表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】愛する君と日付の書かれた婚約破棄書 ~信じてほしい、君以外考えられない~  作者: 群青こちか@愛しい婚約者が悪女だなんて~発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/41

6月12日 裏参道

 

 教会の裏から続く参道を、一人で歩く。


 参道の両脇には季節の花が植えられ、奥には小さな庭園がある。

 今の時期は真っ白な木香薔薇のフェンスとアーチが見頃で、、既に甘い香りが周囲に漂っていた。


 ――ここ、リュシエンヌが好きなんだよな。

 そうだ。十八日のデートはワルドの別荘にしよう。

 別荘の薔薇園は、今頃満開になっているはずだ。

 リュシエンヌは薔薇が大好きだからきっと喜ぶだろう。

 たくさんの花束を嬉しそうに抱えるリュシエンヌの姿が、自然と目に浮かぶ。


 こぼれんばかりに咲く木香薔薇のアーチに、午後の穏やかな日差しが差し込む。

 アーチをくぐり、小さな庭園へ入った。

 あまり人が来ない庭だが、薬草園も兼ねているため珍しい草花が多く、いつ来ても目を楽しませてくれる。


 美しい花に囲まれても、今一つ気が晴れない。

 案内状の件は片づいたが、それ以上に気にかかることが多すぎる。

 胸の中に重たい石でも入っている気分だ……。

 息苦しさを解消するように、わざと大きなため息をついた。


 「ルドウィク……さん?」

 

 庭園の中程で、不意に誰かに呼び止められた。

 

 この声、まさか?

 

 ゆっくりと声の方向に視線を向けると、噴水の横のテーブルから、アレシアが立ち上がった。

 戸惑うような笑顔をこちらに向け、小さく手を振っている。

 

 ……なぜこんなところに?


「やっぱりそうでしたのね。先程はどうもありがとうございます」


 アレシアは笑顔のまま、こちらに近づいてきた。


「いえ、特に何もしていません……。でも、どうしてこんな場所に?」

「最近ここを知ったんです。時間があるときはここで読書をしています。この真っ白な木香薔薇の香りがたまらなくて。私の国では黄色い品種しかなくて、しかもこんないい香りはしないんですよ」

「そうなんですか」

「そうなんです! それに、こんなにお天気のいい日が続くことも少ないので、この国が羨ましいです」


 アレシアは、近くにある薔薇の花を手に取り、目を閉じて香りを楽しんでいる。

 そして、大きな碧色の瞳を開くと、またこちらに向かって微笑んだ。

 その表情は、あまりに子供のようにくったくがなく、先程の雰囲気とはまったく別人のように感じる。

 穏やかな印象と、リュシエンヌに見せる感情のない顔。

 いったい彼女は何を考えているのだろうか……。


「先程は案内状をありがとうございました。わたくし、貴重書架でお話を聞いてから、すごくお茶会楽しみにしているんです」


 アレシアはそこまで言うと、急に周りをきょろきょろと見渡すような素振りを見せた。


「どうかされましたか?」

「あ、ごめんなさい。ルドウィクさんお一人なのかなと思って……」

「私がですか?」

「ええ。リュシエンヌさんがご一緒ではないのかと……」


 心臓がどくんと音を立てた。

 また、アレシアがリュシエンヌの名前を口にしている。

 毎回話題に出すように感じるのは、俺の思い違いではない……。


「リュシならセレーネと買い物に行くと言っていました」

「そうなんですね、てっきりご一緒なのかと思ってました。仲は……良いんですのよね?」

「ええ、婚約者ですからね」

「でも、とても……気を遣っていらっしゃるように見えましたけど……」


 そう言ったアレシアの顔には、笑顔がなくなっていた。

 リュシエンヌを見るときのように、無表情に近い顔で俺を見つめている。

 聞き方にも、悪意のようなものを感じる。

 

 気を遣っているだと? そんなの目の前にいる君と話をさせないためだ。

 やはり、これは気のせいではない。

 アレシアはリュシエンヌに対して、何か思うところがあるようだ。

 

