第九話-急転-
まずは、近くにいる三匹で徒党を組んだゴブリンに勝負を仕掛ける。気づかれないように背後に回り、不意打ちでまず一匹を斬りつける。隣にいるもう一匹を蹴りとばし、残る一匹の攻撃を左腕の盾で受け止めた。初期装備では用意されてなかったが、剣士は盾が装備できる。購入しておいて正解だった。
「魔法、行きます!」
セシウスの声と同時、ゴブリンの足下に黄色い魔法陣が出現する。それを確認しフィアレスは跳び退き、地面から生えた石槍に跳ね上げられるゴブリンを見上げた。
「おお」
土属性の下級魔法、「ストーンヘッジ」だ。昨日の別れの後、雲雀たちと冒険して覚えたのだろう。初めて見る魔法への驚きもあるが、セシウスが自分の判断で魔法を使ってくれたのが嬉しかった。もう何度も戦いを経験し、小慣れてきたということだ。
跳ね上げられた一匹の下をくぐり、残る二匹がどたばたと走り寄ってくる。
フィアレスも負けじと、以前覚えていたもう一つのアーツを使用する。その名も「撃光剣」。手持ちの武器に光を纏わせ、リーチとその攻撃力を上昇させる技だ。
二体同時の飛びかかり攻撃を横跳びに避け、伸びた剣で一気に攻撃する。受けた二体は共に地面に転がった。
どうだ、と思ったその瞬間、横から激しい衝撃を受け、フィアレスも地面を嘗めさせられた。痛みはないが、口の中に土の味がすると、味覚まで再現させられたことが一瞬だけ疎ましくなる。
フィアレスに攻撃を加えたのは今さっき跳ね飛ばされたゴブリンだ。魔法攻撃で倒し切れなかったようだ。雑魚と言えど二人よりレベルは上。体力は思ったより高い。
追撃するように振り下ろされる剣を側転で避ける。だが、その先には体勢を立て直した二匹のゴブリン。こちらもまだ死んでいない。
「やっべ……」
体当たりと斬撃を同時に受け、吹き飛ばされるフィアレス。HPがごっそり削られる。だが、今度こそモンスターたちから離れることができた。立ち上がり、セシウスの近くまで戻った。
「回復、頼む」
「はい」
癒しの魔法でHPが戻る。多少のダメージでは死ぬことはない。連続攻撃を受けたときは焦ったが、所詮雑魚は雑魚だ。
三匹は短い足で走り寄ってくる。後衛の近くでのんびりし過ぎていたことを少し後悔したが、相手の体力も残り少ないだろうと思えば、固まってくれるのはむしろありがたい。
もう一度、撃光剣を発動する。同時撃破できれば経験値ボーナスが入る。是非とも狙っていきたいところだが、魔法攻撃を受けている個体とそうでない二体のHP差が気になるところだ。ちょっとしたギャンブルになる。早くHPを調べるスキルが欲しい。
「俺があいつ等を攻撃した後、すぐに水の魔法使ってくれ」
セシウスへ指示を出す。水属性の魔法「アイスレイン」は、他の下級魔法と異なり、広い範囲を攻撃できる技だ。代わりに発動が少し遅いが、ダメージモーションで埋められるはずだ。
返事は待てず、ゴブリンたちが射程内に入る。剣を横なぎに払い、三匹を一気に切り払う。そして、倒れたところに青い魔法陣が広がっていく。少しして、モンスターの頭上に黒い雲が現れ、氷雨を降らした。
この魔法攻撃でゴブリンが全滅。三匹分の経験値に、同時撃破ボーナスが入って50%アップだ。なかなか苦労したが、繰り返せば結構な差が出てくるだろう。
「ありがとな、ちゃんと魔法使ってくれて」
指示通り、そしてタイミングもよく魔法を使ってくれたセシウスへ礼を言う。
「いえ。昨日でだいぶ戦闘にも慣れました。お役に立てて嬉しいです」
にこりと笑うセシウスに、フィアレスも照れくさそうに笑った。
その後も、道中で見つけたゴブリンを、同時撃破を狙いつつ倒していく。何度か失敗はしたが、一箇所に集めてからのアイスレインで安定させることはできた。おかげで、エリア内を回りきる頃にはお互いに二レベル上昇していた。
「あ……。新しい魔法、覚えたみたいです」
「お、なんだ?」
「えっと……アナライズっていうのが増えてますね」
「ああ、やっと来たか。これで次から楽になる」
