5.今度は王子と王女がネックになるらしい
神様が最初に来てから、4カ月が過ぎようとしていた。
異世界召喚されるまで、あと8ヶ月。
神様のアドバイスに従って、わたしは元の家を引き払って新しい家に引っ越した。
新しい家は、閑静な住宅街の一角にある素敵なマンションで、駅からも近いし、セキュリティもかなりしっかりしている。
駅から遠い1Kの木造アパートから、鉄筋コンクリートの2LDKになり、広さもさることながら、快適さも段違いにアップした。
引っ越しの際には、要らない物や気に入らない物は全て捨てて、最低限の必要で気に入った物を置くようにした。
そのため、わたしはシンプルで散らからない生活を送ることが出来るようになり、更に生活に対する満足度が上がった。
こうしてみると、何であんな要らない物や気に入らない物に囲まれて、汚い部屋で生活していたのか分からなくなる。
引っ越しが終わると、わたしは月曜日から水曜日まで、新たに剣道、料理、陶芸の3つの教室に通い始めた。
そして、木曜日からは1泊2日で都心からほど近い宿坊で、断食や滝行、座禅などの精神修行。
土曜日は流川先生のところで美容の勉強をして、日曜日は休み。
神様の言った通り、わたしはどの教室でも優等生だった。
先生たちは口を揃えて「筋が良い」「才能がある」とわたしを褒めてくれ、わたしはどんどん技術を学んでいった。
学ぶのがこんなに楽しいのは初めてだ。
この4カ月の成果は。
・12kgのダイエットに成功して、普通体型になった
・メイクやファッションについては、流川さんと同格に話せるレベルまでになった
・人に、容姿を褒められるようになった(前はお世辞でもなかった!)
・性格が穏やかになり、大抵のことで怒らなくなった
わたしは、これまでの人生で味わったことがないくらい充実した日々を過ごしていた。
*
その日の夜、神様の3回目の訪問があった。
どうやら、こちらの時間でいうところの2カ月に1回来ることにしているらしい。
今日の手土産は、水羊羹だ。
「そろそろ甘い物解禁かなって思ってね。夏だし、これにした」
「ありがとうございます!」
「しかし、君も変わったよね。4カ月前とは別人だよ。家も綺麗だ」
わたしは、恥ずかしくなって俯いた。
心の底からうれしさが湧いてくる。
最近褒められ慣れてきたけど、神様は別格だ。
こういうところが、やっぱり神様なんだなあと思う。
わたし達は水羊羹を食べ終わると、恒例の「攻略本の自分のページチェック」をすることにした。
神様は「いつでも好きな時にやりなよ」と言うけど、1人で見る勇気はまだない。
4カ月前は、こんな感じだった。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれて来た一般人。冴えない容貌と有用なスキルがないことから、城のメイドとして働く。しかし、4カ月後に無実の罪を着せられて城から追い出され、荒野で野垂れ死ぬ』
『スキル:<雑務処理>、<読心術>、<楽器演奏>』
そして、2カ月前はこんな感じ。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた一般人。戦闘用スキルがないが、美容に関する知識が深く、貴族専属の美容相談役になり、多くの支持を集める。しかし、5か月後に無実の罪を着せられて城から追い出されて、荒野で野垂れ死ぬ』
『スキル:<雑務処理>、<読心術>、<楽器演奏>、<美の伝道師>』
そして、今回。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢人。美容に関する知識が深く、貴族専属の美容相談役になり、多くの支持を集める。また、料理やモノづくりにも長け、第3王女の寵愛を得る。しかし、魔法や武術の素養に優れたため、7か月後に突然現れた魔物集団討伐の際に駆り出され、命を落とす』
『スキル:<雑務処理>、<読心術>、<楽器演奏>、<美の伝道師>、<魔術>、<剣術>、<料理人>、<陶芸>』
ただの一般人から賢人に昇格してるし、寿命も2ヶ月延びてるけど、結局死ぬことになっている。
しかも、死ぬきっかけは、わたしが伸ばしたスキルだ。
「神様、これ……」
神様は、ふうっと息を軽くはいた。
「まあ、目標だった " 王族の庇護下に入る " には成功してるよね」
「そうですね。……でも、結果があまり変わらないというか」
「そうだね。これ、もう少し詳細に言うと、第3王女は君が魔物退治に行くのを止めるらしいんだけど、第2王女が無理矢理行かせることにするらしいよ」
第2王女め、と思いながら、わたしは、攻略本のキャラクター紹介の王家の人々のページを見た。
王家には王様と複数の妃がいて、その子供は全部で7人。
他国に嫁いで不在の第1王女(25)。
次が王様の補佐になっている第1王子(24)、第2王子(20)。
後宮の中心にいるのが第2王女(18)、第3王女(16)。
その下には更に男の子がいて、第3王子(14)、第4王子(12)。
「第2王女と第3王女って、ライバルっぽいですね」と言うと、神様がうなずいた。
「そうだね。どっちもお互いの失墜を狙ってるってところだろうね」
わたしは思案に暮れた。
王族の寵愛を受けることが出来れば、無実の罪で放り出されることはなくなると思っていたし、現にそれはそうなんだと思う。
そうなると、今持っているスキル的に狙えるのは、第2王女、第3王女のどちらかなんだろうけど、お互いがライバルとなると、どっちについても身の危険はありそうだ。
