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第17話 最後の戦いへ向けて

 夜が白々と明け始める西の空に浮かぶ“船”の姿は、エルフの里からでも容易に観察することが出来た。未知の動力源によって浮上し徐々にエルフの里へと進行を始めたヴァルハラ。

 それを尻目に俺は、世界樹の幹に設けられた星見台の上に立っていた。


「あれが遺跡の正体だったなんて……」


 ヴァレリアは遠方に浮かぶ最終兵器を見て息を呑む。


「絶対にあれを破壊しなくてはならない。ヴァレリア、力を貸してくれるか?」


「ええ、もちろん。詳しい事はわからないけれど、あれが恐ろしい兵器だというのはあなたの話を聞いてよく分かったわ。出来る限りのお手伝いはします」


 この場には俺とモーラ、ヴァレリア、彼女の側近のエルフ達、ローリエ、ホーリィ、ユナがいた。さすがに全員がこのシリアスな状況に呑まれて迂闊な発言を控える中、いずこからか「クッチャ、クッチャ」という咀嚼音が聞こえてくる気がするが無視。焼きイモの匂いがしているが無視……しようとしたら腹が鳴った。そういや昨日から全然何も食べてなかったな。


 無言のままローリエが懐からイモを取り出し、勇ましく歩み出た。俺は至極まじめな表情でそのイモを受け取り、とてもマジな顔で一口食べた。甘さが全身に染み渡った。


「ありがとうローリエ。この緊張感ある展開でもイモを食い続けているのはさすがだと思うよ」


「どういたしまして。私は栄養が全部おっぱいにいくタイプなので」


 固く握手を交わした後、ローリエは下がった。

 もう二口ほどイモを味わってから、俺は全員に向き直る。


「詳細を説明している時間は無い。事態は一刻を争う。あの船がここまで到達したら、恐ろしい光線が放たれエルフの里は消滅させられるだろう。そうなってからでは遅い。エルフの里どころかこの一帯の自然は死の砂漠と同様、永遠に蘇らない」


 固唾を飲み、俺の言葉に耳を傾けるエルフ達。


「あれを墜とすには、内部へ侵入して機構を直接叩くしかない。あまりにも危険な任務だ。どんな妨害があるかも分からない。だが俺は行く。俺と」


「アタシだね」


 モーラが言葉を継いだ。


「いいかい、あの船はシャイア族にしか操れない構造になっている。だからどうせ、中へ入るのはグレンかアタシということになる。最前線で命を張るのはアタシらに任せな」


 そう、モーラの言う通り。ヴァルハラを止める任務は俺か彼女にしか出来ない。

 船の影はどんどん近づいてきている。飛行速度自体は大したこと無いが、いつ、どのタイミングで死の光を照射してくるのか、またその有効範囲がどの程度なのか分からない以上、迅速に墜としておく必要がある。


「ヴァレリア様!」


 星見台へ、若いエルフが木を跳び渡りやってきた。


「どうしました?」


斥候隊(せっこうたい)より報告です。あの船から続々と、“黒い翼を持つ天使”が飛び立っていると」


「黒い翼の、天使ですか?」


仔ら(シナー)だね。シャイア族の古き召喚魔法によって呼び出される使い魔だ。生み出しているのは番人(アンヘル)だろうね」


 即座にモーラが“黒い翼の天使”の正体を看破した。


「まずは尖兵(せんぺい)を放ち、様子見ってところか。面白くなってきた」


「あの、姉ちゃん」


 て言ったら満面の獰猛な笑みで俺の方を向くモーラ。何故だ、何故この姉はこんな好戦的な笑みをしちゃうんだろう。


「何だい?」


「強いの? その仔ら(シナー)ってのは」


「ピンキリだね。召喚には何らかの素材がいる。それがただの泥なら、突けば崩れる程度だろうし機動力も大したことはない。だがヴァルハラから生み出されているのなら……」


「相当手強い、と?」


「アンタも知っての通り、ヴァルハラを構成する物質には相当強力な魔法耐性が付与されている。アタシらですら容易には打ち消せない程のね。油断してたら死の光なんか喰らう前にこの国は全滅さ」