アナライズは、その名前が示す通り敵を分析できる魔法だ。一度アナライズした敵は、それ以降HPや弱点などを確認できるようになる。また、パーティメンバーにもそれは適応されるため、HPはフィアレスにも確認できるようになった。一つ惜しい点を言えば、このエリアの雑魚敵はもう大方倒し尽くしたところだろう。
「そろそろボス行こうか」
「そうですね。さっき見つけたところでいいんですよね?」
ここまで進んでくる途中、草木で囲んで作られた室のような場所があった。魔法で入り口が閉じてあったため、そこがこのエリアのゴール地点――つまり、宝箱が置いてある場所だと判断した。そして、その近くには魔法陣が一つ設置してあったため、そここそがボスエリアへの侵入口だと思い、経験値稼ぎのために一旦無視してきたのだ。
そこまで戻り、念のために体力などを全回復させる。
「この先に例のボスがいるんですよね」
「ああ。なんだかんだ序盤のボスだし、そんなに強くないと思うが……まあ、とにかく一度戦ってみるべきだな」
心を決めて魔法陣へと足を踏み入れる。一瞬のブラックアウトのあと、二人は高壁に囲まれたエリアへとワープしていた。逃げ道はない。ボスを倒すか、やられるまでここからは出られない。
わずかに緊張していることを自覚しながら一歩踏み出すと、パキ、と何かを踏み砕いた音と感触があった。恐る恐る足元を見ると、白い破片が散乱していた。細かく割れて元の形は判断付かないが、恐らくは……。
「……ああ、こういう演出、嫌いじゃないよ」
今更ゴブリンの主食を思い出す。あれは、捕らえた冒険者の肉を食らうのだ。
一瞬、補食の恐怖に身を竦ませたが、思い直せばこれはゲームだ。あくまでも設定上の話で、実際に食われることなどない。わずかだが安心できた。
ちらりとセシウスを見る。がちがちに緊張した面持ちを、真っ青にしていた。それを見て、フィアレスは逆に緊張が和らいだ。この子は本当に、自分の想像を超えたリアクションを見せてくれる。ビビっているのがバカらしくなった。
そんな怯えているセシウスを安心させるように肩を叩くと、怖がっていることを悟られないようにか、強がってひきつった笑顔を見せる。
「大丈夫だって。まあ、気楽にな」
手にしていた剣を強く握り直す。初めてのボス戦。どんなゲームでも、この瞬間だけはドキドキする。勝てるのか。どのくらい強いのか。どうやって戦おうか。そんな感情を胸に、道を進んだ。
細道を進んだ先には、歪んだ円形の空間があった。しかし、そこにボスの姿はない。空間はそれほど広くはなく、どこかに隠れるようなスペースがあるわけでもない。
「変ですね……」
さすがのセシウスも不可解に思ったか、不思議そうだ。訳が分からぬまま歩き、空間の中央付近まで行った時だった。突然、何かの咆哮が響き渡った。
周囲の草木がざわざわと震え出す。そして、次の瞬間、巨大なモンスターが空中から、二人の背後へ降ってきた。着地に地面が揺れ、散らばった骨や鎧の破片が宙に舞う。
「……ッ!」
「これは、強烈だな……!」
その体躯はフィアレスの二倍ほどだ。肌は青白く、腕には隆々とした筋肉がついているが、逆に長い胴は肥満体で丸みがある。足は短いがこちらも筋肉質で、その巨体を支えているようだ。
顔には長く生え揃った牙が並び、細い目を獲物へ向け、睨みを利かせている。その手には巨大な樹から削りだした棍棒が握られ、肩に担がせていた。
これがビッグゴブリンの、雄々しき姿だ。
ビッグゴブリンは二人へ向けてもう一度吼えると、棍棒を降り上げ、勢いよく振り回した。その迫力に圧倒されていたフィアレスはそれを見て我を取り戻し、同じく動きを止めていたセシウスを抱いて地面へ倒れ伏した。その頭上ギリギリを棍棒が掠めていく。
「下がって魔法支援、よろしくな!」
急いで立ち上がらせ、距離を取るよう言う。セシウスは未だ怯えながらも、ちゃんと言うことを聞いてくれた。
振り向くとビッグゴブリンがまた棍棒を高く掲げていた。振り下ろされた一撃を回避すると、むき出しの太腹めがけて剣を振るった。が、突き出た腹にはダメージが通りにくいのか、相手は何の反応も見せず、隙を見せたフィアレスに思い切り蹴りを浴びせた。
「ぅお、っとと……」
