第56話 ベルンブルク(2)
町が変われば宿も変わる。アンカラッドの宿は木造やレンガ造りが多く、内装の方も素朴で落ち着いたものばかりだった。それに対してベルンブルクの宿は、重厚感のある石造りがほとんどで、宿の中にはあちらこちらに、大小様々な機械がある。
取り調べから一夜明け、オレはその中でも、宿の一階に設置されている、本体上部に何本もの鉄パイプが付いた、箱型の大きな機械に注目していた。すると、ドワーフ族の女将がのしのしと歩いてきて、笑顔でオレに話かけてきた。
「よそからのお客さんで、そいつに興味を持つ人は多いけど、そこまでずっと見続けている人は初めてだよ。お兄さん、もしかしてドワーフ族の技術に興味があるのかい?」
女将からの問いにオレはどう答えようか迷った。朝食の後からずっと機械を見ていたのは、ただ単に現実世界のことを、転生する前の日々を、転生してから初めて目にした高度な文明の利器を前に、懐かしく思い出していたからだ。
もちろん、そのことを正直に言えるわけがないので、「まあ、多少は」などと、あいまいな返事しか出来なかった。幸いにも女将はそれだけで納得したらしく、理由については深く聞いてこなかった。その代わり、話は少し別の方向へと進んでいく。
「うんうん。やっぱりそうだと思ったよ。でも、ドワーフ族の技術はドワーフ族の職人以外には、何があろうと決して教えてはいけない、って決まりが昔からあるからねえ。残念だろうけど、あの頑固者の集まりが、よそ者に教えることはありえないから、諦めるしかないねえ」
女将から気の毒そうにそう言われたが、元からその気はなかったので、「まあ、大丈夫です。気にしないで下さい」などと、またあいまいな返事で誤魔化した。オレは再び箱型の機械へと視線を戻した。中から水がふつふつと沸く音と、炎が激しく燃え爆ぜる音が聞こえる。
機械の構造と転生前の知識から考えて、水を熱して発生した蒸気が、鉄パイプを通って宿全体の空気を温かくしているのだろう。具体的に鉄パイプの中の蒸気が、どうやって宿全体を温かくしているのかは分からないが、その部分はドワーフ族の職人達の秘密といったところか。
そんな風に我ながら飽きもせずに、温かい蒸気をせっせと送る箱型の機械を見ていると、急にその機械が機能を停止した。オレは驚き慌てたが、女将は落ち着いた様子で機械の調子を確かめた。
「ただの燃料切れだから心配しなくていいよ。はあ、これで今月も赤字はほぼ確定だよ。何もかもお偉いさんが失策を重ねて、エルフ族との関係が悪化したせいで、燃料の価格が跳ね上がったからだよ!」
エルフ族と燃料の価格がどう関係しているのか、オレとしては非常に気になるところではあったが、不機嫌な女将にそんなことを聞く勇気はなかった。気が付けば時刻は、もうすぐ正午になろうとしていた。
次回は5月12日に公開予定です。
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