第22話 潰えぬ希望
「見て! 空が!」
研究室で“クリーチャー・エンジン”の増産に努めていたユナは、ホーリィの切羽詰まった声に顔を上げた。
空に浮かぶ古代兵器ヴァルハラが、煙を吹き出していた。その黒々とした煙が広がる毎に、空が黒く染まっていく。暗雲が日の光を遮り、エルフの国に影を投げ掛ける。
「グレン様、どうかご無事で……」
ユナは手を止めない。悪夢のような事態を前にして、それでも彼女は信じている。グレン・レオンハートなら必ず、この戦いに勝つことが出来ると。
ヴァルハラから剥がれ落ちた岩石が至るところに降り注いでいた。それらは木々を薙ぎ払い土煙を上げて地表へ突き刺さっていった。そして、“その身”をゆっくりと起こした。
「精霊巨人……」
世界樹の星見台にて戦いを見守っていたヴァレリアは、立ち上がってきた巨人達をその名で読んだ。
アルフヘイムのハイエルフ達が記した歴史書の中に登場する伝説上の巨人。最終戦争の際に出現し地上を闊歩すると言われている存在。
「一体この国は、どうなってしまうの?」
ヴァルハラはその魔力を込めた破片を間断なくエルフの森へ投下し、土を変容させてヨトゥンを生み出し始めた。
これもまた、現王アルトゥーラの力。古代の技術によって増幅された彼の魔力はヴァルハラの破片に宿り、この巨人を発生させてゆく。
「里が危ない! 全隊、引き返すぞ!」
ヌークは状況判断し、ヴァレリアのいる星見台へワイバーンを向かわせる。彼の眼下にいくつもの巨人の姿。ようやくシナーを消滅させたというのに、新たな脅威が息つく暇もなく現れてしまった。
「エリナ、どこへ行く!?」
リンドウが隊とは別の方向へ行こうとするエリナを咎める。
「グレンが!」
ヴァルハラの基底部から吐き出される二つの人影。一方はモーラ、もう一方はグレン。
「私は二人を、連れて戻ります!」
「……分かった。だが気を付けてな!」
「はい!」
リンドウは引き止めない。今のエリナの実力を誰よりも理解しているから。一瞬の視線の交差の後、互いのやるべき事の為、二人は別の方向へと飛竜を飛ばした。
ヴァルハラから撃ち出される岩盤の礫が、王妃ヴァレリアと側近達のいる星見台のすぐ上、世界樹の幹へと突き刺さる。
「ここも危険です。王妃、退避しましょう」
「し、しかし……」
側近の魔導師は彼女を身を案じるが、ヴァレリアには躊躇があった。グレンがあの恐ろしい兵器と必死に戦っているはず。自分だけが安全な場所へ逃げてしまうのは……。
「あなた様が死んでしまったら、誰がこの国を率いてゆくのですか!? さぁ、早く!」
そうこうしているうちに二発目、三発目の礫が幹にぶつかる。そして、世界樹の幹から瘤のような隆起が起こる。
「そんな……世界樹が!?」
瘤は顔に、そして腕に変化し、巨人の姿を形成してゆく。
「世界樹の生命力を吸い取っているの!?」
「王妃、逃げましょう!」
ささくれ立った木の枝のような長い腕が、鈍重に動いた。星見台に向かって、振り下されてくる。ヴァレリアの肩を抱き、魔導師がその身を遠ざけようとしたが間に合わない。
「あぁ……」
ヴァレリアの喉から、声が漏れた。確実なる死が、その頭上へと落下してくる。
「グレン……」
王妃の呟き。そして巨人の手が、彼女の体を押し潰さんとした時、
「オラァ!」
野太いその気勢と共に突っ込んできた暴風の如き質量が巨人の腕を呆気なく粉砕し、ヴァレリアの眼前を吹き抜けていった。
「何なのっ!?」
驚き、乱入者を目で追うヴァレリア。木の破片が乱れ飛ぶ中、星見台へ着地を決めた者のあまりにも逞しい広背筋を、彼女は見た。
下半身に腰布だけを纏ったほぼ全裸な恰好!