間一髪剣で防御するが、その反動までは殺しきれず、地面に尻餅をついた。
「なるほどね。なら弱点は……」
『The Earth』のボスモンスターには、それぞれ最低一つ、弱点がある。そこに攻撃が当たることをクリティカルヒットと言い、ダメージが増えるだけでなく、それぞれに設定された特殊行動を見せる。それはたいがいプレイヤー側に有利になる物で、積極的に狙うべき要素だ。
弱点を探りつつ、次々と振り回される攻撃を避けていると、いつの間にか相手の体力が表示されているのに気がついた。うしろでセシウスがアナライズを使ってくれたようだ。
それによると、ビッグゴブリンの体力は最大8000。さっきの攻撃でわずかに減り、残り7920。これをすべて減らし切らなければ、勝利はない。
「さて、どこから狙おうか……」
巨大な相手の弱点は頭部であることが多い。普通の攻撃手段では届かず、なおかついくら強靱な肉体を持つ生物だろうと、顔を鍛えることは難しいからだろう。
相手との距離を取りつつ攻撃のチャンスを探る。フィアレスが回避に専念している間に、セシウスはいくつかの魔法を放ってくれる。しかし、どれも多少のダメージは与えられるものの、有効打ではなかった。
どう攻めるべきか、と考えていると、突如ゴブリンが棍棒を持っていない左腕を突き出した。とっさに左に避けてしまうが、当然それを追うように手が迫り、腕を掴まれてしまった。
まずい、と思った時には、そのまま宙へ振り上げられ、思い切り地面へ叩きつけられた。そのダメージは甚大で、体力の三分の二が一気になくなった。
だが、これがゲームでなければ体がバラバラになって死んでいたであろうことを思うと安いのかもしれない、とフィアレスは暢気に思った。
「大丈夫ですか!」
セシウスの言葉とともに、回復魔法で体力ゲージが増える。少し安心し、振り下ろされた棍棒を避けた。すると、棍棒が地面にめり込み、ゴブリンの動きが止まった。
これが攻撃チャンスだと、めりこんだ棍棒を足場にジャンプ、無防備な頭部に剣の一撃を与えた。
すると、今までほとんど反応がなかったゴブリンが怯み、足をもたつかせた。思った通り、頭部が弱点だった。
「セシウス、頭にファイア!」
「はい!」
指示通り、火球がゴブリンの頭を追撃する。さらに怯んだところへ、裂衝斬を打ち込んだ。すると、何かが砕けるような音と共に、ゴブリンは頭を押さえて悶え苦しんだ。HPは半分を切っている。
すると、ころころと、象牙色の物体がフィアレスの足下へ転がった。拾い上げると、画面端に小さく「ゴブリンの牙」を入手した、と表示された。敵の部位破壊に成功し、アイテムを手に入れることができた、ということだ。
最初こそ少し攻撃を受けてしまったが、今は順調に戦えている。フィアレスはそう思い、次の行動に備えた。
もがくのをやめたゴブリンは、悔しそうに地団太を踏んだと思うと、雄叫びを上げながら棍棒を縦横無尽に振り回し始めた。
危険そうだと距離を取るが、特に追ってくるでもなく、見境なく棍棒を振り回し続ける。それに伴い、ゆっくりではあるがゴブリンのHPも減少していく。恐らくは暴走・狂乱状態の効果の一つだろう。
フィアレスは近づかなければ平気だろうと様子を見ていたが、ゴブリンとセシウスの距離がどんどんと縮まっていることに気付いた。
セシウスはすでにエリアの端まで退避しきっており、これ以上離れることはできない。このままではセシウスが攻撃を受けてしまうかもしれない。
ボスの攻撃力は、剣士ですら大量のダメージを受ける。それが魔導士では、一撃死も十分有り得る。
「ありゃやばいな」
このままではいけない、と壁近くで動けなくなっているセシウスの方まで駆ける。棍棒へ当たらないように注意して近くまで寄り、その腕を掴んで退避しようとした。
「こっちだ!」
だが、その時運悪く、ゴブリンの棍棒が二人へ迫った。今のままセシウスを引っ張っていては間に合わない。フィアレスはとっさにセシウスの腕を放し、棍棒のない向こう側へセシウスを突き飛ばした。
「ぁっ……」
か細いセシウスの声が聞こえたと思った、その瞬間。
フィアレスは棍棒と壁に挟み込まれてしまっていた。