「なら……急がないとな。ユナ、ホーリィ!」


「はい」

「え、私ですか!?」


 素早く応答するユナと、明らかに話を聞いていなかったホーリィ……コイツ案外マイペースだからなぁ。


「“クリーチャー・エンジン”のサンプルはどれだけ残っている?」


「あと30本程度です」


「足りないな。残っているもの全てエルフの弓使いと魔導師に渡し、彼らを最前線へ。それが済んだら増産体制へ入れ」


「承知いたしました」

「えっ!? 今からなんてとても間に合いませんよ!?」


 この返事も対照的。ユナは時間的な猶予が無いことなど分かった上で、俺を安心させる為にこう言ってくれている。さすがは俺の一番弟子だ。

 対してホーリィの返事も素直でいい。これが常識的な判断というものだろう。今から薬の増産をするのはかなり厳しい。しかし、やってもらわなければ。


「薬を服用すれば、強大な相手とも戦える。だが本数が絶対的に足りない。ヴァレリア、人選を頼めるか?」


「ええ。最も頼れる者達をあなたにつけるわ」


「“クリーチャー・エンジン”を服用していない者達は前線のバックアップに専念させてくれ。守りを固め、俺達の取りこぼしを討って欲しい」


「聞いていたわね、みんな」


 ヴァレリアはエルフ達に語りかける。


「恐ろしい兵器が迫っています。弓使い、魔導師、飛竜乗り……全てのエルフが力を合わせなければこの難局は切り抜けられないでしょう。この国の為、皆さんの命を、私に預けて頂けますか?」


「もちろんです」


 弓使いの一団から、精悍な顔をしたエルフが歩み出る。エルフの里の弓使いを束ねる、ヌークという青年だ。


「アンタか」


 意外にもモーラは彼を知っているようだった。


「モーラ・レオンハート、悔しいが今の俺ではアンタには勝てない。だが手伝うことくらいは出来る。幸い、アンタにやられた怪我ももう回復した」


 そう言う彼の首には切り傷の跡。


「ここへ来る途中に相手してやったんだよ」


 モーラが言った。


「結構動ける男さ。危うく力加減を間違えて首をすっ飛ばすところだったよ」


 このモーラがそこまで言うのなら、相当なものだろう。


「どうか一緒に、戦わせてくれ」


 彼の言葉に弓使い達が大きく頷く。


「下手すりゃ死ぬよ? 命なんて軽いもんさ。それでもいいのかい?」


「この国には俺の家族も、仲間も、守りたい者達が大勢いる。弓使いとしてヴァレリア様の下に配置された時に、死ぬ覚悟は済ませてきた。だが……」


 頬を指先でこりこりと掻いて、ヌークは苦笑する。


「戦う相手は人間だと思っていたんだがな。まさか人外の相手をさせられるとは」


「アタシらシャイア族だって人間じゃないようなもんさ。ねぇ、グレン」


「俺はずっと、ただの人間のつもりで生きてきたけどな」


 自分は貧しい平民で、何となく薬法の才能があったからヤンク王国宮廷薬法師まで上り詰めることが出来たのだと考えていた。でも違った。真実はもっと奇妙で複雑だった。


 だが、そんなことは関係ない。俺が何者であろうと、どんな力を植え付けられた存在であろうと、俺の為すべき事は同じ。

 アルフヘイムを守る。そして仲間達と平和な世界を築く。そしたら念願のスローライフだ。


「とにかく、だ。この災いを招いたのは俺だ。本来なら俺一人で解決すべき問題なのかもしれない。だがもう、個人の力ではどうにもならない。みんなの協力が必要だ。でもどうか、今更こんな事言っても遅いのかもしれないが、本当に命が危ない場面になったら任務など放棄して逃げて欲しい。俺は、自分のせいで余計な犠牲者が出るのは嫌だ」


「そんな事、言わんでくださいよ大将」


 ベテラン飛竜乗りのリンドウさんが言う。


「自分らはこういう時の為に厳しい訓練を積んできました。だから活きのいい飛竜乗りを貸しますよ。存分に使ってやってください。死ぬかどうかなんてのは、(いくさ)の前に考えることじゃありません」


「リンドウさん……」


「なぁに、グレン様の薬とウチの飛竜乗りが合わさりゃ鬼族(オーガ)聖剣(レーヴァティン)でしょう。あの船へ乗り込むなら“足”が要る。違いますか?」


「仰る通りです。お願いできますか」


「喜んで。いつ出撃を?」


 俺は目で、モーラに問う。彼女は肩を竦めた。任せる、ということか。


「迎撃準備が出来次第、出ましょう。ユナ、ホーリィ、始めてくれ」


 二人が頷き、薬を取りに向かった。


「ヴァレリアは人選を」


「分かったわ」


「俺はリンドウさんと共に飛竜乗り場へ行く」


「アタシも、付いていきゃいいのかい?」


「そうだな」


 これで、人の割り振りは終わった。各自が己の役割を全うする為に動き出し……あれ、誰か忘れている気がするな。視線を感じるぞ。


「あの、私は何をすれば……」


 イモを握りしめたまま、ローリエが突っ立っていた。


「ローリエは……ローリエは……」


 何をやってもらえばいいんだ!?


「……応援してくれ」


「応援」


「そうだ。士気を高めるため、お前は全力でみんなを応援しててくれ」


「わかりました。命を懸けて、応援します」


「頼んだぞ!」


「クッチャ、クッチャ……」


「頼んだぞ!」


「もご」


 ローリエは力強く頷いた。

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