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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
八幕 蛙の王子様の血の色
39/50

8-4

 鉄治はその言葉に何か返そうとしたみたいだけど、声は聞こえなかった。外の大雨の音が耳に響く。時間はまだ八時前なのに世界の終わりみたいに暗い。

「……なんだか、変だよ」

 鉄治は本当に言いたいことは言わない、そんなぎこちなさを残しながら告げた。


「え?」

「もっと普通に言えばいいのに」

「普通って……」

 ああっと、私は声をあげてしまった。気がついたら表仕様の口調じゃなくなっている。

「本当は、そのめちゃくちゃ雑な話し方が千代子さんの地なんだろう?」

「ええと、ええと」

「普通に言ってよ」

 しまった……。

「だって鉄治嫌がるじゃん」

「そうだね。でも千代子さん、外面はいいから、それなら僕の前では普通で居てくれれば嬉しい」

「あんたが丁寧に話せっていったくせに……」

「……怒ってる?ごめん。でも千代子さんの自然なままがいいな。ダメ?」

 くそうくそう、可愛く言えば許されると思いやがってこの野郎。

 許す!


「ら、乱暴な口調だからって怒らないでよね」

「うん」

 鉄治は私の腕から頭を抜くと、今度は私の背に手を入れて抱きしめた。そのまま身を起されて私は座りなおして鉄治と向かい合った。

 何一つ鉄治の歪みは直ってないし、私は彼の気持ちも聞いていない。解決もなにもないのだ。でも、少しだけ、距離が縮まった気がする。


「いろいろよくわからないんだ」

「何が?」

 私は鉄治の肩に額を触れさせた。その骨っぽさは確かに男の人のものだ。綺麗な顔なのになあ。

「僕が誰を好きなのかとか、そういうこと」

「芽依と私、ってこと?」

「そう」

 なら進展じゃ。前は私など、選択肢にもなっていなかったんだから。

「千代子さんがさ、わりと僕にひどい扱いされても、嫌わないでいてくれただろう、今まで」

 ひどい扱いだったと自覚があったんですか。

「それはさ、嬉しかったんだけど、腹が立っていた」

「ひどいことした上に逆ギレ!?」

 いいご身分だな。


「僕には理解できなかったから」

 ……鉄治が圭之進を苦手とする理由がわかった。

 相手のことを思って自分が身を引く、それが鉄治には理解できないんだ。でも本心からのそれは誠実さと言うのであって、やっぱり美しく見える。

 その美しさはわかっても理解できないのは確かに悔しいかもしれない。

 だから鉄治は素でそれができちゃう圭之進が苦手なんだ。

 でもさ、誠実さはある意味では臆病さでもあると思うよ。だから性格の違い、くらいでいいと思うんだよね。


「……僕は千代子さんが、僕にないがしろにされてムカついているのを隠しているところも、とっても可愛いと思っていたんだけどなあ」

「それは私のチャームポイントから省いていいから!」

 この野郎。どんどん鉄治の思っていたことが明るみになるにつれ、もはや私、ムカつくのを隠しきれません。


「好きな人をいじめるってさあ……そういうのはその手の性質の人見つけてやってよ!」

「わかってないなあ、千代子さん。その手の性質の人はさ、いじめると喜んじゃうでしょう。僕はね、いじめられて喜ぶ人間に興味はないんだよ。どちらかというとそれを嫌がって、反抗したり我慢したりする姿を見るのが好きなんだ。でも僕に勝てなくて涙目になっていたらもう最高」

「迷惑だ!」

「でも、決めた」

 ようやく目が慣れてきて、鉄治が鮮やかに微笑んだのが見えた。

「今度からはもうちょっと愛情をこめていたぶる」


 空耳だといってくれ。


 私が鉄治になんとも思われていないことでちょっと悲しんでいたりするのを感じ取って、鉄治はいまままでニヤニヤしていたわけだ(これについてはいずれなんとかして復讐したいと思う)。でもどうやら鉄治のなかでの私の立ち位置は変わってきたみたい。(どうでもよい→なんだか気になる)みたいな。恋愛シミュレーションではもっとも初期のフラグだけど、変化は変化だ……うん。

 で、その気持ちの変容については、なんとなく彼もカミングアウトなわけで……そしたら鉄治が冷たくしても今までのような効果がない。なら、もう愛情をある程度押し出す方向へと変わるわけだ。なるほど鉄治頭いいー!