浅黒く日焼けした肌!
棍棒で全力で殴りつけてもビクともしなさそうな極太の首!
ぶっとい腕! 脚!
振り返ると顕わになるガツンと特大の大胸筋!!!
「あなた達は!」
「危ないところでしたね、王妃!」
「エロフの皆さん!」
いつの間にか星見台に、屈強な肉体のエロフ達が集結していた。彼女らは頭上の巨人を見上げ、いずれも口元に太い笑みを浮かべていた。いい獲物と遭遇したハンターのような面持ちだ。
「どうしてここに?」
エロフは、アルフヘイムの政治には関わらない者達だ。自分達の快楽を追求することに余念がなく、他のエルフとは積極的に交流を持たないはず。この場に現れることは考えづらい。
が、ヴァレリアの疑念はすぐに吹き飛ぶことになる。屈強な集団の筋肉の壁からひょっこりと顔を覗かせた者がいた。
「えへへっ、やること無くて暇すぎたので賑やかし要因連れてきましたよぉ!」
「ローリエ! あなたが彼女達を!?」
「何とか間に合いましたね! さぁ、肉体にコミットする派のエロフの皆さん、お願いします!」
ローリエは素早くヴァレリアを起こして、戦闘エリアから離脱する。
「オウよ、楽しいオモチャがぶっ壊れて退屈してたところさ! 思い切り、暴れさせてもらおうか!」
「「ウオオーッ!」」
雄叫びを上げて、エロフがヨトゥンを迎え撃つ。
空はどんどん暗くなってゆく。ヴァルハラが黒煙を広げてアルフヘイムを黒で染め抜こうとしている。それでも、希望を捨てている者は誰もいない。
ユナとホーリィは少しずつだが“クリーチャー・エンジン”を増産し、薬で能力を底上げしたエルフ達は飛竜を駆り、あるいは地上から巨人を迎え撃っている。
ローリエは肉体派のエロフを連れて戻り、ヴァレリアを間一髪のところで助け出した。
そしてエリナは今、相棒のペリルと共にヴァルハラの真下へと飛んでいた。
「グレン!!!」
空中で魔法により浮遊しているグレンとモーラの元へ、ぺリルが滑り込む。
「どうして戻ってきたんだエリナ、危険だぞ!?」
グレンはぺリルの鞍の上に降り立ち、超古代兵器の巨影を見上げる。
「アンタを放ってはおけないでしょ」
「けど……これはマジでヤバそうだぞ。姉ちゃん!」
「あぁ、分かってるよ。どうするんだい? グレン」
ヴァルハラの基底部に埋め込まれたとてつもなく巨大な魔晶石が、光を帯び始めていた。グレンにもモーラにも、その意味がよく理解できた。これから何が起こるのか。
「死の光を、放とうってのか!?」
光がその眩さを増してゆく。
「俺がここで逃げたら、誰もあれを止められない!」
その時、大空に現王アルトゥーラの声が響いた。最早その身をヴァルハラと一体化させた王は巨人が蠢くエルフの国を睥睨し、全能感に酔いながら言う。
「古代の王レオンハートを継ぐ姉弟よ、そして地を這う虫けらどもよ、見るがいい! これがシャイア族の……この世界の全てを掌中に収める神にも等しき王、アルトゥーラの力よ! 何人たりともこの私を止められぬ! シャイア族の世界帝国建立の前に、まずはこのアルフヘイムを、神々しきこの光で消滅させてやろうぞ!!!」
「グレン!」
エリナの悲痛な声。それに対しグレンは、膨大な光の奔流を背にして優しく彼女に微笑みかけた。あまりにも場違いな穏やかな顔で、彼は言った。
「すまん。ちょっと、行ってくる」
「行くって!?」
トン、と鞍を蹴りグレンは跳んだ。
そして遂に、
この世のありとあらゆるものを一瞬にして無に帰す威力を持つ死の光が、
照射された。




