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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
八幕 蛙の王子様の血の色
40/50

8-5

「痛い」

「それは、鉄治の自業自得でしょうが!」

「すみません、俺……」


 熊井邸のリビングで、私は鉄治と圭之進にアイスコーヒーを出していた。鉄治が額に氷嚢を乗せている理由を説明しなければならない。


 圭之進がすっ飛んできたのは電話を切ってから三十分後だった。ごめん圭之進、木崎さんには私からも誠心誠意謝るから。

 で、一体どれほど妄想を膨らませていたのか、圭之進はリビングにくるなり鉄治に殴りかかったのだ。

 だが鉄治はこんな見かけではあるが、喧嘩なんてものすごく強いのだ。彼がまだあどけない美少年だったころ、迫り来る勘違い野郎どもと対抗するため自動的に強くなったらしい。そんなわけで圭之進の拳など、屁でもなく避けたのだけど、室内ということで鉄治の予想外な事が起きた。


 一歩さがった鉄治はソファに足を引っ掛けて床に思い切り倒れこんだのだった。


 圭之進って……ねえ……喧嘩の女神様の庇護があるんじゃないかな。

 でも圭之進は、目の前で人がぶったおれたのをみて動転してしまい、結局怒りは宙に散ってしまった。

 で、三人で和やかにお茶をすることになったわけだ。


「芽依はなんて?」

 鉄治は詰め寄る勢いで圭之進に問う。やっぱりなあ……この勢いが、鉄治が私なんかよりやっぱり芽依ラブな気がする要因なんだよね……。

「あ、あの……」

「圭之進、これ、芽依の兄」

「ああー、そうだったんですか。それは心配ですね」

 圭之進は何を納得したのかうなずいた。


「俺もよくわからないんです、意味が」

「って?」

「コンビニで声をかけられたんですが、言われたのはほんの一言二言だったんです」

 圭之進は首をかしげていた。

「『嘘付いてごめんなさい、ちゃんと会って謝りたかったんです』って」

 私は鉄治と顔を見合わせる。

「……なぜ、今更……」

「だよね……」

「あ、あの二人は意味がわかるんですjか」

「……わかる。けど」

 私は圭之進に頭をさげた。


「とりあえず、それはさておいてくれる?」

「はあ」

 私にとっては今更。

 でも芽依はずっと後悔していたのか。言えない事がどんどんたまっていくことがつらくて。私が追い討ちかけてしまったのも良くなかったのかな。


「……芽依に謝らないと」

「千代子さんのせいじゃないよ。僕がもうちょっと話をきいてあげるべきだった」

「……芽依が帰ってきたらなんて言おう」

 だいたいここに私と圭之進がいる時点でまた嵐になりそうだけど。

 ため息をついて私は部屋の時計を見た。もう九時だ。

「……芽依、帰ってくるの遅いね」

「は?」

 私の言葉に鉄治はあっけにとられていた。


「芽依は今日は帰ってこないよ。言っただろう、いたのは昨日だって。今日は寮に戻ったはずだ」

「え、それはそれでしょう?だって今日、寮に居残り組の子が芽依は実家に帰ったって言っていたよ」

「あの、芽依さん、制服じゃなかったですよ?」

 リビングに妙な沈黙が落ちる。じゃあ今、芽依はどこに?

 真っ先に立ち上がったのは鉄治だった。さすが変態、動きが早い!


「芽依は!」

 リビングのテーブルに出しっぱなしになっていたパソコンに飛びつく。

「どうしたの?」

「芽依の行動はトレースしているから」

「待て!」

「あたりまえのことじゃないか」

「それはわが国では非常識だ」

「常識に囚われて本質を見失う気かい?」

 こんにゃろう、言うことだけは立派だな!


 とにかく、発信機かなんだかわからないが、鉄治曰くの常識的手段によって芽依の居場所はあらかた予想が付いた。文明の利器の実に悪用。


「千代子さん」

 圭之進がひっそりと問う。

「あの、鉄治さんって……俺がいうのもなんですけど、ちょっと変じゃないですか……?」

「圭之進」

 私は彼を前に説得した。

「真理に気が付くことは立派だが、口に出してはいけないこともあるんだ」

「はあ」

 こうやって圭之進は社会で空気を読むことを覚えていくのだ。かなり特殊な空気で申し訳ないけど……。


「あー、あの辺か。なんであんなところにいるんだ」

 鉄治は舌打ちした。

「どの辺なの?」

 鉄治が答えた場所は、繁華街の……あまりモニカの生徒なら立ち寄らないような場所だった。圭之進と初めて会ったとき、芽依が絡まれていた場所に近い。

「なんで……」

「わからないけど、女の子一人でいる場所じゃない」

「どうするの」

「迎えにいくよ。だってものすごくガラ悪いんだ、あの辺。芽依が一人でいると思ったらほんと胃が痛くなってきた。ああー、でもなあ、あの辺僕がうろうろするとまずいんだよなあ」

「なんで?」

 鉄治は苦笑いだ。


「高校の頃、ちょっと僕も関わっていたから、あの辺のちょっとマズイ相手と」

 ……やっぱり。

 ちらりと横を見ると、圭之進もまったく疑っていない。初対面も同然なのに、鉄治の黒っぽいところを見破れるなんてやるな圭之進。

 つっこむべきところはない!以上結論!


「……何か聞かないの?」

「……えーと……しいてあげるなら扱っていた葉っぱの種類は何、とか?」

「売人なんてやってない!」

 またまたあ、謙遜しちゃって。

「単に、喧嘩沙汰とかに何回もなっただけ。高校の同級生が喧嘩っぱやかったりしたから」

「あ、あの、やっぱり族の仲間には『姫』って呼ばれていたんですか?」

「死にたいの、圭之進!」

 今、お前の妄想力は命にかかわる無駄な力だ。


「とにかくあそこに不用意に行くと、前に関わった連中から声をかけられる可能性がある。ちょっと準備してから行く。」

「外、まだまだ大雨だよ?」

「仕方ないさ」

「じゃあ私も行く」

 私も立ち上がった。

「だって、責任感じるし」

「千代子さんの問題じゃないよ」

「それをいうなら鉄治の問題でもないんだからね」

 鉄治は嫌そうに目をそらす。


「あの、よろしければ、俺、車で送りますけど。なんかよくわからないんですけど、俺も当事者っぽいし」

 車、というのは大変魅力的だった。鉄治も免許は持っているけど、さっきビール飲んでしまったらしい(未成年の飲酒は禁止されています)。

「俺も一緒に行きます」

「それなら」

 鉄治は私と圭之進、二人を見比べる。

「今後のトラブルを避けるために、ちょっと準備してもらおうかな」

 脇に置いてあったカツラを鉄治が再び手にしたことで、気が付くべきだった。

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