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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
十幕 ビューティVSビースト
46/50

10-1

 波打ち際で芽依と圭之進がなぜか砂のお城を作っていた。ここで見ている限りとても二人は楽しそうだ。

 私はそれを遠くに見ながらパラソルの下にいた。


「千代子さん、ビール飲む?」

「私はおろか、鉄治だって違法なんだからね」

 軽く笑って流したのがわかる。横でプルトップが空く音がした。


 つーか、それどころじゃねえ。なんなんだ、このメンバー。


 芽依から『海に行きましょう。ぎりぎりまだ泳げるみたい』なんていう受験生の自覚なしのメールが来たのは昨日だ。今日、有無を言わさず鉄治が迎に来た。当然芽依もいるだろうとは思っていたが、なぜか圭之進も付いてきた。

 私としては、芽依から連絡が来た時点で、こりゃいよいよ進退が決まった……と思った。鉄治は芽依に告白してついでにぐるんと丸めこんだに違いない、と思ったわけだ。別荘に行くって言うのも、今後の三者体制について要検討ということで行くのだろうと。


 なのになんだこりゃ。

 仲良し四人組、海に行く、みたいなこの空気は一体なんなんだ。

 先行き不安なのは私ばかりみたいだ。怪獣よろしく二人の作った砂の城を壊したい激情に駆られる。私はとりあえず、ペットボトルを開けた。


「いろいろ持ってきたのに」

「酒ばっかりじゃん!」

「うーん、別荘に泊まるからいいと思ったんだけどな。でも姫宮は酒弱いみたいだ。さっきから薦めてるんだけど、結構ですって言われちゃった、つまらん」

「……なんで圭之進までいるのか聞いてもいい?」

 横のビーチチェアにいた鉄治が身を起してサングラスを取った。すごいなあ、あんな繊細な顔なのにちゃんと腹筋割れているって。細身だけどきれいに薄く滑らかに筋肉ついている鉄治にちょっと驚く。

 私もくだらないことに驚いているが、鉄治も驚いていた。


「あれ、姫宮から何も聞いていない?」

「何を?」

 いや……と鉄治は珍しく口ごもった。そのまままたサングラスつけなおして横になってしまう、寝ているのか?

 私は立ち上がった。さくさくと足を砂に埋めながら二人の方に歩き始める。天気はいい、でも少し波が高いかな。

 千代子ちゃん、と芽依は笑った。うーん、近親相姦みたいな暗い影はまったくない。この間の芽依のままだ。ついでにいえばデニムっぽい加工のホルターネックのビキニが大変お似合いです。


「泳ぐ。ていうか浮かんでくる」

 私は片手に持った浮き輪を見せた。芽依は立ち上がった。

「私も行く」

 砂の城もそのままに、芽依は私にくっついてきた。大きな浮き輪だから平気だと思うけど。沖に出ないように気をつけて海に浮かんでいた。波打ち際で圭之進が笑って私達を見ている。

 ああ、なんかいろんなことあったし、これからもいろんなことありそうな夏だったけど、この穏やかさはどうなんだ。このままだったら楽なのにな。

 目を射るような日差しと耳元のちゃぷちゃぷいう水音に、ぼんやりした頭でそう思った。


「千代子ちゃん」

 脇で浮き輪にしがみ付いている芽依が笑い混じりに言った。

「なんかずっと、変な顔してるのね」

「……だって、なんか」

「そだね、私はけーちゃんが好きで、けーちゃんは千代子ちゃんが好きなんだもんね。三角関係なんだもんね。それなのに、皆で海なんて変だよね」

 ばっか。それで私が鉄治を好きで鉄治はアンタを好きなんじゃ、四角だよ、四角…………ってけーちゃんってなんだそれー!


「け、けーちゃん?圭之進のこと?」

「うん。けーちゃん優しいよね」

 あの厳つい顔相手にけーちゃん、かよ。すげえなあ芽依は。


「だからね、私はやっぱりけーちゃん諦めないの。けーちゃんは千代子ちゃんを好きだろうと思うけど頑張る」

「……芽依?」

 芽依はあいかわらずのほほんとした口調だ。きょとんとしている私になにか気が付いたらしい。

「あ、もしかして、けーちゃん、千代子ちゃんに何も行ってないのかな」

「それ鉄治も言ってたけど」

「この間、けーちゃんうちに来たんだ」

「……はい?」

 何をしに?


「とりあえず仕事終わらせてから来ましたって。なんか凄いよれよれだった」

 まさかあの一線越え気味な姿を芽依にみせてしまったのか……。しかし圭之進が熊井さんちになんの用事だ。

「千代子さんにひどすぎです、って言って、お兄ちゃんに殴りかかった」

 日差しにあたってとろとろしていた私は、反応までに時間がかかった。その意味を飲み込んで真っ青になる。

「なんですと!?」

 私、鉄治に喧嘩売って無傷な人って始めてみましたが。


「私もね、お兄ちゃんって私の見えないところで結構なんかやってそうだなって思うから、けーちゃんが怒っているほうが正しい気はするんだけど……でもお兄ちゃんもあの性格だから」

「一体なにが」

「『僕が悪いことはわかっている。しかし人に殴られるのは僕の信念が許さない』って。結局二人で大騒ぎ」

 信念なのか!


