7.どうやら死亡回避に成功したらしい
神様が初めて来た日から11カ月。
異世界召喚されるまで、あと2か月。
この10か月の成果は、
・18kgのダイエットに成功して、ほっそり体型になった
・人に、容姿を褒められるようになり、男性からも声がかけられるようになった
・将棋のアマチュア大会に出場して、良い所まで行った
・剣道の社会人女性の部で地区優勝した
物作り系の習い事は、学ぶことが少なくなってきたため辞めた。
これで、習いごとで残っているのは、剣道、将棋、ビジネススクール、宿坊での修行。
後はひたすら本を読んでいる。
兄からは、脅迫まがいのメールが何通か送られてきた。
「お前はろくでなしだ」「母親の面倒を見るのは子供の義務」など、お前が言うか、というところから始まって、「分かっているんだろうな」「お前の人生滅茶苦茶にしてやる」ときたので、「脅迫と見なして、弁護士の先生に相談する用意があります」と返したところ、一切メールは来なくなった。
つくづく情けない兄だが、その兄を作るのに加担したのが自分だと思うと、過去の自分が情けない。
*
その日の夜、満面の笑みを浮かべた神様がスキップしながらやってきた。
手には、大量のお菓子とケーキを持っている。
「聞いてくれ! 交渉成功だ!」
「交渉って、異世界召喚のですか?」
「ああ。残念ながら異世界召喚自体は取り消せなかったけど、異世界召喚の際に、わたしが能力を付与することが許された!」
神様の話だと、異世界召喚の際、召喚される側の神は何も出来ないのが決まりらしい。
しかし、今回は神様の頑張りの結果、召喚される側の神からわたしにギフトの付与が認められたらしい。
「まあ、あの女狐は、『下界不干渉が神の決まりです!』なんてヒステリックに叫んでたけどさ、勝手に呼び出されて何のギフトもなく放り出すのは、神としてナシだってことになったんだ!」
ほらみたことか! ざまあみろ! と、まったく神らしくない感じでガッツポーズを決める神様。
わたしは安堵した。
召喚自体がなくならなかったのは残念だけど、生き残るためのギフトがもらえるなら、11カ月前の「野垂れ死にコース」より数倍マシだ。
わたし達は、ジュースで乾杯して、神様が持ってきてくれたお菓子を美味しく食べると、恒例の「攻略本の自分のページチェック」をはじめた。
ちなみに、11カ月前(一番最初)はこんな感じ。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれて来た一般人。冴えない容貌と有用なスキルがないことから、城のメイドとして働く。しかし、4カ月後に無実の罪を着せられて城から追い出され、荒野で野垂れ死ぬ』
『スキル:<雑務処理>、<読心術>、<楽器演奏>』
そして、3カ月前はこんな感じ。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢人。美容や料理に関する知識が深く、第2王女、第3王女の相談役になり、2人の支持を受ける一方で、豊富な知識を買われて第3王子の教育係となる。しかし、その知識を利用した第3王子派が勢力を広げるため、第1、2王子派に1年後に暗殺される』
そして、今回はこんな感じ。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢者。美容や料理に関する知識が深く、第2王女、第3王女の相談役になり、2人の支持を受ける一方で、国王の相談役となる。しかし、1年半後に第1王子派によって国王が暗殺され、暗殺の罪を着せられて処刑される』
神様は、ハアッと溜息をついた。
「とうとう国王の相談役にまでなったのに、君は生き延びられない運命なんだね」
わたしも、ハアッと溜息をついた。
「本当ですね。城にいる限り無理なのかもしれないですね」
すると、神様が攻略本に手を当てながら言った。
「君にあげれるギフトの数は3つ。あげた場合どうなるかやってみるから、欲しいギフトを言ってみて」
「神様が考えているギフトないんですか?」
「ないことはないけど、君の死亡回避が優先だからね。君の意見を優先させようと思っている」
わたしは、今までの試行錯誤を思い出した。
今まで、貴族に仕えようと、王族の誰に仕えようと、殺されるルートを辿ることが分かった。
では、城の外に出るスキルではどうだろう。
「<隠密>とかどうでしょう。こっそり城を抜け出す感じのスキルです」
「お、良さそうだね。いいよ。ちょっとやってみよう」