 言いようのない気持ち悪さが全身を襲い、うまく返す言葉も浮かばない。

 そんな俺の気持ちをわかっているかのように、アレシアはじっとこちらを見つめ、にっこりと微笑んだ。


「ルルさんやセレーネさんとお話ししてる時と違うように感じてしまって……でも、婚約者ですから当然ですわよね。ごめんなさい」

「いや、別に……」


 ここで憤っても、何の得にもならない。一刻も早く会話を終わらせるんだ。

 そして今までどおり、リュシエンヌを彼女に近づけない。

 アレシアが何を考えているかはわからないが、彼女は他国の王女だ。ずっとこの国にいるわけではない。

 だから、今すぐこの場を離れよう。

 彼女のペースに乗ってはいけない……。


「では、アレ……」

「あっ! 待ってください、これは持って帰っても良いのかしら?」


 俺の言葉を遮るように、アレシアは声を上げ、足元に落ちていた木香薔薇の枝を指さした。

 風で折れてしまったのか、枝にはたくさんの蕾がついている。

 しゃがみこもうとするアレシアを制止し、俺は木の枝を拾い上げた。


「これは自然に折れたようですね。持って帰っても構いませんが、ご希望であれば教会の者に行って何本か切らせますよ」

「いえ、それが欲しいんです」


 アレシアは俺の目を見つめ、真っ白な細い腕をこちらに伸ばしてきた。

 その手は指先まで白く、わずかに薔薇色をしている。

 あまり見慣れない緑の瞳が、瞬き一つせず、視線をそらさない。

 その視線が妙に近く感じて、胸の奥がざわついた。

 

「ルドウィクさんの瞳も、緑なんですね」


 アレシアは、少し色の薄い睫毛をゆっくりと瞬かせた。


「はい。先祖にスナッグ地方出身の者がおりますので、多分そこからだと……」


 そう答えながら、目を伏せる。

 気が付くと息を止めていた。

 差し出された手に木香薔薇の枝を渡すと、彼女は両手で受け取っだ。


「スナッグ地方は私の国のお隣ですわ。なんだか嬉しい」


 アレシアは笑顔絵を見せ、薔薇に顔を寄せて香りを確かめている。

 その仕草がリュシエンヌと重なった。

 リュシエンヌも、ここを通るたびにアーチに顔を埋めるほど近づける。

 この季節は、噴水の近くで読書をすることも多い。

 やはり二人の趣味はよく似ている……。

 しかし、アレシアとリュシエンヌは全く違う!


「ではアレシアさん、私はこれで失礼いたします」

「ちょっと待ってください」


 頭を下る俺を引き留めるかのように、アレシアが声を上げた。

 ……またか、今度は何だ。


「なんでしょうか?」


 わざと丁寧に礼を返し、顔を上げる。


 「貴重書架を、27日に開館してほしいのですが、かまわないでしょうか?」

「はい。調べなくてはいけませんので、また後日連絡いたします」

「ありがとうございます……あと、私のことも皆さんと同じように『アレシア』と呼んでいただけませんか?」


 ほんの一瞬、彼女の瞳が揺れた。

 

「……それは、難しいです」

「リュシエンヌさんが……」


 アレシアがまたリュシエンヌの名前を出し、言葉を濁した。

 またリュシエンヌのことだ。

 わかっている、ここで苛立ったところで仕方がない。

 しかし、胸の奥の不快感が限界に近づいていた。


「私の婚約者が、なんでしょうか?」

「リュシエンヌさんが、怖いのですか?」

「は?」


 つい、自然と声が出てしまった。

 相手は王女だというのに怒りが抑えられなかった。

 さっきから何が言いたいんだ?

 

 リュシエンヌが打ち明けてくれた前回の酷い人生。

 そこで、アレシアと恋に落ちてしまったということが、いま不愉快でたまらない。


「ごめんなさい、忘れてください」


 取り繕うように早口で言ったかと思うと、アレシアは頭を下げた。

 どう返答するのが良いのかわからない、もう話すのも面倒だ。


「では、27日の開架は改めて連絡いたします。失礼いたします」


 アレシアがが顔を上げる前に、こちらも深く頭を下げて背を向ける。

 何を聞かれても、もう絶対に振り返らない。

 甘い香りの満ちる庭園を、いつもより早足で歩き出す。

 後ろにいるアレシアが、どんな表情をしているかはわからなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