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準備万端な異世界召喚  作者: 優木凛々


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6/8

6.家族に本音を伝えてみた



神様が初めて来た日から7カ月。

異世界召喚されるまで、あと5か月。


その日の夜、わたしは兄に指定された居酒屋にいた。


そこは、わたしが苦手な海鮮料理がメインの店。

多分兄が海鮮が好きだから、それ目当てで選んだんだろう。

相変わらず自己中この上ない。


そして、指定された待ち合せ時間から遅れること20分、ドタドタという足音と共に、依然見た時よりもかなり太った兄が現れた。


「あー。腹減った。メニューどこにある?」


わたしは、黙って兄にメニューを渡した。

兄は店員さんを呼んで、自分の飲み物と食べたい物を注文すると、メニューを戻した。

そして、やっとわたしを見ると少し驚いたように言った。


「お前、何か変わったな」

「コンタクトにしたからじゃないですか」

「ふうん」


特に興味がないように相槌を打つと、ポケットからスマホを取り出す兄。

わたしが目の前にいることなど忘れたように、ゲームに没頭する。

そして、自分の分の飲み物が来ると、「はあ、生き返る」と言って、スマホに目を向けたまま飲み始めた。

料理が運ばれてくると、皿ごと自分の前において、バクバクと食べ始める。


わたしは、何も言わず兄を見つめた。

以前だったら悲しい気持ちになっていたが、今日は自分でも驚くほど冷めている。


そして、しばらくして。

飲んで食べて落ち着いたのか、兄は口を開いた。


「お前さ、母さんと連絡取れよ。母さんの例の周期が来て、こっちは大変なんだよ。勝手に引っ越したり、会社変えるとか非常識だぞ」


わたしは無表情にその話を聞きながら、ああ、やっぱりそうなったか、と思った。


母は、年に数回、鬱っぽくなる時期がある。

やたら電話をかけてきたり、家に押しかけて来たりして、愚痴やら泣き言を数時間ぶちまけるのが2週間くらい続くのだ。

前回は、わたしが神様に会う直前くらいで、2週間毎日押しかけてきては夜中まで愚痴をこぼし、勝手に泊って帰って行った。お陰でわたしはフラフラになって、仕事のミスが重なり大変だったのだ。


「2カ月前くらいに、母さんがお前の家に行ったら引っ越した後で、その後会社に行ったら、『退職しました』って言われたって半狂乱になってさ。お陰で今でも俺のところに毎日電話が来て、早苗が参っちゃって大変なんだぞ」

「そっか」

「そっかじゃないだろ。母さんの老後の面倒はお前が見るんだろ? 今からちゃんとやっておいてくれないと困るんだよ。本当に無責任だな、お前は」


兄が蔑むような目でわたしを見る。


わたしは、黙って兄の話を聞いていた。

相変わらず、自分のことしか考えていない、最低な兄だ。


以前であれば、そもそも母から逃げるなんてことはしなかっただろうし、

兄にこんなことを言われたら「ごめんなさい」と言って、この場で母に電話をするくらいはしていたと思う。

でも、今のわたしは、自分がそんなことをしなくても良いことを知っている。


わたしは、ネックレスを握りしめると、今まで言えなかったことを切り出した。


「兄さんさ、ここ10年。母さんから毎年100万円生前贈与もらってるんだって?」


兄が、食べるのを止めてこちらを見た。


「なんだよ、それ。なんで知ってるんだ?」

「母さんから聞いた。それと、1年半前に遺言書を書かせて、財産は全部自分がもらえるようにしたんだって? あと、保険の受取人も、わたしと兄さん共同だったのに、兄さんだけに変えたみたいだね」


それは、母の不用意な一言から発覚した。

わたしが新しい服を着ているのを見て、母がこう言ったのだ。


「あんた。無駄遣いはやめなさい。わたしの老後の費用がなくなるじゃない」


そこから話を聞き出して、実家を家探しした結果、わたしは兄が計1000万円近い生前贈与をされていることと、遺言で全ての財産を持っていく気でいることを知ったのだ。


わたしの思わぬ質問に、兄は戸惑った様子だったが、すぐに目を座らせてわたしを睨みつけて低い声で言った。


「だからどうなんだ。俺は長男で墓守だ。もらう権利はあるだろ」


この目と威嚇で、わたしはこれまで怯えて何も言えなかった。

でも、今は違う。


わたしは、ハアッと溜息をついて、兄を見据えた。


「まあ、兄さんはもともと非常識な人だけど、わたしのこれまでの態度が、その非常識を助長した訳だから、わたしも反省しないといけないよね」

「……何を言ってるんだ? お前、頭がおかしくなったのか?」


脅すように低い声で言う兄を、わたしは冷静に見返した。


「いや。はっきりさせないといけないと思ってね」


わたしは、息を少し吸い込むと、一気に言った。


「まず、わたしは金輪際、母さんにも兄さんにも関わるつもりはない。財産は自分のものにして、面倒な母さんの面倒を押し付けるとか、人としてあり得ないでしょ。老後の面倒も見る気はないし、こっちから何か助けてもらおうとも思わない。もう連絡してこないで欲しい」


