはよくあるんだけどさ、中盤から終盤に進む時って、敵と自分の強さが逆転しちゃって厳しいところがあるんだよ」
詳しい話を聞くと、この砂海都市から進める街は三つあるという。本来の三つ目の街は、このサンディラから西へ進む森林地帯にあるのだが、その他にここから北へ行く四つ目、東へ行く現状で最後の、五つ目の街がある。
つまり、ここサンディラには、初心者から片一歩抜けたようなレベルから、終盤へ向けて進んでいる上級者まで、様々な人間が集っているのだ。
「で、三つ目のフォーレスって街はさ、正直なところあんまり行く必要がないんだよ。売ってる装備もこことほとんど変わりないから、大して強化もできない。だったらいっそのこと四つ目に行っちゃえばもっといい装備があるし、人も多い。まあその分難易度が高いんだけどさ」
「うーん……その様子じゃあ、単純にレベル上げたんじゃダメみたいだね」
レベルアップ制のゲームでは、とにもかくにもレベルを上げればなんとかなるというケースもあるが、『The Earth』はそう簡単ではない、らしい。
「レベルが上がんねえんだよなぁー……」
シンや雲雀のレベルは今、二十代の中盤だ。しかし、ここサンディラや、次のフォーレスで戦える敵は、入手経験値が微妙に低く、何十回も戦わなければ一レベル上げるのも一苦労なのだという。そして、上がったところで四つ目に行くルートで出てくる敵が強いことに変わりはなく、結局この街で装備を強化するのが一番の近道だということだ。
「ああ、どうすっかなあ……。いっそフォーレス行くべきかな……。でもなあ……」
本気で悩んでいる様子のシンを見ると、本当にこのゲームが好きなんだろう、とよくわかる。誰かが楽しんでいる様子を見るのは好きだ。昔から、セシウス――美咲は、慎太郎がゲームをしている姿をよく見ていた。
「ああ、二人ともいるんだ」
扉の方から声がする。雲雀がやってきていた。だが、その面持ちはどこか不安げで、何か悩んでいるようだった。
「どうしたの? 何か……具合でも悪い?」
「いや、そうじゃない。……知り合いに情報屋がいてね。調べてもらってたんだ。その……あいつの事」
あいつ。この三人で共通して、それだけでわかる人物はただ一人しかいない。
「フィアレスさんのことを……?」
その名前を聞いて、シンの表情が苦くなる。せっかく仲良くなりかけていたのに、何も言わず去り、連絡も取れなくなったフィアレスへ、怒りを見せていた。だが、その怒りこそが、シンがフィアレスのことを信頼していた、しようとしていた事を示している。
「一応、情報は見つかった。結論から先に言えば、まだフィアレスはこのゲーム、プレイしてる」
「本当に? じゃあ、今どこで、何を……」
ゲームをやめたわけではない。ではなぜ、連絡をよこしてくれないのだろうか。
「……先に言っておくけど、あくまで、『フィアレス』っていう名前のプレイヤーについての情報だ。そいつが、私たちの知ってるフィアレスだって確証はない」
『The Earth』ではプレイヤー同士のネーム被りが起こりうる。他のゲームでは、同一ネームのキャラクターは作成できないこともよくあるが、プレイ人口が多くなることを見越してこの設定にしたという。
つまり、自分たちのよく知るフィアレス以外の『フィアレス』の可能性もある、ということだ。
「それで……何がわかったの?」
「……見つかったのは、ある掲示板の書き込み。外部ではあるんだけど、一応騎士団が運営してるとこで……PKされたっていう報告をする掲示板なんだ」
「フィアレスさんが書き込んでた、って事?」
以前の時の事だろうか。だが、一ヶ月も前のことだとそれは考えづらい。となれば最近ということになる。それなら、確かに今もまだ、ゲームはプレイしているという事だ。
だが、雲雀の表情は暗い理由が、それでは説明が付かない。という事は、掲示板に名前が挙がる、もう一つの可能性は。
「……つい、二日前。掲示板に新しい書き込みがあった。……フィアレスってキャラクターに、PKされたって、書き込みが」
「……!」
PKされたのではなく。PKを、した。――フィアレスが。
「そんなの、おかしい!」
セシウスは思わず声を荒らげた。フィアレスは前に、確かに言っていた。自分はPKが好きではないと。そんなフィアレスが、PKをするわけがない。
「落ち着いて。だから、このフィアレスとあいつが同じ奴だって保証はない。別人かもしれない」
「……どうかな」
宥めるように言った雲雀の言葉を、シンが否定する。
「あいつはPKされた。だから、仕返しに自分もPKになった、なんて、考えられるんじゃないか?」
「あの人はそういう考えをする人じゃない……!」
「……わかんないだろ。そんなこと」
フィアレスと一緒に遊んだのは三日、それもその中のたった数時間だ。そのすべてを知ったわけではない。でも、信じたくなかった。
「……とにかく、書き込みがあったってことは紛れもなく真実。でも、これがあいつの事かはわからない。……今わかってるのは、そんだけ」
そもそも書き込み自体が本当のことを書いてあるとは限らない。嘘の書き込みだって可能性も十分にある。
それを調べるためには、書き込みをした人物に接触する必要がある。
「書き込んだ人の名前は?」
「……エリアスってあるけど、こいつを探すのは難しいよ。投稿者名以外何の情報もないし、そもそも同名のプレイヤーがいるかもわからない」
あくまで外部の掲示板だ。公式掲示板なら『The Earth』のログインIDで名前が出るため、その人物だとわかるのだが。
「そっか……」
PKフィアレスの存在。本当に彼が、PKになったのか。それとも。
「あ……」
「なんだよ、どうかしたのか」
セシウスはあることに気がついた。確かに名前しか知らない人を捜すのは難しい。しかし、それなら、目的の人物の方を直接探ればいい。幸い、それを専門とした連中を知っている。
「騎士団に行こう」
彼らはPKの捜索をしていると言っていた。PKフィアレスが自分たちのよく知るフィアレスなのか、そうでないのか。直接探し出して会ってみればいい。
会えばわかる。それが本人のことなのか。本人ならば、きっとその真意がわかる、はずだ。