神様が攻略本に触ると、攻略本が光って、内容が変化した。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢者。城の内情を察し、召喚当日に密かに城を抜け出し、近隣の街に身を隠す。しかし、宿屋の娘の密告により、居場所が見つかってしまう。大臣の必死の説得により城に戻ったところを幽閉され、酷い環境の中でその知識を搾り取られ、1年後に自ら命を絶つ』
わたしは、憂鬱な気分で溜息をついた。
これは、大臣の必死の説得を断れなかった、っていうオチだろう。
異世界に行ってまで「人の顔色を見て断れなくなる女」を続けるなんて、つくづく自分が嫌になる。
「神様、何だか悪化しちゃいましたね」
「まだ本番じゃないから大丈夫だよ」と、慰めてくれる神様。
うーん、と考えて、こう言った。
「じゃあ、姿を変えるスキルとかどうだろう。姿が変われば見つからないんじゃないかな」
「なるほど。それはいいかもしれませんね」
神様が攻略本に触ると、攻略本が光って、内容が変化した。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢者。城の内情を察し、召喚当日に密かに城を抜け出し、近隣の街で冒険者の姿に変化し、身を隠す。その後、冒険者として名を上げるが、2年後に強引に参加させられた依頼の最中、洞窟内で参加メンバーに裏切られ、身ぐるみ剥がされて殺される』
神様が頭を抱えて、うんうん唸り始めた。
「君は、どうして<読心術>スキルを使わないんだろう」
「……まあ、わたしのことですから、人の心を読むのが怖くて、使ってないって感じだと思います」
「多分そうだろうね。まあ、心を読まなくても怪しい話に乗らなければいいんだけど、君はどうやら乗ってしまうみたいだね」
わたしは内心頭を抱えた。
“ 強引に参加させられた依頼 “ ということは、断れなかったということだろう。
どうやら、この「人の顔色を見て(空気を読み過ぎて)断れない臆病な性格」を何とかしないと、どっちみち食い物にされて死んでしまう運命らしい。
これでは、こっちの世界の二の舞だ。
と、その時、わたしはひらめいた。
胸に手を当てて、服の下のネックレスを触る。
もしかして、ギフトにこのネックレスを貰えばいいんじゃないだろうか?
「神様。ギフトに、このネックレスをもらうことは出来ないですか?」
神様が目をぱちくりさせた。
「え? それ? ……なんで?」
「これって、勇気が出るネックレスですよね。わたし、これのお陰でこの11カ月、色々とやってこれたんです。だから、これがあれば異世界でだって……」
すると、神様は楽しそうに笑い出した。
「君は、本当に信じてたんだね」
「え?」
「いや。そのネックレスは、運を少し上げる効果と、心をリラックスさせる効果はあるけど、勇気が出るなんて効果は一切ないよ」
わたしは驚いて目をパチクリさせた。
神様は、そんなわたしを見て、優しそうに微笑んだ。
「この11カ月の成果は、君の努力だよ。君が、がんばったんだ」
「…………」
「だから、自信を持ってもいいよ。……さあ、これで運命が変わったんじゃないかな」
神様が攻略本に触ると、攻略本が光って、内容が変化する。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢者。城の内情を察し、召喚当日に密かに城を抜け出し、近隣の街で冒険者の姿に変化し、身を隠す。その後、冒険者として名を上げ、様々な依頼を解決する。その後、隣国に渡り、大きな成果を挙げ、国王から爵位を授与される』
『スキル:<読心術>、<吟遊詩人>、<美の伝道師>、<特・魔術>、<特・剣術>、<錬金術>、<知略戦略>、<財務会計>、<教育者>、<隠密>、<変身>、<勇気>』
神様は、驚くわたしを見て微笑んだ。
「最後の、<勇気>は、君がこの11カ月かけて培ったものだよ。誇ってもいい」
わたしが何も言えないでいると、神様は立ち上がった。
「さあ。これでもう大丈夫だね。残り1カ月は、旅行するなり、好きなことをして過ごすと良い。向こうに行ったら、しばらく大変だろうからね」
神様は、軽くわたしに向かって手を振ると、玄関に歩いて行く。
わたしは、掠れた声で呼び止めた。
「神様! わたし、異世界召喚されることになって良かったです!」
神様は、一度だけ振り向くと、ニコッと笑って言った。
「君は、変わってるね」




