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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
四幕 シンデレラのビーサン
19/50

4-4

 男の服になどあまり興味がないので、服を説明するのは難しい。

 でも今の圭之進の服装は説明できる。

 パンツ(伊勢海老柄のトランクス)、以上。


 しかし、圭之進よ。ぼんやりしているように見えるけど、結構腹筋われていい体しておるのじゃな……などという分析は乙女として正しくない!

「け、圭之進?」

 とりあえず、驚いてみた。私とは逆に、圭之進の叫び声は殺されそうな人みたいに本気だ。

「さ、サツキさんー!」

 その図体で絹を裂くような悲鳴をあげられてもなあ……。


 私と木崎さんの前で、ドアは乱暴に閉じられた。風圧で吹き飛びそうになった。ちょっと待っていてくださいという絶叫が聞こえて部屋に走りこんでいく音がする。

「なぜパンツ一枚なんでしょうか」

「まあ相手が私だけだと思ったからだと思うけど」

 けろりとした顔で言って、木崎さんは私の肩を叩いた。

「じゃ、私は会社に戻るけど、姫宮のことよろしく」

「よろしくされても大変困ります」

「もうパンツ見ちゃったんだから、責任とって貰うわよ」

 どんだけ機密事項なパンツなんだ?


「それは木崎さんも一緒ではありませんか」

「私なんてパンツどころかその中身まで見てしまった立場だから、ここまで世話しているんだってば。しかしそれもそろそろ世代交代を図りたいし。待ちくたびれたから姫宮には、あとで取りに来るって伝えておいて。ていうか私、気を使ってあげて超えらい」

「いえ私あまり積極的関与は望んでいなくてですね」

「あとは頼んだ、若者よ」

 何を?


 木崎さんはじゃね、とまったく気楽に言うとエレベーターに向かって歩き始めた。

 まって、私は別に、勇者になりたいわけでも最終魔法が欲しいわけでも。

 細いヒールの音がエレベーターに消えた後、ドアがまた乱暴に開き、中から息を切らせた圭之進が顔を出した。そこそこ見られるTシャツにジーンズ姿だ。なんかいつも会うときはスーツ姿だからそれも目に新しいなあ。

「あっ、あのっ、別に俺は、単に暑いから気分転換に風呂はいろうって思っただけで、まさかサツキさんがいるとは思わなかったから見せるつもりでは」

 見せるつもりだったら最後までさらすくらいの勢いがないと、グラビアアイドルとしては一枚むけないと思うのだ。


「……ところで風邪じゃなかったんだ」

 私は持っていたゼリーをはいと差し出していう。みるみる圭之進の顔色が変わっていって面白い。本当に考えていることがダダ漏れだ。大丈夫かいい年して。

(まずい、嘘付いたことになっているし!)

「あ、あの、別に風邪は嘘と言うことではなく。あああいえ嘘なんですけどすみませんでも仕事ってなんか言いにくくて」

(どーしよー!普通嘘つかれたらキレるよな)

「嘘っていうか、嘘っていうほどのこともなくて、もしかしたら仕事終了してぎりぎり合えるかなって思っていた自分の見通しの甘さなんだけど、でもサツキさんに会いたかったから」

(よくよく考えたら木崎のことも説明せにゃ!)

「ああっ、あの女のことは気にしないで下さい。ほんと、仕事の関係の人だし」

 私の洞察力が凄いわけじゃない、単に圭之進が嘘つけない顔をしているだけだ。


「圭之進のパンツの中身見たって言ってたよ。深そうな関係だねえ」

 このことを指摘してしまう私も、結構サディストなのかもしれん。だって圭之進、こんなでかい体で、顔も強面なのに、慌てた顔はかわいいんだもーん。

「ひぃー、あいつそんなことを!」

 がっくりと圭之進は肩を落とす。

「あ、あの、上がってください……立ち話もなんだし」

「いいえ、男の人のうちに上がりこむなんてはしたない、オホホ」

「お、怒ってます?」

 怒ってません。面白がってます。


 しかし私はうすーく笑って目をそらした。圭之進は私が怒っていると勘違いしてさらに青ざめる。

「じゃ、じゃあ外に出ましょう」

「風邪、なんでしょ?」

「あっ、あのほんとすみません、許してください。嘘付いてごめんなさい」

 可愛い!超素直!どつきまわしたい生き物だ!