 ……なあそれって。

 だがもっと気になるのは後半だ。もっと「いたぶる」ってなんだよ!『いじめる』の何活用形だ。

 今までのほうがマシだったとか、そういう展開になりそうな気がするのは気のせいか?ねえ、気のせいだと言ってくれ。ていうかお前、まず私にちゃんと言うべきことあるんじゃねーのか。

「あ、あのさ、鉄治」

 私が勇気だして、欲しい言葉をねだろうと思ったときだった。ふいに明かりがついた。まぶしいほどの光が鋭く目に刺さる。その中でものすごく近くに鉄治の顔を見つけて私はなんだか、あせってしまう。


「何?」

「えーと」

 どう切り出そうか悩んだときだった。

 私のバッグの中で携帯が鳴り響いた。

 なんと無粋な。

 当然私はしれっとスルーするつもりだったのだけど、鉄治が気にしたみたいだ。

「でなよ」

「いや、別に……」

 しかし、鉄治は手錠の鍵をはずしてしまった。なんだろう、ちょっと寂しいよう……な……そんなわけあるか!違う、私は束縛されたいなんて思ってない!フリーダアアアアアアアム!

 手錠を床にたたきつけて私は携帯を取り上げた。液晶をみたら、圭之進だ。


「どうしたの?」

 電話にでるなり、私は用件を問いただす。五年片思いだった相手と、すこーし歩みよれたところを邪魔したんだ、機嫌悪く対応されるくらいの覚悟は有るな?


『あ、千代子さーん、今、どこにいるんですか』

「別に大した場所じゃないけど」

 圭之進の声は困惑で満ちていた。

『ちょっと相談したいことあるんですけど』

「えー、明日でいい?」

 今日は私はこのおうちに泊まる気満々だ。

『あー、まあ、いいといえばいいんですけど。でもちょっと不思議な出来事があったんです』

「何?」

『さっき、コンビニに言ったんですけど』

 そんなヒマあるのか?木崎さんに屋上から吊り下げられるぞ。


『ものすごい可愛い子に話しかけられたんです』

「あのね、私は忙しいの。あんたの妄想小劇場につきあっているヒマはないの」

『そうですよねえ、俺も妄想かなって思うんですけど、その子って前にあったことあるんです。ほら、千代子さんと初めてお会いしたときに、たまたま合った千代子さんの友達』

 ……誰?

 半拍おいて私は叫んだ。

「芽依―!?」

 なんでだ。なんで芽依が、圭之進に会いに行くんだ。

「な、なんか言っていた?」

『はあ』

「っていうか、圭之進、事情を聴きにいくから、待ってろ!」

『え、雨だから大変ですよ。よければ車で迎に行きます』

 それをやったら逆さつり決定だぞ。


 ぎゃーってなった私だけど、ふと背後から異様な気配を感じた。擬音を当てるなら、ゴゴゴゴゴ(フォントサイズ76)という感じだ。

「芽依がどうしたって?」

 えーと。

「相手、姫宮なんだよね」

 鉄治はにこりと微笑む。なんだその凄みは。

「今すぐ来るように言って」

「ま、まて、圭之進は今とっても忙しいと思うのだ」

「貸して」

 鉄治は私から携帯電話を奪いとった。

「こんにちは」

 恐ろしく爽やかに鉄治は向こうに告げた。間違いなく圭之進は今、いきなりの鉄治登場に仰天している。


 そうだ、鉄治はなんかその歪みっぷりで、まっすぐな圭之進が苦手だけど、圭之進は圭之進で、いつでもスマートに見える鉄治が苦手なんだっけ。この二人が仲良く分かり合うことなんてさすがにないような気がする。


「一度ちゃんとお話ししたかったんです」

 鉄治は薄く笑って言う。

「ぜひ、今日」

 圭之進がなんて答えたかはわからない。まあ常識的に考えて、さすがに断ったと思われるが……。

 圭之進の答えを聞いて、鉄治はただ、静かに言った。それは圭之進はおろか私まで震え上がる言葉だ。

「今日お会いできなかったら、千代子さんの無事はお約束できませんが。いいんですね?」

 良かねえよ。

 やっぱりお前の血の色は何色だ。

 ……彼女を人質にとる彼氏なんて、はじめて見た。

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