「神様。これってどうしたら良いと思います?」
神様は、うーん、と腕を組んで考え込んだ。
「……そうだね。わたしだったら、第3か第4王子の教育係あたりに落ち着こうとするかな。王位継承権に関係ないし、王女二人とも距離があるからね」
わたしは、第3王子と、第4王子のページを開いた。
両方共、将来的には重要な領土を任されるらしく、魔法や剣術、そして帝王学や農作物、治水、戦などのあらゆる知識を必要としているらしい。
「……ちょっと勉強するのが大変そうなものが多いですね」
「そうだね。ここは書物に頼った方が良いと思う。地球では歴史や思想なんかの本が充実しているだろう? わたしならそこからまず攻めるかな。将棋なんかも悪くないと思う」
なるほど、とわたしはうなずいた。
本を読むのは好きだ。この際だから、色々と読んでみよう。
神様は立ち上がると、にっこり笑った。
「じゃあ、わたしはそろそろ行くよ。2カ月後を楽しみにしているから、がんばってね」
「はい。がんばります」
神様が出ていくのを見送りながら、わたしは思った。
経験値20倍とか、ネックレスとか、成長を促すものをたくさんもらっている。
でも、一番は、こうして自分を気にかけて見守ってくれる人の存在なのかもしれないな、と。
*
神様が最初に来てから、6カ月目の夜。
わたしは、部屋で本を読みながら、神様の来訪を待っていた。
考えて考えた結果、わたしは大きな図書館に行くことにした。
そして、孫子の兵法から始まり、最新のビジネスブックまで、役に立ちそうだと思うものは何でも読んだ。
また、ビジネススクールに通うようになり、経営知識やマーケティング、思考戦略など、戦略系と呼ばれる考え方を学んだ。そして、神様の勧めに従って、将棋教室にも通い始めた。
もともと頭を使うのは苦手な方だったけど、神様のくれた能力2倍と経験値20倍のお陰で、わたしはここでも「天才的だ」「才能がある」と、褒められた。
最近褒められ慣れてきたせいか、調子に乗りそうな自分がいるが、今のところグッと押さえている。
この6カ月の成果は。
・14kgのダイエットに成功して、少しほっそり体型になった
・メイクやファッションについては、流川さんと同格に話せるレベルまでになった
・人に、容姿を褒められるようになり、男性からアプローチを受けるようになった
・世の中を色々な方向から見るようになり、ニュースを見るのが面白くなった
わたしが本を読み終わると、それを見計らったように神様が訪ねて来た。
神様は、お菓子の箱をテーブルに置くと、ニヤニヤしながらわたしに言った。
「この前、ビジネススクールで男性に食事に誘われてたでしょ。行けば良かったのに」
わたしは苦笑いしながら黙って椅子に座った。
食事に誘われたのは嬉しかったけど、あまり知らない男性と2人きりで食事に行く勇気はない。
「時間もないので、わたしは勉強に生きることにします」
「まあ、それもそうだね。でも、人生楽しく過ごすことも大切なんだよ?」
その後、神様とわたしは恒例の「攻略本の自分のページチェック」をした。
『勇者の異世界召喚に巻き込まれた賢人。美容や料理に関する知識が深く、第2王女、第3王女の相談役になり、2人の支持を受ける一方で、知略戦略や数字に長け、第1王子の相談役としても活躍する。しかし、第2王子派に目をつけられ、9か月後に毒殺される』
『スキル:<読心術>、<楽器演奏>、<美の伝道師>、<魔術>、<剣術>、<錬金術>、<知略戦略>、<財務会計>』
わたしと神様は、深い深いため息をついた。
前回は第2王女に死に追い込まれたが、今回は第2王子に毒殺されることになっている。
寿命は3ヶ月ほど延びているけど、生きていないと意味がない。
神様が紅茶をグイっと飲んで、口を開いた。
「王女問題が片付いたのは良かったよね。でも、そうなると王子問題が発生する訳か」
「そうですね。狙いは第3王子の家庭教師だったんですけど、第1王子の相談役まで飛んでしまいましたね」
わたしは頭を抱えた。
待遇はどんどん良くなってきてるけど、毒殺は頂けない。
神様はうんうん唸った後、ひらめいたように顔を上げた。
「もしかするとさ、教育関係のスキルがあれば良いんじゃないのかな」
「なるほど……。それはあり得ますね。今のスキルだけ見てると、子供の教育に適しているとはお世辞にも言えないですもんね」
神様は、立ち上がると、にっこり笑った。
「まあ、事態は好転してるし、この調子でがんばろう。それと、この世界に思い残すことがないように、色々とやっておくといいよ。時間がかかるものもあるだろうからさ」
わたしは苦笑いした。
「……はい。神様は、何でもお見通しなんですね」
神様がニヤッと笑った。
「そりゃそうだよ。神様だからね」
神様が出て行くと、わたしはベッドに倒れこみ、天井を見上げた。
そして、枕元に置いてあったスマホを開くと、午前中に受け取った8歳年の離れた兄からのメールを見た。
『母さんが心配して、様子を見てきてくれとうるさい。〇月〇日19:00、有楽町のいつもの店で待つ。必ず来るように』
わたしは思わず苦笑した。
この人は相変わらず、わたしの都合などお構いなしだ。
神様が言っていた思い残すこととは、家族のことだろう。
わたしは「1ヶ月は忙しいから行けない。それ以降の日で候補日を3つ挙げて」と返信すると、ネックレスをギュッと握りしめた。
前は、こんな簡単なことも言えず、友達との約束を破ってでも兄に合わせていた。
異世界召喚まで、あと6ヶ月。
わたしは、自分の最大のトラウマと向き合うときがきた。




