第9話 古代文明の最期と、恐るべき符合
アルフヘイムの大森林の先、突然視界に広がる砂漠地帯。重厚な石造りの遺跡への入口が、砂の上にぽっかりと口を開けて俺達を待っていた。
「グレン様、ようこそいらっしゃいました」
飛竜乗りに送ってもらいヴァレリアと一緒にこの地へ降り立った俺を、エルフの調査員達が迎えてくれた。
「あぁ、それで状況は?」
「私はここの発掘責任者のアラドと言います。私から説明しましょう」
入口を抜け中に入ると途端に気温がぐっと下がった。今はもう冬だ。外も乾いた寒風が吹き付けてきて寒かったが、中は一層ひんやりとしている。体の芯から凍えるような。吐く息は白く濁り、思わずかじかむ手をこすり合わせる。
「この遺跡は恐らく、数千年以上前のものでしょう。壁面をご覧ください」
アラドが指し示す先、通路に沿ってずっと、壁画が描かれていた。豊かな木々、そこを走り回る動物達、武器を手に得物を狩ろうと追い掛け回す人間。素朴な絵柄だ。
「1000年以上を生きるハイエルフ達に口伝で継承されてきた我が国の歴史書には、死の砂漠はかつては豊かな自然を湛える地であった、という記述があります」
「あぁ、それは俺も知っている」
「ただ、古代文明の滅んだ原因については歴史書には一切、記載がされておりません」
「そこが変だよな。この地についての記述はあるのに、滅んだ原因が書かれていないというのは歴史書としてどうなんだ?」
「私もそう思います。個人的見解を申し上げてもよろしいですか?」
「あぁ、聞かせてくれ」
「では。私はこのように考えております。古代文明が滅び去った理由について、実際には口伝はなされたものの、敢えてその記述は外されて闇に葬られたのではないか、と」
「ほぅ、面白いな」
壁画をずっと目で追いながら、俺は言った。歴史を闇に葬る、か。そこには相当深い理由がありそうだ。確信めいたアラドの口ぶりからして、さてはこの奥の石室で見つけたな? その滅亡理由に関わるものを。
隣に目をやれば、もじもじと落ち着かない様子のヴァレリア。この反応も気になる。俺に同行させる理由がまだ、見えてこない。
「足元にお気を付けください。一部、床が破壊されているところもございますので」
アラドが注意を促す。もちろん俺は気を付けている。というかさっきから足元に魔力を流して床の石材を魔素分解しようと試みていたのだ。だが……。
「にしてもこの遺跡は恐ろしいな。全体に強力な魔力耐性が掛けられている」
「お分かりになられましたか、グレン様」
「俺の魔素分解すら拒絶されたよ。もっと丹念にやれば分解できると思うけど……これ程の強度のプロテクトはこれまでお目にかかったことが無いね」
だから、通路に松明が設置されているのか。内部を照らすのなら魔法で炎を浮かべておけばいいのにと思っていた。エルフなら造作もないことだろうに。それをせず、松明を置いておかなくてはならない理由はこれか。
この遺跡内部では、中途半端な威力の魔法は全て打ち消されてしまう。何故、こんな仕掛けをしなくてはならないのか。そして何故、数千年前の文明の遺跡において、未だにプロテクトが残り続けているのか。
この遺跡は普通ではない。少なくともこれまで俺が見てきたようなものとは根本的に違う何かだ。
「調査は難航しています。魔法がほとんど意味を為さない。通路に堆積していた土砂も手作業で退けていますので」
「だろうね。この遺跡はまだ“生きてる”よ。過去に打ち捨てられた廃墟では決して無い」
壁画は段々と様相が変わってきていた。はじめは非常に素朴な自然や人間の姿を捉えていたものが奥に進むにつれ、謎の巨大建造物や人体の解剖図、魔物を無理やり合成させている場面、天体の軌道や平行して存在する世界の示唆? などに取って代わられ、描画の方法もより写実的なものへと変化していった。
恐らく相当な年月をかけてこれらの壁画は徐々に書き足されていったものなのだろう。どことなく、不気味で妄執的なものを感じる。古代文明の者達はあらゆる種の進化や、生命誕生の理すらコントロールしようとしていたのか。
「こちらです」
アラドが言う。遂に俺は、石室の前にやってきた。崩落した扉の破片を脇へ寄せ、人ひとりくらいなら辛うじて通れるようにしてある。
中へ入る。そして俺は見た。その広大な石室の天井いっぱいに描かれた、鬼気迫る“最後の風景”を。
地獄のような光景だった。その絵画は紛れもなく、古代文明が滅び去ったその当日のことを書き記していたのである。
空に浮かび上がる島。
雲を衝くような巨大さの長方形の建物の群れ。
天を仰ぎ、まるで許しを乞うように膝をつく人々。
島の基底部より照射される光。
消滅する街。
全てを灰燼に帰した後、そこに立ち上がるのは“キノコ雲”とでも形容すべき得体の知れぬ形をしたもの。
「これは……」
俺は何を見ているんだ。この島は、この街は、この破壊は一体何なんだ?
これが、古代文明最後の日に起こったことなのか。
「グレン、見て」
俺の手を取り、ヴァレリアが言う。
「あそこを」
石室の奥、腰の高さくらいの台座の上に、石板が置かれていた。
「あれか」
「古代文字よ」
促されるまま、俺はヴァレリアと一緒にその前に立つ。
まるで子供が書きなぐったかのような乱雑な文字。シリアスな壁画とのギャップに思わず噴き出す。
「汚ったねー字だな! まるで俺みたい」
だがヴァレリアの顔は、まるで笑っていなかった。彼女は一冊のノートを取り出した。
「それは?」
「昔、あなたが置いていった研究ノート。私はずっとこれを読んでいたの、あなたが去ってからずっとね」
「お、おぅ……」
愛が重いな。って、そういう事言ってる状況ではないか。このタイミングで何故、これが出てくるんだ。
「だからね、私には分かる。分かるからこそ怖いの。どうしてこんな事があり得るの?」
ヴァレリアの声が、震えていた。
「何だよ、一体どういう……」
「いい、よく聞いてグレン。この石板に描かれている文字はね、あなたの筆跡に“似ている”わけじゃない。あなたの筆跡と“完全に同一”のものなのよ」