「鉄治だ……まさに何一つ変わってない。反省の色なしだ」

「私の力じゃ止められなくてね。隣のうちのお兄ちゃんとか呼んで、止めてもらった。大変だったんだよー」

 大変だろうな……私、その場にいなくてよかった……。

 そりゃ確かに鉄治は私には言いにくいだろうな。圭之進をとりあえず見逃したわけだから、それこそ鉄治の信念に関わる。あれの信念は「容赦無用」だから。

 圭之進がそんな風にでかけるのってのも凄いよ。だってそもそもバニラとして最初に出会ったころは、外に出るのだっておっくうな人間だったんだから。


「その後でおにいちゃんとずっと話していた。それは一緒に聞かなかったけど。何話していたのかなー、ねー」

 そして芽依はにっと笑った。

「モテ期だよ、千代子ちゃん」

 勘弁して。

 所詮、鉄治と圭之進だろうが!モテればモテるほどトラブルも増えるわい。


「芽依はそんなのん気でいいの?」

「良くないけど、でも勝算はあると思ってるんだ。だって『サツキ』と『バニラ』はちゃんとうまくいってたから。私とけーちゃん、相性は悪くないはず。大丈夫、これからじわじわなんとかするから。なので私も自己都合上、千代子ちゃんとお兄ちゃんを応援します。いろいろ手段は問わないのでよろしく」

 あ、あれ?

 今、芽依が鉄治とダブって見えたけど……あれ?


「私が邪魔だとか思ったりしないの?」

「千代子ちゃんは友達だもん」

 芽依は片手を伸ばして私の首をぎゅっと抱きしめた。

「それに千代子ちゃんは基本的にはお兄ちゃんを好きなんでしょう」

「まあ、それは……うん、五年ものだし」

 当たり年のビンテージですね。

 ツインテールにしている髪を揺らして芽依はにこっと笑った。

「でも千代子ちゃんがけーちゃんをお兄ちゃんより好きになったなら早めに言ってね。そしたら私も考えるから」

「もー考えなくていいからさ。あんたは普通に頑張れ」

 やっぱり基本的なところで芽依は芽依だなあ。もう。だんだん変わっていくのかな。


「しかし、圭之進と鉄治は何を話していたんだろうか」

「私も知らないんだ。お兄ちゃんもけーちゃんも、私には教えてくれなくて」

 私と芽依はそのまま無言で波に揺られていた。でも私はぼんやりしていたわけじゃない。

「この間、けーちゃんちでね」

 その話を始めたのは芽依が先だった。私が聞くか聞くまいか悩んでいたこと。

「この間って、あのいかがわしい店に芽依を迎えに行った日のこと?」

「うん。あの時、千代子ちゃんがお兄ちゃんを追いかけていってくれたでしょう?それでお兄ちゃんと話をすることが出来たんだ」

「……そう」


「お兄ちゃん、私のこと好きだって。私もお兄ちゃんのこと好き」


 本気で告ったのか、鉄治よ……。

 私は芽依に顔を見られないようにうつむいた。芽依が鉄治に好きだと言って、それでこの和やかさなら、芽依は鉄治を男として受け入れることにしたに違いない。そうか……。

 しかしさすがの私も、人の道を踏み外した二人に一体なんと言葉をかけていいのかわからない……。

 あれ、まてよ?芽依は圭之進に猛攻しかけるってさっき言ったよな!?


「私、別に邪魔とかそういうんじゃないって」

 うん?

「今までお兄ちゃんに、迷惑かけていたことがつらかったって言ったら、気にするなって言われた。なんか、もっとはやくごめんねって言えばよかったなあ……」

「好き、って兄妹としてってこと?」

「え、あたりまえじゃん千代子ちゃん。他になにがあるの」

 え、えっと。


「えー、まさか男の人として?ありえない!」

 芽依はくったくなく笑った。

「気持ち悪い……とかいう以前にお兄ちゃんだよ?部屋にエッチな本とかあったり、家でパンツ一枚で歩いていたりするんだよ?そんなのにときめくなんてありえないよ。そう言う意味では空気、ほんとどうでもいい。チュパカブラのほうがまだ意識できる存在だって」

 すさまじい勢いでけちょんけちょんですな。


「でも、お兄ちゃんに嫌われてなくて、ほんとによかった」

「……う、うん」

 鉄治が芽依を嫌いなんてことはありえないって、鉄治の態度を見ていればわかると思うのだが……やっぱり当事者って見えるものも見えないんだなあ。

「でもね、おにいちゃん」

 おかしそうに芽依は言いかけて、そして言葉を切った。


「やーめた。これ、私がいうことじゃないもんね」

「何?なんなの芽依?」

 ひみつー、と芽依は笑う。

「お昼御飯にしませんかー」

 浜辺で圭之進が、よく通る声で私達を呼んだ。

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