 なんか、スカッと爽快になった気がした。熊井家に招かれてからずっと、じわじわ蓄積したストレスが激減した気がする。

 鉄治はまさにそのストレッサーだし、芽依は芽依でなにげにわがままだし、私自身も自分の素直じゃなさに飽き飽きしていて。

 圭之進のその慌てっぷりに猛烈に癒された。素直ってすげえ可愛い。国家的に保護するべき生き物だ。


「別に怒ってないよ」

 私はそう言って笑い出してしまった。圭之進の腕をぺしぺし叩く。まああまり生き物をかまいすぎると死んじゃうっていうからほどほどにしないとね。

「あ、あの?」

「じゃあお言葉に甘えてお邪魔しちゃおうかなー」

 私は圭之進を脇に押しやって、玄関に入り込んだ。圭之進になにかできるとも思えないし、何かしようとしたらとりあえずスタンガンを出せばいい。スタンガンはもともと鉄治が芽依に購入したものだが、さすがにそんなもの芽依が使いこなせるわけないだろといって、私が巻き上げたのだ。


 私が玄関でサンダルを脱いでいるのを見て、圭之進がはじかれたように入り込んでくる。

「あっあの!すげえ部屋汚くて!仕事も一段落したばっかりで!」

「そうねー、なんの仕事かも正直に話してもらわないとね」

 にやりと私は振り返る。

「会社員なんて、嘘なんでしょう?」

「……ハイ……」

 外見から予想されたけど、マンションは本当に広々とした豪華なものだった。会社員ではないといったけれど、そんじょそこらの会社員じゃとてもこんなところで住めるわけがない。


「一人暮らし?」

「ええ。あ、こっちに」

 通されたのはリビングとおぼしき巨大な部屋だ。ものすごく立派だけどものすごく散らかっている。

 服とコンビニの弁当のから、そして漫画本。

 リビングの壁を覆うように作り付けられた本棚には漫画がぎっしりと詰まっていた。

 いや、人の趣味はそれぞれだけど、いい大人がこんなに漫画につぎ込んでいいのか。

「あの、アイスコーヒーでいいですか」

 うんと生返事を返して私はその立派な本棚を見た。その中にあるものをなんとなくチェックする。漫画はどれかに偏っているわけではなく、あらゆるジャンルに渡っていた。少女マンガも相当な数だ。


 おぼつかない手つきでグラスに入れたアイスコーヒーを持って圭之進は戻ってきた。

「座ってください」

「じゃ適当に寄せるけど」

 漫画だの服だのが山積みになったソファになんとか場所を作って私は座った。

「圭之進」

「き、木崎は、本当になんでもないんです!」

 圭之進がいきなり弁解したのはそのことだった。それが一番彼の中で憂鬱になっているらしい、別に彼女が誰であろうとも私はどうでもいいんだけど。

「木崎は俺の担当でもあるのですが、実の姉なんです。もう結婚して子どももいるんですけど」

「姉!?」

 ほー、と妙なところに感嘆してしまう。なるほどなあ、あの姉じゃ、圭之進が強気な人間に弱いのもなんとなく原因として理解できる。まあ仲は悪くなさそうだけど。


「結構強引なんですけど、あの姉がいなかったら俺はまともな生活もできていなかったので、情けないんですけど、頭上がらなくて。俺、中学もろくに行かないまま引きこもっていたから」

 …………いきなり今すごいカミングアウトだったが。

「こ、高校は?」

「行ってません」

「大学は相当レベル高そうなこと言っていたじゃない」

「……嘘です。ぎりぎり中卒です」


 これ私が芽依に報告するの?

 喩えて言うなら、マスオの浮気をサザエに報告するカツオくらいの大問題だ。

 芽依は圭之進……バニラに過大な期待をしている。嘘をついているっていうこと、しかもこんなつまらない嘘をつくなんて想像もしていないだろう。


「……圭之進」

 私は低い声でうめいた。

「あんた一体何者」

 しばらく圭之進は沈黙していた。やがて意を決したように顔を上げる。

「こっち来てください。仕事場です」

 圭之進は立ち上がって再び廊下に出た。仕方ないので私もバッグを掴んで立ち上がる。この中にはスタンガン様が入っているから。ご神体を置き去りにするわけにはいかん。

 廊下にさえ外の光が取り込まれるような贅沢なつくりのマンション。これだって、普通じゃ住めるはずがない。ましてやニート……。


「圭之進のご両親は?」

「小学校のころに病気で相次いで死にまして。それで姉が俺の親代わりなんです」

「学校行かなかったのってそれが理由なの?」

「……でも外に出るべきでしたよね」

 特に言い訳もしない圭之進に悪い印象は持てない。


 ドアを開けたのは隣の部屋だ。エアコンが切れていたけど生温かい程度だ。確かにさっきまでここで何かに取り組んでいたんだろう。大きな窓が部屋にはあったけど、カーテンがかかっていた。急に明るくなった部屋はやはり少し雑然としている。

 広めの部屋には相変わらず立派な書棚があった。けれどリビングとは違うのは入っているものが漫画だけではないという点だ。

 ファイルや画集、写真集とおぼしきものがぎっしりとつめられている。部屋には数人分の作業用の机とパソコンが並んでいた。


「今はデータで処理してしまうことが多いんですけど」

 ぼそっと言って圭之進は机の引き出しを開けた。そこから出てきたのは、A版ともB版とも違う変なサイズの紙だ。覗き込んだ私は、そこに見たことのあるものを発見する。

「この絵、見たことある」

「ありがとうございます」

 場違いな礼を言ってから圭之進は笑って言った。

「実は少女マンガ家なんです、俺」

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