兄は呆気にとられた顔をした後、また目を座らせてすごんできた。


「お前、育ててもらった恩があるだろ? 見捨てるのか? そんな非常識なヤツだったのか?」


自分のことを棚に上げて、よく言うよ。

でも、こういう滅茶苦茶な論理で、今まで黙って来たわたしも悪い。

わたしは、にっこり笑って言った。


「わたしはね、自分を利用できる都合の良い物としか見ない家族は要らないんだよ。あんた達といたら、幸せになんてなれないでしょ? 今まで散々利用して来たんだから、もうこれ以上はいいんじゃないの」


わたしが本気だと分かって、兄の目の奥に怯えの色が見え隠れし始めた。


「お前。俺が母さんの世話をできると思ってるのか?」

「出来るかどうかじゃなくて、やるんだよ。お金もらうんでしょ? それとも、遺言書書き換えてわたしに財産よこす?」

「……」


わたしは、軽く溜息をついて、兄を軽蔑の目で見ると、荷物を持って席を立った。


「おい、どこに行くんだ?」

「話は終わったから帰る。もう会うことはないと思うけど、元気でやってください。あと、わたし、飲み物も食べ物も頼んでないんで、お食事ごゆっくり」


兄が何か言っていた気もするけど、わたしはネックレスを握りしめて、振り返りもせず店から出た。

店の前では、園子が心配そうに待っていてくれた。


「園子。遅くなってごめんね。兄が遅れて来てさ」

「ううん。いいのよ。大丈夫?」

「うん。何かあったら来てもらおうと思ってたけど、想像以上にアイツがヘタレだった」

「そっか。言いたいこと言えた?」

「バッチリ!」


園子は、ホッとした表情で「よく頑張ったね」と、わたしの背中をポンポンと叩いた。





その後、わたしと園子はいつも行っている店で夕食を食べた。

大仕事が終わったせいか、いつもより食欲がある気がする。

デザートが来る頃、園子は少し言いにくそうに口を開いた。


「ねえ。おばさんの方はどうするの? 大切なことだし、一応話しておいた方がいいんじゃない?」

「実はね、半年くらい前に、今日兄にした話と同じような話をしてるんだ」

「え! そうなの?」


神様が来る少し前。

兄の生前贈与の件と、保険受取人と遺言の件が分かった時、流石のわたしも母に食ってかかった。

金銭面も含めた老後の面倒だけ見させて、全てを兄に譲るとは何事かと。


「わたしさ、生まれて初めてくらいに母親に意見したんだよね。そしたらさ、「意味が分からない」って言われたんだよね」

「え?」

「母の中では、わたしは母のために働いて稼いで、その上無償で母親の面倒を見るのが当たり前だったみたい。だから、もう1回同じことを言ったところで、理解できないと思う」


園子は、何とも言えない顔でわたしを見つめた。

わたしは、来たデザートを勢いよく口に入れると、感謝の目を園子に向けた。


「今日はありがとうね。園子が来てくれたから、思い切って言えたと思う」

「いいよ。こっちはやっと高校の頃の恩が返せたって感じだからさ」


わたしは首を傾げた。

高校の頃、何かしたっけ?


「クラスのイケてるつもり女子達が、わたしのこと無視してたことあったでしょ。その時、美月だけは変わらず接してくれたんだよね。あれがなかったら、不登校になってたかもしれない」


そういえば、そんなことがあったな、と思い出した。

でも、あれは園子は何も悪くなかったし、わたしまで迎合することはないと思っただけだ。

わたしが何を考えているか察したのか、園子がクスクス笑った。


「美月って、人の顔色窺い過ぎるところあるけど、自分の正義みたいなものは曲げないところあったよね。最近は、それに思い切りの良さみたいなものも加わったと思う。だから、今日わたしがいなくても、お兄さんにガツンと言えたかもしれないね」



その後、わたし達は、終電ぎりぎりまで陽気に騒いだ。







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